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第122話 廃墟

 それから、三人に案内されて着いていった場所は。


 さっきの生活音の激しい殆どのスラムの人達がそこで暮らしているのだろう、居住区きょじゅうくからは少し離れた場所にある、廃墟のような建物だった。


「客人だ。……ツヴァイの爺さんはいるか?」


 ここまで私たちを案内してくれて、先陣を切って歩いていたデルタが、建物の扉の前に立っていた人に話しかける。


 その瞬間、その人の目が私とセオドアの方を向いて、まじまじと注視されたあと。


「ちょっと待ってろ」


 とだけ言って、彼はそのまま建物の中に入っていった。


 ……それからどれくらい経っただろう。


 時間にしては、ほんの数分程度だと思うんだけど。


「どうやら今日は、機嫌がいいみたいだ」


 扉を開けて戻ってきたその人は。


 ツヴァイさんとの面会の許可が出たことを、軽い冗談のような独特の言い回しで伝えてきてくれた。


「だってよ?

 良かったな。……これで一先ず、第一関門は突破だ」


 それを聞いてデルタが苦笑しながら、私たちに声をかけてくれるのを聞いて。


「あぁ、少なくとも無駄骨で終わることはなさそうだな」


 と、セオドアが肩を竦めながら返事する。


「ま、この先はどうなるか分かんねぇけど、気に入られるといいな。

 俺等の役目は、これでしまいだ。爺さんにも宜しく伝えておいてくれ」


「あぁ、悪かったな、助かった」


「あ、あの、ありがとうございましたっ」


 デルタにそう言われて、セオドアが返事をしたあとで、私も慌てて、お礼を口にする。


「あぁ。……なんていうか、兄さん達、本当に兄弟か……?」


「っ……! も、もちろんっ、兄弟ですっ。

 あの、傍目から見ておかしい程に、そんなに、僕、お兄ちゃんの弟には見えませんか?」


「いや、なんつぅか、天使ちゃん。

 さっきから聞いてっけど、言葉遣いがマジで綺麗すぎるんっすよね。

 どっちかって言うなら、訳ありなどこかの坊ちゃんとその保護者って感じに見えるっていうか……」


「あぁ。どこか、ちぐはぐ、していて、違和感が、ある」


 デルタの訝しむような問いかけに内心であわあわしながら、声を出せば。


 エプシロンとゼータが次いで私の方に向かって声をかけてきた。


 その鋭い指摘に思わずドキっと、心臓が高鳴って……。


 内心で動揺しつつ、それを押し殺しながらも私は声を出す。


「あ、あの、僕とお兄ちゃんじゃ見た目も違うし……。

 その、義理の兄弟だからそう思うだけじゃないでしょうか?」


 私たちが兄弟だと言っていても。


 どうやっても、見た目では隠せないことがある。


【黒髪で赤色の瞳を持つ以上、セオドアにノクスの民の血が入っていること】


 そして、被っている帽子から。


【前髪と、ローラがセットしてくれた後ろ髪が、少し覗いて見えている私の髪色が赤であること】


 それだけで、私がノクスの民の特徴には当てはまらないということが、見た目ではっきりと誰の目にも明らかに分かってしまう。


 だから、もしも誰かに私たちが似てないこととかが怪しまれて、関係性を聞かれてしまった時は、義理の兄弟ということで押し通してしまおう、と決めていた。


 ただ、口調に関しては付け焼き刃ではどうにもならないので……。


 それ以上、上手く誤魔化すことが出来ずに口ごもってしまった私の代わりに。


「……あぁ。まぁ、別に隠すことでもねぇから言うけど。

 血が繋がってない上に、俺と弟は小さい頃に生き別れみたいになってて。

 ここ最近になってようやく出逢えて一緒に暮らし始めたんだ。

 育った環境が違えば、口調だって同じようにはならねぇだろ?」


 と、フォローするようにセオドアがそう言ってくれる。


 今、考えてくれて、咄嗟に出してくれた言い訳にしては、本当に有り難すぎるアシストだった。


 セオドアのその一言に、一番最初に反応したのはエプシロンで。


「あぁ、成る程。……まぁ、見た目から薄々そうなんじゃねぇかとは思ってたんすよねぇ。

 兄さん、ノクスの民の特徴と完全に一致するし。

 まさかな、って思ってたんだけど。腕っ節の強さといい、本当にノクスの民なんすか?

