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第152話 旅路

 それから、古の森に行く日は直ぐにやってきた。


 エリスに留守をお願いして、前回の様に少人数で馬車に乗り込んで、ガタゴトと揺れる馬車の中でのんびりと移り変わる風景に視線を向ける。


 ここ数日、皇女として一般教養を勉強をしたり、ルーカスさんとダンスの練習をしたりの合間に、お兄さまが持ってきてくれたデビュタントの訂正のあった書類に目を通していたりで。


 相も変わらず少し忙しい時間を過ごしていた私は、馬車の中くらいでは、ゆっくりしようと決めていた。


【療養のためだと周囲に説明するのは、なんだか嘘をついているみたいで申し訳なかったな……】


 アルのことも、私の能力のことも事情を説明出来ないから、あらかじめ、家庭教師の先生にも、ルーカスさんにも、お兄さまにも、エリスにも、みんなに、私が療養のため古の森に行くということは伝えておいた。


 お蔭で、療養のために行くということは身体は大丈夫なのかと、無駄に心配をかけさせてしまった。


 特にお兄さまにはもの凄く心配をかけさせてしまったと思う。


【そこまで頻繁にではないけれど、たまに、体調が悪い日があるから。

 お父様が心配して古の森の自然豊かな所で、度々、療養のために行くことの許可を出してくれたんです】


 と、伝えれば、ルーカスさんは私が前に体調不良になって教会でばったり会ったときの事を思い出してくれたみたいで。


【お姫様、体調を崩したって前にもあったけど大丈夫なの?】


 と、心配してくれて。


 お兄さまはルーカスさんの言葉を聞いて。


【俺はそんな出来事があったこと自体知らないが、何があったんだ?】


 と、更にその心配に拍車をかけてしまったみたいで、ルーカスさんと教会で会ったあの時は、ちょっとバタバタと慣れない行事が立て続けに起こってたから。


【多分、その疲れが出てしまって過労で倒れてしまったのだろう】


 と、本当のことを伝えれば。


 眉を顰めながら此方を見るお兄さまと、心配そうな表情を浮かべたままのルーカスさんに、何とか納得して貰えるようにと説明するのに、かなり苦労してしまった。


 最終的にはみんな、私の説明に納得はしてくれたんだけど。


 何て言うか、ちょっとだけ騙してしまっているみたいで心苦しい。


 ゆったりとした速度で切り替わっていく風景をぼんやりと眺めながら。


 古の森に行く前の出来事を思い出していると……。


 ごそごそと、袋を開けるような音が聞こえてきて、私は車内に視線を戻した。


 私の視線とこっちを見てくるアルの視線とがぱっちりとかち合って。


「うむ、アリス……、お前も腹が減っただろう?

 折角、ローラが買ってきた串付き肉があるのだから、まだ温かい内にみんなで食べるぞ」


 と、声をかけてくれる。


「オイ、お前は別にそれを食べても腹は膨れないだろう?」


「まぁ、そういうな、セオドア。

 お前、情緒がないぞ。……こういう旅の時は全員で同じ釜の飯を食べるのが醍醐味であろう?」


「串付き肉だけどな、それ」


「沢山買ってきているので、皆さんお好きに食べて下さいね。

 アリス様も良かったら召し上がって下さい」


 アルがごそごそと袋の中に手を入れて、人数分、次々に渡してくれるのを、丁度私の隣に座っていたローラが、私とアルの距離だと貰いにくいのが分かって、私の代わりにアルから受け取って、手渡してくれた。


 この串付きのお肉は、以前アルが私達と城下に出かけた時に美味しいと言っていたものだ。


 それを私達から話だけ聞いていて、覚えてくれていたローラが、古の森に行く途中、城下で馬車を止めて、車内で食べるのにと沢山購入してきてくれていた。


 前は、アルだけが食べていたけれど、私もアルと一緒にその時に食べれば良かったな、と後になって思っていたから。


 今、こうして食べることが出来るのは凄く嬉しい。


 普段はマナー的にあまり良くないと分かっているからしたことないけど。


 アルとセオドアがしているみたいに、串つきのお肉にはむっとかぶりつけば、弾力のあるお肉に、甘辛いタレがかかっていて、凄く美味しく感じた。


「わ、っ……凄い、初めて食べたけど凄く美味しいね」


 ほわっと、思わず笑顔になって、タレが下に落ちてしまわないよう気をつけながらもぐもぐと一生懸命にそれを噛みきって頬張れば。


 ローラのみならず、何故かみんなの視線が私に集中しているのを感じて私は顔をあげた。


「……? うん?

 みんな、どうかした?

