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第143話 ジュエリーデザイナー

 私が、彼の方へと歩いていると。


 私とセオドアに気付いてくれたのだろう、向こうの方から、ドギマギした様子ながら、此方にぺこりと、頭を下げてくれた。


「あ、あの……っ、皇女、様……ですか?」


 問いかけられて、私はこくりと頷き返し。


 自分の被っている帽子を取ってから……。


「はい、初めましてっ。

 ……突然お呼び立てして申し訳ありません」


 と、声をかける。


 私の長い髪の毛がピンで留められて、男の子っぽいボーイッシュな髪型をローラが作ってくれてはいるものの。


 私の髪色を確認して、彼はほんの少し安堵したような表情を此方に見せてきた。


「いやっ、その、まさか皇女様が、僕なんかに用事があるなんて思いもしなかった物ですから……。

 ここに来るまでは、本当に皇女様なのかどうか半信半疑だったのですがっ、本当に、皇女様なんですね」


「えぇ、急なことで本当に申し訳ありません。

 自分を証明する手立ては私の髪色と帝国の紋章くらいしか、ありませんが……。

 ちょっと汚れてしまって見苦しいかもしれませんが、私のハンカチに帝国の紋章の刺繍が入っていて……」


「いえ、見せて頂かなくても大丈夫です。

 スラムに暮らしていると、このスラムをある程度取り仕切っている情報屋の存在は耳にするもので。

 ……まさか、その情報屋の使いが僕の前に現れて、皇女様との待ち合わせの約束が書かれた手紙を渡されたときは、驚きましたがっ。

 それだけに“噂の情報屋”の情報は確かな物だと、僕でも知っていますから」


「手紙、ですか……?」


「えぇ。

 ……僕に手紙を渡しに来てくれた人は自分の事を、“運び屋として仕事を請け負っている”と言っていました。

 手紙の内容については“ただの運び屋”である自分には何も知らされていないし。

 その中身に記されているものも、僕自身が絶対に口外することのないよう取り扱いには注意してくれって、言われまして……」


 私が自分の鞄から、能力を使った時に口を拭いたため、自分の血で少し汚れてしまっているけれど私が皇女である証明にはなるだろうと思って。


 ハンカチを出そうとごそごそと鞄の中に手をいれて探っていると……。


 困った様に笑いながら、彼は私にツヴァイのお爺さんが書いたであろうその手紙を見せてくれた。


 何の柄もついていない真っ白な封筒の中に入っている手紙には、目の前にいるジュエリーデザイナーが。


【このスラムにある廃墟の一角をアトリエとして使い、ジュエリーのデザインを手がけていることは調べがついている】


 という事と。


皇女がジュエリーデザイナーとしてのその腕を見込んでその助けを必要としているので、会いに行ってくれ】


 ということが、短い文章ながら端的に書かれていた。


 ツヴァイのお爺さんには詳しい話はしてないのに、私がジュエリーのデザインを手がけている人を探していると言ったから……。


 その助けを必要としているということまで、汲み取って書いてくれたのだろう。


「手紙にはスラムで暮らす前の僕の素性や経歴まで。

 どこで調べたのか不思議な程、完璧に調べあげられていましたし。

 これが“情報屋”からの手紙なのだという信憑性はどこまでも高いものだと判断していました」


 確かに手紙の中身には、この人がスラムで暮らす前の事情とかも色々と織り交ぜて書かれていた。


 例えば、この人のお父さんの代でお店が潰れてしまっていることなんかも。


 そういった本人以外の人間では知り得ないような情報をきっちりと手紙の中に書くことで、この手紙の信憑性を高めてくれたのだろう。


 そのお陰で、こうして、直ぐに交渉に入ることが出来るのだと。


 改めて私は、ツヴァイのお爺さんのすごさを実感する。


「信じてくれてありがとうございます。

 それで、あまり時間が無くて申し訳ないのですが、私のデビュタントのパーティが1ヶ月後に開かれることになっているんです。

 そこで、皇帝陛下からの賜り物として、ビブネックレスと、イヤリングを披露する機会があるのですが。

 その時にもし宜しければ、是非、あなたの作った作品を身につけさせて頂ければと思っていて」


「えっ!?

 ちょ、っ……ちょっと待って下さいっ!

