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第101話 デート3

「……それに、中には殿下のいう通り。

 熱烈な感じで勘違いさせちゃってる子もいるからね。

 そういうのは、きちんと精算しておかないと、万が一、お姫様に危害が加わったら困るから」


 そうして、苦笑しながらそう声を上げるのが聞こえてきて、私は。


「……そうなんですね、っ……えっと、私のこと、考えてくれてありがとうございます」


 と、声を出した。


【私がローラや、アルやセオドアに感じているような気持ちとはまた違うのかな?】


 身近にいる大切な人が幸せになってくれるなら、私は嬉しいけど。


 ……あ、相手が私だから、納得できないとか、そういう感情を持たれてしまうかもしれないっていうことだろうか?


 愛とか、恋とか、自分には本当に今まで無縁のものだったから。


 みんなにとって当たり前のその感情が私にはあまり理解出来ていない。


 だから、いまいちルーカスさんが発したその、熱烈な感じでの勘違いという台詞の意味がよく分かってはないのだけど。


 2人の遣り取りに、お兄様とルーカスさんが私のことを考えて動いてくれていることは読み取れて。


 そのことにお礼を言えば。


「あぁ。……ね、? 婚約関係を結ぶかどうかこうして時間を設けてる訳だけど、改めてお姫様、俺のことは嫌い?」


 と、ルーカスさんに問いかけられた。


「? いえ、別に嫌いな訳では。……その、恥ずかしいんですけど、私、そういう感情がどういうものなのかいまいちよく分からなくて。

 お父様が選んだ方と結婚するのは自然な流れだとずっと思ってきましたし。

 あの、それにルーカスさんも私のこと、別に好きって訳じゃないですよね?

 前に話した時、私のこと妹みたいだって、言って……」


「……うん、そっか。それなら別にいいんだ」


 戸惑いながらも自分の本音を隠すこともなく告げた私の発言に。


 ルーカスさんが、苦笑しながら声をあげる。


「確かにお姫様の年齢で、そういう感情を知るにはまだ早いかもしれないよなァ」


「あ、えっと……、その、そうじゃなくて。私がもしも、誰かと結婚して。

 子供を持ったときに、ちゃんと愛せるかな、とか……、そういうのがどうしても、頭を過ってしまって。

 ……そのっ、今まで誰かに愛して貰ったことがないので、よく分からなくて」


「……っ、」


 私の発言に、ルーカスさんだけじゃなく、周囲にいたアル以外がみんな一様にびっくりしているのが見えて。


 何か変な事を言ってしまったかな、と内心で慌てながら。


「あ、でも。その、別に嫌な訳じゃないんです。

 例えここで婚約を結ばなかったとしても、いつか政略的に誰かと結婚しなければいけないのは、これから先の未来で考えなきゃいけないことだと思いますし。

 ただ、私が婚約関係を結ぶとしたら、万が一破談にならなかった場合、ルーカスさんの未来も縛っちゃうことにもつながりますし……。

 そういうことをいっぱい考えてると、頭の中でまだ整理が追いついてなくて」


 と、声をあげた。


「……っ、お姫様……」


 偽ることも無く、全部自分の本音だった。


 誰かを大切に思う気持ちは私の中にもあるけれど。


 それが、愛とか恋とか、そういうものではないことは確かなんだと思う。


 私にとっては、みんな、同じくらい平等に大切な人達で、“特別”に誰かを好きだという感覚がない。


 それに、お兄様が言うように、もしもルーカスさんが気を配って、周囲の令嬢から持ち上がってる縁談を一度クリアに、綺麗さっぱり私のために全て排除してくれるというのなら。


