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第八章 第9話「ダンジョン、崩壊の始まり?」

 エリカの指示で、ダンジョンマッシュルームが生えているプランターを全部ダンジョンの奧に投げ込んでやった。

「いいのか? これで?」

「いいの。密売グループとは関係がないから」

 嗅ぎつけたけど、来てみたらハズレだったと言うことか。

「あれは……何だったんですか?」

「知らない方が良いモノよ」

 彩乃ちゃんの質問にエリカが答えた。

「撤収。圭太、出口の近くまで行ったら桐島さんからあたしのブルゾン受け取ってきて」

 帰り道は、来るときにガラスにしたスライムを回収しながら。固まったスライムを砕いて掃き集める段取りを彩乃ちゃんに教えてやりながらなので時間がかかる。

 そして彩乃ちゃんは人との距離感が何だか普通じゃない。極度の緊張症だと聞いていたので人と接するのが苦手なのかと思っていたけど、一緒に何かをやっていると平気で至近距離まで体を近づけてくる。

 まさにいまがそれだった。石のかけらや土が混ざらないようにスライム粉だけを掃き集める方法を教えていると、彩乃ちゃんは思い切りくっついてくる。

 エロくはないスポブラだけど、下着姿の女の子が真横にいるので俺は落ち着かない。

「あんたら、仲いいわね……」

 エリカに言われて、初めて気がついたように彩乃ちゃんはあわてて体を離した。

「す……いません……」

「別に謝ることじゃないけど……ねえ森元さん。アレに蹴り入れるの、恐くなかったの?」

 聞かれて彩乃ちゃんがちょっと固まった。

「あ。あの、とき……現実って、思えなくて。でも、いま。ちょっと、恐くなってます」

 でもしゃべり方もいつもの通りだし、いつもの無表情なのでそうは見えない。やっぱり彩乃ちゃんも普通じゃなかった。

「さすがはあんたの弟子ね、女の子にしておくの惜しいわ」

 エリカがちょっとからかうような口調で言う。

「なんだそれ?」

「最初見たとき。お師匠と美少年弟子の危険な関係って、腐った妄想しちゃったの」

「BLですか?」

 彩乃ちゃんが、するっとそんな略号を口にした。

「あらやだ、中学2年がもう感染してるの?」

 俺にはついて行けない話題だった。

「あれのこと、話すの? みんなに?」

 俺がそう聞くとエリカは首を振った。

「お祭り再開の邪魔になるだけだから、なかったことにする。OK?」

「了解」

 リュックが砂で一杯になったので、あとはダンジョンから出るだけ。エリカが話さなかったことを彩乃ちゃんが知りたがったので、歩きながら説明することになった。

「もともとダンジョンは探検しても危ないだけの場所だ。ゲームみたいに宝箱があったり、モンスターを倒したら金貨が出たり経験値をもらえることはないからね」

 俺は壁の隙間から這い出てきているスライムを叩いてガラスにした。

「こうやって、スライムをガラスにして持って帰っても普通の人には何にもならない。でも、一部のユーチューバーが探検して動画をアップして、配信で稼いでいた間はまだ平和だった」

「輝沢りりんも結構それで稼いでいるしね」

 エリカがそう言って、髪についていた土を払いとしながら肩をすくめた。

「マイスターは、どうしてりりんさんと知り合ったんですか?」

 いきなり彩乃ちゃんに聞かれて、ちょっとたじろいだ。

「彼女が自分のユーチューブでダンジョン探検をやって……ちょっとトラブルに遭ったんだ。そのとき、偶然助けた……」

 あのとき。俺が友人たちを案内してダンジョンに入っていなかったら、りりんはどうなったのだろう。想像もできなかった。

 話しはまだ途中だったけど、高琳寺のダンジョン出入り口が見えてきた。俺は一人で先にダンジョンから出て、桐島さんに預けていたエリカのブルゾンを受け取ってまだダンジョンに戻る。

 エリカがトレーナーを彩乃ちゃんに返してブルゾンを着れば、エリカがノーブラなことを別にすれば何事もなかったように見える。

「何事もなかったってことで……いい?」

 エリカが髪をなでつけながらそう言ったときだった。

「ん?」

ダンジョンの中で空気が動いた。

「なに?