 皇女様の1ヶ月後のデビュタントのパーティ?

 皇帝陛下からの贈り物?

 そ、そんな大事な行事での大役を何故、無名の僕なんかにっ!?」


 くらくらっと目眩がしたように混乱した様子で、おろおろとし出す、目の前の人に、早く交渉しなければ、という気持ちが先走ったあまりに色々なことを飛ばしてしまって。


 性急すぎた自分の説明を心の中で反省しながら、一度、ふぅっと自分を落ち着かせるように深呼吸をしたあとで。


 私は、真っ直ぐにジュエリーデザイナーである彼の方へと視線を向けた。


「あの、実は私、以前、あなたの作ったネックレスを拝見したことがあるんです。

 通常、ビブネックレスは、派手な印象が強いものですが。

 あなたの作る作品は洗練されたシンプルなパールをあしらった物で気品があって、凄く落ちついたデザインで。

 それなのに、決してドレスにも負けないくらい人の目を惹きつける事の出来る魅力があると思っています」


 落ち着いた声色で、どうして彼に依頼をしようと思ったのか。


 巻き戻し前の軸で見た時の自分の印象で、彼の作った作品の魅力や良さを自分なりの言葉でほんの少しでも伝わればいいな、と。


 どうしても彼の作った作品を今度のデビュタントで身につけたいのだと一生懸命、説明をしつつ。


「1ヶ月という短い期間ですし……。

 既存の物で全然構いませんので、私にあなたの作品を是非、つけさせて頂けないでしょうか」


 と、声に出してお願いすれば。


「……えぇ、確かに皇女様が仰っているのは恐らく僕の作品で間違いないですね……。

 ビブは、豪華で派手なら派手なだけいいという今の流行や風潮には全くそぐわない物を作っている自覚はありますから。

 他に、パールを使ったシンプルなデザインのビブネックレスを僕は僕の作品以外に見たことがない。

 でも、まさかっ、そんなっ……無名な僕の作品が、皇女様の目にとまるなんて、ことっ。

 ゆ、夢じゃありませんよ、ね……?」


 と、どこか戸惑いながら確認するようにそう言ってくるその人に。


 私はこくりと頷いたあとで、ふわりと笑みを溢した。


「シンプルで落ち着いたそのデザインは、その時の流行りに流されることもなく。

 いつの世でも変わらず長く愛されていく作品になると思います」


 巻き戻し前の軸で見てきたからというのも勿論あるけれど、彼の作る作品は今後、多くの人に愛されていくのに相応しいほどの魅力が詰まっているのだという事は、私の偽ることもない本音だった。


 基本的に、ジュエリーというのは、流行り廃りが激しいものだ。


 特に、上流階級の人間ほど、真新しい物を身につけることは一種のステータスにもなる。


 でも、彼の作品は違う。


 巻き戻し前では、決して自分がつけることは出来なかったけれど。


【どの時代でも色褪せない美しさは、きっと、お気に入りの一品として長いこと愛用されていくだろう】


「……っ! 僕の目指している物がまさにそれですっ!」


「……っ、!」


 本心から出した私の言葉に驚いたように目を見開いたあとで。


 突然、何の脈絡もなく、ぎゅっと手を握られて、私はびくりと目の前の人と同じように驚いて肩を震わせて、目をぱちくりさせる。


「え、っと……、?」


「流行はどの時代も移り変わって流れて行くもの、だっ。

 仕方がないと分かっていても、流行り廃りによって、折角作ったジュエリーが見向きもされなくなって、やがて、つけて貰えることすら無くなってしまう。

 ……どんな時代がこようとも、不変しない、いつの世も愛して貰えるデザインを。

 それが、僕の信念なんですっ!」


 戸惑う私に、はっきりとした口調でそう言って。


「まさかそこまで、僕の作品のことを分かって下さっている人に出会えるなんてっ」


 と、感動したようにそう言われて、そのあまりの熱量に思わず私は、嗚呼、と内心で小さく声を溢した。


 確かに、本心から出た言葉には間違いないけれど。


 そもそも、彼は私の助力が無かったとしても、いずれは、絶対にこの世に出てくるだけの力を持った人だ。


 だから、巻き戻し前の軸で今の段階では誰も知り得ない情報を持っている私が、彼を手助けするというような形になってしまっているのは、確かにこれが切っ掛けとなって、彼の人生が大きく好転するだろうということは分かっているのだけど。


