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第十一章 第4話「殲滅」

 御崎エリカはダンジョン博士の真柴ましば教授から「ダンジョンタガネ」に関する分析結果を受け取っていた。

 大元は教授がどこぞの省庁から依頼されたことで、エリカは本来結果を知ることができないはずだが博士は特別にエリカにも知らせてくれたのだ。

 もちろん公式の報告書ではなく、報告書の内容を要約してメールにベタ打ちしたものだ。

『ダンジョンの壁に打ち込まれたタガネには、何らかのエネルギー転移が起こったことを示す磁気的な変化が認められました。また、地上でタガネを自然石やコンクリートに打ち込むとタガネから自然石などにエネルギーが伝わる現象も確認できました。ダンジョンの中にタガネを打ち込むことはマナエネルギーの放出になると考えられます』

 リビングの狭いテーブルで、エリカは頬杖をついてパソコンの画面を見つめていた。

「これで……濱田のやってることが、学術的な裏付けされたことになったけど」

 体を起こして背中を伸ばし、マグカップのぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。

「でも、これじゃ状況証拠が増えただけだな……」

 『ダンジョンバトルフィールド立川』の地下でダンジョンマッシュルーム栽培が行われていることはほぼ確実で、あとは捜査令状を取って踏み込むだけになっている。

「りりんにはちょっと気の毒だけど……」

 オープニングイベントのゲストで呼ばれた次の日に施設が家宅捜索を受けたのでは、犯罪に無関係であってもりりんの名前に傷が付くことになるだろう。

「イベント、まだやってるのかしら?」

 『ダンジョンバトルフィールド立川 オープニングイベント』と検索しようとした。

「は?」

 『ダンジョン』と入力した瞬間に『ダンジョンバトルフィールド立川停電』『ダンジョンバトルフィールド輝沢りりん行方不明』が出てきた。

「ウソ……何があったの?」

『りりんとアイアン何とかが地下の第一ダンジョンを抜けようとした瞬間にこれ』

 SNSには真っ黒になったダンジョンバトルフィールド立川の屋外大型ディスプレイがいくつもアップされている。アイアンディアスは牧原雅道のことらしい。原因はわからないが施設が全部停電になって、二人は地下から出られないらしい。

 試しにかけてみたが、輝沢りりんの携帯は繋がらない。それに、間違いなく見に行っているはずの空吹圭太の携帯もつながらない。電波の届かない場所にいるらしい。

「あの建物で、電波が届かないって……うんと地下?」

 建物全体が停電している様子だし何が起こったのかはわからないが、ここまで起こったいろいろなトラブルを考えると二人の身に危険が及ぶ恐れは高い。

「何ができるかわからないけど、行くか……」

 自宅にいたエリカはゲーミングチェアから腰を上げた。日曜のこんな時間だと駐車場も空いていないので、モノレールで行った方がよさそうだった。


 肩から体の左の半分にものすごい衝撃。

「うがっ!」

 真っ暗な視界の中に火花が見えた。どこからかりりんの悲鳴が聞こえた。

「ぐうっ!」

 胸の真ん中に、踏みつけられたみたいな重さ。息が詰まる。

「圭太さぁん!」

 上の方からりりんの声が聞こえたけど、真っ暗で何も見えない。

「りりん……明り……」

 息が苦しいけど、何とか声を出せた。上の方で光が見えた、見えなかった方がいいような物まで見えた。『あいつ』が足の一本で俺の胸を踏みけている。

「こ……の……」

 嫌だったけど両手でそいつの足をつかんで、持ち上げてどけようととした。ちょっと動いたけど、すぐもっと強い力で踏みつけられた。調布のダンジョンでやったみたいに、念をこめて素手でガラス化させてみようと思ったけど、できない。相手が大きすぎる。

「圭太さぁん!」

 またりりんの叫び声がして、俺の頭の横に何かが『がん!』と落ちてきた。もうひとつ、何かが『あいつ』の体の上に落ちて、あいつはうめき声を上げながら俺から離れた。落ちてきたのは組み立てラックの棚みたいだ。

