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第136話 能力の反動

「……何だ、今のっ!?」


「セ、っ……お兄ちゃんっ……」


 慌てたようにそう言うお兄様に、もしかしてセオドアに何かあったんじゃ無いかと不安に襲われて。


 “セオドア”と、思わず声に出してしまいそうになったのを寸前の所で抑えれば。


「……あぁ、そっか。

 テオドールのあの強さなら大丈夫だって思ってたけどっ、あっちで何かあったのかもしれないなっ!

 アズはここに子供たちといてくれっ! 俺、ちょっと向こうの方、見てくるよっ」


 と、お兄様が此方に向かって言葉をかけてくれる。


 私がお兄様の言葉に頷いて、『ありがとうございます』と言いかけたその瞬間。


「……悪いっ。……この馬鹿のせいで、道が塞がれちまった」


 ――話の中心にいたセオドアが、無傷で戻ってきた。


 その腕の中には、セオドアにずるずると引きずられながらも。


 何とかして逃げようと往生際が悪くもがく見張りの男がいて……。


 目の前に見張りだった男が来たことで。


 恐怖に怯えた子供たちが一斉にびくびくしながら、私の後ろへと集まってきた。


 私は、彼らに『大丈夫』と声をかけて、後ろ手にそっとかばう様に彼らを囲う。


 セオドアは、その男を、投げ出すようにして、子供たちが元々捕まえられていた檻の中に放り込んでくれた。


「クソったれ! テメェ等がちゃんと言うこと聞かねぇから、俺がこんな目にあってんだぞっ!」


 そうして、此方に向かって最後の悪あがきをするように子供たちに酷いことを言うその人に向かって、私は子供たちを守るようにしながら……。


「大丈夫、あんな人の言うことなんて、聞く必要ないよ。

 僕にナイフを渡してくれただけでも、みんな、凄い勇気のある行動だったんだから。……ね、?」


 と、声をかける。


 セオドアがその男の言葉を聞きながら……。


「ピーピー、ピーピー、さっきからうるせぇんだよっ!

 子供の協力を仰がなきゃいけないほど弱くて自分でどうにかする力もねぇくせに、上から子供に命令して指図してんじゃねぇぞっ?

