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第118話 装身具

「お嬢さま、陛下からデビュタントの日にちについては聞かれていると思いますが。

 もう少し私の方で、詳しく説明しても宜しいでしょうか?」


 ハーロックのその言葉に、こくりと頷いて。


『どうぞ、此方へ』


 と、先ほどまで私とお父様が食事をしていた部屋から二つほど離れた部屋へと案内されて、私は椅子に座った。


 さっき、お父様が立ち去ったあと、ずっとジャンと話していたため。


 私のために用意された紅茶を飲むことはなかったのだけど、ハーロックに言われたのか、侍女が一人、此方に入ってきて紅茶を出してくれた。


「お嬢さま……?」


 何となくその侍女に気を取られていると、ハーロックから声がかかって、私はそちらへと視線を向ける。


「あ、ごめんなさい。えっと、デビュタントについて詳しい説明っていうのは?」


「えぇ。皇族のデビュー並びに、デビュタントについては、御子息は剣の授与。

 ご息女はネックレスとイヤリングをワンセットで授与されるというのはご存知のことと思いますが、そのことでお話を」


「……そっ、」


「そ?」


【それは……、知らなかったなぁ……っ】


 思わず素の自分が思いっきり出てしまいそうになり、寸前で声に出すのを、何とか、思いとどまった私は。


 びっくりした顔をなるべく表に出さないように、努めて平静を装いながら。


 ハーロックの話に慌てて、真面目な顔をして取り繕った。


「いえ、その……、お兄様の時に剣が授与されていたというのは聞いていましたが。

 まさか、私にも、何かが授与されることになるなんて思ってもなかったので、少し驚いてしまいまして」


 内心の動揺を悟られないようにと、何とか頑張れた私のことを。


 ハーロックにはバレなかったのだろうけど、後ろで堪えきれなかったのか、セオドアがクッ、と小さく吹き出すのが聞こえてきた。


【ぁぁっ! 前からじゃないと表情は見えない筈なのに、セオドアには多分、私が今、必死で取り繕ったの、バレちゃってるっ】


 それが、悪い意味での笑みじゃないことくらいは分かる。


 多分、アレだ……、ローラが私を見てよくする、微笑ましいなぁ、とか思われて、表情に出されている時の生暖かいような笑み。


 内心であわあわしながらも、今はそれを表情に出すことも出来ずに、ハーロックの方を向くことしか出来ない私に。


「……も、申し訳ありません。まさか、お嬢さまが知らないとは思わず」


 と、何故かハーロックから謝られてしまった。


 この執事のことだから、自分の今の発言が私に恥をかかせたのではないかとか、そういうことに多分気を回しているのだろう。


「確かに少し考えれば、お嬢さまにとっては初めてのことだらけですしね。

 本来ならば、そういうことは、お母上から聞かされることなのですが……。

 お嬢さまが特殊な環境に身を置いていたことを失念していたこの執事をどうかお許し下さい」


【あ……、おかあさま……っ】


 ハーロックから、本当に申し訳なさそうに謝られて。


 このままだと、ずっとこのまま、頭を上げてくれないだろうなと瞬時に判断した私は慌てて首を横に振った。


「……ハーロックが悪い訳じゃないので、気にしないで下さい」


 歴代の皇女様は、ちゃんとお母様から教えて貰えるんだなぁ、とは思ったけれど。


 そもそも、お母様自体が私に何か物を教えることが出来るほど、皇族の行事にきちんと精通していたのかどうかさえ、私にはよく分からない。


「今、知れたので良かったです。

 それで、その、ネックレスとイヤリングの授与というのは?」


 当日、知ることになったらもっと、焦っていただろうけど。


 事前にこうして教えて貰えることになって、本当に良かったと、内心で思いながら、このままだと、話が進まないので、首を傾げてハーロックに内容を聞き返せば。


 ハーロックも私を見て、少し安堵したような表情を見せたあと、私に向かって、書類の紙を捲って、過去に皇帝陛下から賜ったのであろう、歴代の皇女様のデザイン案を幾つか見せてくれた。


