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第148話 新たに分かった事実2

「私に見せるためだけに?」


 困惑して溢したその言葉に、アルが難しい顔をして肯定するように頷いてくれる。


「ちょっと待った。……もしも姫さんに見せるためだけにこの本があったっていうのなら、この本を作った奴はお前のことっ」


「あぁ、そうだ。……“僕”がアリスと契約していることを知った上で。

 この国の図書館にこの本を置いていたことになるだろう」


「……っ!

 それって、アルの正体が、誰かに知られてしまっているっていうことじゃ……?」


「うむ。

 この本がいつあの図書館に置かれたのかは分からぬが、少なくとも僕のことに関しては知られていると考えておいた方がいいだろうな」


 私の問いかけに、はっきりと答えてくれるアルのその言葉に思わず深く考え込んでしまう。


 アルの正体を知っているのは、私の周辺にいる人達とお父様しかいなくて本当に数少ないし。


 そこから、誰かに漏れ伝わったということは絶対にないはずだ。


【それなら、一体どこで、アルの正体が誰かにバレてしまったのか】


 ――何のために、この本が存在しているのか


 考えても考えても、答えの出ない迷路に迷い込んでしまったみたいだ。


 どうして、私にこの本を見せたかったのかも、何を目的としていたのかもよく分からない。


「もしも、私に見せたかったのなら、私の能力が時間を巻き戻すものじゃなくて、時を操るものだってことを、教えたかったのかな……?」


 今の時点で、一番考えられることはそれしかなくて、私は、思いついた自分の考えをアルとセオドアにも伝えた。


「姫さんの能力が時間を巻き戻すものじゃなくて、時を操るもの……?」


「うん。……どこのページだったかな……あ、ほら、見てっ、ここっ」


 私は本のページをパラパラと捲り、自分の能力の記述がある所を開いた。


【未来、現在、過去の全て、時間を司る魔女の能力。

 周囲の時間の流れを操るだけではなく、その範囲を狭めれば、一個人の時間を調整することも、可能である】


 前に見た時と当たり前だけど全く同じで、私の能力が時間を巻き戻すだけのものではないことがそこには確かに書かれていて。


 セオドアとアルにその部分を見せれば、セオドアが眉を寄せながら私達の方へと視線を向けてくるのが見えた。


「オイ、アルフレッド。

 お前、前に姫さんの能力は“時間を巻き戻すもの”だって言ってなかったか?

 これに書かれてるのが事実なら、姫さんは、周囲の時間をそのままに、誰か一人を過去や未来の状態まで変化させることが出来るってこと、になるよな?」


「うむ。

 ……それだけではなく、アリスは“未来”へと時を進めることも可能だろうな」


……、って、お前にしたら随分、曖昧な表現、だな?」


「あぁ、僕も決して万能ではなかったということだ。

 古の森の砦でアリスが倒れた時、お前の質問に確かにそう言ったことは僕も記憶しているが。

 あの時点でも、今も、アリスは時間を巻き戻す能力しか使っていなかったし。

 僕達精霊は、魔女がどんな能力を持っているかは体感的に分かるようになっているが、たまにアリスみたいな存在がいるのだ。

 大きな力を持っているが故に、僕達精霊でもその能力の一端を垣間見ることしか出来ない存在が」


 アルのその言葉に、セオドアが驚いたような表情を浮かべて今まで質問してくれていた口を閉じる。


 私が倒れてしまった時、二人がどんな会話をしてくれていたのかまでは分からないけれど。


 私のことに関して、色々と心配して何かを話してくれていたんだろうか?


 そう言えば、確かにアルは昨日、私の能力について、“過去を巻き戻すもの”という言い方をせずに、“時を操る”っていう言い方をしてくれていたな。


 些細な違いかもしれないけど、この本についてアルが色々と詳しく調べてくれて。


 その時点で既にこの本に書かれている内容に関して、信憑性が高いものだとアルが判断したのだろうということは、今の私にも、分かった。


「でも、アルにも分からなかったことがこの本には詳しく書いてあるってこと、だよね?」


 精霊王という立場でそういった知識については右に出る者がいないほど、詳しいアルでさえ。


 私の力が凄く大きいもので、私の能力の一端を垣間見ることしか出来なかったのなら。


 この本を書いた人は、アルの知識でさえも敵わない程の情報を持っているということになる。


「うむ、それについてはどこだったか……。

 事前に調べておいたのだが、ほら、ここだ」


 問いかけた私のその言葉を聞きながら、私の膝の上に開かれたままの本のページを今度はアルがパラパラと捲ってくれて、私達にその部分を見せてくれた。


「あっ……。この世に存在する魔女の能力について知ることの出来る、能力を持った魔女?」


 凄くピンポイントな、限定的な状況でのみ力を発揮する能力の魔女がいたことに驚きながら、アルに視線を向けると、アルは私の顔を真っ直ぐに見たあとで、こくりと頷いた。


「恐らくだが、この本を作ったのは一人ではなく、複数人が絡んでいるのではないかと僕は予想している。

 それもただの人間ではない。

 複数の魔女と、もしかしたら精霊も、この本を作るのに関与しているのではないかと思う」


「複数人の魔女と、精霊?」


「うむ、一人でこの本を完成させるにはそれこそ膨大な時間が必要になってくるだろう?

