圭太とりりんのパーティーが5階でミッションチャレンジを開始した頃、同じビルの地下3階ではダンジョンマッシュルームを搬出する作業の真っ最中だった。
ダンジョンバトルフィールド立川で起こったトラブルで、ダンジョンマッシュルームの違法栽培が露見することを恐れた組織は新宿の設備も撤退することを決めたのだ。ただ、栽培するだけの立川と違って、新宿の地下にはキノコの乾燥機まであるのが厄介だった。
「濱田はどこ? 作業の進行具合は?」
ミニスカのスーツにハイヒールの工藤明日香が、走り回る作業員の間を縫って降りてきた。
「ドライヤーの1台はバラしていまパーキングのパレットに積んでます。もう1台はあと2時間ってところですね」
ホコリやら何やらで顔を真っ黒にした濱田が答えた。キノコを乾燥して粉末にする装置を、分解して運び出す作業が昨夜から突貫工事で行われていた。
「午後の4時までに、ここを完全に空っぽにするのよ」
「まず機械を上げないと、ブツまで手がまわりませんよ」
「かついで、階段で運ばせればいいでしょ!」
「お客とかち合ってもいいんですか?」
「どうせ今日一日のことよ」
そう言い捨てて、工藤明日香は1階の施設コントロールルームに向かった。ダンジョンマッシュルーム施設の控室などないので、待機に使える部屋はそこしかない。
表の仕事も裏の仕事も後から後から押し寄せてくる業務をマックブックProでこなして、工藤明日香はため息をつきながらショルダーからサーモマグを取り出した。
少しだけ砂糖を入れたコーヒーをそっと飲みながら、明日香は何気なく施設の監視カメラ映像に目をやった。ちょうど1回目の入場が始まったところだが、もうミッション1に入っているパーティーがいた。
「いま4階にいるの……あれ、スタッフじゃないよね?」
「ああ。アイドルの輝沢りりんがどうしても今日やりたいって頼んできたので、開場前に入ってもらいました」
施設のマネージャーが答えた。立川で停電トラブルに巻き込んでしまったので、ダンジョンバトルフィールドとしても多少の無理は聞いてしまう。
「ん?」
りりんと一緒にいる男性が二人、そのうちの一人に明日香は見覚えがあった。
「あら……またあの坊やだわ」
ダンジョンがらみで何度か会うことになった空吹という少年だった。先月には立川のダンジョンにタガネを回収しに行ったところで会ってしまった。その時には時間つぶしと口封じもかねて弄んでやったのだが、また何か厄介事に首を突っ込みに来たのか。
「あーら、あらあら……」
明日香は苦笑しながら忌々しそうに呟いた。りりんと男ふたり、その後ろからスマホで撮影をしているのは御崎エリカだった。
「これは、困ったことになったわねぇ……」
そう言った明日香を、マネージャーが何かトラブルがあったのかと緊張した表情で見ていた。
「何かあっても地下の興産で対応するから、気にしないで」
明日香はそう言って立ち上がり、マックブックとサーモマグをバッグに入れた。
「うわぁ~あ!」
りりんがまた悲鳴を上げた。天井に隠れていたゴブリンが飛び降りてきたのだ。ゴブリンがこん棒を振り上げる前に、すかさず俺と有藤さんがめった切りにする。りりんがギミックを発動させて、俺たちが片付ける方法でうまく進んでいる。
「あと何分?」
「5分40秒!」
エリカがタイムキーパーもやってくれている。
「これで仕掛け20個だから、あと10個?」
仕掛けられている罠は全部で30。イージーモードだと20個だけど、りりんはハードモードを選んでいる。
「ギリ?」
「焦るな。間に合う」
コンティニューはあと2回だけど、できればその状態でラスボスに挑みたい。
「りりん、あと3歩進んで。引く」
りりんがそうやって一歩下がった瞬間、壁に穴が開いてそこに触手モンスターの映像が出現した。
「触手切って! ひっこめたときにヒットのポイント出る! 3人同時なら一発だ!」
