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第134話 檻の中の子ども

「テオドール、ビンゴだっ! それらしいの、見つけたぞっ」


 それから、暫く見張りの人の服とかを色々とごそごそさぐってくれていたお兄様が、古びた銀色の鍵をズボンのポケットから、見つけ出してくれた。


「……よし。じゃぁ、後は子供のところに向かうだけだな」


 私たちにも分かりやすいように鍵を掲げて見せてくれるお兄様を見て、セオドアが剣を鞘に戻しながら、私たちの方へとそう声をかけてくれる。


 その言葉に頷いて開きっぱなしの扉の方へと視線を向ければ、見張りの2人が座ったままロープでぐるぐる巻きにされていることによって、さっきは見えなかった扉の奥が私たちにも見えてきた。


【……もしかして、元々、食料を保存するための貯蔵庫だったのだろうか?】


 広々とした部屋の中には大きめの樽が何個も転がっていて、その奥に、部屋の構造上、横に出っ張っている壁と、地面に転がっている樽が邪魔をして、此方からではちょっとしか見ることが出来ないけれど、檻の様な物があるのが遠目からでもうかがえた。


 本来は、ワインセラーにしていたとか。


 若しくは高級な食品などを置いて、適切な時に取り出せるように、鍵できちんと管理されていたのであろう場所を、これ幸いとばかりに、子供を捕まえて閉じ込めておく場所にしていたのだろう。


 早く、子供たちを助けてあげないといけないと思いながら、セオドアに視線を向ければ。


「万が一って可能性もあるから俺が一番最初に行く。

 ……アズと皇子様アンタは俺の後ろから着いてきてくれ」


 と言われて、私はその言葉に従って。


 警戒しながらも、扉の先へ入って辺りに視線を張り巡らせながら、セオドアが歩いてくれるその後ろをお兄様と一緒について行く。


 足を進めるその度に、色々な物に邪魔をされて見えなかった前方が見えてきて。


「……っ、!」


 檻の中に子供たちが閉じ込められているのが此方からでも確認出来た。


 床にうずくまっている子や、座っている子……、どの子も長いこと身体を清潔に保つことさえ許されていなかったのか、着ている服はボロボロで、顔は疲れ切ってしまっている。


 誰かが来たという事はこの子達も分かっているだろうけど、もう顔を上げて誰なのか確認することすら億劫になってしまっているのか、子供たちの瞳はずっと下を向いたままだ。


【1、2、3……、良かった、6人全員いる】


 中にいる子の人数を指折り数えて……。


 この屋敷に来たときに大広間で見つけた書類に書かれていたアルファベットの数と、今、捕まえられている子の数とで一致していたことにホッと安堵する。


 この子達に“もう、大丈夫だよ”っていうことが早く伝えられたら、と。


 気が逸るのを感じながら。


 前を歩くセオドアが異常に警戒したままだったので。


【もしかしたら、まだ敵が潜んでいるのかもしれない】


 と、私は、セオドアの後ろを歩きながら、同じように警戒を解くことはせず。


 ちょっとでも、役に立てないかと、きょろきょろと、周囲に視線を巡らせる。


 ……そうして、檻まで、あと、数メートルほどの距離に差し掛かった瞬間。


「……オラァッッ!」


 という、渾身の。


 大きながなり声が聞こえたかと思ったら、此方に向かって、剣を振り下ろしてくる見張りの人が一人立っていて。


「……ッ!!?」


 警戒をしていたものの、咄嗟のことで、セオドアの後ろでびっくりすることしか出来ない私とは違い。


 セオドアが寸前のところで立ち止まって、剣を振り下ろしてきたその人の腕をグッと掴むのが見えた。


 ……檻の横に出っ張っていて。


 此方からは丁度、死角になってしまっていた壁の前にずっと息を潜めて機を窺っていたのだろう。


【全然、気付けなかった……!】


「……ぐぅっ……! 離せよ、コラっ!」


 そうして、何とかして、逃げようとしているのだろう。


 見張りの人は一生懸命、足掻くように、ドタバタと音を立てながら、セオドアの拘束を解こうと足と身体を大きく捻ったりして動かしているけれど……。


 肝心のセオドアに掴まれている腕はビクリともしていない。


 そのうち、だらんと、力が抜けた手から、その人が持っている剣が滑り落ちるようにカシャンと音を立てて地面に落下する。


「……残念だったな? アンタがいることは怯えきったままの子供の視線がことで、教えてくれたぜ」


「クソッ!」


 セオドアの言葉を聞いて、悔しげに吐き出すように声を荒げるその人をセオドアに任せて、警戒しながらきょろきょろと周囲を見渡したあとで、私は子供たちの方へと視線を向けた。


 流石に、この人で最後で、もうこの場には他の見張りはいなさそうだった。


「……助けに来ましたっ。もう、大丈夫だから、安心して下さい」


 ほんの少しでも安心して欲しくて、仮面をつけていて表情には出ない分。


 声色には充分気をつけながら、柔らかな声を心がけて、檻の中にいる子供たちの方へと声をかければ、私の出した声で、後ろにいてくれたお兄様が、檻に駆け寄って、持っていた鍵で檻を開けようとしてくれるのが見えた。


