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第82話 主要な国


 そのあとで、ここまでずっと、応接室の扉の近くで話していたこともあり、先生をソファーに案内することもしていなかったとハッとした私は、立ち話も何だからと、慌てて、先生を応接室の中のソファー席に案内して、自分はその対面に座ることにした。


 そのタイミングで、アルにも私の隣に座ってもらい、先生の顔色を窺うと……。


「もちろん、アルフレッド様が、皇女様と一緒に勉強されるということは、陛下から聞き及んでいますよっ! 

 その上で、現在の、アルフレッド様の学力についても、簡単に陛下から聞いているのですが、アルフレッド様の方は、何でも……、言語学や計算などはお得意のようですが、社会情勢などについては、あまり詳しくご存知ではないのだとかっ?

 恐らく、皇女様よりも勉強の進みに関しては遅いかと思いますので、今のアルフレッド様がどれくらいの知識を有しているのか、確認のための専用のテキストを用意して参りましたっ!

 アルフレッド様の知識については詳しく把握しておきたいですし、私が、そちらに掛かり切りになる間、皇女様は今まで習ったことの復習をする目的で、テストをして頂いても構いませんか……?」


 といった感じで、私達が勉強に対しての意欲を持っていると知れて、俄然がぜんやる気になってくれたのか……。


勉強を教えることに張り切りながら、直ぐに、先生が持って来た鞄の中から、ここまでやってきた学習内容を一つの紙に纏めてくれたのであろう『テスト形式の答案用紙』を取り出してくれたあと、私に手渡してくれる。


 その上で、机の上に広げて、その紙に目を通せば……。


 言語学に、計算、それから社会の勉強に関する大事なところを絞って、紙の上に書いてくれていて、覚えの悪い私が十六歳になるまで一生懸命に覚えたところの、本当に初期の初期と言えるような簡単なものばかりで、解くのに、そんなに時間はかからなかったものの。


 さすがに、これをスラスラと解いてしまうと、怪しまれてしまうだろうということは分かっているため、私は、なるべく目の前に座って、アルがどれくらい勉強が出来るのかを確認してくれつつも、要所要所で私の方も放っておかず、こちらを見るようにしてくれていた面倒見の良い先生の顔色をチラチラと窺いつつ、ゆっくりと時間をかけて解いていくフリをすることにした。


 それでも、この頃……、自分が、どういった内容が得意だったのか、どういった内容について中々覚えられなかったのか、などといった細かいことに関しては、もう記憶にもなくて、適度に駄目なフリを装うことも出来ずに、だからといって間違えたことを書く訳にもいかず、渋々、私が正解の解答を紙に書いていく度に、先生の顔色がもの凄く驚きに見開かれ、戸惑ったあと……。


 あからさまに。


『こ、皇女様っ!

 いつの間に、こんなにも勉強の内容をしっかりと覚えられたのですかっ! 本当に素晴らしいです!』


 と、言わんばかりに手放しで褒めてくれるような表情になっていったのを感じて、私は、何だかちょっとだけ狡をしてしまっているような気がして、気まずい思いをしてしまった。


 それと同時に『この先生って、人を褒めて伸ばしてくれるタイプの人だったんだなぁ』と、私自身、物心ついた時から周りにいる全ての人が敵なのだと感じて、人から貶されたり、酷い目に遭わされることが日常だっただけに、そういった状況から自分の身を守るための防御策として、誰かから傷つけられるその前に、他人を突き放そうとしてしまっていたこともあって……。


 私にとって優しくしようとしてくれる人の存在にすら気づけなくて、先生がどういった性格なのか、今の今まで、きっちりと把握出来ていなかったことに、申し訳ない気持ちが沸き上がってくる。


 ――私が、見ようともしていなかっただけで、ローラを初めとして、私に向き合ってくれようとしていた人は、巻き戻し前の軸から、少なくても、存在していたんだな……っ。


 そのことに、ちょっとだけ、ジーンと胸が熱くなるような感覚を覚えつつ、順調に、先生が出してくれたテストに答え終わって……。


 初期のころの勉強なら、問題なく、ついていけて答えられることに内心でホッと安堵した私は、先生がテストの答案用紙に目を通してくれている間、思わず、ドキドキしてしまう。