 なんだか、恩に着せるような感じになってしまっているようで凄く申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「あのっ、1ヶ月という短い期間なので、既存の物で全然大丈夫なんですが……。

 すぐに、納品して頂けるようなジュエリーはあるでしょうか?」


 私は自分の中に生まれた罪悪感をそっと脇に置いて、この様子だと作るのは無理でも、納品はして貰えそうだな、と。

 ホッと安堵しながら、改めて、問いかける。


「えぇ、直ぐにお出し出来るような既存の物は確かにありますが……っ」


 けれど、私の想像に反して、難しい顔をするその人に。


「もしかして、何か、不都合なことでもあった、でしょうか……?

 そのっ、王宮に請求して頂ければ、ネックレスもイヤリングの報酬もきちんとお支払い出来ると思いますし……えっと、」


 と、声を出す。


 もしかして、引き受けては貰えないのだろうか? と内心でハラハラしながら。


 他に何か彼にとって好条件なものを提示出来ればと、あれこれ考えを巡らせて、不安交じりの声色で言葉を出す私に。


「あぁっ、いえっ!

 報酬のこととかそういうことを考えていた訳ではないのです。

 ただ、既存の物だと大人の女性用に作ったものになりますから。

 皇女様に合わせるとなると、僕の作った既存のビブではその小さなお身体にはフィットしないと思います」


 慌てたように訂正し、声を出してくれた彼の言葉に、私は自分が勘違いしていたことに恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。


【……っていうか、そうだ。……私、今、10歳だった】


 気付けば、いつも忘れそうになるその事実に。


 既存のビブでは、大きすぎて体に合ってないと言われるのも当然だったのに。


 ……完全に、頭からそんなことは、失念していた。


「あぁぁっ、ごめんなさい。……そうですよね?

 既存の物じゃなければ、そのっ、イヤリングと合わせて、1ヶ月で作ることは……、やっぱり、厳しいでしょうか?」


 私のその言葉に、彼は、少しだけ考えたような素振りを見せたあとで、ふるりと首を横に振ってくれた。


「いえ、こんな暮らしをしている程ですから、他に受注が入っている訳ではありませんし。

 1ヶ月の納期で皇女様に向けたデザインを新たに組み直して作ることは可能です。

 それでも宜しければ、是非、僕に皇女様だけの特別なオリジナルのデザインを作らせて貰えると嬉しいです」


「……本当ですかっ! ありがとうございますっ!」


「いえっ……。そのっ、皇女様、この場合、お礼を言わなければいけないのは、皇女様ではなく僕の方だと思うのですが」


「そんなっ、とんでもないですっ!

 短い期間で、新たにデザインの案を1から書き起こしてくれて、この1ヶ月しかない短期間で作って貰えるだけでも凄く手間がかかるのは分かっています。

 無理を承知でお願いしたのに、快く引き受けて下さり本当にありがとうございます」


 ずっとぎゅっと手を握られたままだったので、嬉しくて、私もぎゅっと、その手を握り返せば。


「……皇女様は、噂とは全く違う方なんですね。

 ……こんな平民の僕にも、敬語で、丁寧で……」


 と、声に出して言われて。


 そんな風に言って貰えるとは思っていなかった私は、咄嗟に直ぐに返事が出来ずにきょとんとしてしまったと思う。


 そんな私の不思議そうな表情を見ながら。


「皇女様になら、是非僕の作ったジュエリーをつけて頂きたいです」


 と、言って貰えて、その有り難い対応に、私は表情を綻ばせながら、『そう言って貰えると嬉しいです』と、お礼を言ったあとで。


「では、早速なのですが今日はもう遅いので。

 急にはなりますが、明日のご都合は空いているでしょうか?」


「明日、ですか? ええ、特に何も予定はありませんが、一体……」


「良かったっ!

 デザインの案も完全にお任せしようとは思っているのですが、それに合わせて私のドレスをどんな物にするか決めないといけなくて。

 以前、作品を見たことがあるので、私にも作品の雰囲気は分かっていますが、もう少し細かくお聞きしたいのと……。

 あと、予算のこととか、依頼の報酬についてもお父様直々の執事と打ち合わせをどこかでしなければいけなかったので。

 そういう、細かいことも含めて一緒に決めたいので、是非明日、王宮にいらして下さい」


 にこっと笑いながら、そう言えば。


 何故か、目の前にいる人は驚いて、固まってしまった。


【……??】


「あ、安心して下さいっ!