有藤さんはユーチューブなんかで探して予行演習してきたらしい。ボスキャラなんかの攻略方法はみんな知っている。
「よし! 今だ!」
触手を切りおといて出現した眼みたいな弱点に一斉攻撃。絶叫を上げながら触手モンスターは消えて行った。
「よし! 時間稼いだぞ! つぎザコ4のあとトラップだ、残り4は同じ場所で来るらしい」
そうとう覚悟して挑んだけど、最後の集団モンスター戦はすごく呆気なくクリアできた。
「なんか……今の、一番弱くなかった?」
ちょっと拍子抜けして俺は言った。
「モード設定間違えたんじゃないかな?」
有藤さんも、マテリアルソードで肩を叩きながら言った。
「油断させといて……とか?」
りりんがあたりを見回しながら言った。
「でも、出口ランプ点いたよ」
エリカが『NEXT STAGE』が点滅しているドアを指した。何となく気抜けしながら、俺たちは階段を下りた。1階に降りると案内の画面に『FINAL STAGE』の表示が出ていた。
「これ、タッチ?」
りりんが画面にマテリアルソードをあてると、地響きの効果音が聞こえて地下への階段が現れた。
「あ……」
俺もエリカも気がついた。扉が開いた瞬間、間違いないダンジョンの空気が漂い出してきたのだ。
「この先、撮影は禁止だそうです」
りりんが言った。不気味な階段を降りて地下1階、階段はさらに下まで続いているけど分厚いカーテンで隠されていて『何人たりとも立ち入ることを許さず』と呪いの文字で書かれた札がさがっている。
「下から、来てる」
おれが小声で言うと、エリカがかすかに頷いた。この下のフロアに人工ダンジョンがあって、たぶんそこでダンジョンマッシュルームが作られている。
「御崎さんは、この下に用なのか?」
有藤さんが言った。
「まあね」
りりんが不安そうに振り返った。エリカの本当の目的を、りりんには話していない。
「まず、先進もう。クリアでもゲームオーバーでも、たぶんここに戻ってくる。それに、ここで終わらせちまうとりりんが怒る」
有藤さんがそう言うので、まずボス戦に挑んでからダンジョンを調査することになった。
「とうとう、ミッション4のファイナルステージまで来ましたー! でもここから先は撮影ダメなので、クリアしたら外で報告しまーす!」
りりんがカメラに向かって手を振って、撮影は終了。
「さあ、行きましょう!」
ゲートを潜るとそこはがらんとした広い部屋で、床に3人パーティーが立つ位置が浮かび上がっている。
「あたし、1番でいいの?」
りりんが自信なさそうに聞く。
「勇者でリーダーだから、そうじゃない?」
正面の巨大スクリーンに文字が浮かび上がった。
『10秒以内に位置についてください』
カウントダウンが始まる。
「わ。わ。わ!」
りりんがあたふたしながら1番のマークに乗る。俺は2番。カウントがゼロになると、画面が切り替わった。宮殿の廃墟みたいなところで、あっちこっちにヨロイを着た死体が転がっている。
『よく、ここまで来ましたね』
女の声。
『でも。来ることはできても、ここから生きて帰った者はいない』
スクリーンの中に、俺たちのアバターが登場した。俺の動きをアバターがそっくり真似る。スクリーンの中で、ヨロイを着て転がっていた死体が次々と起き上がった。
「やだ、ゾンビー!」
ヨロイの部分を攻撃してもダメで、露出している首や顔を斬らないとダメージにならない。
「こん畜生ー!」
「うわわぁぁー!」
りりんは悲鳴ばっかり上げて、ほとんど俺と有藤さんでゾンビ戦士を倒した。
「終わり? これで終わり?」
「そんなはずないだろ、女の声してたし」
「まだ7分あるよ」
「ほーら、おいでなすった!」
メデューサみたいな、髪がビになっている巨大女が現れた。
「きゃーっ!」
髪のヘビが襲い掛かってくる。りりんが一発くらった。