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第129話 偵察

 目的の屋敷まではそう遠くなく。


 徒歩でスラム内を歩きながら、屋敷の近くまで来た私たちは、セオドアが手で制してくれて隠れる合図を送ってくれたのを見て、屋敷の門の近くにあったいくつかの木の陰に、全員で身を隠していた。


 木の隙間から、屋敷の方をこそっと盗み見れば、やっぱり予想していた通り、そこは元々貴族が住んでいた屋敷だったのだろう。


 屋敷の門は随分と古くなり錆び付いていて、傍目で見ただけでも、金属の表面が赤褐色せっかっしょくになっているのが見て取れる。


 鍵も門の外側に申し訳程度についているけれど、今は機能すらしていない。


 それでも、ぐるっと屋敷を囲うように柵がされており、門自体は一応、閉められているのが確認出来た。


「……分かりやすく玄関前に1人、見張りが立っていますね」


 そうしてお兄様の騎士が1人、その木の隙間から窺うように視線を屋敷の方へと向けたあと、此方へと声をかけてくれる。


「えぇ、他の見張りは見た感じでは、いないようですが……。

 玄関まで気付かれずに行くにはあまりにも遮蔽物しゃへいぶつがなさ過ぎませんか?」


 そして、もう1人の騎士の人がそう言ってくれるのを聞いて。


 騎士の人と同じく、木の隙間を縫って様子を窺ってくれていたセオドアが。


「あぁ。

 ……馬鹿正直に正面切っていったら直ぐバレるだろうな。

 とりあえず、外にいる奴の気配は玄関口の奴と、もう1人、ここからじゃ見えねぇが裏側にいる奴と二つ見つけた。

 連中、アンタ達がここ数日スラムで聞き回ってたのをもしかしたら嗅ぎ取って、用心してやがるかもしれねぇな……」


 と、言いながら私たちの方へと視線を向けてくれる。


「あなたの直感、一体、どうなってるんですか……? っていうか、最早それは直感、なんですか、? ……直感なんです、よね?」


「あー、まぁ、なんつぅか、長年スラムで生きてきた賜物ってことにしておいてくれ」


 セオドアの言葉に驚いたような騎士の2人のうち、1人に問いかけられて。


 セオドアがそれに当たり障り無く答えたあと……。


「……お前っ、滅茶苦茶凄いなっ! スラムで生きてきただけでそんなことも出来るようになるのかよ?

