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第117話 幸運

 それから、まだやり残した仕事があると忙しそうに、その場から立ち去ったお父様を見送ったあとで、先ほど私に向かってお辞儀をしてきた騎士が、私に向かって声をかけてくれる。


「皇女様、このあとですが、私が警護につかせて頂くことになりました。ジャンと申します」


「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます。

 少しの間ですが、宜しくお願いしますね」


 お父様についている騎士の中でも一番若めの人だったけど、お父様の警護を担当している位だから、この人も騎士団の中では指折りの実力者なのだろう。


 丁寧に挨拶をされて、そのことにお礼を返せば。


「いえ、その……、騎士である自分に皇女様が丁寧になる必要はどこにもありません」


 と、どこかやりにくそうにそう言われて、私は自分の今の対応が、ちょっとだけ間違っていたのだと気付いた。


「あ、えっと、ごめんなさい。……その、つい」


「……つい、では困ります。私が陛下から大目玉を食らってしまいますっ」


 困った様にそう言われて、思わずその言い方が面白くて。


 くすくすと笑みを溢せば、驚きに目を見開かれたあとで……。


「皇女様、騎士団に来られた時のことを、覚えていらっしゃいますか?

 自分の弟がそこにいたのですが、皇女様の騎士としては選んで頂けなかったようです」


 ぽつり、とそう声に出すジャンに、私は目を瞬かせた。


 騎士団に私が行ったときといえば、一度きりしかないことで。


「あ、えっと、私の為に用意されていた可哀想な騎士の一人が、ジャンの弟さんだったんですか?」


「……可哀想?」


「あっ、その、悪い意味では無くて……。

 あの時点ではまだ私とお父様の仲も今のように改善されていませんでしたし。

 実際、騎士団長は私に対して、将来有望な騎士の中で、誰が持っていかれるのかと、やきもきしていましたから。

 選ばれて“お飾りの皇女”につくことになるかもしれない、騎士の内の一人に、ジャンの弟さんが入っていたとは思いませんでしたが、もしもそうだったならごめんなさい」


 私のその言葉に……。


 グッと息を呑んだ目の前の騎士が、戸惑ったような表情をするのが見えた。


「……あの時、皇女様は用意された騎士の中から、誰一人として選ばなかったと聞いていました、が」


「……はい。私の我が儘を押し通しました」


ジャンの言葉に、私はこくりと頷き返したあとで声を出した。


 あの時、用意されていた騎士に対して、自分が……。


【此処に私の望む騎士はいないから全部、総取っ替えして欲しい】


 と、言ったに等しいことをやらかした記憶はある。


 当然、あの場にジャンの弟もいたのだというのなら、きっと私の言葉で嫌な思いをしたのだろう。


 選ばれたとしても、地位が貰えるだけ。


 私に仕えることは名誉でも何でもないことだから、と。


 あえて、強い言葉を意識して発したその言葉が、例え、彼らの事を考えた物だとしても。


 出してしまった言葉は消えはしないし、それで嫌な思いをした人がいるのは事実だ。


 私の言葉を聞いて……。


「皇女様は、否定はされないんですね?

 あくまでその時のことは、自分の我が儘を押し通した結果だと?」


 と、そう言ってくるジャンに私はこくりと頷いた。


「ジャンが弟さんからどういう風に聞いているのかは分かりませんが。

 私が強い言葉で、自分の権限を使って、その場にいる騎士の方達を非難したのは事実なので、否定のしようがありません」


 あの時の言葉を否定することも、弁解するようなこともしない。


 自分から望んで吐き出した言葉には、きちんと責任をおうべきだと、あの時確かにそう思ったように、今もその考えは変わっていない。


 ただ、事実をありのまま、事実として認めることが今の自分に出来ることだろう。


 私のその言葉に、少しだけ、考える素振りをみせたあとで……。


「今、俺が話をしている限り。

 皇女様がただ単純に我が儘を押し通しただけにはとても思えない。

 ……もしかして、誰も選ばなかったのは、その場にいる騎士を救うためだったのでは?」


 と、言われて、今度は私が驚きに目を見開いた。


「……例えそうだとしても、私が出した一言はきっと、多くの騎士の自尊心を傷つけてしまったでしょう」


 ジャンの言葉に、苦笑しながら、声を出せば。


「あぁ、そうか……そう、だったんです、ね?

