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第123話 情報屋

 私の反応を見た後で、目の前のお爺さんは唇を歪めたまま。


「鎌をかけてみただけだったが、随分と正直なお嬢さんだ」


 と、声をかけてくる。


 その言葉に、やらかしてしまったのだと直ぐに気付いたけれど。


 一度態度に出してしまったことは、もうどうやっても取り戻すことが出来ない。


 私の動揺が表情に出てしまっているのを見ながら……。


「それにしても、ノクスの民と10歳前後の赤髪の少女とは。

 には、儂にも覚えがある。


 最近何かと話題にのぼることが多い皇女様の騎士が、確かノクスの民だとか……。


 全く、奇妙な巡り合わせもあるものだ。


 はてさて、これは単なる偶然の一致ですませていい問題かのう?」


「……っ、!?」


 可笑しそうに唇を歪めたまま、更に言葉を続けるお爺さんに。


 何て言ったらいいのか分からなくて、私は完全に固まってしまった。


 言い訳をしようにも、そこまでバレてしまっているのなら、一体どこから否定すればいいものなのか皆目見当もつかない。


「はぁ……。

 ただ、スラムに来ただけでそこまでバレてんのかよ。

 面倒くせぇ爺さんだな」


「セオドア……」


「姫さん、大丈夫だ。

 とりあえず今ここにはこの爺さんしか気配がねぇ。

 どっちみち俺等の正体までバレてるんなら、このまま本当のことを言った方が話が早い」


 お爺さんの確信めいた言葉に。


 どう対応したらいいのかと、おろおろするばかりの私と違い、動揺の欠片も見せずに。


 セオドアがはっきりとそう言ってくれたことで、私はハッとする。


 このお爺さんに、私たちのことを言い当てられてしまったことで。


 もしかして、取り返しのつかない事になってしまったのではないかと思ってしまったけれど。


 確かに、よくよく考えてみれば、私たちのことがバレたとしても、それが決して悪い方向に進むとは限らない、だろう。


 もしかすると。


 このお爺さんが、私たちの探しているジュエリーデザイナーへと仲介をしてくれれば、すんなりと事が運べるかもしれない。


 自分の身分を証明してくれる人がいる、ということは。


 ある意味で心強いことでもあるから。


「ふむ、さすがはノクス、放浪の民と呼ばれるだけはある。

 お前さんは中々に、場数を踏んでいると見受けられるな?」


「ハッ、余計な詮索をすんのはそこまでにしてくんねぇか?」


「これは儂の職業病だ。息をするのと同じことよ」


「つまり、空気を吸うのと同じくらい自然なことだから、諦めろってことか?」


「よく分かっているじゃないか。そも、年長者というのは立てるものだぞ」


「……チっ、やりにくいったらありゃしねぇ」


 眉を寄せながら溢された、セオドアの本音が混じったその一言に、唇を歪めて、喉の奥底からクッと笑うお爺さんの姿が見えた。


 2人の遣り取りが途切れた一瞬の合間を縫って、私は目の前のお爺さんに意を決して声をかける。


「あ、あの。ツヴァイさんに、お願いがあるんですけど。

 私たち、ここ1、2年ほどの間にスラムに来た、ジュエリーのデザインを手がけている薄茶色の髪の毛の20代の男の人を探しているんですが。

 もしも、その人の居場所を知っているのなら、教えて頂けないでしょうか?」


 私の言葉に目を細めて。


 お爺さんが、歪めたままの唇を吊り上げながら。


「……ふむ、それら全てに該当する人間には1人、心当たりがある。

 だがまさか、皇女様が汚泥おでいにまみれたこのスラムで、人捜しとは。

 人間、長生きはしてみるものだ。

 そうさなぁ……、もしも儂の頼みを聞いてくれるなら、手配してやることもやぶさかではないぞ?」


 と、提案してくれる。


 私はその言葉を聞いて、デルタ達に聞いていた通り。


 情報を得るためには何か対価を差し出さなければいけないのだと、背筋をピンと伸ばした。


「は、はいっ……あの、頼みごとと言うのは、私にも可能なことでしょうか?」


「なに、そう難しいことではない。

 実はここ最近、このスラムで商業施設が立ち並ぶエリアに、鼠が入りこんで嗅ぎ回っているせいで。

 いい加減、このままいくと商売が上がったりだと、苦情が相次いでいてな……」


「あ、あの、? ねずみ……?」


 お爺さんから発せられる独特の言葉が直ぐに理解出来なくて。


 頭の中で必死にその言葉の意味を理解しようと私がそれらを噛み砕いている間に、私の隣で、セオドアが呆れたような表情を浮かべながら、はぁ、と小さくため息を溢すのが見えた。


「オイ、先に言っておくが、まさか俺等に“鼠退治”やらせるつもりじゃねぇだろうな?

 “殺し”や法に触れるようなことは、誰に頼まれようとするつもりは、ねぇぞ。

 あと俺等には、今日一日しか時間がねぇ。

 その範囲で応えられるようなものなら引き受けられるが、それ以外は無理だ」


 急に降ってきたセオドアの、その物騒な単語に思わずビクリと肩を震わせて。


 “鼠退治”、“殺す”、“法に触れる”という単語の羅列に。

 私は、改めてここはスラムなんだ、と危機感を募らせながら、2人の遣り取りに耳を傾ける。


「……儂とて、まさか、この国の皇女様に法を犯すような真似はさせられんよ。

 ただなァ、その鼠がちょっと“厄介な御方”でな?

