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第142話 曰く付きの屋敷の真相

 教会から出れば、ゼックスさんとフレンドリーに会話の遣り取りをしているエプシロンを見つけた。


「あ、天使ちゃん、お兄さんっ! こっちっす、こっち!」


 私が、エプシロンを見つけた瞬間。


 彼も私達に気付いたのか、にこやかに此方に向かって笑いかけてくる。


 そうして……。


「ツヴァイの爺さんから話は聞いてますよね? これからの、案内役はどうぞ俺にお任せをっ!」


 と言ってくれるエプシロンに。


 ゼックスさんが、ちょっとだけ、『うわぁ……っ』ていう表情を浮かべたあとで。


「……お前、爺さんの頼み引き受けたのかよ?」


 と、呆れたようにそう言うのが聞こえてきた。


「いや、それが、今回滅茶苦茶破格なんすよ。

 天使ちゃん達をある人物に引き合わせるだけで一週間分の食事、分けてくれるらしくって。……爺さんの頼みにしては、スゲぇ簡単な内容でしょ?」


「あぁ……、成る程な……。ラッキーな類いの依頼だったのか」


【……普段一体、ツヴァイのお爺さんからどれ程、無茶ぶりされているのだろう?】


 二人の遣り取りからは日頃の苦労みたいな物が滲み出ていて。


 簡単にツヴァイのお爺さんの頼みを引き受けると痛い目にあってしまうと言わんばかりの言葉の応酬に私は思わず目をぱちくりさせる。


 そんな私の驚いた視線に直ぐに気付いたのか。


「まっ、ここで話しているのも時間が勿体ないし、それじゃ行きましょっか?」


 エプシロンが此方を見ながら苦笑したあとで、私達にそう声をかけてくれた。


 瞬間、ふわっと、私の体が浮いたかと思えば……、気付いたら、私はここに来るときと同様にセオドアに抱っこされていて。


「……あれ? 天使ちゃん、何でお兄さんに抱っこされてんすか?」


「あぁ、ちょっと体調を崩しててな。……俺等のことには気にしないで、アンタは爺さんの頼みを遂行することだけに専念してくれると助かる」


「あー、成る程、そうだったんすね。……っていうか、このスラムで体調崩すなんて滅茶苦茶大変だったでしょ?」


 私の代わりにエプシロンに向かって事情を説明してくれたセオドアに、納得したように頷いたエプシロンは、詳しい事情を私達に聞くこともなく。


 あっさりとした対応で、私達を先導するように前を歩き始めてくれた。


 先手を打って、私が長距離を歩くのにはまだ大変そうなのを分かってくれて、抱え上げてくれたのだろう、セオドアの耳元でお礼を伝えれば。


 セオドアは、まるでそうすることが当たり前かのように頷いてくれる。


「……それにしても、今日は滅多にないくらいスラムが賑やかだったの、お兄さん達の仕業でしょ?

 帝国の騎士が何人もスラムに入ってきた瞬間は滅茶苦茶ビビったけど。

 爺さんに頼まれた依頼、見事に完遂してくれたらしいっすね?」


 私達の時間が押している事は、ツヴァイのお爺さんから聞いてくれていたのか。


 なるべく早めに目的地に着けるよう配慮してくれているのだろう。


 入り組んだ路地をまるで悩んだ様子すら見せずに、スイスイと早足で歩きながら、私達を案内してくれていたエプシロンが。


 私達が目的のジュエリーデザイナーと出逢えるまでの間、会話が全くないのも味気ないと思って、気を遣ってくれたのか、此方へと問いかけてくる。


「……あぁ、まぁな」


「……そういえば、あそこのお屋敷、ゼックスさんから“曰く付き”って聞いてたんですけど……。

 何かあったんでしょう、か……?」


 私は、ゼックスさんに聞いていたあのお屋敷のことがふと気になって。


【エプシロンは知っているのかな?】


 と思いながらも、“曰く付き”と言われていたあのお屋敷のことを聞いてみた。


「あぁ。あそこは大昔、“魔女”を多くコレクションしてた貴族が住み着いてたんすよ」


「……っ!」


 そうして、特に隠しもしていないことだったのか、何でも無いことのように。


 エプシロンから返ってきたその言葉に驚けば。


 エプシロンは私達を見ながら苦笑して……。


「それは、それは、魔女に対して、酷い扱いと、手荒な真似をしていたって、有名で。

 で、在る日……、そういった魔女達の怒りを買ったのか、その貴族は借金に苦しみ、住んでいる家族全員に色々な災難が降りかかり、結局、惨めに没落しちゃったってオチなんですけどね?」


 と、更に詳しく教えてくれる。


「うん? 大昔っていつの話だ? まるで、見てきたことの様に言うんだな?」


「……さぁ、いつの頃の話なんすかね? 少なくともかなり長い期間、あの屋敷は放置されていたし、噂だけが独り歩きしている状態なのは間違いないっすよ。

 俺が詳しいのも、ここらじゃみんな、あそこの屋敷の噂は当たり前の様に知ってるし、誰も気味悪がって近づきもしなかった場所なだけっすから……」


「そんなことが、あったなんて……」


 エプシロンの言葉に驚きながら声を出す。


 私も知らない話だったから、きっとお父様が皇帝になるよりももっと前の古い話だと思う。


 少なくとも奴隷制度の撤廃よりも、前に起きた話だろうということは、今の段階で、私にも推測することが出来た。


【魔女だからっていう理由だけでは捕まったりはしないだろうけど。

 魔女を奴隷のように扱っていたのだとしたら、今のシュタインベルクでは完全に犯罪になってしまうだろう】


「まぁ、でも、お兄さん達にとっちゃ、他人事ではいられない話っすよね?