 あなたは、自分の立場が、どれほど低いものだったのか、自覚していたからこそ。

 あの中の、誰も選ばなかった」


「いえ、手放しで褒められるような、そんな、格好いいものじゃありません。

 それに、あの時の選択が、今の私にとって、幸運をもたらしてくれたのも事実なんです」


「幸運?」


「私にとって、唯一無二の騎士に出逢えました」

 セオドアの姿を思い出して、自然に、ふわりと緩む唇に、驚いたような表情を浮かべるその人の姿が見えて、私は続けて声をだした。


「私には本当に勿体ないほど、かけがえのない存在です」


「皇女様の騎士は、確か、ノクスの民でしたよね?」


「はい。……私に選ばれるための、騎士の中には選抜されていませんでした。

 でも、素人目に見ても、他の誰よりも、その剣の腕は劣ってはいなかった。

 ……彼が、他の人の目から見て、劣っていると思われていたのだとしたら、私と同じの一点だけ」


 私の言葉に、びくりと肩を震わせて、目の前の騎士が、私の方をまじまじと見つめてくる。


「その一点だけで、優秀な人材である筈の存在が、上にいくことが出来ないのなら。

 私の騎士にしたって、構わないのではないかと思って……」


「……ノクスの民である騎士をあなたの専属にしたのは、あなたと彼が同じだからですか?」


「はい。確かに最初はそう思っていました。……でも、セオドアは私とは違うんです」


「……? それは一体、どういう、?」


「自分の人生を勝ち取るために努力して、一生懸命生きてきた人だから。

 セオドアは、私とは、違う……。

 私にとっては、凄く眩しい、人で……っ、一緒にいるだけで勇気が貰えるような存在、で」


「……あぁ、そう、そうなんですね。

 何て言うか、一生のうちでたった一人。

 仕えるべき主人に、そんな風に思って貰えるのはきっと騎士としてこの上ない程のほまれでしょうね」


 ジャンにそう言って貰えたことが嬉しくて思わず、ふわふわと緩みきった笑みを溢せば、困った様な顔をしたジャンが目の前で……。


「……弱ったな、今日一日で皇女様に対する認識がこんなにも変わることになるとは」


 と、声に出したあとで。


「少しの間ですが、あなたのことをこうして警護出来て良かったです。

 あなたの考えを知れたことも……。

 今のあなたが、皇女として、皇族としての地位も、立場も上がっているのは知っていますが、騎士選抜時、弟のことも含めて考えて頂けていた結果なのだと知れて本当に良かった」


 私に対して、そう言ってくれる。


 その言葉を私が聞いた瞬間……。


「……あぁ、どうやら私の警護はここで終わりみたいですね?」


 と、目の前の騎士に言われて、私は首を傾げたあと、ジャンの視線が向く方へと釣られるように、そちらへと視線を向ければ。


 丁度、セオドアが私を見つけて、此方に駆け寄ってくれている途中だった。


「……悪い、姫さんっ、待たせちまったか?」


「ううん、全然待ってないよ。来てくれてありがとう」


「なら良かった。……んで、? アンタは、一体……?」


「あぁ、勘違いしないで欲しいんだけど……。普段は陛下の警護を担当している者だよ。

 君が来るまでの間、ちょっとだけ皇女様の護衛を仰せつかって、今話していただけだから、手負いのけだものみたいな殺気を向けてこないでくれるかな?」


「あ? あぁ……、そうか、皇帝の。

 俺のかわりに、姫さんの護衛してくれてたのか。知らねぇ奴だったから、つい。……悪かったな」


「いや、別に構わないけど。……それでは、皇女様、私はこれで失礼します」


「あ、ジャン。短い時間だったけど、護衛してくれてありがとうございました」


 私の言葉に綺麗な一礼をしたあとで、ジャンがその場から立ち去っていく。


 それを、見届けてから……。


「姫さん、なんかさっき、あの男と話していたときに、ふにゃふにゃっとした笑顔をアイツに向けてなかったか?」


 と、セオドアに言われて、私はドキっと心臓が跳ねたあとで、反射的に、自分の肩がびくりと揺れるのを抑えることが出来なかった。


「え? そ、そうかな?

 そんなにふにゃっとした笑顔だった?」


「あぁ。

 なんつぅか、滅茶苦茶楽しそうな、嬉しそうなゆるっとした奴」


「……うぅ、そんな、だらしない顔してたの? 私……」


 セオドアのこと、話していた時に、自分の唇が緩みきっている自覚は、あったけれど。


 本人から直接、そのことを指摘されるのは恥ずかしい。


「いや、だらしないっていうか……、そういうのじゃねぇけど。

 よく知りもしない初対面の人間に向けるような顔にしては、あんな嬉しそうな笑顔っ」


「うん、? ごめん、セオドア、よく聞こえなかった。今、なんて?」


「いや、別に。……何でもねぇよ」


 セオドアの言葉が上手く聞き取れなかったから、聞き返せば、セオドアはそれ以上、教えてくれなくて。


【……何て言ったんだろう?】


 あんな、緩みきった顔、まさか見られるとは思ってなかったから。


 セオドアも、あんな表情を浮かべて、恥ずかしいと思っている私に対して。


 これ以上、色々と突っ込んで聞くのはあえて止めてくれたのかな?


「お嬢さま、お待たせして申し訳ありません」


 私がそんなことをぼんやりと考えている間に、ハーロックが厚めの紙の束を持って此方へ小走りでやってくるのが、見えた。




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