 目に見える手柄を上げるまでは、躍起になってこのスラムに執着し続けるのは想像に難くない。

 だが、儂等は儂等でルールにのっとってこのスラムを生き抜いているんだ。

 根こそぎ商売を摘発されることになったら都合が悪い」


「……それで?」


「おあつらえ向きの、生け贄なら用意してある。

 ここ最近、スラム内のルールさえ破って、目に余ることをやらかしている連中だ。

 此方としては、“ソイツ”だけを手土産に何とか手を引いて貰いたい。

 お前さん達は、その鼠と協力して、悪事を白日の下に晒してくれ」


「色々、聞きたいことはあるんだが。……今日一日で終わるような話かよ、それ……?」


「あぁ、お膳立てならば、儂が全面的にしてやろう。

 ここ最近、色々と嗅ぎ回ってくれているその鼠にも、ちょっとずつ情報は流しておいたから。

 放っておいても、もうすぐ摘発してくれるだろうとは思っていたのだがな。

 どうにも、ちょっと頼りない上に、危うい所が見てとれるから。

 このままだと、勇み足になりかねない、と思ってなぁ……」


『ノクスの民であるお前さんがバックアップしてくれるんなら有り難い』


 と、ほんの少し眉を寄せて、ため息を溢したあとで……。

 私たちに向かってそう言う、お爺さんに。


「俺はいいが、そのルールを破ってる連中ってのはどんな奴らだ?

 姫さんに危険な真似はさせられねぇし……。出来れば俺一人で行けるなら、そうしてぇんだが?」


 と、セオドアが聞いてくれる。


「いや、少し危ない橋は渡ることになるが、二人で行ってきて欲しい。

 敵はお前さん一人で蹴散らすことにはなるだろうが、“同年代”の皇女様がいれば、子供たちも安心するだろう」


 ……けれど。


 セオドアのその問いかけに、渋い顔をしたあとで。


 お爺さんは私を見て、ほんの少し目を細めた。


【同年代の、子供たち……?】


 その言葉に、嫌な予感が駆け巡って……。


「子供たち、ってことは、奴隷商か何かか?」


 私がお爺さんに声をかけるその前に、セオドアが声を上げて質問してくれた。


 ほんの少し険を帯びたセオドアのその言葉に、お爺さんが同意するようにこくりと頷くのが見える。


「あぁ。……シュタインベルクで奴隷制度が撤廃されてから早、数十年。

 現在の取り締まりはかなり厳しいものだし、“人身売買”は、儂等ですら決して取り扱うことはない案件よ。

 だが、最近入ってきた余所者移民の連中が、そんなものお構いなしと言わんばかりに、急に幅を利かせ始めてな。

 この国の孤児を適当に見繕っては、他国に流れさせているのだ。

 これ以上放っておくと、もっと大きな事業に発展しかねないし……。

 儂等としても、まだ組織が組織として成り立つ前の小さい内に潰しておきたい」


 お爺さんのその言葉に、小さな子供たちを捕まえて、他国の奴隷として売りさばくような、そんな商売をしている人達がいることが許せなくて。


「……あ、あのっ、もしも、私でも役に立てそうなら、是非行かせて下さい」


 と、声を出す。


 私に出来ることがあるのなら、微力かもしれないけど役に立ちたい。


「姫さん……」


「ふむ、皇女様は我が儘だと聞いていたんだが……。

 いやはや、儂の情報もたまには外れることもあるのだな。

 して、儂の推測が正しければ、お前さんたちは今日、誰の許可も得ずに此処に来ているだろう?」


「えっ、? あっ、あの、どうして、そのこと……」


 お爺さんからの、突然の話の転換に驚きながらも、私たちのことを言い当てられて思わず驚きながら、声をあげる私に。


「お前さん……。いっそ、こっちが心配になるくらい素直だのう?」


 と、言われて。


 私はまた、自分がやらかしてしまったことに気付いて『あぁ……』と、声にならない声をあげた。


「まぁ、皇女ともあろう御方が。

 従者をたった一人引き連れて、このスラムに入ってきているのを見れば、それくらいは簡単に言い当てられる」


 そんな私を見ながらフォローしてくれようとしたんだろうか。


 そう言いながら……。


「ちょっとそこで待っていてくれ」


 と、私たちに伝えてきたお爺さんが、ガサゴソと、祭壇の下に置かれている、ガラクタ? がいっぱい入った箱を手当たり次第に漁ったあとで。


 二つ、何かを手に持ってこっちに戻ってきた。


「……オイ、なんだそれは?」


 セオドアのその問いかけに、お爺さんが唇を歪めて愉快そうな笑みを溢す。


「正体が万が一にもバレてしまうと良くないからな。

 お前さんたちには今日一日、スラムで暗躍する正体不明のヒーローになって貰う。

 コイツは、そのために必要な仮面、だ」


 お爺さんのその言葉に。


 手に持たれているままのそれを、まじまじと見つめたあとで……。


「……どうでもいいけど、滅茶苦茶ダセェ」


 と、セオドアがもの凄く、嫌そうな表情を浮かべるのが見えた。




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