 それなら、フードで隠さねぇで先に言っといて下さいよ」


『分かってたら、絶対に手を出さなかったのに……っ』


 と、言いながら、此方に向かって唇を尖らせるエプシロンに。


 話の矛先が兄弟の話から変わったことで、私はホッと胸を撫で下ろす。


 だけど、こんな風に直ぐに疑われてしまうのは、私が、ここの人達が喋るような言葉遣いを上手く使いこなせていないからに他ならない。


【私もセオドアの口調を真似てみた方がいいんだろうか?】 


頭の中で、何度かセオドアの口調を真似てシミュレーションしてみたけれど。


 どう頑張っても、セオドアみたいには出来そうにない。


 私がそれを言っても、全然、さまにならなくて。


 お兄ちゃんの物真似をして頑張る子供みたいな感じになってしまうことだけは、容易に想像出来てしまった。


「ま、どっちにしろ、俺たちはこれ以上、その件については触れねぇよ。

 人様の事情に首を突っ込んで、後追いするほど俺等も馬鹿じゃねぇ」


 私がそんなことを考えている間に、私たちを見ながら、デルタが、スっとその身を一歩引いて、これ以上は聞かないと言ってくれる。


 それを私が


【どういう意味なんだろう?】


 と、不思議に思うその前に……。


「そもそも、スラムで相手の詮索をするってのは。

 余計な面倒事に巻き込まれるリスクを負わなきゃいけなくなるかもしれないって事と同義っすからね。

 ツヴァイの爺さんみたいに情報を生業なりわいにして、そっち関係に特化した人間ならともかく。

 俺等みたいなペーペーにとっちゃ、迂闊に人の情報なんかに踏み込んで、それが地雷だった日には目も当てられませんって」


 苦笑しながらエプシロンから答えが返ってくる。


【スラムに来てから初めて知るようなことばかりだなぁ】


 と、内心で思いつつ。


 二人の遣り取りに耳を傾けていたら


「……オイ。どうでもいいけど。

 あんまり、うかうかしてたら、ツヴァイのジジイの機嫌が悪くなるぞ」


 突然、第三者の声が聞こえてきた。


 見れば、廃墟の入り口に立っていた人が、呆れたような目線で私たちのことを見ていて。


「あっ、ごめんなさい。……直ぐに行きます」


 そのままの状態で随分、待たせてしまっていたことに気付いた私は慌てて声をあげた。


「……あぁ、引き留めて悪かったな、兄さんたち。

 無事に探してる奴が見つかるといいな?」


「はい、ありがとうございます」


 ここまで案内してくれたデルタ達に、にこっと笑みを溢して改めてお礼を伝えれば。


 ちょっとだけ照れたように、『おうよ』と、返事を返したあとで、三人は来た道を引き返していく。


 その、後ろ姿を見送って。


 セオドアと目配せをしたあとで、廃墟の扉の前に立っていた人の方へともう一度向き直れば、私たちの視線が向いたのに気付いて、彼が重そうな扉を開けてくれる。


 随分古くなって、さび付いてしまっているのだろう……。


 ギィっ、という鈍い音を立てながら開かれたその扉の中に、私たちは足を踏み入れる。


 そこで、気付いた。


【あれ……、? 此処ってもしかして、元々教会だったのかな?】


 瓦礫やガラスが散乱していて、すっかり荒れ果ててしまっているけれど。


 置かれているベンチや、祭壇など。


 此処が元々教会だったことの証や、その名残みたいなものが、随所に残っているのが見てとれた。


 私が地面、に散らばるガラスや、この建物の内装に気を取られている間にも。


 目の前で案内してくれている人の足は止まることなく進んでいく。


 その姿を追いかけるように、私も前に足を進めれば。


 やがて、教会の一番奥の場所に、白髪はくはつのお爺さんが座っているのが見えてきた。


「……爺さん、さっき話した客だ」


「あぁ。……スラムに来て早々、派手にやってくれたみたいだな?

 デルタ達を瞬殺したっていう噂の2人組が、儂に用事とは面白い」


 ゆらり、と此方に目線だけ向けて、唇を歪めて楽しそうに笑う目の前の人に、私は驚きに目を見開いた。


【セオドアが、デルタ達を倒したのって、本当に今さっきのことなのに】


 このお爺さんが、既にそのことを知っていたことに、ただただ、びっくりするしかない。


 私が動揺している間に、お爺さんがここまで案内してくれた人に目配せ一つすると。


 彼は、何も言われなくても分かっているかのように頷いて。


 阿吽の呼吸で、この建物の中から出て行った。


 そうして……。


 その姿が完全に建物から消えるのを見届けてから、面白そうな表情を浮かべたままの目の前のご老人に。


「……儂に辿りついた人間としては、最速記録の更新だ。

 ノクスの民と、の組み合わせとは、今日は珍しいことがよく起こる。

 なぁ? そうは思わんか?」


 はっきりと、そう言われて……。


 私はびくり、と、自分の身体を思い切り強ばらせてしまった。



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