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第十一章 第1話「ダンジョンの逆襲」

 大型のタブレットに薄暗い写真が映し出された。牧原雅道が撮影した『ダンジョンBattleField立川』の地下だ。

「確かに、前にゴールデン街でやっていたキノコの栽培と同じに見えるな……でも」

 関東厚生局麻薬取締部主任の水谷が、指先で映像を拡大しながら言った。

「プランターの中が見えませんね」

 御崎エリカがため息交じりに言う。

 牧原雅道はプランターを納めた金属ラックから少し離れて撮影したので、正面のプランターは真横からで中は写っていない。プランターの中が見える角度のものは、影が入り込んで真っ黒にしか見えない。肝心のダンジョンマッシュルームが確認できないのだ。

「内部関係者からの密告ですから、間違いはないです」

「まあ……疑い濃厚って線で踏み込むことはできるだろうけど」

「今日は体験型ゲーム施設のオープニングイベントですから、いくら何でも搬出はできないはずです」

「令状を申請して、明日の朝だな」

「新宿も行けますか?」

 エリカが聞いた。歌舞伎町で営業中の『ダンジョンBattle Field新宿』でも、輝沢りりんがダンジョン特有のニオイを感じたと言っていた。エリカも一度見に行ったものの、キノコ栽培が行われている確実な証拠を見つけることはできなかった。

「もうちょっと……客のSNSなんかでもいいから、キノコに関する情報がないと令状は取れないね。キチョーも考えたけど、あそこは客の年齢層が低いから難しい」

 『キチョー』は、基本調査のことで。一般人を装っての内偵のことだ。だがマトリの職員ではダンジョンBattle Field新宿に入ったところで、存在が浮いて警戒される危険がある。

「君が飛び込んでみないか?」

 エリカの年齢であれば、あそこでは全く違和感がない。

「やってみてもいいですけど……」

 施設内の紹介動画はユーチューブにいくらでもアップされている。エリカもそれは見ているのだが、自分でやってみたいとは思わなかった。

『圭太にくっついて行くしかなさそう……』


 その、立川のダンジョンBattle Fieldではにぎやかなオープニングイベントが続いていた。これからりりんがフィールドに入って、ゲーム内容を紹介しながらの実況が始まる。

「バトルフィールを案内してくださるのは、ダンジョンマスターのアイアン・ディアス・Xさんでーす!」

 1階のエントリーカウンター前で、りりんが声を張り上げた。

「えーと、何て呼んだらいいんですか? アイアンさんですか? ディアスさんですか?」

「いや……えー。ディアスで、いいです」

 『アイアン・ディアス・X』こと牧原雅道が心地悪そうに答えた。これは昨日スタッフが思いつきで決めたいい加減な名前なのだ。

「それではディアスさん! ざっくり、バトルフィールドの紹介をお願いしまーす!」

 実は、りりんは牧原雅道と直接会ったことがない。テレビには出るが視ることはほとんどないので、牧原雅道の顔も知らなかった。それでアイアンディアスXを『なんかなれなれしい人』としか思っていなかった。

「えー。ここは地下1階のダンジョンを抜けて、2階から5階まで様々なバトルを切り抜けて囚われの女神様を救出するのが最終目的です」

「あ、新宿のバトルフィールドと逆なんですね」

 新宿歌舞伎町は上から下に降りてくるシステムだった。

「そうです。女神様を救出すれば、一気に地上に戻ることができます。さあ、それではりりんさん。一緒に戦いに臨みましょう!」

「はーいっ! レッツ、バトリーング!」

 りりんたちの足の下、地下3階の電源機械室では男たちがブルーシートやベニヤ板を運び入れて、マッシュルーム栽培室に開いた穴の修理を始めようとしていた。

「う……」

 電源機械室の照明を点けた瞬間、男たちは凍り付いた。機械室の半分ほどがスライムで覆われ、大きなハエのような虫が飛び交っていたのだ。

「ダンジョンになってる! マンホール、閉めなかったのかよ!」

「昨日ベトナムの奴らが見に行って、逃げて来たんだ。あいつら、閉めなかったんだ」

 牧原雅道が蹴り開けた穴は、建物真下にまで延びていたダンジョンに繋がっていたのだ。ひと晩でマッシュルーム栽培室は完全なダンジョンに変わり、危険でキノコの取り入れなどできない状態になっていた。