 多分だけど、間違っているところなんて何一つなくて、このテストが百点満点だということは自分でも分かっているんだけど……。


 さっき、先生が私の方を見て、凄いと言わんばかりに褒めるような表情をしてくれていたのも、もちろん理解した上で、今まで、そんなに勉強が出来なかった人間が、急に人が変わったかのようにスラスラと問題を答えられるようになっていたら、不審に思われるんじゃないだろうかと、不安の方が募ってきてしまった。


 それから、一体、どれくらい経ったのだろう……?


 時間にしたら、きっと数分程度のことだったと思うんだけど……。


 いきなり、ソファーからすくっと立ち上がったかと思ったら……。


「皇女様っっ!

 きっと、私が知らない間に、教えたところを何度も覚えるように、見えないところで勉強を重ねてきて凄く努力をされていたんですねっっ!

 凄いですよっ! まさかの、百点ですっっ!

 少し会わないうちに、こんなにも、ご立派になられて……っ!

 一生懸命、努力を怠らない生徒を持つことが出来て、私はもう、それだけで感動して涙が出そうですっっ! 」


 と、大袈裟なくらいに喜色満面の様子で、もの凄く褒めちぎられてしまい、あまり褒められ慣れていない私は、それだけで嬉しい気持ちもありつつ、戸惑ってしまった。


「あ……っ、えっと、そう言ってもらえて嬉しいです。あ、ありがとうございます……っ?」


 そうして、何となく巻き戻し前の軸に十六歳まで生きた記憶があることに申し訳ないような気持ちを抱きつつも、先生に向かってお礼を伝えていると、何故だか、近くで話を聞いていたセオドアとローラとアルの視線が、まるで私を自慢するかのように誇らしげな感じになっていくのが見えて、私はキョトンとしてしまった。


 そのあと、私がテスト終え、今日は、アル自身も初めての勉強になるため、今まで習ったことの復習をする日として時間を設けましょうと先生が言ってくれたことで……。


 森に引きこもっていた精霊王のアルが、人の営みや社会情勢について全く理解していないこともあって、そういった分野を中心に、私は、今まで習ってきた初歩とも思える勉強を、おさらいするように再度聞くことになったんだけど……。


「では、皇女様……。主要な国のことは覚えてらっしゃいますか?」


 と、先生に聞かれて思い出す。


 ――私たちの国……。


 シュタインベルクは比較的穏やかな気候に恵まれ、その周辺を他国に挟まれる形で存在している。


 その殆どが同盟国であり、友好的な関係を築いていて、何十年も前に隣国との戦争で我が国が領地を広げて以降は、戦争や小競り合いみたいな争いも起きていない。


 その中で、自然がシンボルになっている強大な力のある国が三つある。


「青のソマリア 。緑のセントナード。金のシュタインベルクです」


 私の回答に、先生が……。


「正解です。よく覚えていましたね」


 と、声をあげるのが聞こえてきた。


『水の都、ソマリア』


『緑豊かな、セントナード』


『自然の大地、シュタインベルク』


 どの国も自然界の豊富な資源に助けられて、大きな力を持つようになった国々だ。


 私たちの国は、鉱石が採掘出来る山々が多く、掘り出される鉄は建築などにも幅広く使われているし、他国への輸出もされている。


 採掘された石で作られた宝石は、輝きが他国で採れるものとは全然違うらしく。


 例え同じような大きさ、同じような色、同じような形であろうとも、他国で作られたものよりも、シュタインベルクの宝石というだけで、その価値が跳ね上がるほどには、ブランド化されていたりもする。


 そうして……、水の都ソマリアは、その名の通り綺麗な水が豊富にあり、漁業も盛んな国で、緑豊かなセントナードは、土壌が整っており、温暖な気候もあって色々な作物が育ちやすい国だと言われている。


