『ダンジョンBattle Field立川』の冒険は、エントリーカウンター後ろにある小部屋から始まる。
探索のプレーヤーが部屋に入るといきなり床が抜けて、急角度の滑り台で文字通り地下の第一迷路に放り込まれるのだ。
「きゃーっ!」
「ぐふうっ!?」
勢いよく滑り落ちた輝沢りりんは、アイアン・ディアス・Xの背中に思い切りぶち当たってしまった。ハプニング映像を撮るためにわざと仕掛けを説明されていなかったのだ。
「ごめんなさいディアスさん、大丈夫ですかー?」
滑り台の下はスポンジボールのプールだが、りりんの全体重を背中で受けたディアスはしばらく息が詰まっていた様子だった。
実況のカメラが下で待ち構えていたので、アイアン・ディアスが蹴られたシーンは外の大型ビジョンに映ってしまった。
「さあ、これで……」
ディアスは何度か
「ダンジョンを戦い抜けないと、地上には戻れなくなりました」
「いまいるここは……どんなダンジョンなんですか?」
「ここは、『地獄の入口』と呼ばれていますが、遭遇するモンスターはゴブリンとデカネズミ、ゾンビ程度です。どれも単独で出ますから危険度はそれほど高くありません。ただし、途中であるアイテムを発見しないと脱出はできません」
「あるアイテムって、どんな物ですか?」
「それは秘密です。それに通常プレイですと、まずここでクエストを解いて、ゲーム内で武器となるマテリアルソードを探し出す必要があります。でもりりんさんはもうオプションのハイパーソードを持っているから大丈夫です」
「あ……これ。新宿のよりカッコいいですね」
「制限時間は15分です。さあ、
「はいっ!」
第一ダンジョンはソードを使っての戦い方を覚える、ほぼチュートリアルだった。歌舞伎町の第二フィールドまで経験したりりんは、楽勝でラストクエストの部屋にたどり着いた。
「さあ。クエストは10種類あって、どれが出るのかはわかりません。りりんさん、クエストボックスをあけてください」
「はいっ!」
りりんがモニターに映し出された宝箱にハイパーソードをあてた瞬間、部屋の中は真っ暗になった。
「何も見えませんけど、これ。クエストなんですか?」
明りがついた、同行していた撮影スタッフがスマホのライトを点けたのだ。
「これは……停電したみたいですねぇ」
スタッフが不安そうに言った。
「え? 停電? それ、マズいよー」
アイアンディアスの牧原雅道がマスクをずらしながら言った。どこかで、大声で話している男たちの声が聞こえる。
「どうする? 一回出る?」
「ちょっと待って、センターにきいて……あれ、圏外になってる」
スタッフがスマホでどこかに連絡を取ろうとしたが、電波が途切れてしまったようだ。
「もしかして、全館停電?」
「かも知れない、まずいなー」
「出ようよ、火事とかだったらヤバい」
アイアンディアスがクエスト部屋から出ようとしたが、部屋のドアが開かない。自動ドアで、ドアノブも何もついていないのだ。
「これ、どうやって開けるの?」
「クエストクリアで自動的に開くんですけど、手動は……どうするんだっけ?」
スタッフが非常開放レバーを見つけるのに10分ほどかかり、りりんたちはようやく非常灯が点いたダンジョン通路に出られた。
「1階ダンジョンに上がってもやっぱり停電だから、これ非常階段でエントランスに出ないとダメなんじゃない?」
「そうですね」
チュートリアルの第一ダンジョンでゲームオーバーになる可能性はほとんどないので、ほかのフロアのようにゲームオーバー用の非常階段は目だった案内になっていない。スタッフもディアスも何度か迷う始末だった。
ようやく非常ドアを見つけて1階まで階段を登ったが、1階のドアを開けると段ボール箱や折り畳みの机が積み上げられてあって出られない。
「えー? なんで……おーい!」
ディアスが叫んだが、エントランスでは避難誘導らしいハンドスピーカーの喚き声が反響していて気が付いてもらえない。
「だめだ! B2の、駐車場から出ましょう1」
何が何だかわからないまま、りりんたちは階段を下って地下2階のまだ営業していないコインパーキングに向かった。
「何だこれ?」
「なにが……起こってるんだ?」
「とにかく、はやくここから出よう」
駐車場の中も停電で、照明が消えて非常口の誘導灯だけが光っている。
「あっちだ」
あちこちにプランターが落ちていて、3人とも時々
「これ……何なの、邪魔だな」
一瞬奥の方が明るくなって、『ドーン』と重い金属ドアが閉じる音が響いた。
「ほかにも、避難した人いるんだ」
ディアスがそう言いながら出口シャッターに向かう柱の角を曲がったときだった。
「あ? なんだ、あれ」
先頭を歩いていたスタッフがいきなり足を止めた。
「どうした?」
「何か、いる」
スタッフがスマホのライトを点けた。
「うわ……うわあぁ!」
駐車場シャッターの前に立ちはだかるように、巨大なクモを思わせる『何か』がいた。
「ひきぃぃぃぃ!」
りりんが金切り声を上げた。
「わあぁぁ!」
スタッフが数歩後じさって、身をひるがえして逃げ出す。
「こいつ……前に……見たこと、ある」
アイアン・ディアス・X、牧原雅道は以前に
「なん……です、か……あれ」
「だ……ダン、ジョンに……住んでる、化け物、だ……」
震える声で言いながらも、アイアン・ディアス・Xは背負っていた大剣を抜いて大クモ野郎に切っ先を向けた。木とFRPなので武器としては非常に心許ない物だが。
模造の大剣を構えながらも、アイアン・ディアス・Xはじりじりと後じさる。りりんもそれに合わせて後ろ向きによろよろと歩いた。
「逃、げ、たら……追っかけて、きますか?」
「わからん」
そのとき、床に落ちていたプランターに足をひっかけてりりんが転んだ。
「きゃっ!」
「うわ!」
アイアン・ディアス・Xまで足を取られて尻餅をついてしまった。大クモがゆっくり近づいてくる。
「ああああ……」
アイアン・ディアス・Xが情けない声を出した。思わずりりんは目を閉じる。
『圭太……さん……』
俺はバリケードを乗り越えて、勢い余って非常階段の中で一回転してしまった。中は緑色の『非常口』の明かりだけでひどく薄暗い。
「いてて……」
ぶつけた額をおさえながら、転びそうになりながらダンジョンがある地下1階に降りた。
「りりん!」
ドアを引き開けて、中に向かって叫んだ。
「りりん! どこ!」
女の子の悲鳴が聞こえた。下だ。俺はまた転げる勢いで階段を駆け下りる。『地下駐車場』と書いてあるドア、そこから出てきた人とはち合わせしそうになった。
「りりん……輝沢りりんはどこ!」
「駐車場……でも、化け物が……」
そう言うと、『ダンジョンBattle Field立川』のスタッフジャンパーを着た人は階段を駆け上がって行った。
「化け物って、まさか……また、あいつか?」
俺は駐車場に入って声を張り上げた。
「りりん!」
「圭太さぁーん!」
りりんの、泣きそうな声。俺は声の方に走り出して床に座り込んでいる二人の人影と、薄暗い緑色の明かりに浮かんだ異様に長い脚を目にした。
「やっぱり……あいつだ」