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第137話 赤を持つということ

「アズの身体が弱いってのは本当のことだ。

 身体の何処かに、“赤”が入っている人間が、普通の人間よりも身体が弱かったりするのはよくあることだろう?」


「……っ、!」


 私が口を閉じてしまったのをフォローするように、セオドアから振ってきた言葉に。


 ……お兄様が弾かれたように顔を上げるのが見えた。


 そう言えば、仮面で隠しているから、顔は見えないけれど。

 帽子から、自分の赤い髪の毛が覗いているのは隠しようもないから。


【……そのままにしていた、な】


 お母様もそうだったけど、身体の何処かに“赤”が入っている人間が、普通の人間よりも病気がちだったり、身体が弱かったりするのは、よくあることだ。


 この世界で、魔女という存在はそもそも忌み嫌われるものであり。


 “魔女”と同じように、身体のどこかに赤色を持っているというだけで、蔑まれる対象になる。


 だから、私と同じように赤を持って生まれてきてしまった人間の末路というのは、本当に悲惨なものが多い。


 生まれてきてから置かれる境遇も、他の普通の人よりもずっとハードだったりするから。


【身体的につけられてしまう、目に見えて分かるような暴力の傷痕も……】


【心にも深い傷を負ってしまって、どうしても病気がちだったり、塞ぎ込んでしまうようになっていたりすることも、ある】


 そういう生い立ちが関係してくるのかは分からないけど。

 赤を持って生まれてきた人間が病気になりやすい、と言われているのは。


 事実、そういう人達が多いから、そう言われているのも確かにあるだろうけど。


 元々は、能力を使った魔女が自身の命を削ることから……。


【生まれながらに赤を持つ者は長く生きることが出来ない】


 という偏見や侮蔑の意味も込められていたものが、通説と化したのだとは、思う。


 セオドアのフォローするように出してくれたその言葉はその場のお茶を濁すようなものではあったけど。


 魔女だとか、能力の反動だとかを説明する訳にもいかないし。


 出来るならお兄様にはこのまま、私自身の身体が弱いって思って貰えた方がいいとは思う。


 ……セオドアの言葉を聞いて、お兄様がぐッと息を呑んでから、私の方をそっと窺ってくるのがみえた。


「さっき、アズが、自分の顔が見せられるようなものじゃないって言ってたのはっ。

 もしかして、その髪色の所為なのか……?」


「え……?」


 そうして、突然のお兄様のその言葉に一瞬だけ驚いた私は。


「あ、っ……えっと、はい。

 そのっ、……僕の髪っ、赤色で薄気味悪いでしょう? どうして、もっ、人から、嫌われる要素を持っていることは確かなので」


 ――直ぐに、お兄様の勘違いには気付いたけれど……。


 私は、世間一般からの大多数の評価を元に、本音を織り交ぜながらその勘違いに乗っかる形で声を出した。


 自分自身が“赤”を持っているから。


 私は、誰かの赤を見ても気持ち悪いとか、薄気味悪いとか、そういうことは思わないけれど。


 それが、世間一般の価値観であることに間違いはないし。


 実際ギゼルお兄様が、この世界での一般的な価値観を持っているのは確かな筈で。


 私に対しても悪感情を持っているお兄様は、きっと……。


 今も、赤髪だったり、魔女だったり、そういう人間のことを極端に嫌っている筈だから。


 その言葉に納得してくれるだろうと思って、声を出した私に。


 目の前で、お兄様はほんの少し戸惑った様子を見せながら……。


「……お、っ、」


「お……?」


「お前っ、は。

 今まで誰かに薄気味悪いとか、そういう悪口を言われて生きてきたのか……っ?」


 と、此方に向かって声を出してくる。


 私は、お兄様のその態度に首を傾げながらも……。


「え? あぁっ、……っ、そうっ、ですね……。

 あの、でもっ、僕が忌み子であることはっ、変えられない事実ですし……っ。

 この世界の、価値観だったら、普通のことでっ」


 ……薄気味悪い、だけじゃなくて。


 気持ち悪いとか、近寄らないで欲しいとか。


 移るような物とかではないのに、移るかもしれないとか。


 あんな子供のお世話をしたくない。


【本当に皇帝陛下お父様の血が入っているのか】


 ――不義の末に生まれた子供じゃない、か……


 とか……。


 悪口の数を頭の中で今思い出しただけでも。


 かなりのレパートリーがあったことに自分でもびっくりしながら、お兄様に向かって声をだせば。


「……っ、忌み、子……、ふ、つう、……」