 この三国は、国外への輸出でかなり大きな利益を上げていて、他国よりも資金も資源も潤沢であることから、世界三大主要国と呼ばれている。


 私も自国で開かれる盛大な催しものや、国の今後を大きく左右するような重大な会談などが開かれる時でしか、各国の王族を見たことがないし。


 実際に行ったことがある訳でもないから、その国々のことは、噂で聞く程度にしか知らないけれど……。


「水の都ソマリアは、街に船が通れる水路が引かれていて凄く綺麗だと聞きました」


 と、景色も綺麗な場所として、一度は行ってみたい観光地としても絶対に上げられるのが、ソマリアだったことを思い出し、みんなにも聞いてもらうつもりで、自分の持っている知識を伝えながら話を広げていくと……。


「うむ、まさか、僕が引きこもっている間に、そんな国が出来ていたとはなっ」


 と、私の発言に、アルがもの凄く食いついて、興味深そうな視線を此方に向けてきた。


 『僕が引きこもっている間』という、色々と危ういその発言にも……。


 先生は……。


「はははっ!

 面白いことを言いますねっ。ソマリアは、何百年もの歴史ある国ですよ!」


 と、豪快に笑って流してくれた。


 ……流石にアル自身、その何百年もの歴史のある国が、言葉の通りに、森に引きこもっていた間に出来ていて知らなかったのだとは、到底思いつきもしないだろう。


「うむ。

 僕の叡智えいちもまだまだだな。

 もっと見識を深めねばならぬっ。

 ……ところで、セオドア、お前は、ソマリアとやらに行ったことがあるのか?」


「あっ?

 あぁ、ソマリアには行ったことがあるけど……」


「……えっ⁉

 セオドア、ソマリアに行ったことがあるのっ?」


 この場で、アルに突然、話を振られて、答えたセオドアの方を、誰もが観光地として行きたいと思うような国であることからも『凄く羨ましい』という思いから、思わず声が大きくなってしまった私に、セオドアがばつが悪そうな、申し訳なさそうな表情をして、こくりと頷くのが見えた。


「……あぁ。だけど、俺自身は、別に観光目的で行った訳じゃねぇから、姫さんが喜びそうな観光地はあんまり教えてやれそうもないけどな」


 そうして、降ってきたセオドアのその一言に。


「……そんなにも綺麗な水の都とやらを前にして、お前は一体何をやっていたのだっ⁉

 お前には、貴重な情報を、僕たちにレポートするという大役があるんだぞっっ!」


 ――僕たちは、自由に外には、出られないんだからなっ!


 と、アルが唇を尖らせて、ぷんぷんと怒りだしたのを……。


「初めて聞いたけど。

 なんだよ、大役って……。

 ていうか、姫さんが皇帝に禁止されていて、あまり外に出られないだけで、お前は出ようと思ったら別に外に出れるだろう っ?」


 と、呆れたような顔をして、セオドアがアルのことを軽くあしらうように声をあげたのが聞こえてきた。


その言葉に、目を見開いたあとで……。


「観光目的じゃなかったなら、もしかしてお仕事、とか……っ?」


 と、セオドアが騎士になるまでの経歴が私にはどんなものだったのかはよく分からないんだけど、考えられることとして、それしか思いつかなくて……。


『そうなのかな?』と、質問すれば、セオドアは苦い表情を浮かべて、私の問いに肯定するように頷いてくれた。


「あぁ。……その日暮らしの碌でもないごろつきが集まるような傭兵の仕事だ。

 その、なんつぅか、そういうのは、あんまり、聞いていても楽しい話じゃねぇだろう?」


 その上で、躊躇いながら出されたセオドアのその言葉を、私は首を横に振って否定して……。


「ううん。

 言いたくなかったら、言わなくてもいいんだけど、話したいと思ったら、話してくれてもいいんだよ。

 どんな仕事も、セオドアが頑張ってきた証でしょうっ?

