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27:非常食の義務

 ひとまずファリエは、ティーゲルのフォローを行うことにした。心配そうなアルマに笑いかけ、変態ドM疑惑の解消を図る。


「ううん、無茶ぶりなんてないですよ」

「ほんまに? 無理してへん?」

「はい。補佐官のお仕事は丁寧に教えてくれますし、わたしが失敗しても笑って助けてくれますし、今まで通りいつも優しいですよ。昨日は一緒に、コロッケも食べました」

「コロッケぇ?」

 アルマが片方の眉だけピョンと跳ね上げて、やや素っ頓狂な声を出した。器用な眉である。


 二人で巡回中に精肉店のコロッケをおごってもらった、という経緯を伝えると、周囲が何故か微苦笑を浮かべる。

「こんなお人形さんみたいな子と見回りしとって、ウキウキで連れてくのがお肉屋さんって、マジで言うてんの?」

 笑いを取ろうとしてティーゲルが、天然のファリエ相手に滑っただけなのでは、という疑惑を抱いたアルマにヘイデンがゆっくりとうなずく。

「うん、あの人の場合は大真面目だと思うよ。前からああだし」

「そうなんや……隊長、いい人やけどやっぱ変やんなぁ……毎回よう分からん小ボケ挟んで来るから、逆に怖いんやけど」


 腕組みしたアルマの総評に、ヘイデンも汗で額に貼りついた金髪をかき分けてうなずいた。

「どうせ休憩するなら、どこかカフェとかに入っちゃえばよかったのにね。その方がゆっくり落ち着けるだろうし」

「せやんな。あの人、ほんま全体的に色気あらへんよなぁ」

「色気より食い気、を地で行ってそうだよね」

「あー、分かる」


 どういうわけか、これはこれでティーゲルの評価がよろしくないらしい。あわあわと、ファリエは無意味に腕を上下させて付け加えた。

「あっ、で、でも! 本当に美味しいコロッケでしたよ! 一緒にソーダ水も買ってくれたので、喉も乾きませんでしたし!」

「いやいやいや、なんでソーダやねん。そこはビールやろ!」

 しかしかえって、アルマにピシャリと一蹴された。


「アルマちゃん。さすがに仕事中のアルコールは駄目でしょ」

 そしてヘイデンの、おっとり穏やかな声音でたしなめられている。周囲もそれはそう、と深々うなずいた。


 だが幸いにして、自然な流れでコロッケのことを口に出来た。ついでに自分の心配事もぶちまけよう、とファリエは息を一つ吸う。

「あの……わたしも皆さんにちょっと質問、というかご相談……いいですか?」

 アルマの訓練着の裾をつまみ、もじもじ尋ねると彼女の表情と、組んだ腕が緩んだ。

「どうしたん、そんなモニョモニョして。話してみ、ん?」

「隊長の、食生活なんですけど……その、ちゃんと食事をしているところ、補佐官になってから見てなくて……」


 昨日も昼食をコロッケとホウレンソウの缶詰だけで済ませていた、ということも伝えると、全員の顔が切ないものに変わった。

 変態ドM疑惑があろうとも、笑いのセンスが死んでいる可能性があろうとも、色気が皆無であろうとも、それはそれ。ティーゲルは武官として優秀だし、上司としても非常に信頼出来る人物なのだ。たしかに言動の端々で、変わり者臭はするけれど。