 テメェだけはマジで許さないからなっ? 俺はなァ、今、滅茶苦茶気が立ってんだっ!」


「……ぐぁっ!」


 男のお腹に拳を思いっきり叩きこむのが見えた。


 あまりの痛みだったのか、ヒュー、ヒューっと呼吸音を溢しながら、お腹を押さえて蹲るその男を見下ろしながら、セオドアの纏う雰囲気はどこまでも冷たくて。


 ピリピリとした雰囲気の中で、ふわっと一瞬セオドアの纏う雰囲気が柔らかいものに変わったと思ったら。


 私にセオドアが一瞬だけ顔を向けたあとで……。


 ギゼルお兄様の方を向いて


「悪いが、コイツの所為で屋敷の一階と繋がる階段があった場所が土で埋まって、直ぐに出られないことが確定しちまった。

 ……そのあいだ、逃げられないようコイツらは檻の中に閉じ込めておく」


 と、声をかけてくれる。


 セオドアのその説明は、私達と離れている間に一体何があってそうなったのか、よく分からないものだったけど。


 とりあえず、直ぐに外に出られなくなってしまったことだけは分かったのと。


 その間に、子供たちを攫っていたこの人達のことを檻の中に閉じ込めるのだということだけは把握出来た……。


 それは私の隣で話を聞いてくれていたお兄様も同じだったのか。


 今の今まで、セオドアと見張りの男との事の成り行きを見ていたお兄様が弾けるように顔をあげたあとで。


 手元に未だ持ったままの鍵をセオドアの方へと持っていってくれる。


 お兄様から、それを受け取ってから。


 手慣れた様子で未だうめき声をあげながら、蹲ったままの男の腕を檻の柵にロープで結んで逃げられないように縛ったあとで。


 セオドアが、来た道を引き返して、残りの見張りを全員、牢屋に入れてくれるのが見えた。


 2人はロープでぐるぐる巻きにされている人達だけど、もう1人はセオドアが1番最初に気絶させてくれていた人で、何もロープすら巻かれていない。


 お兄様の騎士が分けてくれたロープの数が足らなかったのだろう。


 腕を柵に繋がれている男のロープの余りを利用して気絶している男の人も、柵に繋ぐことにしてくれたみたいだった。


 そうして、最後に子供たちが閉じ込められていた檻の鍵を閉めてくれる。


 セオドアの手によって、あっという間に捕まえられた見張りの男達を見て、その手際のよさに、感動したのか……、子供たちが。


「すごっ……」


「格好いいっ……っ」


「ヒーローみたい……」


 と、声を出すのが聞こえて来た。


「……っ、いや、全然ヒーローなんかじゃねぇよっ」


 私の後ろで子供たちが驚いたように声を出しているのを聞いて。


 さっきまでその雰囲気をピリピリさせて、怒っていた様子だったセオドアが、こっちに視線を向けてくれたあとで、ほんの少しクールダウンしたように、柔らかな声を向けてくれた。


「テオドール、お前っ、気が立ってるって言ってたけど。一体、どういう……」


 そうしてお兄様が戸惑いながら出した言葉も、珍しく耳に入らなかったのか、何故かセオドアは脇目も振らずにこっちにやってきて。


 私の身体を仮面越しに確認しながら……。


「アズ、身体はっ!? どこも、なんともないかっ!?」


 と、問いかけてくれる。


 切羽詰まったようなセオドアのその問いかけに、私は首を横に傾げたあとで。


「うん、大丈夫っ……、なんともないよ。心配してくれて、ありがと……、っ」


 と、言いかけて……。


 ――ふらっと、自分の身体が傾いたのが分かった


「……あっ、れ……っ、?」


「……ッッ! っ……アズっ!」


 それを、咄嗟にセオドアが抱き留めてくれる。


 ――ドクン、と胸が急にキリキリと痛みだして


「はっ……ぁっ、……っ、ぅ、」


 私は、セオドアの腕の中で、急に荒くなってしまった自分の呼吸を一生懸命落ち着かせようと胸に手をあてた。


【なんでっ……? さっきまで確かに、頭はくらくらしてたけど、気持ちの悪さも耐えられないほどじゃないと思ってたのに……っ】


 今、一気に……。


 自分の身体に、能力を使った時の反動が出てきてしまったんだろうか。


 それとも、さっきまでは気付かない間に気を張っていて……。


 もしかしたら、セオドアが来てくれたことに自分でもホッと安堵したのかもしれない。


 一瞬、視界がぼやけて……。


 気の遠くなるような目眩にも似た立ち眩みが起きたことと。


 鼓動が急激に早くなって、冷や汗が出てくるほどの、吐き気を催しそうな気持ちの悪さに自分でもびっくりしていた。


「ふっ、ぅ、……っ、も、もしかして……っ、お兄ちゃんを見たら安心、したのかなっ? 力、が抜けちゃっ、た、みたい……」


 とりあえず、なんとかセオドアに安心して貰おうと、声をかければ。


「っ、悪かった! お前にさせるつもりなんて欠片もなかったのにっ!」


 と、セオドアが私の方を見て、そう声をかけてくれることに。


【……どうしてかは分からない】


 ――でも、セオドアには自分が能力を使ったことがバレてしまってる


 と、確信する。


【……どうしよう? 本当なら、このまま、誰にも能力を使ったこと、言うつもりなんてなかったのに】


 気付かれてしまっていることに、ただただ、申し訳なくて……。


 何て、声を出せば良いのか分からなくて私が躊躇っている間に……。


「な、なぁっ!?