「とにかく、下降りて穴をふさぐんだ!」

 ハシゴにアルコールのスプレーを吹き付けてヌルヌルするスライムを剥がし落とす、まだ滑るハシゴを慎重に降りて生臭いダンジョンの空気に変わってしまった栽培室に降りる。

「これ以上虫が入らないように、とにかく穴を塞ぐんだ。あっちの、突き当たりだ」

 飛び交う巨大な虫を払いのけながら金属ラックの間を進んでいると、先頭の男がいきなり足を止めた。

「どうした!」

「なんだ……あれ?」

 先頭の男の肩越しに、後ろに続く男たちがのぞき見たものは。棚の狭い隙間を行ったり来たりする細長い棒のようなものだった。

「おい。お前、見てこい」

 一番後ろにいたリーダー格の男が言った。

「うへえ……」

 完全に腰の引けた姿勢で、先頭の男がそろそろと奥へ進む。部屋の突き当たりには、虫以外何もいない。

「あ……箱、なくなってる。棚が、カラだ」

「何だと!」

 キノコのプランターがぎっしり並んでいたはずの金属ラック、それが何列かカラになっている。プランターが持ち去られているのだ。

「穴は、どんなだ!」

「えーと……」

 照らし出した穴は、依然として部屋の隅に大きく口を開けている。その明かりの円の中、穴からニュッと2本の棒が突き出てきた。

「うわっ!」

 棒に続いて、黒い毛が密生した頭のようなものが現れた。それはLEDライトの光を迷惑そうに一瞥すると、長い棒のような腕を伸ばして金属ラックからプランターを引き出した。以前に高琳寺こうりんじで空吹圭太が目撃した、ダンジョンマッシュルームを食うクモ男のような『あいつ』だった。

「ば……化け、物、が……箱、盗んで、やがる!」

 大騒ぎになった。手空きの人間はぜんぶ地下に呼び集められ、モップの柄で『化け物』を追い払いつつ残ったプランターを電源機械室に運び出した。

「ここじゃダメだ! キノコに虫がたかる!」

 プランターは地下2階の、まだ営業していないコインパーキングに移すことになった。その最中に『ぼかん!』と音がして閉めてあったマンホールの蓋が開いた。

「うわあ!」

 『あいつ』が体中にスライムをまとわりつかせて機械室に侵入してきた。男たちがモップの柄やら防犯用の刺叉で応戦するが、『あいつ』の腕の方が長い。部屋中を動き回って格闘しているうちに、機械室の中はスライムだらけになってしまった。

「あっ!」

 『バン!』と大きな音がして、室内の照明が消えた。スライムが電源装置の中に入り込んでショートさせてしまったらしい。部屋の中は非常灯の緑色の薄明かりにだけになった。

「まずいそ! おい! 逃げるな!」

 パニックに陥った男たちは我先に機械室から逃げ出して行く。非常階段の照明も消えていて、1階まで逃げ出した男たちは階段室のドア前にそこらにあった物を積み上げてバリケードを作ってしまった。

「あれ?」

 ダンジョンバトルフィールド立川の大型ビジョンが消えた。地下のダンジョンでりりんと牧原雅道のディアス何とかが喋っていたときに、いきなり画面が真っ黒になった。

 歩道の柵に腰掛けてオープニングイベントを眺めていた俺は思わず立ち上がった、何だか様子がおかしい。施設の正面にたまっている見物の連中もザワザワ騒いでいる。

「どしたの? 停電?」

「オープニングで、いきなりかよ?」

 俺の周囲でもみんな騒ぎ始めた。何だか嫌な予感がして、俺はダンジョンバトルフィールドの建物に向かった。人の間を抜けて正面に行くと、ガードマンが中にいた客を外に誘導しているのが見えた、でも、中はなんだか様子が変だ。

「そっちも、シャッター下ろせ!」

 りりんたちが入って行った地下ダンジョン入口のシャッターが下ろされていく。何か事故が起こったのだろうか。

「りりん!」

 俺は制止するガードマンの腕をかい潜って、エントランスに駆け込んだ。

「りりんは、どこだ!」

 りりんも、何とかエックスの姿も見えない。

「地下に。2人、まだいるんじゃないのか!」

 施設のジャンパーを着た人間をつかまえて聞いてみたけど、そいつも何がどうなっているの全然かわからないらしい。

 俺は中を見回して非常階段の誘導灯を見つけた。でも、なぜかいろいろな物を積み上げて通れなくしている。理由なんか考えている余裕はなかった。

「おい! なにを!」

 俺はバリケードを蹴って崩して、ドアに取り付いて押し開けた。後ろから掴まれたけどそいつも蹴って、俺は非常階段に転がり込んだ。


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