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第149話 エスコートの相手

 それから、次の日にはマダムジェルメールのデザイナーさんが来て。


 お互いにきちんとした形式的な挨拶をしたあと。


「急遽、お呼び立てして本当に申し訳ありません。来て下さってありがとうございます」


 と、声をあげる私に


「そんなの気になさらなくていいんですっ!

 皇女様~っ! ずっと、お会いしたかったですわ~!」


 と、飛びかからん勢いでぎゅっと私に抱きついてきてくれて。


 当日、お父様から賜ることになるジュエリーをどんなものにするのか、ジュエリーデザイナーさんが書いてくれていたデザインのラフ画を見てくれたあと、一緒にドレスをどんなものにするのか相談に乗って欲しいとお願いすれば。


 そのラフ画を一目見ただけで。


「……まさかっ、こんなにも素晴らしいジュエリーデザイナーが埋もれていたなんて。

 私も、ドレスを彩る小物を含めて帝都で有名なデザイナーは殆ど全員といっていい程に、チェックしてきて。

 その時の流行には特に気をつけるようにしていましたが、まだまだ新しい風を吹かすことの出来るデザイナーに出逢えた上に、コラボまでさせて頂けるなんて光栄ですっ」


 と、感動したように目を輝かせて言われて、ホッとする。


 流行に敏感な人だからこそ、このデザインの良さに関しても分かって貰えたのだろう。


「それで、ドレスのデザインも、ドレスの色味もなるべくシンプルなものがいいかなって思ってるんですけど」


「えぇ、そうですね。

 ジュエリーのデザインがシンプルですから、ドレスは小物を最大限に引き立たせるようなものになるよう、二人で考えましょう」


 私の意図を明確に汲んでくれて、一緒に考えてくれることに凄く有り難いなぁと思いながら、横を見ると、前回での出来事がトラウマになっているのか。


 セオドアもアルも、この場にいてくれながらも、なるべくデザイナーさんと、目が合わないように、合わないようにしていて……。


 二人のそんな様子に、前回二人のことを長い時間拘束してしまったことを改めて反省しながらも、目の前で私のドレスについて意見を擦り合わせた上で、色々と提案してくれるデザイナーさんとは凄く建設的な話が出来たと思う。


 話が終わったのは、それから暫く経ったあとで。


「そういえば、皇女様はどなたのエスコートで会場に入場される予定ですか?」


 と、デザイナーさんから聞かれてしまった。


 その言葉に思わず、ドキっとしてしまう。


【あぁ……っ、どうしよう……】


「そういえばっ、その辺りのこと、全く考えていませんでしたっ」


 巻き戻し前の軸でも、舞踏会などで、私をエスコートしてくれる人なんかは当然いなかったから、いつもそういうことがある度に、仕方なく堂々と一人で入場していた。


【あまりマナー的には褒められたものでは無かったけど、巻き戻し前の軸の私って、周囲からは腫れ物扱いだったから……】


 私の言葉に驚いた様子で此方を見てくるデザイナーさんに申し訳なく思いながら、私のデビュタントのパーティーだから、入場する時にはかなり注目されるだろうということは想像に難くなく。


 慌ててハーロックがくれた、その日一日のスケジュールが書かれている書類に目を通せば、私が誰と入場するかなどは詳しく書かれていなかった。


 ただ、参加者が殆ど全員揃うであろう時刻に、お父様が入場する前に会場に“皇女様入場予定”としか書かれていない予定表を見て、思わず頭を抱える。


 基本的にはダンスを一緒に踊る人と入場するのが一番なのかも知れないけど、ウィリアムお兄さまは、お父様の補佐をしていて当日も忙しいかもしれないし。


 この書類を見る限りお父様よりも先に会場入りしておかねばならないだろうから、お父様と一緒に入ることは出来ないだろうし。


 あとは、ギゼルお兄さま……。


 そこまで考えたあとで、私はその候補をそっと頭から除外した。


 ギゼルお兄さまは、私をエスコートなんてしてくれないだろう。


「あの、こういう場合って……。

 本来なら家族であるお兄さまにお願いするべきなのでしょうけど。

 ……もしも、それが無理そうな場合って、どうしたら」


「えぇ、そうですね。

 それは舞踏会に参加される令嬢によっても様々ですが、ご自身の騎士にエスコートして貰う場合もありますよ」


 にこっと、私とセオドアの方を見て笑顔を向けてくるデザイナーさんに。


 自分を守ってくれている騎士という選択肢が最初からなかった私が、きょとん、とすれば、突然、話を振られたセオドアが、驚いたように目を見開いたあとで。


「いや、でも……俺は」


 と、ほんの少し口ごもりながら、声を出してくるのを……。


【きょとんとしている場合じゃなかった。

 ……そうだよね】


 と、思いながら、私もこくりと頷いて、慌ててそれを肯定する。


「えっと、そうですね。

 確かにセオドアが私のエスコートで傍に付いてくれていたら、私にとっては凄く心強いし嬉しいのは間違いないのですが。

 もしかしたら、私と一緒にいることで、余計な注目を浴びてしまって、“赤”を持っていることで何か言われてしまうかもしれなくて……」


 本来なら避けることが出来る言葉でも、私の傍にいるだけで否応なく注目されてしまうだろう。


 しかも今回は誰かにお呼ばれしているパーティーではなく。


 自分たち主催のパーティーであることは間違いないし、だから。


 必然的に全ての招待客が揃ってからの入場になると、私へ送られてくるであろう目線も相当な数になると思う。


 セオドアが、もしかしたら心ない言葉に晒されてしまうかもしれないということは、絶対に考えなければいけないことだし……。


 ――私の所為で、セオドアが悪く言われてしまうのは凄く嫌だな。


 想像するだけで気分が落ち込んできて、もやもやしながら声を出した私に。


「いや、寧ろ逆だろう?