 アズは一体、どうしたんだ?

 何で急に倒れて、呼吸も荒くなってんだよっ? もしかして、体調が、悪いのか?」


 と、お兄様から心配するような声がかかった。


 そちらを見れば、お兄様だけじゃなく、子供たちも私の周りで、心配そうな瞳を向けてくれているのが分かって。


「……あっ、ちょっと休めれば、大丈夫な筈……で、すっ。

 はっ、ぁ……呼吸、もっ、ちょっとすれば、落ち着く、はず、なので……っ」


 ゆっくりながら、お兄様と子供たちに声を出せば。


「そんなこと言ったって、お前っ、全然大丈夫そうに見えないぞっ。

 仮面なんかつけてるから、余計っ、呼吸がしにくいんじゃないかっ!?」


「やめて、くださいっ!」


「……っ!」


 お兄様の手が外してくれようと、私の仮面にかかったのが見えて、思わず大きな声を出してしまった。


 で、私のことを心配してそう言ってくれているのは分かっているから。


 そのことに、罪悪感を抱きながらも……。


 それでも今、ここで仮面を取られてしまう訳にはいかなくて……。


「あ、あのっ、……は、っ、本当に大丈夫なので……。

 僕っ、人に見せられるような顔をしてなくてっ、……ごめんなさい。

 心配、っ、してくれてるのはっ、凄く嬉しいんです、けど……っぅ、仮面は取らないでください」


 フォローするように出した私のその言葉に。


「……そ、そんなこと、気にしてる場合かよっ!」


 と言いながらも、お兄様が驚いたように目を見開いたあとで。


 仮面にかかっていたその手を戸惑いながらも引っ込めてくれた。


 その事に、内心で安堵していたら、今の今まで私のことを抱き留めてくれていたセオドアが、私を地面にそっと座らせてくれる。


「……あ、っ……ごめ、っお兄ちゃん、ありがとう」


「いや、違う。……俺の失態だ。

 ここに来るって決めてからも、本来なら、そういう事をさせるつもりなんて無かったし。

 こういう事が起こらないように先手を打って俺がもっと気にかけて色々と対処するべきだったのに、無駄に負担をかけさせちまった」


 そうして、かけられるセオドアのその言葉にふるりと首を振って、私はそれを否定する。


【こんな風に、みんなに心配かけさせてしまうつもりじゃなかったのに】


 やっぱりまだまだ、自分が上手く能力を扱えていないことが、こうやって、使用する度に、露呈してしまっているのが情けない……。


「……アズの負担、俺の失態、そういう事をさせるつもりなんて無かったって、どういうことだよ、テオドール。

 なあっ? ……確かに俺はお前達とは今日会ったばかりで、お前達の事情なんて詳しくないかもしれないけどさっ。

 それでも目の前で苦しんでる奴がいて、ソイツが、そのっ、俺の大親友とあらば、このまま事情も何も知らないままではいたくないってのっ。

 こうみえても、本気で俺は、お前達のことを、心配してるんだからなっ!」


「っ、ギゼル様も本当に、僕のこと心配してくれて、ありがとうございますっ……。

 あ、あのっ……僕は元々、身体が弱い、タイプで、その……っ、今、ちょっとした発作みたいなものが起きちゃっただけなんです」


 そうしてお兄様からかかったその言葉に。


 私はふわりと柔らかな言葉を心がけながら、声を出した。


 心配して色々と気にかけてくれているのが分かっているから。


 嘘を言うのはチクリと、胸が痛んだけれど……。


 それでも自分の素顔を晒すことも、本当のことを言う訳にもいかずに声を出したら。


「それでっ、俺に納得しろって言ってるのか……?」

 と、怒ったようにそう言われて……。

 私は、目の前でお兄様を怒らせてしまったことにどうすれば良いんだろうと、思いながらも、そこから先どう言っていいのか分からなくて口を閉じた。




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