目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第十一章 第3話「モンスター・チェイサー」

 あいつは地下駐車場のシャッター前に立ちはだかって、りりんたちの逃げ道をふさいでいた。

「りりん! うわっ!」

 俺はもう一度叫んで走り出そうとして、床に落ちている何かを蹴り飛ばしてしまった。

「あれ?これって……」

 これは、どこかで見たことがある。

「プランターじゃん……もしかして、ダンジョンマッシュルーム?」

 ここは地下だけどダンジョンじゃない。だったら何でプランターがあるのか。よくわからない、それから気がついた。ダンジョンじゃないから俺のスキルは使えない。たぶん使えない。

「なにか……武器になるもの……」

 そう思ったけど空っぽの駐車場だから何もない、プランターじゃ武器にはならない。目についたのは柱に取りつけてある『消火器』と書かれた赤いボックス、中から取り出して抱えて走った。

「大丈夫か! りりん!」

 りりんたちの前で、「あいつ」を睨みつけて俺は言った。ヒーロー的な格好良さだけど、持っているのが消火器なのでどこか変だって自分でも思う。

「あいつ、やっつけてくれ!」

 変な衣装の牧原雅道が上ずった声で言った。床に座り込んで大きな剣を構えてはいるけど、きっとダミーだ。プルプル震えていて、やたらに軽そうに見える。

「こいつ……やっぱり。ダンジョンマッシュルームあるところに、出るのか?」

「ここでもか? まさか」

 牧原雅道が言った。

「プランター、いっぱい転がってる」

「ああ……そう言えば、あったな」

 あいつが、長い手脚を動かして『のそっ』とこっちに近づいてくる。俺は消火器のピンを抜いてホースを外して、あいつに向けた。

『ブシューッ!』

 レバーを握るともの凄い勢いで粉が吹き出した。前に消防訓練で扱ったときより凄い反動だった。たちまち目の前が白っぽいピンク色の霧に覆われる。

「ぐもっ!」

 あいつの声なのか、変な音。あちこちマダラに消化剤で覆われたあいつが、のそのそと逃げて行く。駐車場出口のシャッターから離れて、少し離れたところで止まってまたこっちを向いた。

「いまだ、りりん! 逃げろ!」

 声をかけると、牧原雅道が這うようにしてシャッターに向かうのが見えた。

「りりん!」

 りりんも立ち上がったけど、シャッターには向かわないで俺の背中にしがみついた。

「何やってる! 逃げろ!」

「逃げない! 圭太さんと一緒に、いる」

 駐車場の中が明るくなった。牧原雅道がシャッターの横にあるドアを開けたのだ。

「おい! りりんちゃん、こっち! 早く!」

「ディアスさんは、行って!」

 『あいつ』が明るさから逃げるようにして、非常階段の方へ向かう。

「りりん! 危ないから……」

「いや!」

 俺の言葉を遮ってりりんが叫んだ。どうしたらいいのか、俺はすごく迷った。

 あいつを放っておくわけには行かない、でもダンジョンでない場所であいつをどうにかできるとは思えない。それに、これ以上りりんを危険な目に遭わせたくない。

「それじゃ、一緒に出よう」

「あのバケモノは、放っとくの?」

「え? えーと……」

 りりんに言われて俺はたじろいだ。

「ダンジョンスイーパーは、ダンジョンの平和を守るために戦うんじゃないの?」

「いや……平和って……言われても」

 俺はそんなこと言った覚えはないけど、いつの間にかりりんは勝手にそう決めてしまったらしい。

「それじゃ……一緒に、来る?」

 俺が恐る恐るそう言うと、りりんはこわばった顔で頷いた。もう引っ込みがつかない。

『なんで……こうなるんだよ……』

 非常階段の方から、何かを蹴り倒すような音とドアをひっかくような音がした。あいつが逃げだそうとしているようだ。

「行くぞ、りりん!」

「はいっ!」

 もう、ヤケクソだった。俺とりりんが非常階段に出ると、あいつは地下3階へ下りていくところだった。でも、動きが何だかおかしい。長い脚で体を支えられなくなったみたいで、這いずるようにして移動していく。

