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第115話 二人きりでの夕食6


 私の問いかけにお父様は驚いたような表情を見せたあとで。


「公爵がそのようなことを?」


 と、聞いてきた。

 まるで俄には信じられないとでも言うようなその言葉で。


 やっぱりお父様が関与していた訳じゃ無かったのだと知った私は。


「はい、そのっ……。

 お父様に伝える前に、ウィリアムお兄様に成り行きで話す機会がありまして。

 お兄様も驚いた様子で、私への郵便の検閲をしていた人間を調べて見ると仰ってくれているのですが」


 と、声に出す。


「話は分かった。……だが、“検閲”か。

 お前の周囲が碌に仕事もしない人間達で囲まれていたのは今ではもう、私も理解している。

 お前の私物、皇族の私財を抜いていたのも問題だが、もしも公爵からの手紙も意図的に抜いていたとあれば……」


 私の話を聞いて、少し考え込んだ素振りを見せてから、突然、お父様が、ハッとしたような表情を浮かべるのが見えた。


「……っ、アリス。……その話は、私の耳に入るのが遅かったかもしれぬ」


「お父様……?」


「2ヶ月ほど前のことだ。

 牢に捕らえていた人間が複数名、腹痛の症状を訴えたのちに、死亡している事故があった」


「……え、っ……?」


「腐った食べ物が混入されていて、食事自体に問題があり、集団で出された食事にあたったのだと報告にあって、無差別に死んでしまったのだと思っていたが。

 ……その中に、お前の検閲係だったものが全員、含まれているのだ」


「……っ、……! ……っ、そ、それは、本当、ですか……?」


 震える声で、問いかけた私のその一言に、お父様は私を見て、険しい顔をしたあとで、こくりと同意するように頷いた。


「今の段階で、そこにどんな因果関係があるかは、分からぬ。

 もしかしたら、本当にただの偶然の可能性もあるし、関係はないのかもしれぬが。

 “事故”だと思っていたその件が、“事件”だった可能性は否定出来ぬ。

 もしも……、もしも、お前の検閲係だったものが、皇族の私財をこっそりと横領していた以外にも何か、他に余罪があったのだとしたら……。

 それが、誰かに命令されて行われていたのだとしたら」


 お父様のその言葉に、私はびくりと身体が震えた。


【何かを知っているから、誰かに、殺されてしまった……?】


「……っ、あっ、もしも、私が早くにお父様に相談、出来ていれば」


「……いや。もし、誰かが裏で糸を引いているのだとしたら、やはり、私が調べる前に殺されていた可能性は高いだろう。

 お前が公爵に会いに行ったのは、2ヶ月以上も前のことではないだろう?

 どちらにせよ、お前が事実を知るその前に、事は行われたよう、だ」


「……っ、! で、でしたら、今から時間を巻き戻して……。

 検閲係だったあの3人が捕まってしまった時にまで、遡れば……っ。

 もしかしたら、誰も死なない状況が作り出せるかも、しれません、よねっ……?」


「……ダメだっ!」


 オロオロしながらも、今自分に出来ることを、と思って、声を出せば、お父様から、あまりにも強い口調で否定されて、びくり、と私は身体を強ばらせた。


 そんな私を見ながら、お父様はふぅ、と小さくため息を溢したあとで。


「いいか、アリス。……お前の所為で死んだ訳じゃない」


 と、私を見ながら言い聞かせるように声を出す。


「……っ、でもっ……」


「死んだ人間、それも罪を犯した人間のために自分の命を削ってまで能力を使おうとする必要はない。

 お前にとっては、ショッキングな話かもしれぬが、お前の能力も万能ではないのだ。

 それにまだ、繊細なコントロールは出来ないのだと、自分で言っていただろう?

 その時間まで、巻き戻すために何度、能力を使用するつもりだ?

 それにかかる自分の身体への負荷まで、きちんと考えているのか?」


「……っ、」


 お父様の言葉は正論で……。


 私はそれ以上、言葉が出なかった。


 あれほど、頭の中では……。


 能力を使う時は、私の身の周りの人が危なくなったときとか、お父様に言われた時とかのみにしようと、考えて使おうと決めていたのに。


 自分にほんの少しでも関わった人が、死んだと聞いて……。


 それが、私の物を盗んだ人達とはいえ。


 居ても立ってもいられなくて、無計画に自分が今、能力を使おうとしていたことは確かだった。


【だって、公爵の手紙をもし彼らが抜いていたとしたら。

 ……それが原因でもしも殺されたのだとしたら。

 私の何かに関わったから死んでしまったのかも、しれないんだよね……?】


「良いか、アリス。罪は罪だ。

 黒だったものが、白にはならぬし、犯した罪は消えはしない。

 お前の私物を抜いていただけではなく、他にも余罪があったのだとしたら。

 お前の検閲をしていた者達はもっと他にも犯罪に手を染めていた可能性がある。

 それが、たまたまお前に関することで犯罪を犯していただけで、お前は被害者だ。

 その事によって、お前が必要以上に罪悪感を抱える必要はどこにもない」


「……っ、」


 お父様のその言葉に、私は顔を上げてお父様を見つめた。


 未だに、複雑な気持ちを抱えたままの私の内心を汲み取ってくれたのか。


 険しい顔つきだったお父様が、私と視線があって、ほんの少しだけ柔らかいものへと変わるのが見える。


「ウィリアムが調べると言ったのだろう?