 俺は別に何を言われようが構わないが、俺が傍にいるだけで姫さんが悪く言われる可能性がある」


 セオドアが私の言葉を否定するように首を振ったあとで、私に向かって声をかけてくれた。


 思わず、その言葉にびっくりしていると……。


 それを聞きながら、目の前でデザイナーさんが『あら、あらっ、まぁ、まぁっ!』と弾んだ声を出しながら、私達2人を見て嬉しそうな笑顔を溢してきた。


「お二人とも、お互いのことを思い遣っているだけで。

 別にエスコートすること自体も、されること自体も嫌じゃないのですよねっ!?

 でしたら、ますます一緒に行かれることを強くオススメしますわっ!

 そして、ついでにドレスコードも、よくよく見たら分かる部分でさりげなく“お揃い”を取り入れるといいと思いますのっ。メンズ服も、一緒に作りましょうっ!」


 そうして、最後に自分の欲を一切隠す素振りも見せずに、急に熱量をぐっと上げたデザイナーさんのその言葉に驚きながらも、セオドアが私のことを思って言ってくれているのを知って……。


「あ、あのっ……。もしも、セオドアが嫌じゃなきゃ、一緒に行ってくれる?」


 と、おずおずと声をかければ。


「あぁ、っていうか、寧ろ俺の方から誘うべきだろ、そういうのは。

 姫さんが嫌じゃなきゃ、当日俺にエスコートさせて欲しい。……俺と一緒に行ってくれるか?」


 と、誘ってくれて。


 嬉しくてほわっと、笑顔を向けて……。


 セオドアにありがとうって、お礼の言葉を伝えていたら。


「むぅ、お前達っ。

 ……度々、僕のことをそうやって除け者にしてっ」


 と、アルが唇を尖らせながら、ぷんすかと此方に向かっていじけるような声を出したのが聞こえてきた。


「えぇ、でしたら、三人で行かれるのがいいと思いますわっ。

 皇女様のエスコートは騎士様にお任せして、アルフレッド様にも皇女様とのお揃いを取り入れて皆さんで一緒にいくのはどうかしらっ」


『そうだわ、それがいいと思いますっ!』


 と、アルの発言にキラッと目の色を変えながら『絶対にこの機を逃すことはしないぞっ!』と、少々強引に、どんどん作る洋服の数を増やしていって弾んだ声を出してくるデザイナーさんに。


「うむ、そうだなっ。僕も仲間はずれはよくないと思っていたところだ。

 それで、お揃いとやらは、どうしたらそうなるんだ?」


 と、珍しくアルが乗り気になって、此方に向かって声をかけてくるのが聞こえて来た。


 アルのその言葉に、3着作れることになって、洋服のデザインをいっぱい考えられることに幸せそうな顔をしたデザイナーさんが。


「そしたら、皆さんが作る意欲があるうちに善は急げですわっ!」


 と、ラフ画を書く気満々で、机の上に紙を広げてペンを握り、私達の会話を漏らさないようにと耳を傾けてくる。


「オイ、アルフレッド。

 ……お前、服作るの嫌なんじゃなかったのかよ?」


「うむ、この間のように時間がかかるのは勘弁してもらいたいところだな。

 だが、お前達とお揃いとあらば話は別だ。

 何と言っても、響きがいいだろう? という、響きだぞっ!

 僕達が何も言わなくても繋がっているみたいで、お前達だって、わくわくして特別な感じがするだろうっ?」


 そうして嬉しそうに私達に向かって声をかけてくるアルのその言葉に、私とセオドアは顔を見合わせたあとで、お互いにどちらからともなく笑顔を溢した。


 アルが言うと宿みたいで、本当にだと感じられるから凄く不思議だなぁって思う。

 いつもその言葉にほっこりとした温かい気持ちをお裾分けして貰っているみたいで。


【公の場に出たら、何か悪いことを言われてしまうんじゃないか】


 とか、どうしても悪い方向に考えてしまいがちな私の気持ちも、全部丸ごと吹き飛ばしてくれるような感じがする。


「うん。セオドアとアルとお揃いだと、当日楽しみが増えるみたいで私も凄く嬉しいな」


 にこっと笑みを溢しながら、アルの言葉を肯定するように声を出した私に。


「まぁ、姫さんが喜んでくれるんなら、それが一番だしな」


 セオドアも私の意思を尊重してくれて、声をかけてくれた。


 そうして結局その日、三着分作ることになった私達が、デザイナーさんと遣り取りを終えたのは、夕方になってからだった。




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