 武官の一人が、そういえばと呟いた。

「前は本部の食堂でもよく見かけてたけど、最近は全然、顔も見ないんだよな。執務室で弁当でも食べてんのかなーって思ってたけど……」

 勢いよく首を左右に振るファリエを見て、彼の肩が落ちる。

「何も食べてなかったのかよ……え、隊長ってそんな激務なの?」

「そうですね……最近は会議続きですし、それ以外にも急な打ち合わせとか、書類業務も沢山あります」

 暗い顔で答えるファリエに、周囲もげんなり。


「えええー……マジで限界社畜じゃん。そりゃファリエちゃんに血吸ってもらってでも、安眠欲しがるかも……マジで不憫すぎる」

 武官の呟きを耳にしながら、ヘイデンが天井をにらんでしばし考えた。

「そういえば隊長、役職付きになっちゃったから独身寮も追い出されたよね……」

「ああ、そういえば」

「寮ならさ、朝晩のご飯は作ってもらえるし。ひょっとして今、僕らが思ってる以上にピンチなのかも」

「それは言えとる。自炊できる人間が、ホウレンソウで飢えしのぐとは思えへん」

 アルマも重々しく同意。


 なおファリエは、寮が南向きであることに加えて、寮の食堂が全面ガラス張りという吸血鬼に大変優しくない造りになっていたため入寮を辞退した。

 ただでさえ本部の窓には遮光フィルムを貼ってもらったのに、寮からの眺めまで奪うわけにはいかないと思ったのだ。

 現在は北向きの小さなアパートを個別に借りて暮らしているので、寮食にも密かな憧れがあったりするのだが――それはともかく。


「定期的に吸血もしてますし、余計に心配で……栄養不足に貧血が重なって、倒れちゃったらどうしようって……でも、わたしはただの部下ですし、どこまでお節介を焼いてもいいのか分からなくて……」

 心配事の根っこを、そう打ち明けた。つい瞳が潤みだして、背中も丸まる。

 しょぼくれる彼女の頭を、アルマが遠慮なしに掴んで豪快に撫でた。


「そんなん、どんどん世話焼いたったらええやん。だって隊長、ファリエのご飯? 非常食? まあ、ええか――とにかく、美味しく食べてもらう係してはるんやから。ファリエに気持ちよく食べてもらう義務、あるんちゃう?」

「隊長が、非常食……」

 いや、定期的に頂いているので、どちらかというと午後のおやつ的立ち位置だろうか。ともかくアルマのざっくばらんが過ぎる提言に、ファリエの目はまん丸に見開かれる。


 反対側に座るヘイデンも、ベンチの背もたれに体を預けて笑う。

「隊長が美味しく頂かれる係かは、ちょっと分からないけど。ファリエちゃんは、隊長がまともにご飯を食べてないのに吸血されたがるから、それで倒れたらどうしようって心配なんだよね?」

「はい」

 コクコクうなずけば、ヘイデンが人差し指を立てる。


「素直にそのことを伝えるのは、別にお節介でも何でもないよ。むしろ優しさだね」

「ほんとですか?」

「うん。そもそも隊長がまず、ファリエちゃんに無茶なおねだりをしたんだからね。そのために、向こうが健康に気を遣うのは当然の義務でしょ」

 彼の主張は理路整然としている。ただ珍しくも、ちょっぴり棘のある口調でもあった。色々と無頓着なティーゲルに、内心では怒っているのかもしれない。


「せやで。血ぃ吸ってぶっ倒れたら、どないする気やねん!って、ついでに怒ったったらええよ」

 快活に笑ったアルマの言葉にも、背を押された。二人へ順々に視線を向けて、ファリエも微笑む。

「そうですね。心配なんですって、もう一度伝えてみて……聞いてくれなかったら、頑張って怒ってみます」


「怒るって、頑張ってするものでもないと思うけどねぇ」

 なんとも気の小さい彼女らしい決意表明に、ヘイデンはほんのり呆れていた。が、アルマはそんなファリエにも発破をかける。

 彼女の華奢な肩に腕を回し、顔を寄せてヒソヒソと耳打ちする。


「とりあえず腹立ったら、思い切り頭叩いたったらええねん」

 乱暴すぎる提案に、ファリエがギョッとのけぞる。

「た、叩く……んですか? でも隊長、背が高いです」

「棒とか使ったらええよ。ほんで、『アホか!』って怒鳴ったったら、なおよしや」

「やめて、アルマちゃん。ファリエちゃんにそういうこと、教え込まないで」

 しかしすぐに、青ざめたヘイデンによって制止が入った。

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