「デビュー時に、我が国の宝石をふんだんにあしらった剣、もしくはネックレスとイヤリングの対になる二つの装身具そうしんぐを当代の陛下から授与されるのが、皇族にとっての習わしです」


「なるほど。……それで、私はお父様からイヤリングとネックレスを賜ることになる、と?」


「左様でございます。……首元を彩るジュエリーも、耳を飾るイヤリングも我が国の宝石をふんだんにあしらった物にすると陛下が仰っていて」


 困った様な顔をしたあとで、私に向かってそう言ってくるハーロックに私は、あぁ……と、彼が今、何を懸念しているのかを瞬時に理解した。


「できるだけ豪華なネックレスというと、お父様はビブネックレスにするおつもりでしょうか?

 パーティーまであと1ヶ月しかないのに、ビブネックレスを作って、更にそれに合わせたイヤリングまで作って、納品まで済ませろなんて無茶です」


「あぁ、お嬢さまっ!

 この執事の気持ちを分かって下さいますかっ!」


 ビブネックレスは、胸元にチャームが広がるようなデザインのネックレスだ。


 その豪華さから、ドレスには凄く合うだろうし。


 つけるだけで、華やかな雰囲気になれるのは間違いないけれど。


 範囲が広い分、宝石もふんだんに使用することになるだろうから。


 あと1ヶ月しか猶予がないというのに、新規でそれをあつらえて欲しいと注文するのは酷だ。


 しかも、王命で……。


 断れない発注なんて、無駄に困らせてしまうだけだ。


 ……お父様は、本当にそういうのに疎い方だから。


 多分、出来るだろうと思って軽く考えてしまっているのだろう。


「既存のもので代用は不可なんでしょうか?」


「えぇ。

 歴代の皇女様を見ても、新規で作ることはせず、既存で代用などは前代未聞です。

 ましてや、お嬢さまのパーティでの装身具に既存のものを

使用したとなると、私の首が飛びます」


「……っ?」


 ――急にブラックジョークを捩じ込んできたんだろうか?


