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第130話 初めての友達

 170㎝くらいはあるだろうか。


 セオドアが、背の高い柵を軽々と越えて、敷地の中に着地する。


 次いで、騎士の2人、お兄様と続いて、私もみんなに倣って柵を登ろうとしたのだけど、中々上手くいかずに手子摺てこずっているのを見て。


 セオドアがわざわざ柵の上まで登って、そこから、私をひょいっと引っ張って持ち上げてくれた。


「お兄ちゃん、ありがとう」


「これくらい、お安い御用だ」


 そこから、セオドアに抱っこされて、ストンと倉庫の裏手に降ろされた私は、何から何までセオドアにお世話になりっぱなしで、申し訳ない気持ちになりながら、お礼を口にする。


「……そんじゃ、アンタ達はここで、アズと一緒に待っててくれ。

 俺は外の見張り2人をとりあえずサクッと倒してくる。……気絶でもさせておけば充分だろ?」


 そうして、そのまま、セオドアは私たちにこの場に待機することを指示してくれて。


 玄関口の方では無く、屋敷の背面辺りに見つけたと言っていた気配の方へと先に行くことにしたみたいだった。


 見取り図を頭の中で思い出してみたけれど、そこはキッチンに通じる勝手口がある所で、確かに見張りが表の玄関口と裏の勝手口付近に立っているのは、考えてみたら何一つ可笑しいことではなく。


「目立ちやすい表側より、先に裏側の奴からいく」


 と、セオドアが、音も立てずに、フッと私たちの前から姿を消すのを見届けたあとで。


「……えぇと、アズ、さん? あなたのお兄さん、本当にどうなってるんですか?」


 と、困惑した様な騎士の人に言われて。


「お兄ちゃんは身体能力が凄く高いんです。

 一回見たことがあるんですけど、剣さばきも流れるような物で凄く綺麗で格好よくてっ」


 私は仮面の下から、はつらつと声を出した。


 前に騎士団へ騎士選びにお邪魔した時に見た、流れるような動きが綺麗だったことを思い出して、セオドアが凄いんだということを、ここぞとばかりにアピールする私に。


「……そういう次元の話ではないと思いますが……っ」


 と、どこか呆れつつ、苦笑したように騎士の人から言葉が返ってくる。


 ――それからどれくらい経っただろう?


 多分、時間にしたらそんなにも待っていないと思うけど……。


 10分も経たないうちに、戻ってきたセオドアに。


「……もう終わったんですか? 早すぎませんか?」


 と、騎士の人が声をかけるのが聞こえてきた。


 セオドアの両腕には、気絶させられてぐったりとした見張りの人が抱えられているのが見える。


「とりあえず2人とも、首に手刀を落として気絶させた。暫くは起きねぇだろう」


「捕縛用のロープなら任せて下さい。幾つかは持ってきています」


「あぁ、ソイツは助かるな」


 セオドアが、ドサリ、とその場に見張りの人を降ろせば、騎士の人が持ってきた荷物の中から手際よくロープを出して、見張りの2人を背中合わせで座らせたあと、逃げられないように足と腕ごと身体にロープを巻き付けていく。


「出来るなら、大声が出せねぇように口も塞いでおきたいんだが」


 そうして、セオドアがそう言うのが聞こえてきて、私は、ふと思いついて。


 ハーロックが持たせてくれた鞄から、包帯を取り出した。


「ねぇ、お兄ちゃん、さっきエプシロンに使っちゃったけど、包帯の残りがあるよ。

 ……これ、使えないかな?」


「あぁ、ソイツはいいな。

 ちょっと薄いのが難点だが、それでも包帯なら口から、頭にかけて縛っておけるしな。

 よく思いついたな? 流石だぞ、アズ」


 私から包帯を受け取ったセオドアがテキパキと、半開きだった見張りの2人の口に噛ませるようにして包帯をいれて、頭にかけて強めに縛っていく。


 そんな私たちを見ながら、お兄様からまた、なんとも言えないような複雑な感情が入り交じったような、視線が向いて私は首を傾げた。


「……えっと、第二皇子様、?」


 “どうかしましたか?” と、私が声をかけるその前に。


「……何て言うか、テオドール、お前、アズに滅茶苦茶甘くないか?

 お前たち、逐一褒め合ったり、兄弟でそんなに仲がいいものなのかよ……?」


 と、お兄様から困惑したようにそう言われて。


 内心で、ドキっとして直ぐに言葉が出てこなかった私とは違い、セオドアが一切動じることもなく。


「世間一般の兄弟がどうかしらねぇが、俺たち兄弟はこれが普通だ」


 と、さも当然と言わんばかりに、答えてくれる。


 それを聞いて、お兄様に……。


「そうなのかっ……。

 ふぅん、何て言うかお前達2人、本当にいい関係なんだなっ」


 と、どこか羨ましそうにそう言われて。


「アンタだって、兄弟がいるじゃねぇか」


 と、セオドアが声をかけるのが聞こえてきた。


「兄上は、俺の事なんて……、どうだっていいんだ」


 セオドアのその問いかけに、もごもごと口ごもったお兄様が、小さく言葉を漏らしたのを、私は聞き逃さなかった。


 近くにいたから、聞こえてしまったというのもあるけれど。


 それでも、お兄様がウィリアムお兄様のことを思って、そう言っているのだという事は、どこか悲痛染みた声色に全てが詰まっているような気がして。


 私はお兄様のその言葉に、ふるりと首を横に振る。


「そんなことは、ないと思います。

 顔や表情に出ないだけで、どうでもいいなんて思われていないと思うし。

 きっと、弟として大切に思われていると思いますよ」


「……兄上が、顔や、表情に出ないって……?