「何か、風……」

俺がそう言ったとき、はっきりとダンジョンの奧から風が吹いてきた。それはそよ風のような流れからどんどん強くなってきて、土埃や砂まで奧から吹き出してくる。

「なんか、やばい! 逃げろ!」

 俺は叫んで、エリカと彩乃ちゃんを押し出すようにして走った。

「逃げて! 桐島さん! 外に!」

 倉庫で待っていた桐島さんをせきたてて外へ走り出す。観音堂の裏まで逃げて振り返ると、半開きになった倉庫のシャッターから煙のように土埃が噴き出していた。

「何があったの!」

 片切さんが走って来た。

「わからない……爆発じゃなさそうだし」

 エリカが土埃まみれの顔をハンカチで拭いながら言った。

「ずっと奧で、何か起こったみたいです」

 そう言ってから俺は付け足した。

「空気が押し出されてきたってことは、ダンジョンのどこかが潰れたのかも知れません」


 ヘリコプターからの中継映像が続いていた。

『引き続き立川市の現場上空から、報道センターの押村がお伝えします。本日午後4時30分頃ですが、立川市富士見町2丁目の、通称曙町一丁目交差点で突如道路が陥没し、通りかかった車三台が穴に転落する事故が起こりました』

 5本の道路が集まっている交差点には消防と救急車が、穴を囲んで集まっている様子が映っている。報道ヘリの下を別の報道ヘリが通過していく。

『転落した車のうち、乗用車に乗っていた3人は救助されていずれも軽傷でしたが、トラックの運転手は現在も運転席に閉じ込められたままで。さらにトラックの下敷きになっているもう一台の車に何人が乗っているのかはわかっていません』

 画面が地上からの映像に切りかわった。ヘルメットをかぶった女性のアナウンサーが映る。

『現場近くの緑川通りからお伝えしています。事故発生から約2時間が経過しましたが、トラックともう1台の車に乗っていると見られる人の救出が現在も続いています。立川市の地下には、通称ダンジョンと呼ばれる空洞が多く発生していることが知られていて、今回の陥没事故もダンジョンが関係しているのではないかと見られています。先ほど開かれた立川消防署での会見の模様です』

 アズサホールディングス会長の浅田功徳は、険しい表情でモニターのボリュームを落とした。

「心配していたことが、現実になってしまったな」

「あんなところまでダンジョンが延びていたらですが……どうやって調べたら良いのでしょうか?」

 作業服のあちこちにまだ土埃がついている桐島志保が、憂鬱そうな表情で答えた。

「お寺のところから入って、調べられないのか?」

「直接繋がっているかどうかはわかりません」

 桐島志保はパソコンを操作して、モニターにグーグルマップを映し出した。

「高琳寺から事故現場まで……直線で500m。ただ、入口は現場の方向に向いているのですけど、すぐ左右に分岐して右が西3丁目公園の方向で左は未踏査みとうさ。西の方角に延びているようです」

「自分で入って調べたのか?」

 会長に聞かれて、志保は表情を曇らせて首を振った。

「入ろうとは思ったんですけど、足が竦んでだめでした。空吹君にお願いしました」

「ダンジョンマップと重ねると、どうなる?」

 会長に言われて、志保はしばらくキーボードを操作していた。やがて、グーグルマップに薄赤いうねうねとした地下にあるダンジョンの姿が重ねられた。

「いくつか陥没事故現場の方向に延びているルートもありますけど、現状では何とも言えません。それより……」

 志保は高琳寺の付近にマップの画面を戻した。

「墓地の入口から分岐した左側ですけど、JR中央線の掘り割りに向かっている恐れがあります。このことをJRに知らせなくてもいいのですか?」

「以前なら、連中も『だから何なんだ』と言うだけだろうが……この陥没でちょっとは危機感を持つかも知れんな……だがまず、アサダの探査機を入れて確認してからだな」

「明後日には筑波からの機材が立川に到着するそうです」

「うむ……」

 浅田会長はもう一度モニターの画面をテレビに切り換え、音のない事故現場の映像に目をやった。

「あの……空吹君の力を借りねばならんかも知れんな」


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