【私が魔女であるということを、ルーカスさんに伝えられていないのは、どうしても公平じゃない】


 と、思ってしまう。


 例え、ルーカスさんがこの縁談自体がいずれどこかのタイミングで破棄になるだろうと思っているものだとしても。


 婚約関係を結んでくれている間、私に対して誠実でいてく

れるのなら。


 私も、ルーカスさんに対しては、誠実でいなきゃいけないだろう。


 相手からしたら、将来結婚するかもしれない人間が魔女であることはきっと。


 ……大きなマイナスポイントでしかない。


 前までは婚約を結ぶかどうか決めてない以上はこの話をするかどうかも決められないと思っていたけれど。


 ルーカスさんが、申し込みの段階で。


 私以外の全ての縁談を撥ねのけてくれるつもりがあるというのなら。


 私も、自分が魔女であることを言わない訳にはいかない、よね。


 お父様に聞いてからと思っていたけれど、事後報告でも許されるだろうか。


 相手はルーカスさんだし、変な相手じゃないし。


 伝えてもきっと、そこから誰かに漏れ伝わるということは心配しなくても大丈夫だと思う。


「……まァ、当然だよなァ。

 頭の中がこんがらがったとしても、お姫様の年齢的なものもあるし。

 俺の言い方がちょっと性急すぎちゃったのもあると思う、ごめんね?」


 悩んでいる間に……。


 私が自分の意見を言った後、少しだけ生まれた音が一切無い空白の時間が流れたあとで。


 ルーカスさんが此方を見て、ふわりと笑顔を溢してくるのを見て。


「いえ、此方こそごめんなさい、ありがとうございます」


 と、ホッと安堵しながら私も笑顔を溢した。


 ずっと保留にしている訳にもいかないことだから、後は伝えるタイミング次第だよね、と心の中で、決めてから。


「そういえば、この時期は、リンドウの花が見頃なんですよ。

 ルーカスさんは、お花の種類に詳しいですか?」


「うん、まぁね。俺は多分、他の人よりもそういうのには詳しい方だと思うよ」


 とりあえず、一瞬、沈みかけたその場の雰囲気をからっと、明るくするように。


 何でも無いのを装って、私はルーカスさんに声をかけた。


「お姫様はリンドウの花が好きなの?」

「……いえ、私ではなくお母様が好きだったんです」


「前、皇后様が?」


「はい。私の部屋に来た侍女がよく、このあとお母様のところにリンドウの花を飾りにいくって言っていたり。

 お母様が好んで調合した香水をふりかけて、リンドウジェンティアナの香りをその身に纏われていたので」


 ――きっと、好きだったんだと思います


 ふわり、と思い出すように声を出した私に。


「お姫様は、どんな花が好きなの?」


 と、ルーカスさんが聞いてくれる。


「これといって、明確に好きな花はないんですけど。

 私は、春に咲く花が可愛いものが多くて好きです」


 気候も関係しているのか、春という季節に合った、素朴で柔らかな花が多いのを思い出して、声をあげれば。


「あぁ、何となく分かる気がするかも」


 と、ルーカスさんが笑ってくれる。


「でも、私、あまり自分には可愛いって感じのもの、似合わなくて。

 どっちかいうなら、ふわふわとしたものよりも、シュッとした感じのものの方が似合う気がするんですよね」

「まァ、殿下もそうだけど、皇族の人ってみんな、可愛い顔っていうよりは美形だもんね」


「……? お兄様2人は、そうだと思いますけど。私は別に美形ではないですよ」


「いやいや、お姫様、自分の顔、鏡で見てごらん!? めちゃくちゃ整ってるから!」

「……??」

 容姿のことで人から褒められたことなんてないし。


 赤い髪を持っているのも勿論あるけれど、むしろ小さい頃からずっと、侍女も騎士も私の顔を見る度に嫌な顔をしてきたし。


 酷い時には遠慮することもなく、周囲から浴びせられて貶されてきた、自分の顔が整っているとはどうしても思えなくて。


 ルーカスさんの言っていることがよく分からなくて、首を傾げた私は。


「あ……っ、ごめんなさい、もしかして気を遣わせてしまって……?」


 それしか考えられなくて声をあげたら。


 呆然としたような、顔をして、ルーカスさんが私のことを見て。


「ねぇ、お姫様。……ずっと気になってたんだけどさァ、一体、自分に対する認識、どうなってるの?」


 と、問いかけられたのだけど、その言葉の意図が分からなくて……。


 私は首を傾げたまま、ルーカスさんの方を見上げた。


「……いや、ごめん。そっか、そうだよな、お姫様の置かれてきた状況とか考えれば、分かる、か。

 あぁ、うん、そりゃぁ、心配されるよなァ……。

 お姫様の周りにいる人間が、どうしてこんなにも過保護になって、必要以上に、お姫様の耳を塞いで鳥籠の中に閉じ込めてんだろうって思ってたけど……。

 なんていうか、色々と納得したっていうか……」


 私に問いかけたあと、珍しくぶつぶつ、と、誰に聞かせる訳でもなく、ルーカスさんが自分の中だけで完結するように、声をあげるのが見えて。


 その言葉の羅列に更に困惑するしか出来ない私を置いてけぼりにして。


「納得したんなら、姫さんから離れてくんねぇか?」


 と、後ろから声がかかって、私は、振り向いた。




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