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第九章 第1話「スイーパー&レスキュー」

 彩乃ちゃんを立川駅までエリカに送り届けてもらって、俺は歩きで家まで帰った。途中で西3丁目公園に寄ってみたけど、こっちでは特に何も起こらなかったと杉村のおっちゃんが言っていた。

 家に戻ってスライム砂をクラフト袋に移しているとスマホに着信、ダンボの事務所からだった。

「空吹です」

『あー、ダンジョン協会事務局の石田ですが。空吹君、いまどこにおる?』

「家にいますが」

曙町あけぼのちょうのアレ、見たか?』

 俺は一瞬考えた。曙町はたしか、モノレールの立川北駅付近だったような気がする。

「曙町で、何かあったんですか?」

『なんだ、テレビ見てないのか?』

 高琳寺こうりんじから歩いて帰ってきたばかりで、テレビなんか見ているヒマもない。

「いえ……」

 そう答えかけて、今までダンボの事務局から電話がかかってきて良いことはなかったことに気がついた。

「曙町で、ダンジョンですか?」

 スマホで話しながらリビングに上がって、テレビを点けた。

「うわ……」

 どこかの交差点のど真ん中に大きな穴が開いていて、トラックの荷台がちょっとだけ見える。

『見たかい?』

「はい」

『全部で3台穴に落ちて。最後の1台に乗っていた人は救助されたんだけど、トラックの運転手はまだで。もっと悪いことにトラックの下にもう1台埋まってるんだと、それでその車がどうもダンジョンに落ちたらしい』

 やっぱり用件は良くないことだった。それもとびきり悪いことだ。

「これって……もしかして、穴が開いたの5時前ですか」

『4時半頃だ』

 すると俺が高琳寺で浴びたダンジョンの突風は、この陥没かんぼつで起こったのだ。

「もしかして……これの、救助ですか?」

『頼む。レスキュー隊を案内して、ダンジョン通って何とかそこまで行ってもらえないか?』

 ぜんぜん気が進まなかったけど、断れる状態じゃなかった。車ごとダンジョンに転落した人が助けを待っているかも知れないのだ。

「いつ、入りますか?」

『あそこまでダンジョンが繋がっているとして、どれくらい時間がかかる?』

「わかりません、予想もつきません」

 いま確認できているのは西3丁目公園から入ってエリア29あたりまで。その先の高琳寺から入ってすこしだけだ。曙町のダンジョンが果たして繋がっているかどうかだってわからないのだ。

「駅の北側にはダンジョン入口はないんですか?」

『こっちに報告は来てないんだ。噂も聞かない』

 するとやはり、高琳寺の入り口が一番近い。

「いつ、入りますか? 西3丁目公園じゃなく、高琳寺の墓地から入った方が早そうです」

『高琳寺? あー、諏訪神社の隣か? あそこ入れたのか?』

「1時間くらいまえ、入れてもらいました」

『それじゃ消防のレスキューに連絡取るから、作業開始するにしても明日の朝だと思う』

 ダンボとの電話が終わると、俺はすぐにエリカにメールを送って明日もう一度高琳寺の入口を開けてもらうように頼んだ。それから彩乃ちゃんの家に電話を入れて、明日は工房にいないかも知れないことを伝えた。

 翌朝の8時、俺は高琳寺の前でコンビニお握りを立ったままで食いながら消防のレスキュー隊を待っていた。もう空には報道のヘリコプターが飛び始めている。

 3個目のお握りを食べ終わって水を飲んでいると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

「モテ男さん。体がいくつあっても足りないわね」

 エリカだった。今日はミニスカートにハイヒールで、ダンジョン探検の格好じゃない。

「あ……何しに?」

「何しにもなにもないでしょ。パートナーが半端なく危険なダンジョンに潜るって言うのに、知らんぷりしていられると思う?」

「あ……でも、レスキュー隊員も一緒だし……」

「レスキューだって、ダンジョンの中知らないからスイーパーに応援頼んだんでしょ。しっかりやってね!」

 バン! とエリカに背中を叩かれた。赤灯を点滅させてサイレンを鳴らして、消防のレスキュー車がやって来たところだった。

「ダンジョン保安管理協力会の方はどちらですか!」

 オレンジ色の制服を着て、ヘルメットをかぶった隊員が降りてきて、どうやら俺を探しているらしい。

「レスキューさーん! こっちー!」

 どうしたらいいのか俺が迷っていると、エリカが大きな声で呼んでくれた。

「第八消防方面本部消防救助機動部隊、隊長の斎藤です。案内の方、ですか?」

「案内のスイーパーは彼です」

 エリカが俺の背中を押して、隊長さんの前に押し出す。安全装備ガチガチのレスキュー隊員と比べたら、俺は丸裸に等しい。ジーンズにトレーナーに軍手、ヘルメットなんて持っていない。持ち物は何だか場違いな、でかいハンマーだけ。

「あ……協力会から、来ました。空吹です」

 斎藤隊長が明らかに困っていた。

「立川のダンジョンで必ず生きて出たかったら、彼に頼るしかありません」

 エリカがそう言ってくれたけど、まだ隊長さんは困っていた。俺が隊長さんだったとしても、やっぱり困ると思う。

 でも事態は一刻を争うはずだ。1秒無駄にするごとに、ダンジョンに取り残されている人の生存確率は下がって行く。そのときようやくダンボ事務局の石田さんが自転車で駆けつけてきた。

 石田さんの説明でようやくレスキューの隊長さんは納得してくれたけど、俺はレスキューからヘルメットと安全靴を借りて装備させられることになった。

「西3丁目公園の入口からモノレールの立川南駅あたりまではダンジョンの中でもスマホが使えますが、こっちからはダメです。ここの入口からはまだ数えるほどしか探査の人も入ったことがありませんから、ほとんど手探りで行くことになります」

 俺がレスキュー隊員4人にダンジョンのレクチャーをすることになった。現場の地下まで行けるかどうかぜんぜん自信がないけど、そうは言えない雰囲気だ。

「途中でスライムとかワームとか、土の中に住む虫が巨大化したモンスターが出てきますけど……まあだいたい無害です。ヤバイのがいたら俺が注意します」

 あの「足長のでかいヤツ」は脚を一本へし折ったから出てこないだろう。たぶん。

「現場へのルートはどうやって決めますか?」

 もっともな質問を隊長さんがした。

「勘しかありません。まっすぐなルートはほとんどありませんし、二股や三股に分かれている道もあるかも知れません。現場の穴と空気が通っていれば、少しは見つけやすいかも知れません」

 何をきかれても「かも知れません」としか言えない.ダンジョンで確実なのは危険だってことだけだ。それで人の命がかかっているのだから、正直なところ俺は逃げ出したい気分だった。

 強力な投光器と酸素ボンベとシャベルに救急キット、かなりの大荷物で救助隊は出発した。倉庫からダンジョンの入口へ、入ってから170歩で左右の分岐に行きあたる。ここで最初の決断を下さなくちゃいけない。

「右へ行けば西3丁目公園に繋がる通路、左はまだ行ったことがありません。方向から考えると中央線の下を潜っているんじゃないかと思います」

 俺が説明すると、レスキュー隊員はちょっと視線を交わし合った。

「スイーパーとしては、どっちを行く?」

「俺一人なら左……危険な方を」

 俺が答えると斎藤隊長が小さく頷いた。

「よし。そっちを行こう」


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