 その言葉に、目の前の執事をきょとんと見上げれば。


 ハーロックの表情は真剣そのもので……。


【真剣に、首が飛ぶかもしれない、って言っている】


 流石にそれは大袈裟なのでは? と言いかけた私の言葉は、声には出せず。


 ハーロックがそう言っているのだから、そうなのだろう、という、強い説得力みたいなものが滲み出ていた。


 ハーロックがそうなのだとしたら、私もお父様に、何故、ビブネックレスにしなかったのだと怒られてしまうだろうか。


 予算を使って、限りなく豪華なものに見せることで皇族の威厳のようなものを貴族に見せておきたいとか。


 そういう目的なんかも、もしかしたらあるのかもしれない。


 シュタインベルクは宝石の国だ。


 それを一番上である皇族が、煌びやかに纏うことに意味があると政治的にお父様が考えていても何ら可笑しいことじゃない。


「……あっ、そのっ、どうしよう? 困ります、よね……?」


 私は頭を抱えたい気分を必死で抑えながら、振り絞るような声で、目の前の執事へと声を上げた。


「はい……。

 お嬢さま、その、本当なら直ぐにでも取り纏めて。

 何としてでも無理を通さねばならない、案件です」


「ハーロック。

 だったら、私の案は二の次で、今すぐ1ヶ月で出来る範囲でビブネックレスを作ってくれる所を探すべきでは?」


「えぇ。

 ……ですがお嬢さま、ドレスをまだどんな物にするかも決まっていません」


「あぁ……っ」


 ハーロックのその言葉に私は項垂れそうになった自分の頭をなんとか踏みとどまらせた。


 誰もこの場にいなかったなら、いっそのこと机に突っ伏してしまいたいくらいの気持ちだった。


 ハーロックの話を聞く限り、その日の主役はドレスじゃない。


 皇帝陛下から賜ることになる、ネックレスとイヤリングが間違いなくその日の主役になる。


 だからドレスに合わせてネックレスとイヤリングを作るんではなく。


 本来なら、それら小物に合わせて、ドレスを作った方がいいことは間違いない。


 だけど、そうなったら、今度はドレスの方が間に合わなくなってしまうだろう。


 あと、1ヶ月という短い期間じゃ、悠長に小物を作ったあとで。


 その雰囲気に合わせるドレスをって考えてたら、時間が幾らあっても足りない。


【作って貰うのは、ほぼ同時進行だ】


 ぶっつけ本番で試すしかないのなら、ドレスの雰囲気を先に決めておかなければ。ネックレスとイヤリングも作れないということなのだろう。


 ドレスは、多分、なんとかなると思う。


 会いたいって言えば、あのデザイナーさんのことだ。


 きっと、直ぐに来てくれるはず……っ。


【ジュエリー、ネックレス、デザイン、うーん、……あっ】


 どうしたらいいものか、と頭を悩ませて、そこで、不意に思い立った。


「ハーロック、

 別に既存のネックレスでも問題ないのではありませんか?」

「……? お嬢さま、それは一体、どういう意味でしょうか?」


「一人、心当たりがあるんです。

 まだ、この世では広く世間一般に知られていないジュエリーデザイナーの」


「……っ! ど、どうして、お嬢さまがそのような人間を?」


「……そ、そのっ。

 私は、宝石を手当たり次第、お父様に強請って買って貰っていたでしょう? その時来た行商人の口から聞いて、たまたま知りました。

 彼の作品は、世にはまだ出てないだけで、輝かしいものです!

 きっとこの先、広く知られて、愛されるようなものになっていくと思います」


 ハーロックの問いかけになるべく淀みなく、真実を嘘でコーティングしながら口に出す。


 ……実際は、巻き戻し前の軸。


 今からほんの少し先の未来で、ブームの火付け役となるジュエリーデザイナーの存在を知っていたからで、お父様に宝石を購入して貰う過程で知り得た情報ではないのだけど。


 でも、そのジュエリーデザイナーの腕が確かなのは未来で見てきた私だからこそ誰よりも理解している。


「彼の作ったビブネックレスなら、以前、行商人に見せて貰ったことがあるんです。

 その雰囲気を覚えているので、それに合ったドレスを想像することは私にとっては容易です」


 それら、全てを、正直に言うわけにもいかないから、色々と適合性が取れるように言葉を取り繕いながら、声を出した私に。


 今にも死にそうな顔をしていたハーロックが、まるで救世主でも見たかのように、その瞳をパァァっと輝かせるのが見えた。


「お嬢さま、それは、本当ですかっ!?」


 ハーロックのその問いかけに私はこくりと頷く。


 巻き戻し前の軸で、私がそのジュエリーデザイナーに会ったことはないけれど。


 私に話をしてくれた、やってきた行商人がそのジュエリーデザイナーのファンで、特別に数点、卸して貰ったのだと嬉しそうに話していたのが印象的だった。


【卸して貰ったけど、特別なお客様にしか売らないと決めているんです】


 って、凄い自慢していたなぁ……。


 勿論、私はその特別なお客様には入らなかったけど。


 彼が作ったビブネックレスは巻き戻し前の軸、どこかの貴族の夫人がつけているのを見たことがある。


 基本的にビブネックレスは派手でゴージャスなイメージがあるものだけど。


 パールをあしらった、どこかシンプルなデザインでありながらも、どの時代でも決して色褪せないであろう気品があったから、よく覚えてる。


 苦労人で下積み時代が長かったそのジュエリーデザイナーの、まさにその、下積み時代に作られたもので、値段も高騰しているなか、購入したのだとか。


 聞きかじり程度の知識しかないけど。


 その話が本当なら、今の段階で既に、彼はビブネックレスを作っている筈だし。


 行商人の人が、熱狂的なファンだったお陰で、聞き流していた話の、下積み時代のジュエリーデザイナーが、今いるであろう居場所もおおよそは私でも分かっている。


【問題は、その、場所だ……】


「それで、お嬢さま。

 その方は、一体、どちらで商いをされているのでしょうか?」


 ハーロックのその問いかけに、私は戸惑いながらも……。


 言わない訳にはいかないだろうと、その場所を口に出した。


「……い、です」


「……? も、申し訳ありません、聞こえなかったのですが、今、なんと?」


「スラム街、です」




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