 遠く離れた人の気配なんてどうやったら把握出来るんだ?」


 と、純粋にセオドアの探索能力に興味が湧いたのか、キラキラとしたような視線をお兄様に向けられて。

「……いや、そんなに目をキラキラ輝かせて言われるほど、万能なものでもねぇよ。

 俺の探索能力は確かに、少ない人間の気配を察知するには向いているが。

 逆に人が多い所じゃ、色々な気配が入り交じってて集中するだけで酔う」


 その好奇心が入り交じったような視線に慣れないのか、やりにくそうに、眉を寄せながら、セオドアが困った様に声を出すのが聞こえてくる。


「それでも充分、化け物染みてると思いますけどね……?」


「常に危機に晒されて生きてりゃ、誰だって多少は鋭くなるものだ」


「お前っ、……普段から一体どんな生活して生きてるんだよ」


 何でも無いように吐き出されるセオドアのその一言に、私は、前にセオドアがあまり眠る必要すら無いと言っていたことを思い出した。


 普段から、それこそ寝ている間さえ、常に“死の危険”と隣り合わせで生活してきていたのなら、きっと、ずっと心安まるようなことも無く生きてきたのだろう。


【今も、夜は、私の部屋の前で警護してくれてるし……】


 ほんの少しでも、セオドアにとって心安まるような瞬間があればいいのにな、と。


 本当にそう思う。


「……あ、もしかしてアズも、そういうの出来るタイプなのかっ?」


 私が頭の中で考え事をしていたら、不意にお兄様から質問が飛んできて、私は、そちらへと顔を向けた。


「いえっ……、残念ながら、僕はそういうの不得意なんです。

 だから、いつも、お兄ちゃんには助けて貰いっぱなし、で」


「んなことは、ねぇよ。

 アズだって、正直なところと優しいところが美徳だろ? 今日だって、嘘も偽りもないアズの真っ直ぐな意見に納得して態度が緩和した奴もいるじゃねぇか」


 私が声を出せば、セオドアが私の言葉に苦笑しながら、否定するよう声をかけてくれる。


 セオドアはそう言ってくれるけど。


【私が役に立ったところって、今日、あっただろうか……?】


 思い返してみても、セオドアが誰のことを言っているのか分からなくて、きょとん、と首を傾げる。


 ……私がセオドアに頼りっぱなしなのは事実だし、今日だってセオドアがいなかったら、私はこのスラムでどうしたらいいのかさえ、分からなかったと思う。


【本当にいつも、助けて貰ってばかりだなぁ……】


ほんの少しでも、自分が誰かの役に立てているか、と言われたら、今の自分には自信がない。


 能力も自発的に使えるようになったとはいえ、まだまだ、上手いこと扱えないままだしな。


【早く、みんなの役に立てるように私も頑張らなきゃ】


 内心で、そう思いながら、改めて決意を固めれば、ギゼルお兄様の視線が私たち2人を見て、どこか不思議そうな、困惑したような、なんとも言えない表情を浮かべているのが見えた。


【……?】


 私が、それをどうしたのだろうかと問うよりも先に、お兄様の視線が何でも無いかのように逸らされる。


【……何か意味があるのかと思ったけれど、もしかして、私の気のせいだったのかもしれない】


 それより、私たちにとって今は何事もなくこの屋敷に入ることが大事だということには代わりなく……。


 私は、お兄様の視線に特に深い意味は無かったのかもしれないなと思いながら、目の前のことに集中しなきゃ、とお兄様を目で追うのをやめて気持ちを切り替えたあとで、セオドアの話で中断していた目の前の屋敷へと視線を向け直した。


「……ねぇ、お兄ちゃん。

 正面からいけないようだったら、別の方向から行く道を探さなきゃいけないってことになるのかな?

 ここって多分、元々貴族が住んでいたお屋敷だよね?

 周りが柵で囲まれているから、他の道を探すのにも、あの柵は越えなきゃいけないことにならない……?」


 正面にある門の扉を開けるのは玄関前にいる見張りの一人に見つかってしまうから絶対駄目なのは勿論だけど。


 そうなったら、屋敷をぐるっと囲んでいる柵のどこかは越えていかなきゃならないだろう。


 ……どこを越えるにしても、目立ってしまうのは間違いなくて。


 早くも手詰まりのように感じてしまって、率直にセオドアにどうしようかと問いかければ。


「まぁ、確かにな。

 どこかの柵を越えなきゃいけないのは間違いないが、ソイツはそんなに心配しなくても大丈夫だよ、アズ」


 と、セオドアから至って冷静に、言葉が返ってきた。


「……何か策があるんですか?」


 騎士の一人がセオドアに問いかければ、セオドアは屋敷が建っている場所の横付近へと私たちの視線を促すように、くいっ、と顎を動かしてから。


「あそこに一本、木が立ってるだろ?

 んで、遠目じゃちょっと分かりにくいが、その奥に何か倉庫みたいなものが建ってるのが見える。

 行くなら、遮蔽物のある、あそこ付近まで外側から回りこんで、そこの柵を乗り越えるのがベストだろうな」


 と、そう言ってくれた。


 確かにセオドアの言う通り、屋敷の傍近くに、一本の木が立っているのが見える。


 その後ろは木に隠されて私には全く見えないけれど、倉庫があるのなら、確かにそこから柵を乗り越えれば人目にはつきにくいだろう。


「……もうそんな所まで見つけてるんですか……っ。

 というか、あなた、まさか、どこかで暗殺業とか営んだりしていませんよね……?」


「殺しは、例え誰に頼まれようとも、やらねぇって決めてんだ。

 人として超えちゃならねぇ一線だけは、超えねぇようにしてる」


「……そう、ですか」


「あぁ。んじゃ、まぁ……。とりあえず、ぐるっと回ってそこまで行くか」


 私たちはセオドアの声かけで、新たな目的地に向かって歩き始める。


 勿論、私たちを視界に捉えることすらしていないだろうけど。


 屋敷の近くに見張りが1人立っていることは事実なので、万が一にも此方にその人の視線が向くことがないように、と気をつけながら。


 なるべく木などの隠れる場所があったら、そこに隠れつつ、一歩一歩、慎重に進んでいく。


 普段歩くスピードよりもかなり遅めの移動にはなったけれど。


 セオドアに従って歩いていけば、屋敷の横に一本の木とその裏にある倉庫のような建物が私たちの目でも確認出来るくらいの距離まで来ることが出来た。



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