 面会手続きはきちんと行えるよう、此方で手配しておきますね」


 もしかして、王宮に来ても直ぐに会えないんじゃないかって思われているのかな?


 一般の人でも、皇族である私達の方からちゃんと面会手続きの手順を踏んでいれば、王宮に入ることが出来るということを知らないのかもしれない、と思って、声を出せば。


「いや、姫さん……。

 面会手続きとかそういうのじゃなくて、多分、一般人が普通に王宮に招待されることなんてあり得ないから、びっくりしてるだけだと思うぞ?

 普通の人間にとっちゃ、一生のうちに、そんなフランクに明日来て下さいって友達みたいな感覚で言われて王宮に行くことが出来るなんてこと、まず、起こらねぇからな」


 と後ろにいたセオドアから声がかかって、私はびっくりしてしまう。


「……え、っ……私、今まで、ずっと、普通の、ことだと思って……」


「そりゃ、まぁ、間違ってねぇよ。……姫さんからしたらそうだろうな」


 後ろでほんの少し笑みを溢しながら、セオドアがそう言ってくれるのを聞いて。


 確かに、考えてみればそれは自然なことだ。


 普通に過ごしている間に王宮に来ることが出来る一般の人とか、職業の人って本当に限られる。


 私達は、招く方だから。


 来て下さいって簡単に言うことが出来るけど……。


 自分から王宮に来たいって思っても普通の人は入れないものだから……。


「……えぇ、そのっ、すみませんっ。

 あまりにも突然のことで驚いてしまいまして……。

 普通に生きていて、スラムで暮らしている自分が、明日には突然王宮に呼ばれてるなんてこと……っ、あまりにも現実味がなさ過ぎて……」


 そうして戸惑いながら、そう言ってくるデザイナーさんに。


 私がちょっとだけ申し訳なく思っていると……。


「……取り乱してすみませんっ。それで、皇女様、明日、僕は何時頃に伺えば……?」


 と、問いかけてくれた。


 私はその言葉にお昼頃に来て貰うよう、お願いして、明日の王宮までの距離の分、馬車の代金を予め手渡しておく。


 王宮にまで来て貰うのは完全に私達の都合なので、これで、足りるかなとハーロックがもたせてくれたお金を多めに渡せば。


「……皇女様、馬車の乗車賃にしては、これは流石に多すぎますっ」


 と、言われてしまった……。


【え、どうしよう? 何が間違ってたんだろう?】


 焦って、セオドアに視線を向ければ……。


「何も言わなきゃ、ちょろまかす事も出来たのに、アンタが正直に言うから……」


 と、苦笑しながら、セオドアがジュエリーデザイナーの方を見ていて。


「……でも、セオドア、行きと帰りの代金が必要だと思うんだけど。

 ……そのっ、私は一般の馬車の適切なお金がどれくらいなのか分からないけど、何があるか分からないしほんの少しでも多めに渡してあげてた方がいいんじゃないかな?」


「あぁ、だとしても多過ぎる。

 まぁ、でも、俺の主人がそう言ってるんだ。

 ……大体、アンタにはこれくらいがいいだろう」


 普段、皇族の馬車があるため、全く一般の馬車に乗らない私は、馬車の乗車賃がどれくらいの物なのか分からなくて、ハーロックが手渡してくれた分だけのお金を渡したのだけど。


 そこからセオドアが、デザイナーさんの手から、いくらかお金を取って、私の手に戻してくれた。


「ちょ、ちょっと待って下さい、それでもまだ多っ……」


「余った分は、貰えるそうだから受け取っておいてくれ。

 損得勘定なんざ一切抜きで、本気で何かあったときのために多めに渡したいと思ってんだ。

 例え、今知らなくて、後から多めに渡したって気付いたとしても、怒ることも、返せって言うこともしない人だ」


 私の代わりにはっきりとそう言ってくれたセオドアに有り難いなぁと思いながら、驚いたように此方をまじまじと見つめてくるデザイナーさんの、その表情の意味が分からなくて、私は首を横に傾げた。




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