「このやろおー! 圭太さんから離れろー!」

 すごい声がして、何とあいつの上にりりんが飛び降りてきた。さすがに体を支えきれなくなって、あいつは平べったくなって足をじたばたさせている。

「りりん。それ、よこして!」

 りりんが持っていた長い棒、たぶん組み立てラックの柱だ。

「どいて! りりん!」

 りりんから棒を受け取ると、俺は体を起こそうとした「あいつ」の頭に思い切り棒を叩きつけた。

『ドカッ!』

 凄い音がして、鉄の棒はそいつの頭にめり込んだ。でも血も何も出ない、『パリパリパリ……』と音がしてそいつの体がガラスになっていく。ここはダンジョンだから、俺のスキルは有効なのだ。

 ガラスになったそいつの頭に足をかけて、鉄の棒を引きぬいた。

『ばきん!』

 棒が抜けた瞬間、そいつの体が粉々に砕けた。りりんがぺたんとへたりこむ。

「そいつ……何だったの?」

 りりんが震える声で言った。

「……わからない」

 もしかしたらダンジョンで行方不明になった人間なのかも知れない。でも、もう確かめる方法はない。それにガラスになったのだから元が人間でも動物でも、スライムと同じモンスターなのだ。

「早く出よう」

 俺の体を踏み台にしてりりんが先に上がって、ばらした金属ラックをおろしてもらってハシゴみたいな物を組み立ててよじ登った。

 俺を引っ張り上げてくれたところで、りりんは力尽きたのかクタクタと床に座り込んでしまった。

「りりん……しっかり」

「も……立てない」

 りりんを引きずるようにして歩いて、ハシゴは下からお尻を押し上げた。非常階段はりりんをお姫様抱っこして登った。B2のだだっ広い駐車場を横切って出るのは嫌なので、1階まで非常階段を登った。

「おらぁ!」

 入ってくる時に半分くらい崩したので、非常口を塞いでいたバリケードは俺の蹴り2発で崩壊した。

 エントランスでりりんを降ろすと、スタッフの歓声が上がった。

「はーい! りりん、無事でーす!」

 ぐにゃぐにゃだったりりんが、いきなりシャッキリ立って手を振った。

『こいつ……』,

 これは演技なのか、それともタレントのプロ根性なのか。

「さっきまでのグダグダ……なに?」

 小声で聞くと、りりんはちょっと舌を出した。

「圭太さんに抱っこされたかったの」

 りりんはスタッフに囲まれてすぐ近くのビジネスホテルに入った。そこが控え室の代わりだったらしい。

 りりんが着替えている間に、俺はホテルの外でエリカに電話を入れた。地下で圏外になっていた間に何度かかかってきていたのだ。

「もしもし……いま、りりん救助して地下から出てきたとこ」

『また活躍って言うか、巻き込まれたな。何があったの?』

「原因はわからないけど停電になって、助けに行ったら……」

 地下3階のさらに下でダンジョンマッシュルームの栽培をやっていて、それを食いに大グモみたいなモンスターが来てそいつを退治したことを説明した。

『そいつを、高琳寺で見たの?』

「たぶん、同じ奴」

 あんなのが2匹も3匹もいたら嫌すぎる。

『厄介だねー、そこの地下もダンジョンに繋がってるんだ』

 エリカがため息混じりに言った。立川の地下は、もうダンジョンだらけなのかも知れない。

『いま立川南の駅出て、そっち向かってるところ。まだそこいるの?』

「いま、近くのホテルでりりんが着替えてる」

『牧原雅道、どうした?』

「あ……地下の駐車場から出て行ったけど、そのあと知らない」

『あ、キャッチ来た。これりりんじゃないかな? ちょっと待って』

 エリカがそっちと話しているのを待つ間、ダンジョンバトルフィールドの前にまだ群れている連中をぼんやり眺めていた。トラックが来て、バトルフィールドの地下駐車場に入って行った。

「あれ?」

 あそこの駐車場は空っぽで、ぜんぜん使われていないように見えた。それなのにトラックが入って行く。その後から2台、ワゴン車とベンツが地下駐車場に入って行った。

「あ……」

 嫌な予感がした。あのトラックは、ダンジョンマッシュルーム栽培の証拠品を運び出しに来たのかも知れない。じりじりしながらエリカとりりんの通話が終わるのを待った。

「エリカ。さっき、地下にトラックが入って行った。あの駐車場、やってないのに」

『くそっ』

 エリカの返事はそれだけだった。


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