「お前達、もう大丈夫だからなっ」


 かちゃかちゃと、鍵穴に鍵を差し込んで、お兄様が檻の中にいる子供に向かって、そう声をかけた瞬間……。


「……!?」


 セオドアに捕まえられていた見張りの人が此方に向かって何かを言ってきたと思った、数秒後に。


 檻の中にいる子供の一人が、着ていた服のポケットから、きらめく、銀色の何かを取り出したのが目に入った。


「……ギゼル様っ、危ないっ!」


「……えっ?」


 私が、声をかけるよりも先に。


 仄暗い表情を浮かべたままの少年がひらいた檻の扉に突進するようにして、そのままお兄様のお腹めがけて体当たりするように、身体をぶつけるのが見えた。


 ――ドスっ、という鈍い音が辺りに響き渡る


「………かっ、はっ!」


!」


「……っ!?」


 ナイフがお腹に突き刺さったまま……。


 じわじわとお兄様のお腹周りに、滲むように血が広がってその服を濡らしていく。


 そのまま、お兄様が、その場でずるりと、倒れていくのが見えて、慌てて駆け寄る私に……。


「アズ……、お前……っ、おにいさま、って、なんで……っ?」


 と言いながら、自分が刺されたことよりも……。


 私がと呼んだことの方に、驚いたように目を見開いて、お兄様が此方に向かって声をかけてくる。


 目の目にある檻の方を見れば、お兄様をナイフで刺した少年が扉の前で顔面蒼白になりながら、今にも泣き出してしまいそうな顔をして……。


「……あ、あ……っ、」


 と声にならない、声をあげている。


 一方で、普段なら絶対にそんなことはないと思うんだけど、見張りの男がまさか子供に向かって声をかけてくるとは予想も出来ず、少しだけその腕を掴んでいた手が緩んだのだろう。


 セオドアのその力が緩んだのを見計らった男がセオドアにタックルをして、扉の方へと一目散に駆けていくのが見えた。


 自分の腕から男が離れたことに、瞬間的に気付いて、セオドアが此方を一瞬気にかけてくれるように仮面ごしにちらりと見てくれたあとで、きびすを返して男の方を追う。


 遠ざかって離れていく2人分の足音を聞きながら。


 ――


【まきもどれ……っ】


 このあと、能力を使用した反動で、自分の身体がもしかしたら使い物にならなくなってしまうかもしれないと分かっていながら。


 それでも、今、時間を戻さなかったらきっと後悔するだろう。


 刺されたお兄様の身体がどれほど深い傷なのかは分からないけれど。


 ナイフで刺されてしまったお兄様の傷も、目の前で自分が人を刺したことで、罪を背負って傷ついているこの少年のことも。


 ――


 以前、アルが教えてくれたように、自分の中にあるエネルギーの流れを感じながら。


 心の中で、能力を使用するために、強く、願うように念じれば。


 すぅっと、周囲がときを止めるのが自分でも分かった。


「……っ、ぅ、ぁ、……っ、!」


 額から、汗が滲み出るのを感じながら、集中すれば、無音になった、一瞬の空白の時間が……。


 ――曲がって、ねじれて……。


 以前能力を使用した時とは違い、コマ回しのように、元に、戻っていく。


 前までは“気付いた時”にはもう、ほんの少し前の過去に戻っていたけれど。


 今は、が自分でも感覚で分かっているようだった。


 ただ、“そこの地点”に戻るために自分で能力をコントロールしていると言うよりは。


 あくまで、暴走した能力が前提にあって、終着地点は能力を使った時点で勝手に決まっていて。


 私はそれに振り回されているという感じなのが未だに否めないけれど。


 それでも、戻れる地点が体感で分かっているだけでも、前に使用した時とは、雲泥の差だ。


 ――意識を集中させて、目を開ければ。


 止まっていた時間が、元に戻り、再び空気が自然に流れていくのが体感でも確認出来た。


「【……分かってるよなぁっ!?】」


「ギゼル様っ!

 檻を開けずに今すぐその場から離れて下さいっ!」


 男の声が檻の中にかけられるのと、ほぼ同時に、私は、思いっきり、お兄様に向かって叫ぶ。


 私の声を聞いて、お兄様が鍵をあけるためにカチャカチャと回そうとしていたその手を引っ込めて、驚いたようにその場から下がるのが見えた。


「……ッッ!?」


 突然の私の大声に、少年はポケットに手を突っ込んだまま、どうしたらいいのか、分からない表情を浮かべていて。


「オ、オイ、何だよアズっ……急に大声なんか出して、?」


 と、お兄様が戸惑ったように此方に向かって声を出してくるのを。


 セオドアの腕にいた見張りの男が、『チッ……っ!』と舌打ちしながらも、セオドアの方へと身体ごとタックルするのが見えた。


 それを……。


 セオドアはどうしてか、巻き戻す前とは違い。


 仮面で表情は見えないけれど、私の方を硬直したように向いていて。


 私の方に視線を取られていたからか、見張りの男がタックルすることに直ぐに気づけなかったのだろう。


 もしかしたら、私が時間を巻き戻した瞬間に、お兄様に向かって大声を出したから、それでセオドアもびっくりしたのかもしれない。


 仮面ごしに此方に向かって何か気にかけるような素振りを見せながらも、反応の遅れたセオドアが迷ったのは多分、一瞬のことで。


 セオドアの腕から自力で離れた男の後を、巻き戻す前と同じように、追いかけていく。


 そのことに、セオドアには申し訳ないことをしてしまったかもしれない。


 と、内心で思いながらも。


 私は、お兄様と目の前の檻の中にいる子供たちの方へと視線を向けた。




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