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第116話 二人きりでの夕食7


「……それより話に夢中になっていたせいか、手が止まっているぞ。

 どうせ、この場には私しかいないのだから、会話をしている最中は食事を摂らないというマナーに気を配る必要もない。

 温かいうちに、私に遠慮せず、食べなさい」


「はい。ありがとうございます」


 お父様からそう言われて、私は目の前に置かれていた食事に視線を向ける。


 ここまで、お父様とは私の話を聞いて貰うために、ずっと会話をしあっていたため。


 ほぼ、手つかずの状態だった食事をお父様の方から摂ることを勧められて。


 私はテーブルの上に置かれているフォークとナイフを手に取った。


【……うっ、気まずい……っ】


 シェフが作る料理を食べるのも久しぶりだったけど、ジッと、私の動向を見守るように、お父様の視線が此方へと飛んで来ているのが、なんていうか、凄く食べにくい。


 なるべく、銀食器と、ナイフやフォークカトラリーが擦れる音を出さないよう気をつけつつ、目の前のお肉を一口サイズに切っては口に運ぶ。


 口の中に入れた瞬間じゅわっと肉汁が口の中いっぱいに広がって、いっぱい、噛まなくても、お肉がほろほろと勝手に溶けていく。


 ――そこで、気付いた


【あぁ、そうだったんだ……】


「アリス?」


 に、ほんの少し、固まってしまった私を不審に思ってか。


 私を呼ぶお父様のその声に、顔をあげて、今感じた動揺を悟られないようにと、なるべく自然体を心がけた私は、お父様の方を見つめた。


「いえ、なんでもありません。……そのっ、とても、美味しかったので」


 ふわり、と笑みを溢したあとで、私は、目の前のお肉をもう一口、口に運んだ。


【美味しい……】


 今まで、私がお父様や他の皇族と一緒に食事をしてきた回数は、そう多くはなかったけど、それでも、そういう機会が、一度もなかった訳じゃない。


 だけど、その時食べたお肉と、今食べたお肉で……、明らかに差があることに気付いた。


 多分、きっと……。お肉だけじゃ無い。


 ここにあるものは、以前私が他の皇族の方達と肩を並べて食事をしてきた時とは違って、食材の素材自体が、比べものにはならないのだと思う。


 以前は、私と他の皇族でわざわざ見た目には分からない細工をしながらも、出される料理のグレードが違ったのだろう……。


【誰の指示かは分からないけれど、随分手が込んだことをされていたんだな】


 と、内心で思ったあとで苦笑する。


 今さら、されてきた嫌がらせに一個気付いた所で、特になんとも思わなくなっている自分に気付いた。


 今は、お父様が目を光らせてくれるから、私の食事も以前とは違い、お父様と同じちゃんとしたものが出されるようになったのだろうか……?


 その辺り、私にはよく分からないけれど。


【有り難いけど、逆にちょっと胃もたれしちゃいそう、だな】


 お祖父さまのところで出された食事は魚がメインだったからなんとも思わなかったけど。


 お肉メインだと、ちょっと厳しいかもしれない……。


 あまりにも慣れ親しんでいない、口の中で広がる高級感に戸惑いながら。


 何度か口に運んでいるうちに、胃の中が既に、悲鳴を上げはじめていた。


 品数も、ローラが出してくれるいつもの食事よりも多いから。


 ……全部はきっと、食べられないだろう。


「アリス、どうした? もしかして、量が多かったか?」


 明らかに、進んでない私の食事を見て。


 お父様の方から、声をかけてくれたことに内心でホッとしながら。


 私は、こくりと頷いた。


「そ、その、申し訳ありません。

 全部は、食べられそうにないみたいです」


 残してしまうのが申し訳なくて、本当に心から謝罪すれば、お父様は納得したように頷いてくれたあとで。


「食が細くなっているのだろう。今度からはもう少し品数を減らすとしよう」


 と、そう言ってくれる。


 私はその有り難い言葉に頷いて、感謝したあとで。


「そういえば、お父様のお話は私のデビュタントのことに関して、でしたよね?」


 と、声をあげた。


「あぁ、そうだな。

 お前のデビュタントの日取りが決まったから伝えておこうと思ってな。

 今から丁度、1ヶ月後に執り行う予定だ」


「1ヶ月後、ですか……?」


 お父様から言われたその一言で、思っていた以上にタイトなスケジュールだったことに驚いた私を見ながら。


 お父様はどこか渋い顔をしたあとで。


「あぁ、本来ならもう少し早めにお前に伝えられていれば良かったのだが。

 お前のデビュタントは既にウィリアムやギゼルに比べれば遅いくらいだし。

 あまりにも開かれるのが遅いと、お前に対してよからぬ噂を立てようとする貴族も出てくるだろう」


 と、此方に伝えてくる。


 ウィリアムお兄様やギゼルお兄様に対して、私のデビュタントが開かれるのが遅いことで。


 あれこれと、また噂が立つようになってしまう可能性がある、ということだろうか。


 お父様のその懸念は私にはいまいちピンとはこなかったけれど。


「そういえば、今日テレーゼ様にお会いした時に。

 私のデビュタントのパーティーが豪華絢爛な物になると、噂されていると聞いたのですが」


「テレーゼに会ったのか?

