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第151話 家族


「いつかお前達には、はっきりと言わねばならぬと思っていたのだが。

 何故、いつもいつも、アリスだけがこんな思いをして我慢せねばならぬのだ?

 赤を持つ者と普通の人間で、お前達人間が“明確に差別”をしている所為で、アリスが傷ついてきたことに僕は到底納得がいかぬ」


 突然の、アルとは思えない滅多に出すことのないその低い声に、私がアルが私のことを思って言ってくれているその言葉に驚いて直ぐに言葉を出せないでいると。


「あぁ、その通りだ」


 お兄さまは、アルの言葉を真っ直ぐ受け止めて、きちんとその言葉に耳を傾けていてくれていた。


「それだけじゃない。

 ……俺たちが、長年、アリスの現状を見てこなかった所為で。

 今までアリスがどんな思いをして過ごしてきたのかっ、気付くのが遅れてしまった。

 ……今さら、罪滅ぼしのつもりで関わるのは遅いと思われるかもしれないが。

 少なくとも今後アリスが必要以上に傷つけられることのないように、俺はアリスのことを守っていくつもりだ」


 そうして、はっきりとお兄さまが、アルに向かってそう声を出してくれるのを聞いて、私は突然のその言葉に驚いてその場で固まってしまった。


「……あのっ、おにい、さま……?」


「アリス。

 今まで機会がなくて、お前に謝罪することも出来ないままで本当にすまなかった。

 ずっとお前と関わることを避けてきた俺を、今さら許して欲しいとは言えないが……。

 これからはちゃんとお前に向かう全ての視線から、お前を守ると誓う」


「……っ、あ、あのっ、お兄さま、ありがとうございます。

 でも、そのっ、必要以上に私のことで思い詰めないで下さい。

 許すも何も、お兄さまに酷いことをされてきた記憶なんて、私にはないですし。

 今までのことを思ってこれから私のことを考えてくれているだけで、あのっ、凄く嬉しい、です……」


 真っ直ぐに私の事を見て、今までのことを謝罪してくれるお兄さまに、どうしてか、胸がきゅうっとするような気持ちがわき上がってきて。


 私は、お兄さまにそう答えた。


 こんな風に誰かに見て貰えるということは、少し擽ったくて、だけど凄く嬉しいことなのだと。


 きっと、今の私は、セオドアや、アル、ローラ達に心配して貰えたり、私のことを思って貰えていたりという生活の中で、知ってしまっているから。


 1人ずつ、そういう大切な人が増えてきて。


 私のことを偏見とかそういうものじゃなく、見てくれる人が増えるその度に。


 ずっと諦めて生活してきた私でも、普通の人が送れるような当たり前の日常を過ごしてもいいんだと、思えるようになる。


「いや。

 ……だが、お前はもっと、俺たちのことに対して怒ってくれていい。

 俺がお前を見てこなかった間、結果的にお前が周囲から傷つけられてきたことは変わらないだろう?」


「……え、?

 あ、は、はいっ……怒る、……?

 おこる、? ……??」


 お兄さまからそう言われて、私は混乱しながら、、という単語を声に出した。


 私だって今まで誰かに怒ってきたりしたことは、勿論ある。


 でもそれは、宝石が盗まれたりとか、そういう本当のことを言ってきた部分と。


 売り言葉に買い言葉で、誰かに傷つけられてきた言葉をそっくりそのまま返したりしていた部分だし。


【癇癪とか、喚いたりするのとは、また違う、よね……?】


 突然、怒ってもいいと言われても、その言葉をどういう風に受け止めて、どうやってお兄さまに対して怒ればいいのか。


 こういう時、どう言えばいいのか私にはよく分からない。


【今までの私を見てこなかったということに関しては、こうして謝って貰えているし。

 他に、お兄さまに対して怒る理由、なんて……、見つからないしっ、どうしたらいいんだろう……っ】


 お兄さまの言葉を聞きながら、1人で困惑してしまった私に。


「……っ、アリス、お前……」


 お兄さまがどこか、愕然としたように目を見開くのが見えて、私はその表情の意味がよく分からなくて首を傾げた。


「おにいさま……?」


「いや。

 ……もしもお前がっ、と思っていないのだとしたら。

 それは、その感覚が既に麻痺している証拠、だ」


「あぁ。

 ……普段から自分の心の中で処理して、嫌なことも全部、長い間受け流してきてんだ。

 それだけのことをアンタ等が姫さんにしてきたことは間違いねぇよ」


「うむ。

 

