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第十章 第9話「俺、りりんに告られる」

 わざわざ隠れ家に呼んでまでりりんが話したいことって何なのか、俺はかなり混乱した頭で何を話したらいいのか考え続けた。

「ここ……誰か来たの、圭太さんがはじめてだよ」

「……そうなんだ」

 りりんがラグに転がったまま、弱々しく笑った。

「ホントは……話すことも、ないの」

「え?」

「向こうに行ったら。こんな……好きなときに、一緒にいることなんてできなくなっちゃう」

「一緒に……」

 そこで、情けないことに俺は息が詰まった。

「いたかった、だけ?」

 りりんがうっすら笑って頷いた。

「だめ?」

「いや……」

 『あれ?』俺はあることに気がついて一瞬固まった。りりんは一緒にいたいと言って、俺はそれをOKした。

『これっていま……もしかして。俺、りりんに告られて……受けちゃった?』

 急にまた心臓がバクバクして、俺は顔も体も熱くなってきた。そして、りりんはじっと俺を見つめている。やっぱり。なりゆきだけど、俺はりりんの告白を受けてしまったのだ。

『どう……したら』

 中学高校で、女子とうっすらなお付き合いは経験したけど。これはガチの交際申し込みで、しかも彼女の家でだった。これからどうしたらいいのか、俺は半分パニックになっていた。

「彼氏に……」

 りりんがかすれた声で言った。

「なって、くれる?」

 俺も口中がカラカラになって、声が出なかった。

「いいの? 俺……で……」

「いいの……」

 りりんがのろのろと体を起こした。

さわられて……平気なの。圭太さん、だけ……」

 『あ……』俺は思い出した。普通にりりんと手をつないだり抱きつかれたりしていたけど、りりんは下の義兄から性的虐待を受けてトラウマを抱えていたのだ。

 基本的に男性との接触はダメで、だから握手会は恐怖だったと言っていた。

「だから……」

 りりんは、今日は低いところで縛っていたポニーテールをほどく。今までポニテにしていない姿は、吉祥寺でガッツリデートのときに見ただけだった。

「あたし……圭太さんのこと、好きなんだと思う」

 指で髪をすきながら、りりんが俺を上目遣いで見た。

「でも、おつき合いしたら……こんな、暗いりりんばっかり見るけど……いい?」

 この状態で、嫌だなんて言えるはずがない。

「うん……」

「じゃ……彼氏だったら。こっち……きて」

 りりんに招き寄せられて、並んでベッドにもたれかかる。そして俺はまだ、大事なことを言っていなかったことに気がついた。

「俺も、りりんが……好き」

 りりんの顔が一瞬で真っ赤になって、下を向いて両手で顔を覆った。

「もう……ちょっと……」

 顔を覆ったまま、ひっくり返った声でりりんが言った。

「いい服、着てるとき……これ、したかった」

 贈呈式ぞうていしきにはジャージなんかで行ったわけじゃなく、普通にスカートとブラウスだった。式の時だけブレザーを着ていたけど、会場を出るときはパーカーに着替えてフードで顔を隠していた。有名になるといろいろ大変だ。