 私はセオドアが話してくれたら、どんなことでも、凄く嬉しいよ」


 と、声をかける。


 「……っ、姫さん……っ」


その言葉に、セオドアの方が、そんなふうな言葉をかけられるとは思っていなかったみたいで、驚きに目を見開いて、言葉に詰まったあと、本当に柔らかく笑みをこぼしながら、嬉しそうに目を細めて私の方を見つめてきてくれたことで、私も、セオドアに喜んでもらえたのかなと思うと、おんなじように嬉しい気持ちになって、ゆるゆると口元を緩ませながら、明るく微笑みかけることにした。


 もしもセオドアが、私たちに言いたくないことだと感じて、そのことを話さないようにしているのなら、それは、しないでもいいと思う。


 ここには、セオドアの事を否定するような人は、誰、一人として、いないから……。


「……そうだぞ。

 大体、楽しいか、楽しくないかは、お前じゃなくて僕たちが決めることだろう?

 聞かねば、分からぬことなのだから、言葉に出して伝えてくれるまで、僕たちにもその判断はつかないぞっ?」


「……オイ、コラ。

 姫さんの言葉に感動して、嬉しく思っていた俺の気持ち、丸ごと返してくれ……っ!」


 そのあと、アルの自信満々な発言に、考えるのが馬鹿らしくなったような素振りでセオドアが小さくため息を溢したのを聞きながら、ふと、後ろから視線を感じて私は振り向いた。


 ぱちり、と目が合って……、目が合った瞬間に、気まずそうな顔をして向こうの方から、視線が逸らされたのを感じて、私は首を傾げる。


 今日ずっと、勉強をしている間、ちらちらと視線を感じてはいたので、気にはなっていたのだけど……。


「……ねぇ、エリス。もしかして、勉強に興味あったりする?」


 私の問いかけに、あれだけちらり、ちらり、と視線を向けていたのがバレていないと思っていたのか。


「ひゃっ!?」


 びっくりしたような顔をしたエリスは、私を見てから即座にブンブンと両手を顔の前で振って……。


「い、いえっ! そんなことはっ!」


 と、否定する。


 でも、さっきからずっと見てたよなぁ……と。


 ジィっと、エリスに視線を向ければ、うぅ……っ、と声にならない声を溢したあと。


「その、申し訳ありません。

 ……皆さんの、お話を聞くつもりはなかったのですが。

 私の家、貧乏で……、貴族の友達よりも、民間の友達と親しくなることが多く。

 小さな時から、商人の家の友人とかがいたこともあって、刺繍とかより算数の勉強とかも少しだけ囓っていたの、で……、その、懐かしく思いまして」


 と、ぽつり、ぽつり、とエリスの口から溢れてくる言葉に耳を傾けながら、エリスがここに来て初めて自分の事をいっぱい話してくれたなぁ、と嬉しくなってきた私はにこりと微笑んで……。


「……そっかぁ。じゃぁ、エリスも一緒に勉強する?」


 と、何の気なしに発言したことだったけど。


「え!? いえいえっ!

 滅相もありませんっ!

 そもそも皇族の方が受けられるような勉強をただのしがない貴族である私が同じように受けられるだなんてっ、そんなことは……」


 と、私の発言を精一杯エリスが否定するのが聞こえてきて、パチパチと目を瞬かせた。


 でも、アルも一緒に受けているものだし、一緒に勉強したらダメなのかな? 


 人数が増えたらお金の問題とかがある……?


 ぼんやりと、頭の中で、そんなことを思いながら、私は、先生へと視線を向けていく。


「あの、先生……。

 私、分からないところが結構あるんですけど。

 今後のために、人数が増えたらその分、みんなで共有出来るので、エリスにも、先生の話を聞いててもらうことってダメでしょうか……?」


「いえ、話を、たまたま聞く分には構いませんよ。それが、皇女様の役に立つことであるならば、侍女の仕事の範囲といっても差し支えはないでしょう」


「え? えぇっ!? そ、そんな!」


 何となく、今日一日、話してみて、先生なら、そう言ってくれると思った。


「エリス。良かったら私のために、次の時から、一緒に話を聞いてくれる?」


 そうして、私はその言葉を聞いて、戸惑うエリスに、にこりと、笑いかけた。


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