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66:取り調べ中は半泣きだったという

 襲撃事件にギデオンが噛んでいた、と陰鬱に告げたティーゲルは再度、深いため息をもらした。

「彼は補佐官を解任された後、備品管理課へ異動になっただろう?」

「え、ええ。副隊長は、飼い殺しにするためでしょうって言ってましたよね……」

 彼の問いかけに、ファリエがためらいつつうなずく。

「どうやら実際、その通りだったようだ。雑用ばかりを押しつけられていて、かなりストレスが溜まっていたらしい。結果、仕事帰りに酒場でくだを巻く回数が増えていたようだ」

「あら……血が不味くなっちゃいますね」

 ギデオンの不健康な生活について、ファリエは吸血鬼的観点から眉をひそめた。彼とは真逆の多忙を理由に、五十歩百歩な生活を送っていたティーゲルはしょっぱい顔で笑うしかなかったが。


「まあ、その酒場で襲撃犯たちと、接点を持っていたというわけだ。連中に愚痴を聞いてもらい、おだてられ、気分がよくなった後は乞われるまま、秋祭りについてあれこれ喋ったらしい」

 話が見えたファリエも、ティーゲル同様の暗い顔になる。

「その時に、カーシュ議員の視察の話も……してたんですね?」

「うむ。議員の視察ルートやスケジュールは、ギデオンが補佐官だった時代にほぼ決まっていたからな」

 今度は二人そろって、ため息をついた。団員による情報漏洩――完全なる自警団側の不祥事事案だ。


 幸いなのはギデオン自体は襲撃計画について何も知らず、自分に話しかけてきた男を街への移住者だと思っていたことと、その時のビール代以外に見返りを得ていないことぐらいだろう。

 ともあれ襲撃犯はカーシュ議員の視察ルートを把握し、拳闘大会の会場へ一番乗りするのが議員だと当たりを付けた。そうして屋台に、違法改造した魔道具や実行犯を配置したのだという。

「俺たちが引っかかった検査用の魔道具以外に、他店からも違法改造された魔道具が発見されたんだ」

 経緯を伝えた最後に、ティーゲルはそう締めくくった。ひぇっ、とファリエは情けない悲鳴を上げる。

「その、他の魔道具はどうなったんです、か?」


 ここでティーゲルの暗い顔が、ほんの少し晴れやかになった。彼は胸を張って答える。

「うむ。捕らえた連中が存外素直に自供してくれてな。おかげで午前中に全て回収し終え、午後からはどの屋台も開くことが出来た。不幸中の幸いだろう」

 そう言うティーゲルは、心の底からよかったと思っているようだが。

 ファリエは直感した。襲撃犯が素直だったのは絶対、ティーゲルによる無慈悲な暴力のおかげであろう、と。なにせあの場で泣きながら、投降する者も出ていたぐらいである。


 泣くほどビビった相手が、再び事情聴取の担当者として顔を出したら――ファリエだって「喋らなければ、今度こそ殺される」と考えるはずだ。

 そのためファリエはほんのりと、頬を引きつらせてしまった。


「事情聴取、上手くいってよかった、ですね……」

「うむ。あれだけ素直に喋って雇い主に報復されないのだろうかと、少し心配になったぐらいだよ」

 未来の雇い主より、目の前の悪魔の方が怖かったに違いない。なにせ取調室は密室であり、殺しにも持って来いだ。

 ファリエはこの気付きを、墓場まで持って行こうと心に誓った。


 気難しい顔で小さくうなずいた彼女を、ティーゲルは見つめる。

「ギデオンも取り込んで、用意周到な連中だったが。ある人物が議員の視察に関わっていることだけは、完全に予想外だったらしい」

 再びの含みのある言葉と、どこか誇らしげに細められたティーゲルの瞳に、ファリエは小首をかしげる。

「それは、どなたでしょう?」

「ファリエ嬢、君だ。君が警護班に就くことは、秋祭りの直前に急遽決まっただろう? だからギデオンも、警護班メンバーの詳細までは把握出来ていなかったんだ」


 まさか自分自身だとは思わず、ファリエは大きなたれ目を何度も瞬きした。

「でも、わたし、別に何も……何もお役に立てて、いません……」

 そして弱々しい声で困惑する。彼女は違法改造された魔道具で蜂の巣にされ、事が始まる前に戦線離脱したのだ。戦力として数えるのもおこがましいだろう。


 ティーゲルは、困った様子の彼女へ微笑んだ。しかし笑顔に、苦々しさが再度混ざっている。

「君は知らないかもしれないが。人間の魔術師は、魔道具を検査する術式をわざわざ覚えないらしい。検査道具を使うことが習慣化しているそうなんだ」

「あ……」


 彼のその言葉で、ようやくファリエも気付いた。彼女の顔が、見る見るうちに青ざめる。

 彼女が察したのを見て、ティーゲルも笑顔をかき消して真顔になる。

「そう。あの場で魔道具の改造を看破出来たのは、吸血鬼である君だけだったんだ。言い換えれば、気付かれる恐れがないと判断したからこそ、連中も魔道具の改造を思いついたんだろう」

 ファリエは戦力外どころか、唯一にして最後の防波堤となっていたのだ。本人もあずかり知らぬ内に。

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