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第100話 デート2


「ドレス……」


 ドレスを作るの、今から気が重いなぁ……。


 と、考えつつ、小さく溢すように吐き出した言葉に、ルーカスさんが苦笑しながら。


「そんなに悩むこと? お兄さんとアルフレッド君に服作る時は時間をじっくりかけてた記憶があるんだけど」


 と、問いかけてくれる


「……自分の服は、着られれば別にそれでいいので。

 アルやセオドア、ローラに服を作ってプレゼントした時みたいに、どんな服にしようって、心が弾まないというか……。うきうき、しないんです」


 その質問に、さらりと答えた私を見て。


「あぁ……。なんていうか、お姫様、本当に自分の事に関しては“どうでもいい”んだね?」


 ルーカスさんが少しだけ困った様に笑みを溢すのが見えた。


 その笑みの意図が分からないながらも、困らせるようなことをしてしまったことに。


 私は、慌てて本音交じりの声を出す。

「あ、でも、自分の事は自分が一番分かってるので、どんな物が似合うかは把握しているつもりです。

 ……それが、世間の期待に応えられるような物になるかは分かりませんけど」


 好評だっていうのはデザイナーさんからも、御茶会の時に会った夫人方からも聞いていたけれど。


 今まで、殆ど、自分が好きで作ったものの、私のデザインが。


 ジェルメールのお店内でのこととはいえ、明確に私のブランドとして出されていて、それによって世間の期待も徐々に大きくなっているのだと知ったら。


 やっぱり、どうしても緊張する。


 ……しかも、巻き戻し前の軸で流行った物の中から、組み合わせて。


 より自分好みの物を作っているようなものだから、尚更。


 手放しでそれを自分の手柄だといえることは出来ないし。


 その期待に応えられるだけの技量は、私にはないんじゃないかと思うんだけど。


「まぁ、でも。大丈夫じゃないかな? こういう時は楽観的に考えるのが一番だよ。

 ……自分に似合う服がどんな物か、分かってるだけでも凄いことだと思うしね」


「はい、ありがとうございます」


 こういう時、フォローするように声をかけてくれるルーカスさんには、本当に救われるなぁ、と内心で思いながら、私はふわり、と笑みを溢した。


「ルーカスさんは、パーティにはよく行かれるんですか?」


 何となくだけど、パーティとか、そういうの。


 ルーカスさんは凄く場慣れしてそうだなぁ、と思って話題を少し変えた私に。


「うん。……立場上、どうしても行かなきゃならない物も沢山あるからね」


 にこり、と笑いながらルーカスさんが言葉を返してくれる。


「オイ、都合のいい言い方をするなよ。

 お前は、行く必要のないパーティにも参加しているだろうが」


「……行く必要のないパーティ、ですか?」


 ルーカスさんに問いかけた言葉に返ってきた返事のあとで。


 お兄様から補足するように、声がかかって、私は驚きに目を見開いた。


 行く必要のないパーティって、なんだろう?


 お呼ばれしていないのに、行っているって、ことなのかな?


 ……そんなことが、可能なんだろうか?


「誤解を招くような発言しないでよ、殿下。

 ちゃんと、招かれたものにしか参加してないからね、俺は」


 はっきりとそう言いながら、お兄様の言葉を訂正するように声をあげるルーカスさんに。


「招かれたものには、例えどんな物であろうとも。

 選びもせずに“全部”片っ端から参加しているだろう?」


 と、お兄様から呆れたような言葉が返ってくる。


 ……侯爵家に来る手紙、お誘いだけでも。


 その量を私でも推測できるくらい、きっと膨大なものになると思う。


 それを、ルーカスさんは、選びもせずに。


 全部片っ端から参加しているということだろう、か?

 びっくりする私に。


 ルーカスさんが苦い笑みを浮かべながら、お兄様の言葉に『人聞き悪いなァ』と。


 口にして……。


「俺は単純に、人間観察が好きなだけだよ。

 その人が、どんな趣味があって、どういう嗜好を持っていて、どういう人間と繋がりがあるのか。

 パーティみたいな社交場に行かないと分からないことは山ほどあるからね。

 情報ってのは、持っていれば持っている程に、それだけで武器になるものだから。

 そういうのも、ちゃんとこれからの俺の仕事に活きるだろうし、既に幾つかは殿下のお役にも立ててるでしょ?

