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第十一章 第8話「Congratulations」

 御崎エリカたちのパーティーはハードモードを選択していたが、早く先へ進ませるために工藤明日香はミッション3の最後だけをイージーモードに変えさせた。他のパーティーとできるだけ引き離しておきたかったのだ。

 監視カメラで4人が最終ステージの部屋に入ったのを見届けて、明日香は再び地下のマッシュルーム培養設備に降りた。

「御崎エリカが来てるよ」

 明日香が言うと、濱田が嫌な顔をした。

「まったく、いつも一番来てほしくないタイミングで来やがる!」

 濱田が吐き捨てるように言った。

「どーします?」

「あの女だけならどっかに連れて行って始末できるけど、一緒にいるのが何とかってアイドルなのが面倒なのよ」

 明日香が苛立たしそうにハイヒールの踵で音を立てた。

「その、アイドルだけインタビューか何かで引っ張っておいて。その隙に御崎を捕まえればいい」

 濱田の提案を、明日香は少しの間難しい表情で考えていた。

「時間がないわ。その線でやってみましょう」

「どこに放り出します?」

「ちょうどいいわ、立川の地下に沈めましょう」


 メデューサ女の攻撃、今度は俺に向かってきた。

 攻撃してくるときのパターンはすぐに読めた。ヘビの顔がこっちを向いて、それから襲いかかって来るのだ。タイミングを計っていれば迎え撃つのは難しくない。

「おらあっ!」

 でも。

「くそっ! ダメージになってないぞ!」

 有藤さんが言った。ヘビを斬っても敵のHPゲージは減っていない、残り時間だけが減って行く。

「アタリのポイントがどっか別にあるんだ!」

 そこを斬らないと、いくらヘビを斬ってもダメなのだ。

「ヘビ切り落としたら一瞬眼が出るから、そこがきっと弱点だ! 確実にヘビ落として、そこに二人で攻撃だ」

「りりんに行くぞ!」

「えーい!」

 りりんが、今度はタイミングを合わせてヘビを切り落とした。

「今だ!」

 俺と有藤さんで同時にメデューサの眼に斬りつける。絶叫が上がった。

「よし! あたった!」

「こんなの、一人じゃ絶対ムリー!」

「次、そっち行くぞ」

 攻撃のパターンと弱点を読んでしまったら、あとはそれほど難しい敵じゃなかった。残り時間45秒でメデューサ女は砂に変わって崩れ落ちた。メデューサ女の背後にあった鉄格子の扉が倒れて、捕らわれていた人たちが逃げ出してくる。

 でも美しいお姫様が感謝のキスをしてくれるようなサービスはなかった。

「クリア?」

「……みたい」

『Congratulations!』とメッセージが出て、俺たちのアバターが遠くから敵の城が崩れ落ちていくのを眺める動画でゲームは終わった。

「ありがちなエンドだな、もう一工夫ほしかったぜ」

 有藤さんが言った。

「さて、これからどうするんだ?」

 有藤さんに聞かれてエリカが肩をすくめた。

「封印を破ってさらなる地下への冒険に向かうわ。どうなるのか、出たとこ勝負ね」

「何のこと?」

 りりんが不安そうに言う。

「ちょっと、この下のフロアを覗いてくる。すぐ戻るからりりんは待ってて」

 俺がそう言うと、りりんの表情がちょっと固くなった。

「キノコ?」

「その疑いが濃厚なの」

 エリカが答えた。

「また……あれ、とか、出ない? 危なくない?」

「あいつは一匹だけ。もう出ないよ」

 りりんはまだ何か言いたそうだったが時間の余裕がない。

「5分で終わるか?」

 有藤さんが腕時計を見て言った。

「そんなくらいで済ませたいわ。もし10分経って連絡もなかったら、あんたたちは巻き込まれないようにここから出ちゃって」

「そうならないように願いたいね」

 エリカについて、俺もカーテンを潜って地下2階に降りる。地下2階のドアには『危険駐車場設備室』と書かれていて鍵がかかっていた。ダンジョンのカビ臭い空気はさらに下から立ち昇ってくる。

 地下3階のドアは、ドアストッパーが挟み込まれていて開けっぱなしだった。中からは工事をしているような金属音が聞こえている。エリカが動きを止めた。

「なんか……不用心すぎないか?」

「ホントね……」

 もし本当にダンジョンマッシュルームの栽培をやっているとしたら、こんな開けっぱなしでおくだろうか。エリカがスマホをカメラモードにして、レンズのところだけをドア口から差し入れた。

「キノコじゃなく、ただの工事かな?」

 エリカが見せてくれた画面には、何か大きな機械とその周りで作業をしている人が映っていた。これまで見たマッシュルーム栽培の様子とは違うように見える。

「後ろにブルーシート張ってあるのが怪しいわね」

 言われてみれば、確かに機械とかのすぐ後ろにはブルーシートが一面に張ってある。

「どうするの?」

 見えるだけでも作業をしているのは10人くらいいる。入って行っても追い出されるだけだろう。

「あんた、仲間のふりしてそーっと入って行けない?」

「え? ムリだろ」

 ドアの隙間から覗いていると、ブルーシートの隙間からときどき人が出入りしている。

「やっぱり裏に何かある。あたしは一瞬でバレるけど、あんたなら堂々と入って行けば紛れるよ。あの裏入って、写真撮ってきて」

 ムチャすぎる話しだと思ったけど、ここまで来て収穫なしで帰るのも悔しい。

 俺はちょっと背中を丸めて入って行って、そこらにあった箱を適当に取り上げてブルーシートの隙間から奥に入った。誰にも、何も言われない。

「いいのかよ……」

 思わずそう口にしてしまった。ブルーシートの奧、やっぱりダンジョンマッシュルームを栽培する棚が並んでいた。

「あ、やっぱり……」

 でも、棚はもうかなり分解されてプランターもなくなっている。持った箱で隠すようにしてエリカのスマホで写真を撮った。

「よし……」

 箱をその辺に置いて、代わりに何だかわからないガチャガチャ金属の音がする袋をかついで機械のある側に出た。

『あ……』

 俺はとっさにドアの方に背を向けて、しゃがみこんで袋を開けて中を調べるふりをした。エリカが、工藤明日香に押されるようにして部屋に入ってきたのだ。

「濱田!」

 明日香が怒鳴った。

「エリカのツレの坊やが、どっかにもぐり込んでるよ」

『う……』

 俺は思わず胸の中で呻いた。これじゃ見つかるのは時間の問題だった。

『どう……しよう……』

 ダンジョンマッシュルームを作っているからここはダンジョンだ。でもスライムもガラスの材料になる砂もない。

『やべえ……』

 顔を上げないで、目だけでそっとあたりをうかがった。隠れるなんて、もう不可能だ。

「おい、お前! そこの。何やってる」

 濱田の声、絶体絶命だった。


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