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第十一章 第6話「再訪、新宿魔界」

 午前9時の歌舞伎町は、閑散としていて、あちこちにゴミの山ばかりが目立った。ゴミの回収車がやって来てそれをどんどん積み込んでいる。

 りりんのコネで、ダンジョンバトルフィールド新宿の一回目の入場前に入れてもらえることになった。一般プレーヤーより15分早くプレイを開始できるのだ。

「なんか……何て言うか、後ろめたいな」

 開店を待っている列を眺めながら俺がつぶやくと、エリカが鼻で笑った。

「向こうはもっと後ろめたいことやってるんだから」

 電気系統のトラブルで立川店のオープンが一週間遅れることになったので、そっちの客も来ているのだろうか。

 りりんとの待ち合わせは9時半で、まだ20分くらい時間があった。俺はリュックからコンビニの袋を引っ張り出して、その中からアルミホイルの包みを取り出す。

「なにそれ?」

「朝メシ」

 のりに余ってたご飯を乗せて、冷蔵庫にあった物を適当に入れて巻いた。のり巻きともお握りとも言えない。でも味付けのりじゃなくて焼きのりだったからあまり味がしない。

「あんた、ちょっとは見栄えってモノ考えなさいよ」

 リュックの中で潰れてひどい形になってるそれを見て、エリカが嫌そうに言う。

「だって、朝マックだって高いし……」

 ソーセージマフィン1個じゃ絶対足りない、そしてそれを2個食べたら360円だ。それに加えて立川から新宿まで、電車で片道約500円もかかる。まあ電車代はエリカが出してくれるのだけど、朝飯までは面倒見てくれない。

「まあ……自分で学費稼いでる高校生じゃ仕方ないか」

 エリカがため息混じりに言ったとき、黒いジャージのパンツとグレーのダボッとしたパーカーでフードを深くかぶった不審者っぽい女の子がきた。でもどんなに変装していても、俺にはりりんだとすぐわかる。

「おはよ、ございまーす」

 周囲の注意をひかないように、りりんが小声で俺たちに挨拶した。

「あと5分したら、あっちの従業員入口から入ってくださいって」

 何気ないふりを装って、俺の陰にりりんを隠すようにしてダンジョンバトルフィールド新宿の従業員用入口に向かった。ドアが中から開くと、そこに見覚えのある人がいた。

「あれ? 有藤さん?」

「おお、空吹くん。久しぶり」

「なんであんたがいるの?」

 不審そうに聞くエリカに、りりんが笑いながら答えた。

「マネージャーになってもらいました」

「は?」

「いいから、入って入って」

 一時はちょっと不審者っぽい感じになっていたけど、有藤さんはまた牧原雅道のときのようなスーツ姿に戻っている。

「お仕事増えて、母が悲鳴上げちゃったんです」

 DQコミュニケーションのCMで契約するために、形だけ会社を作ってお母さんを社長にしたのだが。3ヶ月もたたずにもうパンク状態になったらしい。

「仕事を捌くんじゃなくて、仕事を断るのが俺の仕事みたいなもんだ」

 有藤さんがぼやいた。

「そんな凄い数、仕事きてるの?」

「頭悪くてセリフ覚えられないから、ドラマとか断ってます」

 けろっとりりんが言ったので、俺とエリカは苦笑いするしかなかった。

「ところで御崎さんよ。どうやらあんたの敵が来てるようだぜ」

「敵?」

「工藤明日香だ。入って行くのチラッと見たけど、間違いない」

 工藤明日香と聞いて、俺は一瞬手に汗が浮いた。りりんが一緒の時には会いたくない相手だった。

「こっちも撤収かしら?」

「どうかな? 間に合えばいいんだが」

 4人パーティーで挑戦することになった。ただしエリカはスマホを持って撮影係なので、実際に戦うのは3人だ。

「戦うダンジョンアイドル、輝沢りりんでーす!」

 第1フィールドに向かうエレベーターの中で、りりんがユーチューブの収録を始めた。今日は何が起こるかわからないヤバい行動なのにと思うけど、考えてみればりりんがいるのに収録しないでプレイをする方が不自然だった。

「今日は新宿歌舞伎町にある、ザ・ダンジョンバトルフィールド新宿に、また来ちゃいましたー!」

 俺と有藤さんで、遠慮がちにペチペチ拍手する。いつもの突き抜けて明るいりりんなのだけど、これが演技なのは俺しか知らない。

「この前はー、ミッション2でゲームオーバーしちゃったんですけどー。今日はリベンジで、強力な助っ人お二人に手伝ってもらいます。よろしくお願いしまーす!」

 エリカのカメラが一瞬だけ俺たちに向く。

「前はミッション2の、戦いの城って。一人じゃ絶対ムリだってところなんですけど。だったらあたし一人で入れないでほしかった。今日は絶対ラスボスまで行きます! 絶対行く」

 まず5階のチュートリアルと4階の『廃墟の町』を軽く突破して、階段で3階に降りた。前にユーチューブで聞いた絶叫と悲鳴とアナウンス。

『ダンジョンのモンスターが城に入り込んでいるんだ! その通行証は……そうか、領主様は無事だが城の中はどこも兵士とモンスターが戦っている。巻き込まれたら命はないが、それでも行くと言うなら止めない』

「はい。りりん、止まりません!」

 りりんが勇ましく飛び出して行く。

「ここは、モンスターは斬って兵士は剣を弾く! えいっ!」

 先頭を行くりりんを俺と有藤さんで援護する。

「ここで。前、やられました」

 そこを抜けると、今度は壁の右からも左からも棒が突き出てくる。それは兵士の槍で、刺さったら当然アウトだ。

「こーゆうのはパターンがあるんだ。落ち着いて、見る」

 有藤さんが言った。

「右、右、左、右がセットだ。それが3段続いてる。お前左やれ、俺とりりんで右を叩く」

 延びてくる槍をマテリアルソードで叩いて止める。槍の通路を突破。

「次は、領主様の、お部屋ー!」

 『領主の間』の前にはもの凄い数のモンスターが群がっている。こっちを向いた奴は攻撃してくるので、ダメージを喰らう前に必ずやっつけなければならない。

「俺たちがガードやる! りりんはとにかく斬りまくれ!」

「はーいっ!」

 一度失敗してコンティニューを使ったが、パターンを掴んだので2度目の挑戦でクリア。何だか『らしくない』領主に会うことができた。

『お前たちで、この城に攻め込んだモンスター共を全滅させたと言うのか!なんと 天晴れな!』

 褒美のコイン、『ベリス』と呼ぶのだったか。それを20枚貰い、モンスターに連れ去られた領民や家族の救出を頼まれた。

「流れの冒険者によくそんなことを頼むな」

「いいから!」

 俺はつまらないことを言ってしまい、りりんに怒られた。

「クリアした奴、いるのか?」

 不気味なデザインになっている2階への階段を降りながら、有藤さんがりりんに聞いた。

「もう、30パーティーくらいクリアしたそうです。ほとんどが前のコラボイベントのとき」

 先月までソーシャルゲームとのコラボで、ラスボスが人気のある女性キャラだったのだ。それで予約が困難なくらい客が押し寄せていた。

 2階、地底への通路。本物に近い、暗い曲がりくねったダンジョンだ。

「興ざめになるかも知れないが……」

 有藤さんが言った。

「小さい赤い光が見えたら注意しろ、センサーだからそこに何かギミックがある」

 そう言った矢先に、俺たちの背後で鉄格子が降りてきた。後戻りはできないと言うことだ。

「こんな風にな」


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