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第103話 相対


「……お父様が、私を?」


「家族で食事をする時も、度々、そなたの名前がその口から出ることがある。

 古の森の砦をそなたに贈ったこともそうだが、最近の陛下の関心は飽きることなくそなたにだけ注がれているのだ」


 私の問いかけに。


 テレーゼ様がふわりと微笑むように、目尻を下げてそう答えてくれる。


 お父様の関心が私に向けられていると、そういわれても。


 私には、あまりピンとはこないのだけど。


 最近皇族としてちゃんとし始めたから、物珍しくてお父様の話題に上がることが増えたんだろうか?


 ……あ、それでギゼルお兄様も図書館で私にあんなことを言ったのかな?


 私に向けられる、お父様の視線が違うものだって。

【そんな、こと……、ある筈、ないのに】


「あのっ、最近私が皇族としてちゃんとし始めたから、それでお父様の視線が私に少し向いただけなのではないでしょうか?」


「ふむ。陛下の視線の意味を、そなたはあくまでそう考える、と?」


「え? えっと、……はい」


「成る程な。

 最近そなたの皇族としての立ち居振る舞いがしっかりとしてきていると聞き及んでいたが。

 どうやら、そこに嘘偽りなどないらしい。

 皇族としての恥にならぬよう、しっかりとその足で立って歩き始めているのだな?」


 扇で唇を隠したまま、優雅に此方に向かって声をかけてくれるテレーゼ様に。


「はい、そのっ……。今まで、申し訳ありませんでした。

 これからは、ちゃんと自分で考えて皇族として動いていくつもりです」


 こくり、と頷いて、そう言えば。


 テレーゼ様は口元にあてていた扇をパンっと閉じたあと、下に降ろして。


 ふわり、と此方に向かって笑みを溢した。


「そうか。皇族として自覚が芽生えたのだな? いことだ。

 そろそろ、そなたのデビュタントが行われるであろう?