 魔女の話抜きにしても、お兄さんはノクスの民だし、天使ちゃんは男だってのにを持ってるでしょ?

 二人とも、この世じゃ生きにくいだろう性質を持って生まれてきちゃってるのは、俺から見ても確認出来ますし」


 そうして、エプシロンからそう言葉がかかったことに。


 私は驚いてエプシロンの方をまじまじと見つめた。


「……天使ちゃん?」


「あっ、いえっ、あの……っ、僕の髪を見て、って言われるとは思ってなかったので……。

 基本的には、そういう表現をされる事自体が、普段無いことだから、驚いてしまって」


 私の驚いたような表情にエプシロンの方が不思議そうな顔をしていて、思わず、自分が今驚いた理由を説明すれば、それで納得してくれたのだろう。


「あぁ。

 ……まぁ、俺は元々こんな風にスラムで暮らししてる人間っすから。

 あんま、そういう事に関しては特に気にもならないっていうか。

 あと、スラムで生きている人間でも、赤を持っている奴には酷くあたる奴もいるけど……。

 ここじゃ、古参ほど、“あの屋敷の噂”について信憑性が高いって信じこんでて、詳しいって奴らが多いから。

 身体的な特徴で人を傷つけるようなことすりゃ、“人ならざるものに呪われる”って信じられていたりするんすよ」


 エプシロンから、そんな言葉が返ってくる。


「人ならざるものに呪われる、ねぇ……?

 ソイツは、また随分オカルト染みてる話だな」


「いや、そうっすよねっ!

 けど、そういう話は決して馬鹿には出来ない物なんすよ。

 実際、このスラムでも赤を貶した行動をした奴が、体調崩して呪いを受けたって大騒ぎしたりね?

 そんなことが続いたら、みんな半信半疑ながらもそういうの信じるしかないっていうか」


「まぁ。実際にはそれが原因ではないにしても。

 事前に“呪い”だって聞いて信じてない奴が馬鹿なことして、偶然体調を崩してしまったら。

 ……本当にそれが原因だって思う奴も出てくるか。

 人の噂ってのも、案外馬鹿には出来ねぇな」


 ……確かにそういう事情があるなら。


 このスラムに暮らしている人達が、私達のことを見ても。

 悪感情を示さない理由は、分かるような気がした。


 元々あの屋敷に住んでいた人の話をそんな風に詳しく教えて貰えるとは思ってもいなかったけれど。


 エプシロンと同じように、スラムの人達は、信じなかった人が偶然が重なってしまったりで本当に体調を崩してしまっているのを見て。


 その噂を信憑性の高い物だと思って、信じているのだろう。


「でも、天使ちゃんの腕についてる、そのブレスレットは、マジで珍しい一品っすよね?

 なんつぅか、品がよくて、高級そうだけど……。

 元々そういうのは忌み嫌われるようなものだから、そもそも、“赤”を使ったブレスレットなんて物がこの世に存在すること自体、珍しいでしょ?」


 そうして、エプシロンに唐突にそう言われて、私はびくりと肩を震わせた。


 ハーロックが用意してくれた平民用の長袖の服の袖で、アルとの契約の証である、私のブレスレットは見えないように隠していたつもりだったのに。


 ちょっとだけ、ちらりと覗いている隙間から、見えてしまったのだろうか。


 思わず、反射的に服の端をくいっと引っ張って、隠そうとしてしまった私を見て。


「……あぁ、必要以上に情報を探るつもりはないから安心して下さいって。

 ただの平民が、そんなもの付けてることの違和感は確かに俺も感じてるけど、前にも言ったことがあるように、爺さんじゃあるまいし、俺は人の事情には迂闊に踏み込まないようにしているんで」


 と、エプシロンが言ってくれる。


「あ、っ……えっと、ありがとうございます。……僕にとってこれは凄く大事なものなので」


 ……世の中の大半の人が。


 私がこれを付けていることにはあまりいい感情は持たれないであろうことは分かっているので。


「へぇ、珍しいっすけど。天使ちゃん、そのブレスレット、本当に大事にしてるんすね?

 よっぽど、特別な存在から貰ったものだったりするんすか……?」


 思わず、隠せるものなら隠したいと思ってしまった私の態度にも、特別怒るような様子もなく、エプシロンは此方に向かってふわりと笑いかけてくれた。


 どことなく、穏やかながらも、楽しそうな、雰囲気を見せるエプシロンに。


【どうしてだろうか……?】


 よく分からないけど、その瞳に色が混じっているような気がして。


 ほんの少し言い知れない違和感を私が感じた瞬間。


「あっ! いたいたっ!

 爺さんからの報酬は、あそこの茶髪の男っすよね?

 俺の案内はこれで終わりっす!

 お兄さん達、また、機会があったら、爺さんの依頼でも聞いてやってくださいよっ!」


 と、屈託の無い笑顔で、此方に向かっていわれて。


 私は、エプシロンが指さす方へとハッと意識を向けた。


【無精髭が生えて、髪も切ってないのか伸びっぱなしだけど】


 確かに、私が探し求めていたジュエリーデザイナーに間違いなくて。


 ツヴァイのお爺さんに一体どう言われて此処に来て待っていたのか分からないけれど。


 緊張したような面持ちを崩すことも無く立っているその人にホッと安堵する。


 そうして……。


『あの男で本当に、合ってるか?』と、問いかけるように私に視線を向けてくれたセオドアに、こくりと頷き返して。


 私は、ここまで、案内してくれたエプシロンに改めてお礼を伝えて別れたあと。


 セオドアに降ろして貰って、目の前で待っているその人の方へと一歩、足を進めた。




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