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第133話 地下

 まるで、下へと引きずり落としてきそうなほど、ぽっかりと口を開けている闇の中を。


 蝋燭の明かりを頼りに一段ずつ、階段を一列に並んで降りていく。


 所々、今にも土が上から落ちてきそうな、補強が緩んでいる箇所を見つけながらも、先頭にセオドアが立ってくれていて、真ん中に私、一番後ろにお兄様と続いていけば、階段を降りる最中に蝋燭台を見つけて、セオドアが持っていた蝋燭をそこに立ててくれて。


 私たちはそれを持って、更に下へ下へと、進んでいく。


「……っ、」


 ……緊張感を持ったまま、無言でどれくらい降りただろう。


 セオドアが階段を降りる私たちを手で制してくれたあと、口元に指を持って行って。


 今以上に静かにするよう、分かりやすいようにジェスチャーで示してくれた。


 セオドアの持っている蝋燭台の上の蝋燭が範囲の狭い場所をゆらゆらと照らしていて。


 その場所を見れば、階段はここで終わりで、その先に古びた扉が一つ見えてくる。


「……アズ、ちょっとこれ持っててくれるか?」


 小声でそう言って、此方に蝋燭台を渡してくるセオドアからそれを受け取って、私は階段下まで降りた。


 次いで、お兄様も一番下まで降りてくる。


 扉が開いても直ぐにはバレないようにと、なるべく扉の端の方へと私たちが寄るのを確認してくれたあとで。


 セオドアが、『んじゃ、開けるぞ』と小さく低い声色でそう言ってくれて扉のノブに手をかける。


【……もしも扉の先に、人が結構いた場合、大丈夫だろうか?】


 とか、そういうことが頭の中に浮かんできて。


 お互い何も言わないけれど、私とお兄様の間に僅かに緊張感が走ったのが手に取るように分かった。


 当然、ギィっ……っという音は、掻き消せる訳もなく。


 ここに来るまでも、どの扉も歳月が経っていて、ギシギシと軋んでいたから、この古びた扉も例に漏れず、無情にも音を鳴らしながら扉が開いて行く。


「……オイ、見張りの番の交代はまだだろっ? 一体、何しに……、アァ、? 誰だ、テメっ……むがっ!」


 扉の先にいた人がセオドアを確認した瞬間には、もう、セオドアの身体は私たちの前からフッと消えていて……。


 いつの間に移動したのか、目の前の男の人の背後に回って。


 なるべく声が漏れないようにと配慮してくれたのか、その人の口を手で塞いだあとで、首にストンと手刀を入れるのが、開いた扉の隙間から恐る恐る様子を窺う私たちにも見てとれた。


 がくり、と気絶したような感じで力が抜けたのを見ながら、倒れかけたその身体を腕だけで支えて、殆ど音もでないように地面に横たわらせたあとで。


 扉の前に立っていた私たちに視線を向けて、セオドアがこっちに入るようにジェスチャーをしてくれる。


「すげぇっ、鮮やか……」


 お兄様が私の横で中のセオドアを見て、小声ながらも驚いたような声色を出すのが聞こえてきた。


 私たちが扉の先へと進むと。


 真っ暗闇だったさっきの階段の時とはうって変わって。


 蝋燭の灯りがそこかしこにともされているこの場所は明るく、扉の先は細長い通路になっていて、見渡しただけでも、扉が真正面にあるもの、左右にあるものとで、5つ程に分かれているのが見てとれる。


 元々使用人の作業スペースとして使われていたのなら、それぞれの用途に合わせた部屋が作られているのだろう。


 肝心なのはこの扉のうちの何処に、子供が捕まえられているか、だけど……。


【ゼックスさんが渡してくれた見取り図には、流石に地下は、地下としか書かれていてなかったからな……】


 ここまで、色々な部屋に分かれていると、どの部屋から入っていいものなのかと普通は悩んでしまうけれど。


 セオドアが集中して、人のいる方へと気配を探ってくれたのだろうか。


 迷いなく、真正面の扉の方へちらりと視線を向けたあとで。


「……人が、大勢いる場所はそこの、真正面の扉の中だ。覚悟はいいか……?」


 と私たちに向かって、問いかけてくれる。


 お兄様と2人で、その言葉にこくりと頷いたあと。


 セオドアが、その部屋へと続く、扉を開けてくれようとした瞬間。


 予想外にも、向こうから、自動で扉が開くのが見えた。


「……っ!」


「……オイ、何してやがるんだっ!? さっさと戻ってっ、なっ、何だテメェ等はっ!? どっから入ってきやがったっ!?」


「……オイ、どうしたっ!? ……ハァ!? 敵か? 一体、どうなってやがるんだっ!?」


「俺に、言われても知るかよっ!」


 さっきの見張りが、戻って来ないのを心配したのか。


 扉を開けて、私たちを目に入れた瞬間、腰に下げていた剣を抜いて臨戦態勢を取る見張りの人が目の前に2人立っていて。


 私を庇うように後ろ手で隠してくれながら、セオドアが、ここに来るまで一度も抜くことのなかった剣を抜くのが見えた。


 次いで、お兄様も腰に下げていた剣を抜く。


 一気に緊迫した雰囲気になったその場で、お互い、にらみ合ったように動かない。


 もしも、子供たちがこの人達の後ろにいるのなら。


 この人達をどうにかしないと、子供たちの方にはたどり着けないのだろうか……。


 扉の奥の方を見ようとしたけれど、目の前の2人の見張りの人に遮られて、窺い知ることが出来なかった。


「さっき廊下に、1人立っていた奴なら、そこで眠ってもらってるぜ?」


「お前達、子供を人身売買用に攫って囲っているなっ!?