 ……ほら、例えば、裏カジノを、摘発することが出来たりね」


 と、声を出す。


 当たり前のように、さらりとそう言っているけれど。


 数ある貴族の、それぞれの人間関係の繋がりや、些細な趣味のことまで覚えていられるのは本当に凄いなぁと思ってしまう。


 しかも、それが既に仕事にも結びついているなんて……。


「……私は、人の名前を覚えるのだけでも一苦労なので、凄いです」


「あ、それ俺も分かるよ! “ま”、とか“み”から始まる名前とか特に覚えにくいよねぇ」


 クスクスと笑みを溢しながらそういうルーカスさんの表情はどこか楽しげで。


「本当によくやるものだ。

 ……お前がそんなのだから、勘違いした貴族の令嬢から縁談の申し込みが途絶えないんだろう」


 それを、嫌そうな表情を浮かべながら声をあげた、お兄様の。


「あぁ、なるほど……。

 確かに、侯爵家っていうだけで縁談は凄そうなのに、ルーカスさんが色々なパーティに顔を出していたら、余計、申し込みが凄そうですね」


 その妙に説得力のある発言には私自身、納得してしまった。


 侯爵家っていうだけでその家柄から縁談の申し込みは多いだろう。


 それに加えて、私の目から見ても普段から優しい感じの声色で人と接することが出来るルーカスさんだから、多分女性から人気があるんだろうなっていうのは何となくだけど分かる。


 だから、お兄様の言葉に同調したのは、別に決してそれ以上、他意があった訳でもなく。


 純粋に、“そうなんだろうな”って自分の中で腑に落ちるものだったから、というだけだったのだけど。


「ちょっと、それ、婚約者になるかもしれないっていうお姫様の前で言う?

 殿下、デリカシーがないよ……。俺はいつもと変わらずに、誰に対してもにこやかに対応してるだけなんだけど」


 私の発言を聞いて、困った様な口調で、お兄様の発言を少し咎めるようにルーカスさんがそう言ってくるのが聞こえてきて。


 それに対して何かフォローをした方がいいのかな、と私が迷っている間に。


「うむ。分かったぞ! そういうの、八方美人というのであろう?」


 アルが、理解した! と言わんばかりに声を上げるのが聞こえてきた。


「アルフレッド君……、その言い方は流石に酷すぎない? 悪意のない発言が一番心にダメージがくるんだけど」


「オイ、アルフレッド。美人がついたらなんつぅか、ちょっと良さげに聞こえるだろ?

 コイツには、ずる賢い、世渡り上手、腹が読めない、誰に対してもいい顔をする男、とかで充分だ」


「ううむ、セオドア。それだと、途中の言葉に“上手”がつくことになるが、それは許容範囲内なのか?」


「ちょっとっ、お兄さんもっ! それ、ただの悪口じゃんっ!

 俺の苦労なんて何もしらないでさァ! 本当好き勝手言ってくれちゃってっ!」


「……あ、あの、ルーカスさん、大丈夫ですか?」

「……あぁ、本当にこの場でお姫様だけだよ。俺の事を考えて発言してくれるのは!」


 そうして。


 途端、みんなから、散々な言われようだったルーカスさんを心配して声をかければ。


 私の両手をぎゅっと握って、ルーカスさんが大袈裟に声をあげるのが見えた。


「……オイ、こら。どさくさに紛れて姫さんの手を握るんじゃねぇよ」


「……ルーカス」


 それとほぼ、同時に、直ぐに、ペイと、その手が撥ねのけられて。


「……?」


 セオドアとお兄様が低い声を出すのを、今の会話で何か私がみんなに心配をかけるようなことしちゃったかな? 


と、首を傾げながら2人に視線をむければ。


「……やだなァ、冗談じゃん。恐い顔しないでよ、2人とも」


 と、ルーカスさんが、どこか苦い笑みを溢しながらそう声に出して、さっきまで私の手を握っていたその手を、何かに降参したようにパッと上げる。


「……別に恐い顔をしているつもりはない。俺の顔は元々、こんな顔だ」


「いや、殿下。……鏡、一回見てみなよ? 般若みたいな形相、してるけど?」


「お前の巫山戯た発言はいつもの事だから、碌に聞くつもりはない。

 だがな、アリスに婚約を申し込むその前に、そういった勘違いのものを言っているんだ、俺は」


「……あれ。……これ、もしかして珍しく本格的なお怒りモードだったりする?」


「“俺の妹”に婚約を申し込んできてるんだから、当然最低限のことはしてから申し込んできているんだよな?」


 そうして、はっきりと声に出すお兄様の発言に。


 ……よく分からないけど、人の好意を精算することが出来るのだろうか? と、はらはらしながら見守れば。


「逆に聞くけど、“それ”をちゃんとしたら、俺がお姫様の婚約者になることを。

 殿下はちゃんと、認めることが出来るの?」


 と、ルーカスさんが声を出すのが聞こえてきた。


 いつもよりも格段に声のトーンを落として、急に真面目な声色になって、お兄様に正面から問いかけるようなその一言に。


 珍しく、お兄様の瞳が動揺したように揺らぐのが見えて。


「……俺はっ、」


 何かを言いかけて、言いよどむお兄様の姿に。


「……なーんてね! そりゃァ、勿論ちゃんとしますとも。

 言われなくても、お姫様には負担がかからないようにするのは当然の配慮だからね」


 と、次の瞬間には、一瞬だけ張り詰めたような空気感になったのを払拭するかのように。


 お兄様とは対称的に、からりと明るい声を出したルーカスさんは。


 にこにこと笑いながらいつも以上におどけたようなものに変わっていた。




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