地下鉄の
「立川の件は、何かわかったの?」
「施設には特に問題は起っていないと、
工藤明日香が、今日も見せつけるように美しい脚を組みながら答える。
「共同溝ってなに?」
「主に下水管とNTTなどの電話回線、光通信ケーブルなんかをまとめて通してある地下通路です」
「それ、まずいじゃない」
「電話回線と光通信は
「ふーん……」
瀧山育人はマックブックプロを開きながら何か考えていた。
「そのダンジョン、DQのスポットは?」
「あの場所には入っていないようです。立川駅より北側は、今のところダンジョンの存在が確認できていないようです」
「DQはさ……」
瀧山育人はペットボトルのジンジャーエールをひと口飲んで続けた。
「何でダンジョンに設備を投資し続けてるんだろうね?」
もの凄く刺激のきついジンジャーの息を吐きながら育人が言う。
「6月の株主総会でその説明はなかったのでしょうか? 誰が出ました?」
ジンジャー臭から逃げるように、ちょっと体を引いて明日香が聞くと。育人は少し考えていた。
「財務から誰か出ているはずだけど……総会でダンジョンの話なんか出るかなぁ」
育人はそう言いながらマックブックプロにヘッドセットを挿した。
「財務部繋いで……誰でもいい、うん……瀧山だ。6月にDQコミュニケーションの株主総会があったけど、誰が出席した? 彼、いまいる? 頼む」
育人はもう一度ペットボトルのキャップを開けた、ノドに突き刺さるような刺激臭が明日香のところまで流れてくる。
「ちょっと教えて。DQの総会で、ダンジョンの通信設備に関する話題って出た? 質問もなかったの? うーん……」
育人はシートの肘掛けを苛立たしげに指先で叩いた。
「計算書類にその辺のことは? 取締役の報告だけ……ダンジョンのダの字もなしか……資料を見直して、関係ありそうな事項があったら報告して」
育人はヘッドセットを外して、しばらく窓から外を眺めていた。マイバッハは首都高速環状線に入っていた。育人が明日香と『裏の打ち合わせ』を行う時は、いつもこうして移動しながらなのだ。
「なぜ、利益にならないダンジョンWi-Fiなんてものを続けるんだろう……」
「そのあたりを、DQは明らかにしていませんね。ダンジョンにでも繋がるって、宣伝するばかりで」
育人の、独り言のようなつぶやきに明日香が答えた。
「親子連れでダンジョン探検なんてバカげたことを狙うはずもないし……でもやっていることは、ダンジョンに入りやすい環境を作っているとしか思えない」
「新しいCMもダンジョンネタですし」
「そうなの?」
「ご覧になります?」
明日香のマックブックから、ブルートゥース接続した車内モニターにDQコミュニケーションのCM動画が転送された。輝沢りりんが魔法少女に変身するフルバージョンだ。
「なにこれ? 本当のダンジョンで撮ったの?」
ダンジョンの壁や天井まで使ってりりんが走り抜けていく。
「わざわざダンジョンのセットを作ったそうです。それを回転させながら中を走るとあんな画になるそうです」
「CGじゃないんだ」
「変身シーンだけCGで、あとは全部特撮だそうです。メイキングもありますよ、正直そっちの方が面白いですけど」
「いや、後にしよう……DQは儲かりもしないダンジョン事業に資金を投入しているけど、なにが目的だろうね?」
「アグリ事業への差し障りにもなります」
『アグリ事業』とは農業関連の経済事業を指すが、明日香のそれはダンジョンマッシュルーム栽培のことだ。
「まあ、そうだね……まさか『み』がつく彼女と連んでるなんてことはないよね?」
育人が御崎エリカのことを口にしたので、明日香がちょっと表情を曇らせた。マイバッハは一ツ橋のインターチェンジを過ぎて、渋滞にはまっていた。
だが、別にどこかへ急ぐわけでもないので育人も明日香も気にはしなかった。
「株主としてDQの経営陣に質問するのが確実でしょう」
「何と言って?」
「そのまま、ダンジョンWi-Fiにかかる経費に対する収益をあきらかにしろと。きっと赤字ですから、そして何を考えてダンジョンにこんな設備投資をするのか問い詰めれば良いと思いますよ」