 そこで有力な貴族を沢山呼んで、そなたの為に豪華絢爛なパーティーを開く準備を陛下がしているという噂で、今は持ちきりゆえ……」


「え……? あの、私の為にお父様がそんなパーティーを?」


「あくまで噂の域を出ぬものだが、わたくしはその噂がただの噂では終わらぬと予想している。

 今のそなたなら大丈夫であろうが。

 大規模な物になればなるほどに、皇族として、失敗は決して許されぬものになるだろう。

 そなたの一挙一動が、そのまま陛下の、いては皇族の評価になることを努々ゆめゆめ忘れてはならぬ。

 私もそなたの為に手を尽くしてやる心持ちがあるのでな、助けが必要ならば、いつでも声をかけておくれ」


「あ……、ありがとうございます」


 テレーゼ様からかけられたその言葉に、びっくりしたあとで。


 慌てて、私はお礼の言葉を口にした。


 お父様が私の為のデビュタントのパーティを豪華なものにするという噂はどこから立ったものなのだろう。


 よく分からないけど、事前にテレーゼ様から教えて貰えたことで。


 私の一挙一動が注目されるのだということに、今からどうしようもなく気が重くなったのは、確かだけど……。


 それでも、事前に知っているかどうかで大分違う。

 パーティに臨む自分の心に少しでもゆとりが持てる気がして、教えてくれたテレーゼ様に心の中で感謝をしていたら。


「母上、用件はそれだけでしょうか? 他に用件があるのなら手短に願います」


 突然、私の後ろから、お兄様の声がした。


「最近は事務的な遣り取り以外、碌に口も利いてはくれぬのに、たまたま偶然此処へ来た母に対して。

 その対応は、あまりにも酷いのではないか、ウィリアム」


 お兄様の無機質な声色に、テレーゼ様が酷く寂しそうな声色で言葉を発したのが聞こえてきて。


 私は2人の遣り取りをただ黙って見ていることしか出来ない。


「……本当に偶然、此方へ?」


「ふふっ、母の言葉を疑うというのか? 今日は天気が良かったのでな。

 花に誘われて来てみれば、楽しげに話す声が聞こえてきて、そなたたちが目に入ったのだ。

 のう、ルーカス? 特にそなたの声はよく通るであろう?」


「……えぇ。

 俺の声が聞こえたことで、テレーゼ様がわざわざ会いに来てくれたのだとしたら、それは光栄なことですね」


 ふわり、とルーカスさんがテレーゼ様に微笑めば。


 テレーゼ様も此方に向かって浮かべていた笑みを深くする。


 そうして、一瞬だけちらりと、テレーゼ様が後ろへと視線を向ければ。


 傍に控えていた何人かの侍女が、テレーゼさまの言葉に同意するように、こくりと頷くのが見えた。


「最近は陛下の仕事を手伝い始めて、ウィリアム、そなたと過ごす時間もめっきり減ってしまった。

 ……ただでさえ、今は。

 ルーカスが、婚約を結ぼうとしている関係で、陛下からアリスの傍にいて2人の動向を見守る役目も任されているのであろう?

 それは別にそなたに任せずとも、アリスが心配ならば、誰か他にも適任者がいるのではないかと思うがな?」


「えぇ、俺もそう思います。テレーゼ様。

 ですが、俺と殿下が仲が良いのは勿論のこと、最近殿下は陛下の仕事の案件を“任されすぎて”いましたから。

 陛下も殿下に息抜きさせる意味合いでこの仕事を敢えて殿下に持ち込んだのだと思いますよ」


 テレーゼ様の言葉に。


 今まで、お兄様がお父様にルーカスさんと私の遣り取りを監視するという名目で。


 私の傍に来ることになったのが、マナー講師と私の遣り取りでお父様が私を心配したにしては、大袈裟すぎるんじゃないかと思っていたけれど。


 お兄様が、私の傍に来ることになった理由が。


 お父様が、お兄様に対して息抜きを促す意味合いを含めていたのなら、ルーカスさんのその言葉を聞いて少し納得出来る。


 それはそうとして。


【私の傍にお兄様がいることを。やっぱりテレーゼ様は、あまり良く思っていないのかな】


 確かに傍から見れば。


 お父様が私を心配して、仕事の出来るお兄様を必要以上に拘束しているように見えてしまうかもしれない、よね。


 昨日、図書館でギゼルお兄様が嫌悪感を出していたように。


 テレーゼ様の様子は、今、私から見ても、顔色も何一つ変わることはなく、あからさまに此方を嫌うような態度を見せてくる訳じゃないけれど。


「母上、俺は、いつまでも心配されるような子供ではありません。

 ルーカスと仲が良いという意味で、アリスの傍にいるのに俺以上の適任者はいませんし。

 父上には父上の考えがあって、俺に任せられる仕事を振り分けてきていることを母上もご存知でしょう?」


 私が色々と考えている間にも。


 お兄様が呆れたような視線で、テレーゼ様へと声を上げるのが見えた。


 その言い方はまるで、テレーゼ様に対して、“口出しは無用”だと言っているようなもので。


 ほんの少し、冷たくも聞こえるお兄様のその言い方に。


 ……どうしてだろう、と私が内心で思っていたら。


「ならばい」


 お兄様のその言葉を聞いて、扇をパッと開いたあとで。


 その口元を隠してから……。


「どうやら楽しい談話の一時ひとときを私が邪魔をしたと見える」


 と、テレーゼ様が苦笑しながら声を溢すのが聞こえてきた。


「あ、いえ……っ、とんでもありません」


 慌ててその言葉を否定するように声を出した私に。

 テレーゼ様の視線が一瞬だけ此方を向いたかと思えば、直ぐに逸らされて。


【……??】


「……私はここで、退散することにしよう」


 それを不思議に思ったその一瞬後には、テレーゼ様から私たちにそう、声がかけられる。


「でしたら、宮までお送りします」


「わざわざ私について来なくても良い、ルーカス。“皇后宮”まではそう遠くないのでな。

 そなたは、の傍についてやっておくれ」


「……っ、承知しました」


 はっきりと、そう口にして。


 ふわり、と笑みをその顔にたたえたまま。


 テレーゼ様が、侍女を数人引き連れて、先ほど来た道を戻っていく。


 あの方と話していると、どこか緊張してしまうのは、どうしてなんだろう。


 ……その糸が今、途切れたことにホッと内心で安堵して。


【……多分、粗相は何もしなかったはず】


 そのはず、なんだけど。


 どうしてか、急に不安な気持ちに襲われて。


 私は、自分のその感情がよく分からなくて、首を傾げた……。




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