目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第102話 デート4


「……セオドア?」


 その名前を呼べば、セオドアが鋭い視線をルーカスさんへと向けているのが見えて私は困惑する。


「お兄さんそれ、どういう意味で言ってる?」


「一々言わなくても分かるだろ? それとも分からないふりしてわざと問いかけてきてんのか?」


「“お姫様への婚約の申し込みを撤回しろ”って意味なら、残念だけど無理だよ。

 俺には俺なりの事情がある」


「……エヴァンズ家が、王になる可能性の高い2人ともを支持することが出来るって奴か?

 こんなこと言いたくねぇけど。……ソイツはどうにも胡散臭い話だよな?

 理由付けにしちゃ、ちょっと弱すぎる」


「うん? 何が? どういうこと?」


「このままいけば、第一皇子が皇帝になることは、ほぼほぼ、内定してるだろ?

 しかも、別に第一皇子が皇帝にならなかったとしても、アンタは別に自分のスキルさえあれば、のらりくらりと誰の元でもやっていける筈だ。

 ……それこそ姫さんとわざわざ、縁を結ぼうとしなくても、な?

 アンタへの利益って観点で考えてみりゃどこまでも薄い話だ。

 それに対して、姫さんの気持ちさえ無視すれば、こっちには一見、ノーリスクで、利のあるような事ばかり」


「……へぇ、俺のことそんなに買ってくれてんだ?

 嬉しいなァ、お兄さんに褒められると悪い気はしないよ。

 確かに俺が誰の元でもそれなりにやっていけるかどうかを問われれば。

 やっていけるって言えるよ、99%ね。……それだけの自信は自分の中にある」


「……だろうな」


「でもねぇ、そこに“俺の感情”が乗っかれば話は別でしょ?

 エヴァンズ家のためを思うと確かに理由付けとしては希薄に聞こえるかもしれないけど。

 俺の立場から言わせて貰うとさァ、本当に有り難いことに次期王位を継ぐ可能性のある、皇族の方たちとは3人とも、全員付き合いがあるんだよね。

 だからこそ、俺は“殿下の友人”として、殿下にとっても、お姫様にとっても一番いい方法を模索して、こうして提案してる訳で。

 筋はきちんと通しているし、何も可笑しいことなんて無いはずだけど」


 にこりと笑うルーカスさんに。


 私からしても、その説明に可笑しいところは、ないように聞こえるけど。


 セオドアは未だ、苦い顔をしたままで。


「感情ねぇ、アンタがそれを言うと白々しく聞こえるんだよ。

 ソイツがどこにあるか読めねぇから言ってんだ、俺は」


「考えすぎじゃない? 俺はいつだってお姫様と殿下の味方だよ」


 ……どこか、殺伐とし始めたその場の雰囲気に耐えきれず。


「あ、あの、セオドア……。もしかして、私のこと心配して言ってくれてる?」


 と、問いかければ。


「いや、単に俺がコイツのことを信用しきれないだけだ。

 姫さんが気にすることじゃねぇよ」


 と、こっちに視線を向けてくれたセオドアの表情が和らいで、ルーカスさんと話していた時よりも柔らかな口調で返事が返ってくる。


 そのことに、一先ずホッと安堵しながらも。


 多分、“私のことを心配して”って言うと、私が気にすると思って口ではそう言ってくれてるだけなんだろうな、と思いながら……。


「心配してくれて、ありがとう」


 と、声をかければ。


「……っ、」


 私の顔を見た後で、セオドアはそれで、引いてくれた。


「まァ、お兄さんの気持ちは分からなくもはないよ。

 俺がもし、大事に護っている子がいたとして、その子に俺みたいな人間が婚約者候補になったら、俺は嫌だもん」


「……オイ。本人がそれを言うのかよ?」


「だからこそ、今はこうして、誠実なことをアピールして、認めて貰える努力はしているつもりだよ」


 にこにこと、笑いながらも真剣な声色で言葉を出すルーカスさんに。


「本当に誠実な人間は、自分が誠実であることをわざわざ口に出してアピールしたりはしない」


 と、呆れたような口調でお兄様が声をあげた。


「えぇっ! 殿下、その言い方は酷くない? 俺、滅茶苦茶頑張ってんのにっ!」


 そうして、お兄様に対しておどけたような口調で話すルーカスさんはいつも通りで。


「っていうか、折角のお姫様とのデートなのにさァ。

 本当に、邪魔しか入らないなっ!? この時間、ほんと、なんだったの?

 もう、結構、いい時間になっちゃったじゃん?」


 次いで、唇を尖らせて拗ねたような口調で言いながら、私の方を見て……。


「じゃぁ、不本意だけど、この後は切り替えてダンスの練習にしようか?

 デートの続きは、ゆっくりでいいから、また今度に……」


 ルーカスさんが、そう言いかけた時。


 ザァっと、強い風が辺りに一陣いちじん吹き荒れて、瞬間その場の雰囲気ががらりと変わったような感覚がした。


「……ウィリアム、ルーカス、奇遇よな。そなた達、こんな所で何をしているのだ?」


 突然、かかった第三者の声にびっくりして、振り向けば。


 王宮の庭園に偶然やってきたのだろうか。


 唇を少しだけ上げて、ふわりと笑みをたたえながら、その場に悠々と佇む人がいて。


 思わず、私はその姿を確認した瞬間、反射的に身体を硬くした。


「……ぁ、テレーゼ、様?」


 その名前を呼んだ私に対して、此方に向かって微笑みを向けてくるその人は。


「……気付かなかったが、そなたも此処にいたのか。

 最近全くその顔を見せてくれなかったゆえ、1人寂しく過ごしているのではないかと心配していたのだぞ」


 と、優しい言葉をかけてくれる。


 今まで、どうしてもこの方と対峙すると、苦手意識を持っていて。


 避けていたけれど……。


 巻き戻し前の軸も含めて……。


 顔を合わせて、話をすれば、大抵いつもこんな感じで声をかけてくれるテレーゼ様に。


 お母様のことや、自分だけの勝手な感情で。


 いつまでもこうして苦手なままでいるのはよくないよね、と思い直した私は。


「……あ、心配してくれてありがとうございます。

 ……それと、エリス……、テレーゼ様が心配して私に侍女を送って下さったと、お父様から聞きました」


 と、声に出す。


 エリスのことは、お父様にテレーゼ様にお礼を伝えておいて欲しいと伝えたまま。


 直接お礼が出来ていなかったと、改めて口に出せば。


「あぁ、あの侍女のことか。

 あの侍女はまだ新米で右も左も分からぬ所があったが、不便はないか? もしも、そなたが気に入らぬようならば、陛下に進言してやろう」

 と、テレーゼ様の方から問いかけてくれる。


「いいえ、とても良く動いてくれています」


 私の返事に、テレーゼ様がスッと、手に持っていた扇で口元を隠すのが見える。


「……??」


 その扇の下で、どんな表情をしているのか、目だけでは読み取ることが出来ずに首を傾げれば。


「それなら良かった。……最近、陛下はそなたの心配ばかり、しているのでな。

 わたくしも心苦しく思っていたのだ」


 と、テレーゼ様からそんな言葉をかけられた。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?