 お兄様は私の言葉を聞いて、何故かショックを受けたように黙り込んでしまった。


「あ、あの……っ、ギゼル、様……? 大丈夫、ですか……?」


 突然黙り込んでしまったお兄様に、未だ体調が悪いながらも。


【さっきよりは、ほんの少し吐き気とかが、マシになったかも……っ】


 と、思いつつ、声をかければ、顔を上げたあとで……。


「いや……そう、だよな。

 身体の何処かに赤を持っているっていうことは、そういうことをずっと言われてきているのと、同じだよな……。

 お前だけ、そういう中傷から、逃れられているなんて、そもそも可笑しな話、で。

 どうして、お前は特別だって思えたんだろう……」


 ぶつぶつと……。


 何か自分を納得させるように声を出すお兄様に、何て言っているのか今一よく聞き取れなくて、私は首を傾げた。


「……なぁっ!? お前は、薄気味悪いとか、忌み子で生まれたとか、そういうこと、ずっと言われ続けてきて、それが普通だって思ってるって、ことだよ、な?

 ……そのっ、お前だけじゃなくて、……そういう風に生きてきた人間はみんなそんな風になるものなの、か?」


 そうして、何処か真剣な表情を浮かべながらお兄様にそう言われて。


「っ……、僕の身の回りでっ、そういう風に過ごしてきた人を、僕は僕以外に一人しか知らないから。

 みんなが、みんな、そう思っている訳じゃないかもしれませんが……」


 と、前置きした上で。


 私は少しだけ迷った末に、自分の今の率直な意見を声に出した。


「……僕と同じで、赤色を持って生まれてきた人間は。

 どんなに普通に過ごそうと努力しても、生きている以上、誹謗中傷の目に遭わないことがないと思うので。

 ……っ、そのうち、みんなっ、僕のように諦めちゃうんだと思います。

 自分は、そういう存在なんだって。……其処にいるだけで、周囲から煙たがられるものなんだって、自覚して生きていくしかないから」


 はっきりと口に出したその言葉に。


 お兄様が、『そうかっ……』と小さく言葉を漏らすのが聞こえて来た。


 私だけじゃなくて、みんなそうだろう。


 ただ普通に生きているだけなのに、それが当たり前かのように誰かからの厳しい目に晒される。

 “赤”を持って生まれて来てしまったっていう、それだけで。


 ――


「……っ、そう、だよな、人形じゃあるまいし、言われた言葉に傷つかないなんてそんな都合のいいこと、ある訳ないよな。

 俺たちが、侮蔑として出したその言葉を、お前達は心の中に抱え込んで生きてん、だよな。

 考えたら、当たり前のことなのに、どうしてそんな単純なことにすらっ……」


「ギゼル様……?」


「ごめんっ……!

 俺も、今までそういう風にずっと思って生きてきたし。

 お前にではないけど、傷つけるようなことばっかり、言ってきたと思う。

 ……生まれながらに赤を持って生きている人間が、どんなに辛い思いをして過ごしてきてるのか、これぽっちも分かってなくて……」


 お兄様のその言葉に、私は驚きながら仮面の下でぱちくりと目を瞬かせた。


 ……突然のお兄様のその言葉に、どう言っていいのか分からないながらも。


「いえ……っ、あのっ、そのっ、今日一日、会っただけの僕に……そこまで、思い詰めるようなこと、しなくても……」


 と、戸惑いつつ声をだせば。


「いや。……だって、お前っ、滅茶苦茶良い奴じゃんっ!

 今まで、俺っ! 赤を持っている人間と俺たちで“別の存在”だって、明確に区別して差別していたんだって思うと、何て言うか急に自分が凄く恥ずかしく思えてきてさっ!

 俺、自分が金を持っている事に誇りを持っているし、自分のこと偉いんだって思って過ごしてきたけど。

 お前達だって普通の感情があって、普通の人間として生きているだけなんだよな。

 そこの優劣を今までつけてきて、自分が上であろうとしてたって事に気付いたっていうか……っ、俺、それでも、!」


『初めて出来た友達だから……っ』


 と、ほんの少し困ったような顔をしながら、私に向かってそう言ってくるお兄様に。


 私は、内心で、困ったことになってしまったなぁ、と思いながら。


『ありがとうございます……』と、声を出した。


 お兄様から友達だと思って貰えるのも、ちょっとでもお兄様の赤色を持っている人間に対しての認識が変わってくれたのも、嬉しいことではあるけれど。


 なんだか、騙してしまっているので、本当に気が引ける……。


 アズの正体が私だと知ってしまったら、きっとお兄様の態度も今のように温和な物ではいられないだろう。


【騙していたのか、って思われても詰め寄られても仕方がない】


 それだけ、自分が嫌われているのだと分かっているから。


「あっ、それで……お前、体調は大丈夫、なのか?