 だが、色んな能力を持つ複数の魔女と、精霊が力を貸していたのだとしたら、この本を作るのにそう大変な思いはしない筈だ。

 だが、精霊……もしも、子供たちが絡んでいるのだとしたら、僕に挑戦状を叩きつけるような、こんなまどろっこしいことをするとは思えぬし。

 僕に対してこの本のどこかに、どうしてこの本を作ったのかという意図をきちんと知らせてくれる筈だと思うから、そういう意味で、精霊が関わっているとも絶対にそうだと断言出来ぬのだが……」


 セオドアの問いかけに、アルがどことなく歯切れの悪い言葉を返してくれているのを聞きながら。


 私はふと、昨日スラムで、エプシロンから聞いたばかりの“屋敷の噂”を思い出した。


【確か、あのお屋敷に住んでいた貴族が“魔女を多く集めて”いたんだよね?

 酷いことや手荒な真似をしていたって噂があるって、エプシロンは言ってたけど……】


 もしも仮に、そういった事情で、複数の魔女が一箇所に集まるようなことがあったのだとしたら。


 確かにアルの言う通り、共同でこの本を作るということも可能なのかもしれない。


 だけど、それが、どうして……。


 私に対して、この本を作って見せたいという事に繋がるのかは未だ不明のままだ。


 自分でさっきそうなのかもしれないと二人に言っておいてなんだけど。


 もしも私の能力についてだけを私に知らせたかったのだとしたら、私の能力だけをこの本に書いておけばそれでいい筈だ。


 他の魔女の能力についてを、こんなにもしっかりとこの本に書き記していることに今度は説明がつかなくなる。


「一個、解決したと思ったら、また新たに謎が出てきてしまって。

 余計、分からなくなっちゃってるよね? これを書いた人は、どうして私にこの本を見せたかったんだろう……」


 私の言葉に、アルはううむ、と声を出して考える素振りを見せながら。


「どちらにせよ、全てのことは偶然ではなく、必然である、と考えておいた方がいいだろうな」


「あぁ、そうだな。お前の言う通りなのだとしたら。

 この国の図書館にこの本が置かれていたことも、姫さんがそれを手にしたことも。

 姫さんとお前が契約していることも、何もかも全てが、この本を作った人間の意図通りに動いていると見て間違いない、ってことになる。

 ……もしかしたらそれがどういう意味を持つのかを、アルフレッド、お前が更に詳しく調べることまで既に念頭に置いて作られたものの可能性もあるってことだ」


「……っ、あっ、そ、そうだよね」


 セオドアの言葉に、そこまで考えられていなかった自分を反省しながら声を出した私に。


 アルがこくりと頷いたあとで……。


「アリス、この本は僕がもう少し預かっておいてもいいか? 多少時間がかかることになるかもしれぬが出来るところまでは詳しく調べてみよう」


 と、私に言ってくれて、私はその言葉に、こくりと頷いて同意する。


 アルがもっと詳しくこの本について調べてくれるのは有り難いことには間違いない。


「でも、あまり無理はしないでね?」


 だけど、どういう目的でこの本が作られているのか読めない分。


 何か危険なことでも起こらないか不安でアルにそう言えば、アルは少しだけ驚いたような表情を見せたあとで、私に向かって苦笑する。


「うむ、それに関しては問題ない。

 ……むしろ、いつも無理をしているのはお前の方だろう、アリス」


「ああ、間違いねぇな」


「……うん?」


 突然、自分へと矛先が向いて、二人からそう言われたことに私が驚いて目をぱちくりと見開いていると。


「アルフレッド、もっと言ってやってくれ。

 ……姫さんマジで分かってねぇぞ、これ」


「うむ、困ったものだ。

 ……全く、セオドアの言うとおり、今日はきちんと休むのだぞ。

お前が休まぬというのならば、僕もセオドアもここで見張っておくからな」


 と、この機会を逃してなるものかと、ここぞとばかりに二人から色々と言われてしまって。


「み、見張られるのは、困るかなぁ……」


 二人からの言葉に困惑しながらも……。


 アルの“見張る”という発言に、私が眠るまでの間、本気で二人ともここにいて、私の事を見てくれそうな気配を感じて。


【それは流石に恥ずかしい……】


 と慌てて声を出した私に。


「なら、ちゃんとシーツ被って、今日は一日ゆっくり休養しような?」


 柔らかい口調で子供に言い聞かすみたいにセオドアにそう言われて


【うぅ……っ、全く信用されてない】


 と、思いながらも、私はこくりと大人しく頷いた。


「あ、そうだ、アル……。

 お父様に古の森に行くことを伝えたら、自分にその権限はないから、いつでも好きな時に行っていいって言われたよ」


「ふむ、そうか……。

 話は分かった、それについてはまた今度日程を決めるとしよう。

 で、アリス……僕達と話をするのは構わぬが、お前はいつまでそこで座っているつもりだ?

 話をするのは、寝転がってでも問題ないだろう?」


 そうして、二人して、今日の私が休める方向にと、持っていってくれているのに気づいて。


 このまま私がこうしていると、多分同じことをずっと言われ続けてしまうだろうなと理解して。


 私は二人の言うことに素直に従って、今日はこのまま怠惰に有り難くお昼寝させて貰うことにした……。




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