 いや、寧ろ、、と言えばいいのだろうな。

 恐らく感情面で傷つくのを恐れて自分の身を守ろうと蓋をしてしまったせいで、喜怒哀楽の、あいの部分が人よりも異常に鈍くなっているのだろう。

 流してしまえるものは全て流してきた結果が、今に繋がってしまっているのだ」


 セオドアとアルの、私のことを思って出してくれたその言葉に、そんなことは無いよ、と言おうとしたけれど。


 アルとセオドアだけじゃなく、お兄さま、まで……。


 みんながみんな、揃って深刻そうな顔をしているから、私は何も言えずに口を閉じた。


「……ッッ、!

 ……アリス、今まで本当にすまなかった。

 半分だけの血の繋がりではあるが、俺たちはれっきとした兄妹だ。

 これから先も、いつだって俺の事を頼ってくれてもいいんだからな?

 寧ろ、お前はもっと、俺たちにどうして欲しいのかとか、やりたい事があるとか、そういう事を言ったっていい」


 そうして、お兄さまにそう言われて、私は有り難いその言葉に、こくこくと、頷いた。


「あ、あの、ありがとうございます。

 ……そう言って貰えると凄く嬉しいです」


 やりたいこととか、誰かに何かをして欲しいとか、パッと直ぐには思いつかないけれど。


 こうしてお兄さまから気にかけて貰えていること自体、巻き戻し前の軸では考えられなかったことなので、本当に嬉しく思う。


【きっと、セオドアとアルが私を心配して、こうして働きかけてくれたお蔭だよね】


 思いがけずお兄さまから、今までの私のことに関して、こんな風にきちんと謝罪して貰える日がくるなんて思ってもいなくてびっくりしてしまったけど。


「アルもセオドアも、私のことをいつも心配してくれて本当にありがとう」


 ふわっと、2人に笑顔を向ければ。


「むぅ、アリス。

 ……お前が分かってなさそうだから言うが、お前はもっとちゃんと自分の権利を主張していいんだぞ」


「あぁ。

 ……姫さんは怒ることも寂しいってことも、ちゃんと声に出して言っていいんだからな?」


 と、2人から言われてしまって。


 ついでとばかりにお兄さまから、じっと見つめられて。


「あの、本当にありがとう……。

 でも、今の私は充分なほど、いっぱい、貰ってるから、その……」


 それだけで、私は凄く幸せだと思うんだけど。


 どう言えば3人に伝わるだろうか、と思いながら、戸惑いつつ、しどろもどろに声を出す私に。


「全然、充分じゃねぇよ。……寧ろまだ足りないくらいだ」


「うむ。お前はもっと貪欲になってもいいのだぞっ」


 と、セオドアとアルから言葉が返ってきて。


「あぁ、何をして欲しい? どんなことでも俺が叶えてやる」


 更にお兄さまからそう言われて、私はとうとう困り果ててしまった。


「……あの、では、今後何かして欲しいことが出来たら、その時にお願いしてもいいですか?」


 そうして、考えた末、最終的にドキドキしながら出したその言葉に、お兄さまは嫌がることもなく、『ああ』と、力強く頷いて私に約束してくれた。


 今まで、誰かとそんな約束をしたこともなければ、そういうことが、叶えられることもなかったから。


【どんなことでも俺が叶えてやる】


 という言葉に、本心からお兄さまがそう言ってくれっているのが分かって、そのことに、また胸がきゅうっとするような、嬉しい気持ちが湧いてきた。


 そこまで考えて、不意に思った。


 ずっと誰とも、を持つことが出来ないと思っていたけれど。


 もしも、叶えて貰えるのなら……。


「あ、あのっ……お兄さま、ごめんなさい。

 今、わたし、何かして欲しいことが出来た時にって言っちゃったんですけど……。

 あの、そのっ、嫌じゃなければっ。

 わたし、お兄さまのこと、だって、思っても、いいです、か?」


 ……それは、私が、ずっと、欲しかったものだった。