「ダンジョンから出たから、パワーが切れたんだ」

「なに? それ」

 りりんに聞かれたけど、どう説明したらいいのか思いつかない。

「俺は……ダンジョンの外じゃガラス化スキル使えない、スライムはダンジョンから出たらすぐ溶けて消えちゃう。だから……あいつも、ダンジョンのパワーが切れて動けなくなってきてるんだと思う」

「あ……そうか」

 あいつはようやく地下3階に下りて、やっぱりプランターがはさまって閉まりきらないドアから部屋に入っていく。

「あそこ、なんだ?」

 俺とりりんんも急いで階段を下りた。そこのドアには『電源機械室 危険につき関係者以外立ち入り禁止』と書いてある。

「立ち入ったよな……あいつ」

 ドアの隙間からのぞくと、中はほとんど真っ暗だった。ドアの上にある非常口誘導灯の心細い明るさの範囲には何だかわからない機械が見えるだけだ。でも、奥の方から重い物がズルズル動いている音が聞こえる。

「圭太さん。これ、光ります」

 りりんが、手にしていた何かをドアの隙間にさし込むと。白い光が何とか部屋の奥まで届いた。あいつが、少し高くなった床の段差を登ろうとしてジタバタしている。そしてそのあたりは壁や床が変な色になって、スライムもいる。

「あそこ……ダンジョンに、なってるのか?」

 ダンジョンマッシュルームのプランター、そして地下室はダンジョン。するとやはりここは違法の栽培所だったのか。そしてダンジョンマッシュルームに『あいつ』が引き寄せられてきた。

 考えている間にあいつは段差によじ登って、そこから下に姿を消した。下から重い物が落ちる『ドサッ』という音。

「痛そう。今の」

 りりんがぼそっと言った。

「行くか?」

 俺が聞くとりりんは引きつった表情で頷いた。段差に上ってみると、そこは大きな鉄の蓋があるマンホールだった。下は真っ暗。りりんの持っている明かりで照らすと、どうやら下はスライムだらけみたいだ。大きなハエも飛んでいて、もう完全にダンジョンだ。

「気をつけて」

 マンホールから下りようとするとりりんが言った。

「ここはダンジョンだ。そして俺はダンジョンじゃ無敵だ」

 一回ぐらい、カッコ良いセリフを言ってみたかった。

「でも危なかったら、俺に構わないで逃げろよ」

 消火器を片手に垂直のハシゴを下りるのは難しかった。下の床は全面テラテラで、たぶん一面スライムだ。床に足を下ろす前に消火器で『ドン』と床を叩いた。

『パキパキパキ……』

 思った通り、ダンジョンの中なので俺のガラス化スキルは有効だ。

「りりん。ここ、スキル使えるぞ!」

「じゃ、あたしの声も?」

「たぶん」

 でも、こんな狭いところであの『声』を出されたら俺の鼓膜が破れる。

「下はガラスになってる。滑るから気をつけて」

 狭い部屋の中に注意を払いながら、下りてくるりりんの体を受け止めた。

「なにここ? あ……前にこんなの、見たことある」

 以前はエリア13のホールがこんな状態だった。棚がひっしり並べられている。

「ここに、プランターがあったんだ」

 でも棚はぜんぶ空になっていて、あちこちで倒れている。あわててプランターを運び出したのか。

「圭太さん、あそこ……」

 りりんが明かりで奧を照らし出した。壁に黒々した穴が開いている。

「あそこから入ってきて、逃げたんだな」

 穴は、高さはないけど俺とりりんが並んで中を覗くことができる巾があった。りりんが中を照らした瞬間、下から長い腕が伸びてきて俺の腕をつかんだ。

「うわっ!」

「圭太さん!」

 りりんの悲鳴。俺は頭から真っ暗なダンジョンに引きずり込まれた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?