「圭太さん……」

 りりんがおずおずした様子で言った。

「あの……答えたくなかったら、いいけど……」

「なに?」

「女の子、と……お付き合い、したこと、は?」

 顔を真っ赤にしてりりんが聞く。こんな可愛い様子のりりんは初めて見た。

「ない」

 あまり嬉しくはないけど即答できた。それからつけ加えた。

「エリカとは、交際してるって関係じゃないし……それに、嫁にも彼女にもならないって宣言されてる」

「知ってる」

 りりんがちょっと目のあたりを指先でぬぐって顔を上げた。

「いちお……エリカさんに聞いたの。圭太さんに、告っても、いいかって」

「え? マジで?」

「うん」

「なんて……言った?」

「結婚式には絶対呼んでって……それと」

 りりんがちょっと口ごもった。

「あの……あたしが……圭太さん振ったときは、必ず知らせろって」

 さすがエリカだ言うことが違う。でも俺が振られる前提ぜんていだってことはちょっと気に入らない。

「知って……どうするんだろ?」

「取って食うからって」

 俺は一瞬笑いそうになったけど、りりんがマジな表情だったので笑いを飲み込んだ。

「あた、し、は……」

 りりんが胸元に手を置いて、ちょっと咳払せきばらいのような音を立てた。

「一度、お話ししたと思うけど……下の、兄に……イタズラされて、虐待ぎゃくたいされて……」

「いいよ……言わなくて」

 りりんが両手で顔を覆った。

「あの……手に、あれ……塗りつけられたり、した、けど……」

 せき込むような小さな泣き声、鼻をすする音。

「それ以上は……殴られたけど……許しませんでした!」

 俺が予想していたよりも、もっとひどい扱いだったようだ。死んでくれてよかったと、本気で思ってしまった。

「だから……」

 りりんが顔を覆ったままで、指の隙間から俺を見た。

「あたし、ぜんぶ……圭太さんが……初めて、だよ」

 聞こえるか聞こえないか、すごい小さな声でりりんがそう言って体をくっつけてきた。それで俺は息ができなくなった。

 バクバクバク……すごい心臓の音が聞こえた。俺も胸から心臓が飛び出しそうな状態だけど、この音はりりんの心臓だ。

『もう……これ……』

 エリカに迫られたときもドキドキはしたけど、今の方が何倍もドキドキが激しい。勇気を出してりりんの肩に手を置こうとしたら、俺は手がプルプル震えていた。

『うわ……』

 格好悪いから何とかして止めようとしたけどムリで、そのうち体中が震えてきた。もう仕方ないから、ガタガタ震えながらりりんを抱き寄せた。

「あ……」

 りりんの小さな悲鳴、そしてりりんの体もブルブル震えている。顔を近づけると、りりんが逃げるように顔をそむけた。

「逃げないで」

「ごめんなさい……恐い……の……」

 でも誘ってきたのはりりんの方だし、途中でやめる気はなかった。

「きゅうっ……」

 りりんの頭を手でおさえて、俺もりりんもガタガタ震えながら唇を合わせた。りりんが、そろそろと俺の肩に手を置いた。俺も、りりんの体に腕を回してギュッと抱きしめる。

「あ!」

 りりんが俺の口の中に小さな悲鳴を吐き出した。息が苦しくなって唇を離して、りりんと強く抱き合った。

「好きに……」

 りりんが震える声で、俺の耳にささやく。

「して、いい、よ……」

 俺は心臓が止まりそうになって顔にどっと汗が出た。エリカにはしょっちゅうこんなことを言われているけど、たぶんエリカは本気で言っていない。でもりりんは100パーセント本気で言っている。

「でも……」

 どうしたらいいのか、俺は完全パニックだった。

「まだ……そん、な……」

 何か言わないと、そう思ったけど何を言ったらいいのかわからない。頭がぜんぜん働いていない。りりんの髪から立ち昇ってくる甘いような匂いで、苦しい胸がもっと苦しくなる。

 まだ震えている、りりんの汗ばんで冷たい手がそっと俺の手をつかんでスーッと下に引っぱっていく。俺の手のひらにザラッとしたしなやかな感触。

「う……」

 思わず俺はうめくみたいな声を出してしまった。これはりりんの脚だ、ストッキングの感触だ。体の奥からムズムズするような興奮が湧き上がってきた。

「あ……」

 りりんの脚に手を押しつけて、スカートを押し上げるように手を滑らせるとりりんが小さく声を上げた。ストッキングの手触り、体中がゾクゾクするほど気持ちいい。でも、俺はもう限界に近づいていた。

 ジーンズの下は痛いほど張りつめていて、これ以上りりんを触っていたら絶対に暴発する。

「りりん……ごめん。俺、もう……ヤバい」

 りりんがちょっと驚いたように目を開けて、そっと体を離した。

「ごめんね……」

 乱れた髪を指でいて、俺が腿の上までたくし上げてしまったスカートの裾を引き下ろした。

「お願い……いい?」

「なに?」

「泊まって……行ってくれる?」


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