 長いこと話して、悪かったなっ……。

 それで、結局、お前にあんなことさせるつもりはなかったとか、テオドールの、失態っていうのは、なんだったんだ?」


「……ほら、アズがアンタに対して“檻から離れてください”って大声を出しただろう?

 普段からちょっと病弱なアズは、今日もあんまり体調が良くなかったんだ。

 それを無理させた挙げ句、緊急時とはいえ、アズのことを放置したまま、あの見張り野郎を捕まえに行ったのが俺からしたらあり得ないことだったんでな。

 今、猛烈に後悔と反省をしていたところだ」


 突然、話題を振られたセオドアが、お兄様に対して、しれっと上手いこと誤魔化すように言葉を溢したのを聞いて、お兄様が無言のまま、一瞬固まってしまったのを見て。


【そんなことくらいで、体調崩すなんて可笑しいだろう】


 と、思われていたらどうしようと内心でドキドキしていたら。


「……な、んだっ……! そんなことかよっ。

 お前、本当にアズに対して過保護なのなっ!?

 いや、でも……大声出しただけで、あんな風にふらっと倒れてたんじゃ、心配にもなるかっ!

 そういや、アズ、あの後直ぐに俺の前でもふらついてたもんなっ?」


 と顔をあげたお兄様からそう言われて、私はこくこくと、その言葉に頷いた。


 疑われた時はどうしようかと思ったけれど。


 とりあえず、何事も無く上手くセオドアが誤魔化してくれたお陰で、どうにかなりそうでホッと安堵する。


「あの……ごめんなさい、僕の体調のせいで、子供たちの手当てがまだで。

 もし、大丈夫そうなら、子供たちの、手当てを……っ、再開したいな、って」


 そうして、私は自分の体調の所為で、結局まだ子供たちの手当てが出来ていないことにハッとして。


 手に持ったままの、塗り薬と、包帯をかかげてみせた。


「あぁ、アズ……いいって、いいって! それは俺がやるからお前は休んでろってっ!」


「おい、アンタ……、人の手当てなんかしたことあるのか?」


「……いや、ないけど……。

 塗り薬は塗るだけだし、包帯の巻き方は、ほらっ、何とか、なるんじゃない、か……?」


「……包帯の方は俺がやる。

 アンタは、塗り薬を傷ついている子供の方に塗ってやってくれ」


「お、おうっ! 分かった」


「あっ……、あのっ、ギゼル様っ、傷口にじっくりと塗り広げられるのは多分かなり痛い筈ですから……。

 出来れば、優しくゆっくり時間をかけるよりも、さっと手早く塗ってあげてください……」


「おっ、おうっ、そうするよっ」


 子供たちの傷にじわじわと痛みが広がって痛い時間が継続するよりも。


 瞬間的な痛みは少し強いけど手早く終わった方がいいだろうと思って声をかければ。


 子供たちにゆっくりと時間をかけて塗り薬を塗ろうとしていたお兄様が、私の言葉に従って、キビキビと動いてくれる。


 子供たちも、お兄様の方に並んで、多分見張りの人に、突き飛ばされたりして乱暴にされて、転けてしまって、擦り傷が出来た場所とかを治して貰えるのなら、と、ほんの少し戸惑いながらも嬉しそうに、お兄様に見せてくれているのが見えた。


 二人が色々と動いてくれている間、ほんの少し休ませて貰えて有り難いなぁ、と思いながら……。


 私は、そっと仮面を持ち上げて。


 唇に付着したままだった、自分の血をハーロックが用意してくれていたハンカチで拭き取って……。


 それを、何事もなかったかのように、そっと鞄の中に仕舞いこむ。


 身体は、未だ鉛のように重く……。


 直ぐには起き上がれそうにも、動けそうにもない……。


【……そういえば、セオドアが階段付近が土で埋まって、外に出られなくなったっていってたけど、何だったんだろう】


 私達が階段を通る時、補強していた箇所が緩んで、たまにぱらぱらと土が上から落ちてきているような状況だったから、その場所から土が降ってきてしまったんだろうか。


 その辺りも、もう少し詳しく聞かないといけないなぁ、と思いながらも。


 私は二人から作って貰った休憩の時間を、とりあえずこれから先、動ける状況にまでは持って行かないといけないと、今は目一杯休むのに専念することにした。




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