 何か私の顔についてたりする、?」


 あ、も、もしかして、お肉のタレでも口の周りに付いてしまっているだろうかと、慌てて口周りを指で撫でて確認する私に。


「いえ、アリス様が美味しそうに食事をしてくれているので、凄く嬉しくって」


 と、ローラが声をかけてくれる。


「うむ、お前が森に住んでいる兎のような食べ方をしているなぁ、と微笑ましく思っていたところだ」


「姫さん、口も小さいし。……なんていうか、全ての動きが小動物みたいなんだよな。

 見ていて、本当に飽きない」


 そうして、アルとセオドアの二人からそう言われて。


「あんまり見られていると、流石にちょっと食べづらいよ」


 と、抗議する私に。


 アルもセオドアも聞き入れてくれそうにない、優しい笑みを此方に浮かべてくるだけで……、私は、うぅ、っと内心で気まずい思いをしながらも、早々に二人からの視線をどうにかすることは諦めた。


「あ、そう言えばアル……。

 黒の本も、今日、持ってきてくれているんだよね?」


 その代わり、私に注目されているのなら、話をさっと切り替えてしまえばいいだろう、と思いつつ。


 今日の為にアルが黒の本を持ってきてくれていることを思い出して、話を振れば。


「うむ、古の森の泉に僕が使っていた古い魔力が込められた解析のための道具があるのでな。

 それを使ってより詳しく調べてみようと思う」


 と、アルからは何でもないようにあっけらかんと言葉が返ってきた。


「解析のための道具……?」


 また、何か聞いちゃいけないような単語が出てきてしまったことに内心で驚きながらも声を出す私に。


「あぁ、昔、が僕のために作ってくれた古い魔道具なんだがな。

 魔力だけを映し出し、より正確にその痕跡をこの目で見ることが出来るための道具なんだ」


 はっきりと私達に向かってそう言ってくるアルのその言葉を頭の中で噛み砕こうとして、一瞬、時が止まったかのように私は固まってしまった。


「えっ、ドワーフって、空想上の、絵本とか物語に出てくる木こりみたいな人、だよねっ? 本当に、この世の中に存在する、のっ?」


 この世に妖精がいるのは、アルの存在や、実際にこの目で見たから知っていたけれど。


 ドワーフもこの世に存在して生活しているなんて、そんなの聞いたこともないのに。


【あ、でもよくよく考えたら、ドワーフも妖精の一種、なんだっけ?】


 その発言に、驚く私とセオドアとローラを見ながら……。


「お前達、何を言っているのだ?

 ドワーフが魔道具や、魔法関連の武器を作っているのは常識であろう?

 セオドア、お前のその魔法剣だって、元々はドワーフが作ったものだぞ」


 と、逆にアルからは当たり前のようにそう言われて、首を傾げられてしまった。


「オイ、ちょっとまった。……そんなの、初耳だぞっ!?」


「ううむ、お前達、武器屋で特に詳しく鍛冶屋について突っ込んで聞いていなかったし。

 一々、僕が言わなくても知っていると思っていたのだがな。

 まぁ、奴らも僕達と一緒で住処を奪われてしまって……。

 いつからか、人間に協力することさえ止めて森の奥深くに引っ込んでいた時期があったから、今では本当に僕達と同様、その数はかなり減っているだろうが」


 アルのその言葉に……。


 じゃぁ、あの武器屋のおじさんの奥さんの父親ってドワーフだったんだろうか。


 とか、今になってそんなことが頭の中を過って、その情報だけでお腹いっぱいになってくる私を置いてけぼりにして。


「あの、私もそのお話、聞いてもいいお話だったのでしょうか?」


 と、ローラが緊張したような表情で此方に声をかけてくれるのが見えた。


 ローラと同じように、私もこの話を私が聞いても良かったのかな、って思っているから。


 ローラの、秘密がいっぱい増えてしまって、その秘密をきちんと誰にも言わずに保持し続けないといけないというプレッシャーみたいなものは、私にも凄く分かる気がする。


「それで、お前の使っている魔道具が、魔力の痕跡を追うのに適していると?」


「ああ、僕の魔道具は片眼鏡モノクルだ。

 昔、親しいドワーフの友人に、他のものは一切見えなくていいが、この世に存在する魔力だけを追えるような眼鏡を作って欲しいと頼んでな。……僕の魔力を込めて共同開発しただけにその性能はピカイチだぞ」


「じゃぁ、アルのその眼鏡があれば。

 この本の途中で掻き消えてしまう魔力の痕跡もより詳しく分かるかもしれない、の?」


「うむ、恐らくな」


 私の質問に、アルが任せておけと言わんばかりに此方に向かって笑顔を向けてくれたので。


 私は新たにアルから教えて貰ったその情報をそっと頭の片隅に押しやって……。


 そういったことは、全てアルにお任せすることにした。




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