 だけど、ずっと、誰にもそうは思われていないのだと分かっていて。


 ――


 血の繋がりはあるけれど、誰からもきっと。


 必要など、されてはこなかったから……。


 私のその言葉に、お兄さまは私を見て、驚いた表情のまま固まってしまった。


【あぁ……。

 やっぱり、急にこんなことをお願いするのは欲張りだったかな……?】


 お兄さまが何でも叶えてやるって言ってくれたから、もしかしたら叶えてくれるかもしれないと、こうして伝えてしまったけれど。


 感情面での話は、自分たちにはどうすることも出来ない部分だし、私の発言は迷惑なものでしか無かったのかもしれない。


 内心で、急な不安感に襲われながら。


「っ、ご、ごめんなさい、やっぱり、違うお願い、を……」


 と、私が言いかけた瞬間だった。


「……っ!」


 気付けば、ぎゅっと手を引かれて、お兄さまに抱きしめられていて。


「あ、あのっ……お兄さまっ……?」


「却下、だ。……お前の願いはもう、叶ってる。

 お前が不安なら、これから幾らでも言ってやる。……

 ずっと、家族だったんだ。……だから、」


 ――


 と、耳元でそう言われて、私は驚きに目を見開いた。


「あ……、ありがとう、ございま……」


「ありがとうも、禁止だ。

 これは、特別なことでも何でもない。……ごく普通のっ、お前が受け取るべき“当たり前”なんだからな」


「はい……」


 お兄さまのその言葉にその腕の中でこくこくと頷いた私は、“家族”というその単語を、小さく心の中で噛みしめて、嬉しいなって、ただ思った。


 初めて、誰からも嫌われることなく。


 ちゃんと家族として、認めて貰えたみたい、で、お兄さまに当たり前だって言って貰えて、こうして兄妹として見て貰えて。


 それだけで、救われたような気持ちになって、ふにゃりと笑みを溢したら。


「……オイ。

 アンタ、姫さんのこと、ぎゅっと抱きしめすぎだろ?

 いつまでそうしているつもりだ?」


「うむ、家族の仲が深まるのは良いことだが、僕達もいるのだぞ?」


 と、セオドアとアルから言葉が降ってきて。


【そうだよね、2人もいるのに、いつまでもお兄さまにこんな感じで抱きしめられていたら恥ずかしい】


 という気持ちでいっぱいいっぱいになりながら、私は、慌ててお兄さまから離れた……。


「あの、ごめんね、2人とも。……お兄さまから家族って言って貰えたのが嬉しくて、そのっ」


「いや、“家族”だもんな。

 家族の抱擁に姫さんが嬉しいって思ったその気持ちは、大事にしていいと俺は思う」


 家族の部分を強調して伝えてくるセオドアに私が違和感を感じて不思議に思っていると。


「うむ、家族だからなっ!」


 と、アルがセオドアの言葉を受け取って純粋な瞳を向けてくる。


 そんな2人に対して、お兄さまが一瞬怒るような表情で鋭い視線を2人に向けたのが見えた。


【……??】


「俺とアリスの邪魔なんだが。

 ……お前達、どこまで水を差すつもりだ?」


「うん、?

 家族の仲を深め合ってたんだろう? お兄様?」


「前にも言ったと思うが、お前にお兄様なんて言われる筋合いはないんだよ、犬っころ」


「ハッ、俺が邪魔しなけりゃ、いつまで姫さんのことを抱きしめていたことか」


「別に、問題はないだろう。……家族なんだからな」


 セオドアとお兄さまの遣り取りが今一よく分からなくて首を傾げた私に、アルが、此方に笑顔を向けてくれながら。


「僕はまだ、お前の家族に対しては思うところもあるが。

 こうして、お前の味方が増えるのは良いことだと思うぞ」


 と、声をかけてくれて。


 私は、アルのその言葉に、こくりと頷いたあとで、ふわり、と笑みを溢した。




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