 それが、我が国の法に違反してることくらい分かっているだろっ!? 観念して、さっさと捕まえられろっ!」


「チッ! 取り締まりかっ!? 一体、どこで嗅ぎつけられたんだよっ!?」


 焦った様な見張りの人の表情から、お兄様達がここ数日スラムで聞き込みをしていたのはこの移民の人達には伝わっていなかったのだと悟る。


 狭い通路の中で、お互いに剣を抜いて暫く膠着こうちゃくした状態が続いたあと。


 先に動いたのは、セオドアだった。


 グッと一歩、前に踏み出したかと思ったら、持っている剣で、目の前の見張り、2人のうち、一人の剣を払いのけるようにして、一太刀を叩きこむのが見えた……。


 瞬間、金属の音が、カキンっ、カキンっ、と擦れ合って。


 目の前の見張りの人は咄嗟にガードをするように、防戦一方の状態になっているように見える。


 そこに更に鋭く、圧倒するように何度も剣を流れるような動きで叩きこんでいくのが見えた時には、見張りの人が持っていたその剣が、弾き飛ばされるように、その手から落とされるのが確認出来た。


 一方で、それに焦ったもう1人の見張りの人が、ワッと大ぶりになりながら、構えていた剣を、セオドアに振り下ろそうとした所を。


「……オイ、させねぇからなっ!

 お前の相手は、俺だってのっ!」


 と、お兄様が、それを受け止めて、目の前の見張りの人と剣を交わし合う。


「……クソっ!」


 お兄様が、もう1人の見張りの人と戦ってくれている間に。


「……動くなよ? ちょっとでも動いたら、首ごと切れるぞ?」


 セオドアが対峙していた人の首元に脅すようにすらりと剣を寸前の所で宛てがったのが見える。


「……ひっ、!」


 それから、どれくらい経ったろう。


 時間的には本当にあっという間の出来事だったけど。


 騎士の人がお兄様の剣術が凄いと褒めていたように。


 セオドアは勿論のこと、お兄様も目の前の見張りの人を制圧するのに、そう時間はかからなかった。


 お兄様と何度も剣を交わし合っていた見張りの人が打ち負けたのか、ズシャッっと音を立てて、後ろに倒れこむのが見える。


【2人とも、凄い……っ】


 2人から剣を向けられて……。


 ハァハァ、と息を切らしたように、観念してその場に蹲る見張りの人2人を見ながら。


 幾つか分けて貰っていた騎士の人が持ってきてくれたロープを、セオドアに手渡せば、セオドアがそれを、ぐるぐると見張りの人2人に手際よく巻いていく。


「……よし、とりあえずはこれで完了か」


「……クソっ、なんでバレてんだよっ!? 表の見張りは何してやがった?」


「オイ、アンタら。どうせ、捕まえられたあとでアンタ達の犯した罪は裁かれる訳だが。

 今、ここで死にたくなけりゃ、正直に話せよ? この奥に子供がいるなっ? んで、ここにいた3人以外に、見張りはいるか?」


「ハッ、どうせっ、俺らが捕まえられた上で死罪になる可能性は高いんだっ。

 ……誰が教えるかよ?」


「……それほど、人身売買が重罪だってこと分かっていながらっ、なんでこんなことしてるんだっ!?」


 お兄様の言葉に、唾をペッと吐いて。


『誰が答えるかよっ』と、態度の悪い素振りをみせる見張りの人に眉を寄せて。


 セオドアが……。


「それじゃぁ、望み通り、今ここで死ぬか?」


 と、問いかけて。


 その首元に、向けていた剣を、スッと動かすような素振りだけみせるのが見えた。


「……っ、う」


 セオドアのそれが、脅しだということを私は分かっているけれど。


 目の前、数ミリ程の距離にあるその刃が動くのを見ながら……。


 見張りの人も、本当にこのまま首に当てられてスライドさせられたら、死ぬかもしれないっていう恐怖みたいなものを感じたのだろう。


 ごくりと、唾を呑み込む音が聞こえてきた。


 セオドアはそれに構わず、首元に剣を向けたまま、見張りの人の身体を調べるように、まさぐっていく。


「……オ、オイ、テメェ、何しやがんだっ!?」


「こっちと、話がしたくねぇんなら仕方がねぇ。

 子供を閉じ込めてんなら、自由にさせておく訳がねぇからな。

 どっちかの、身体のポケットの内側から、鍵でも出てこねぇかなって、探してるところだ」


「……っ!?」


「成る程、そういうことか。

 ……テオドール、俺も手伝うぜっ!」


「あぁ、じゃぁ、アンタはそっちの見張りのポケットとかを頼む」


 セオドアの言葉に、お兄様が頷いて、見張りの人のポケットや服の中に手をいれて、あれこれ色々と探すのが見えた。


「あの、僕も何か手伝えることありますか?」


 2人が活躍している分、ここに来て何の役にも立ててないと、私も何か手伝えることがないかと、セオドアと、お兄様に問いかければ。


「大丈夫だ、アズ」


『気にしないで、お前は、そこで見ててくれ』


 と、私は、お兄様に、にこっと笑いかけられてしまった。



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