 この件は、私も関与して、もっと掘り下げて調べてみるつもりだ。

 肝心の中心人物が死んでいる以上、どれほど、痕跡が残っているかは分からぬが辿れる所までは辿ってみよう」


「……あ、ありがとうございます……っ」


 そうして、そう言ってくれた一言に、お礼を口にすれば。

 お父様の表情はまた険しいものへと変わった。


「しかし、ただの横領だけかと思っていたが、なんともきな臭いことになってきた。

 公爵は、手紙が届かなかったのを言っていただけか? 他に何かを言っていたりはしなかったか?」


「いえ、特に他には……。

 お祖父さまは、手紙が私たちのもとに届いていなかったのはお父様が止めているからだと思っていたようですし。

 何か、手がかりになるようなことがもっとあればいいのですが、お役に立てず、申し訳ありません」


「いや、お前が気にする必要は無い。

 何か糸口が見つかればと思って、ダメ元で聞いてみただけだ。

 それに、このような話は、食事の最中に話すようなことでもなかったな。

 それで、公爵との面会は、そのっ、……どうだったんだ?」


「……はい。あの、初めてお会いするので緊張しましたが、お祖父さまにはとても優しくして頂けて……。

 毎年誕生日にプレゼントまで用意して下さっていたみたいなのです。

 今まで渡せなかったからと、10年分の贈り物を頂きました」


「……っ、そうか」


 さっきまでの殺伐とした話を切り替えるように声を出してくれたお父様の問いかけに、私がふわりと、口元を緩めて声を出せば、お父様が、ほんの少し何かに後悔するような、苦い顔をしながら、私の話に相づちを打ってくれる。


【……?】


「あ、あと、毎年お祖父さまと私の誕生日が近くなったら、一緒に食事を摂ろうと勝手に約束してしまったのですが……。

 そのっ、問題なかったでしょうか?」


 お父様の表情に、どういう意図があるのか上手く読み取れないまま……。


 私はお祖父さまと勝手に約束してしまったことを、思い出して、お父様に、おずおずと、窺うように声を上げた。


「ああ、それは別に構わぬ。公爵もお前の家族だからな。

 だが、アリス、誕生日が近くなったら今後は私とも食事をしよう。

 お前の好きな、ものも……っ」


「? お父様とも、食事ですか?」


 私の問いかけに、コホンと咳払いをしたあとで。

 お父様が、『ああ……』と声をあげる。


「来年は一緒に食事を摂ることにしよう。

 ……その、なんだ、欲しいものがあるなら、私に言いなさい」


「……えっと、あの、皇族のお金はもう無駄遣いするつもりはない、ですよ?」


「……そうではない。お前は今、殆ど何にも皇族の予算を使ってすらいないだろう?

 無駄遣いをしていないことくらいは私も分かっている」


「えっと、? でも、お父様から、誕生日に何か頂いたこと……。

 あ、あの、そういう方針だったのでは、ありませんか? それは、ウィリアムお兄様も、ギゼルお兄様も……。その」


「ウィリアムやギゼルは、テレーゼが気を配って。

 毎年、私の名義で、アイツらの好きなもの、欲しいものを贈っている」


 お父様からのその一言に驚いて、私は目をぱちくりとまたたかせた。


 お兄様たちが、今までどういう風に過ごしてきたのかは、私にはあまり入って来ない情報だったから、テレーゼ様が色々と気を配っていたのは知らなかった。


「あ、でも。

 私はお誕生日で貰うよりも、もっと自分が欲しいときに欲しいものをお父様にお伝えしていた分、お兄様たちよりもお金を使って貰っていたのでは……?」


「それは勿論あるが。……お前とはその、今まで旅行などに行ったことはない、だろう?」


「旅行、ですか?」


 そう言えば、ギゼルお兄様が前に古の森の砦別荘にお父様と一緒に出かけたと、嬉しそうに話していたこともあったな、と私はそっと思い出した。


 確かにそういうことを、お父様とした記憶なんて私には欠片もない。


 巻き戻し前の軸は疎まれて嫌われていたのだから、それも当然のことだろう。


 今はそこまでお父様との仲が悪い訳じゃないから、気にかけてくれたのかな?


「その、これからはなるべく、私も、テレーゼに任せきりにせず、お前達にもそれぞれ、気を配るようにする、つもりだ。

 だからお前も遠慮はせず、欲しいものがあるなら一年に一回くらいには、私に伝えてきなさい」


「あ、ありがとうございます……」


 お父様にどういう心境の変化があったのかよく分からないけれど。


 今、出してくれたお父様の提案が有り難いものであることにかわりはなく、私は、お父様のその提案に頷いて、お礼を口にした。




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