 アズ、なんで、そんなこと……?」


 そうして、声に出してギゼルお兄様に発言したのを、訝しむように問いかけられて、私は内心でギクッとしながら……っ。


「……あっ、その、僕、前に国をあげての祝賀の際のパレードで、第一皇子様を見たことがあるんですっ!

 表情が動かなくて、一見すると怒っているように見えて近づきにくい感じの人だなぁ、って思ったんですけど、でも実際僕達にもそっと優しく声をかけて下さっていて」


 実際にあった、パレードのことを慌てて口に出した。


 一年に一回、建国記念日に祝賀のパレードが開かれることは我が国では通例になっていて。


 ウィリアムお兄様がパレードで民衆から声をかけられて、返事を返していたのは事実だと思う。


【私は巻き戻し前の軸でも、今の軸でも参加したことがないから。

 あくまでも侍女達周囲が話していた噂話のようなものしか聞いたことがないけれど】


 それでも、ウィリアムお兄様がお父様の跡を継ぐ者として立派に公務を果たしていたことくらいは彼方此方あちらこちらで、色々なところから自然に耳に入ってきたことなので、知っていた。


 わたわたしながら、声を出した私に。


 お兄様が……。


「お前、俺の事を慰めてくれてるのか、ありがとな……」


 と、此方に向かって、ほんの少し笑顔を見せながらそう言ってくる。


「あ、あのっ、部外者である僕が言うのもなんですけど。

 ……第一皇子様は多分、第二皇子様のことをきちんと心配してると思いますよ。

 お二人は血を分けた二人っきりの兄弟ですよね? だから何も心配しなくて大丈夫だと思います」


 ウィリアムお兄様は分かりにくいけど。


 表情に出ないだけで、実際は凄く優しい人なのだと、今は知っている。


 だから、気休めにもならないかもしれないけれど。


 ギゼルお兄様のことをウィリアムお兄様もちゃんと心配しているということが、こうして間接的にでも伝えられたらと思って、声をかければ、ギゼルお兄様は、私を見て。


「アズ、お前……っ、本当に良い奴だなっ!」


 と、感極まったように声を出してくる。


「えっ、……そう、ですか?」


「そうだって! 俺、こういう立場だからさ、友達なんて俺の地位を利用したいような奴らしか近づいてこなくて、なかなかいなかったんだけどっ!

 決めたっ! お前、今日から俺の友達なっ! 嫌だって言っても絶対っ、俺の友達にするから!」


「あ、っ……ありがとう、ございます……?」


 突然のお兄様の友達発言に驚き戸惑いながら。


 疑問形でしか返事を返せなかった私の肩に腕を回して、お兄様がバンバンと叩いてくる。


「……オイ、アンタっ。

 アズはちょっと身体が弱くて、アンタほど身体が出来上がっている訳じゃねぇんだから、そういうのは勘弁してくれっ」


「……テオドール、お前本当に、アズに対して過保護なのなっ?」


 ひょいっと、お兄様からさりげなく、私を守るように救出してくれたセオドアに、お兄様の呆れたような一言が飛ぶのが聞こえてくる。


 お兄様の騎士の人達は、今何をしているんだろう、と思って私が視線をそちらに向ければ。


「ギゼル様に、とうとうお友達がっ!」


「あぁ、っ! 今日は何ておめでたい日なんだっ!」


 と、こちらもこちらで感極まったような態度で、私は更に困惑することしか出来ない。


 ギゼルお兄様に友達が出来る事が、そんなにこの人達にとっても嬉しいことだったんだろうか……。


【あっ……でも、そう言えば……私にとっても初めてのお友達だな】


 巻き戻し前の軸では、流石にお兄様には友達がいただろうけど。


 私は正真正銘、巻き戻し前の軸の時も含めて、初めてのお友達だった。


 今の軸では唯一、アルが一番友達としては近い存在だと思うけど……。


 それでもアルが長い時を生きてきた存在だということを加味すれば、純粋な友達とは言い難い。


 だからだろうか……?


 きっと、もう二度とこの姿でギゼルお兄様と会うことはないだろうし。


【また、元に戻ったら私に向けられる視線は厳しいものになるだろうから】


 今日、一日だけの本当に特別な限定の物でしかないけれど。


 初めての友達、という言葉には、凄く心が惹かれてしまう。


 それが例え、お兄様であっても、ちょっと嬉しい気持ちになっていたら……。


「……ていうか、アンタ達今日の目的忘れてねぇよな? そろそろ屋敷に入るぞ」


 セオドアにそう言われて、私はぐっと気を引き締め直した。




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