「面倒だなー、明日香ちゃんやってよ」
「無理言わないでください、私は
固い土面にペグを打ち込んでミズイトを結んだ。このあいだプラスチックのペグを折ってしまったので、丈夫だけど重い鉄のペグしか残っていなかった。
「帰り道が分かるように糸を張って行きます」
ここから
移動を始めてすぐ、俺は気になることを見つけた。このあいだ足長の化け物野郎と戦ったあと、ダンジョンの奧に投げ込んだキノコの栽培プランター。それがなくなっている。
『あいつが……持って行ったのか?』
だとしたらあいつは、まだこの近くにいるかも知れない。
西に向かうルートは緩い下りが続く、そのうち上の方からゴーッと重い音と振動が伝わってきた。
「何の音だ?」
「きっと中央線の真下なんだ」
レスキュー隊員が話し合っていた。俺もたぶんそうだと思う。しばらくすると分岐に行き当たった。右は真っ直ぐだが左は下って行く。
「空吹くん、どっち?」
俺が考えていると斎藤隊長が急かすように聞く。
「さっき中央線の下を潜ったみたいだから、右」
狭くなったりまた広くなったりのダンジョンを進んで行くと、また上の方からゴーッとくぐもった音が降ってくる。どうやら中央線に沿っているようだ。
俺は頭の中で地上の様子を思い浮かべてだいたいの現在位置を考えた。
「この先でもう一度線路の下潜ったら、駅の北側です。あ……その、テラテラ光ってるとこ。スライムですから触らないでください。手とか、くっついたら取れなくなります」
スライムを叩いてガラスにしておく。
「あ……固まった」
隊員さんが口々に驚いたような声を出した。そう言えば、レスキュー隊にスキルを見せるのは初めてだった。
「ダンジョンの出入りを長くやっていると、スキルって呼ぶ特殊能力が身につくことがあります」
俺はちょっとだけ得意になって説明した。
「誰でもこれができるように?」
「誰でもとは限りませんし、どんなスキルがつくかもわかりません」
ダンジョンでは、わからないことが普通なのだ。また分岐に行きあたった、方向から考えて今度は左を行った。ミズイトが終わったので2ロール目を継ぎ足す。
「ダンジョンで犠牲者が出ていると聞いたけど、実際はどうなの?」
あまり話題にしたくないことを聞かれた。
「何て言うか……西3丁目公園から入って、死んだ人10人以上います」
そのうち6人を俺が運び出したとは、言わない方が良さそうだった。
「あ……」
ライトの中に、キラキラしたものがうごめいている。ダンジョンダニだ、するとこの途は行き止まりだ。
「行き止まりです、引き返します」
「どうしてわかるんだ?」
「あのキラキラしたの、握りこぶしぐらいあるダニです。行き止まりにしかいなくて、血を吸うから危険です。早く!」
ダニが俺たちの吐く息を嗅ぎつけて出てくると厄介なことになる。
「前から思っていたけど」
分岐まで引き返したところで斎藤隊長が言った。
「こんな危険を冒してまでダンジョンに入る理由は、何なんだ?」
「俺は……最初は、ガラスの材料を採りに行って行方不明になった親父を探すためでした」
奧の暗がり、ライトから逃げるようにして何かが消えていく。
「そのうち。さっきの……ガラスにするスキルで、スライムからガラスを作って売れるようになったんで。まあ……定期的に入ってますけど。他の人は、ただ危険を楽しんでるとしか思えません。ユーチューブで配信して、稼ぐ人もいますけど」
真上から『ゴン、ゴン、ゴン、ゴン』と太鼓を叩くような重い響きが伝わってきた。
「駅のところかな?」
「きっと貨物列車が通ってるんだ」
するともう少し進めば昭和記念公園通りの下で、現場まではあと少しだ。しばらく行くと、両手を拡げて届くぐらいだったダンジョンの巾がいきなり広くなった。
「なんだ……ここ?」
レスキュー隊の眩しいライトで先の方を照らすと、何だか柱みたいな物があちこちに立っている。その間を何か光るものが飛び回っている。
「何だあれ、うわっ!」
そいつらが、一斉に俺たちの方に向かって来た。