 ふむ、確かに、お前のパーティーは、ウィリアムと、ギゼルの時と規模も同じだし。

 豪華絢爛かと言われれば、まぁ、そうなるだろうな。

 特に侯爵クラスになると余程、急用があって来られぬ者以外は、殆ど全員参加になるだろうし、それだけでも来賓客の多い大規模なパーティーであることは間違いない」


「あ、そうだったんですね……っ。お兄様達と規模が同じと聞けて、良かったです。

 ただ、私自体、あんまりお兄様達のデビューの時のパーティーがどんな物だったか覚えてなくて、不安だったので」


 ふと、今日テレーゼ様に会ったときのことを思い出して、お父様に質問すれば、お父様から、ウィリアムお兄様とギゼルお兄様の時と、規模が同じだと聞けて、私は心の中で、ホッと安堵した。


 ただ、2人のデビューの時のパーティーがどんなものだったのかはよく覚えていない上に、お父様から招待客の多いパーティーだということを聞けば。


 気は抜けないものになるだろうな、っていう事は間違いなくて、事前に聞けて安心したのと同時に、人の名前を覚えるのが苦手な私は……。


 今から、紹介されるであろう貴族の名前を一人一人、覚えていかなきゃいけないのだろうなと思うと身が引き締まるような思いがしているけど。


「あ、あと……そのっ、デビュタントで踊るダンスについてなのですが」


「あぁ、それに関しては事前にウィリアムから聞いている。

 ワルツにするのだろう? 悪くない選曲だ」


 事も無げにそういうお父様に、ウィリアムお兄様が事前にお父様に伝えてくれていたのだと知って、びっくりする。


【また、今度会った時にお兄様にお礼を伝えよう】


 そのどこまでも有り難い配慮に、今、ここにはいないお兄様に心の中で感謝しながら……。


「あの、お父様。

 パーティーで流れる曲順のリストや、当日、どういう進行で執り行われるのかなどの子細を事前に知りたいのですが。

 可能な限りで構いませんので教えて頂けませんか?」


「……あぁ。

 それに関しては資料にまとめて用意してある。

 お前も準備などはしないにしても、今回のパーティーでは主催者側になる。

 だからこそ事前に気にかけておくようにと伝えるつもりだったが、そこまで考えられているのならば問題ない。

 ハーロックに渡しているから、後で受け取りなさい」


「ありがとうございます。では、後で声をかけてみますね」


「それより、食事はもういいのか?」


「あっ、はい。

 ……残してしまって、申し訳ありません。

 ご馳走さまでした」


「そうか……」


 お父様が、手元に置かれているベルを鳴らせば、多分、外で控えていたのだろう、ハーロックがノックをしたあとで此方に入ってきた。


「陛下、お呼びでしょうか?」


「食事が済んだから、侍女に下げるよう、伝えてくれ。

 ……それと、今日用意されていた食事の量だとアリスが食べるには多かったらしい。

 次回からは、もう少し量を減らすように、と」


 お父様の言葉にほんの少し驚いた顔をして此方を見てくるハーロックに申し訳なくて。


「あ、あの、残してしまって本当にごめんなさい。

 料理は凄く美味しかった、と伝えて貰えたら嬉しいです……」


 と、声をあげれば、ハーロックが私の方を見て、目を細めたあとで。


「えぇ、畏まりました、お嬢さま」


 と、声をかけてくれる。


「それから、例の資料をアリスに渡しておいてくれ。手配は出来ているな?」


「えぇ、勿論です。……では、お嬢さま。

 資料を用意するまでの間、少し此方でお待ち頂けますか?

 お嬢さまの騎士にも迎えに来て貰うよう、伝えてきましょう」


「あ、はい、ありがとうございます」


 私の返答を聞いたあとで、ハーロックが一礼したあとで、ここから去っていく。


 そのあと、少し経ってから何人かの侍女が此方に入ってきて。


 料理を片付けていくのと同時に、私の目の前に紅茶が、置かれたのを見届けたあとで。


「アリス、私はまだもう少し仕事が残っているから先に立つ。

 安全だとは思うが、ハーロックが戻ってきて、お前の騎士が来るまでは。

 一人、私の騎士をここに残しておくことにしよう」


 席を立ったお父様が私にそう、声をかけてくれた。


 私はそれに頷いてから、扉までの短い距離だけど、お父様を見送るために席を立った。


 部屋の外に出たお父様が、ずっとそこに控えていたのだろう。


 その場に立っている数人の騎士に声をかければ、一人だけ戸惑ったような顔をしたあとで、私を見て、此方に向かって軽くお辞儀をしてきた騎士がいた。

 ……きっと、お父様に言われて、ハーロックや、セオドアが来てくれる間。


 この人が私の傍についてくれるのだろう。


 有り難いな、と内心で思いながら……。


 私もぺこり、と彼に合わせて、軽くお辞儀をすれば、驚いたような表情をした目の前の騎士の姿が見えて、それを私が不思議に思うよりも先に。


「アリス、これから一緒に摂る夕食は事前にお前の侍女に報告が行くようにしておくが。

 そうでなくとも、何かあればいつでも私に声をかけてきても構わないんだからな」


 と、お父様から声がかかって、私の意識はお父様の方へと向いた……。




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