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第160話 本の解析、精霊達との会話

 皇宮から出て、どれくらい経ったろう。


 前回とは違い、特に何事も起きること無く夕方頃には砦に着くことが出来た私達は、馭者の人にまた帰りの時に来て貰うようお願いして、自分たちの荷物を砦に運んだあと……。


 ローラが砦を軽く掃除したり、みんなの晩ご飯を作って待っていてくれると提案してくれたので、砦のことはお任せして、私とセオドアとアルは精霊さん達の様子を見に三人で古の森の泉に行くことにした。


 アルが積極的に案内してくれたお蔭で迷うこともなく。


 徒歩で歩いて最短の距離をそんなに時間もかからずに目的の場所までスムーズに辿り着く事が出来た。


 馬車では通れる道に限りがあるけど、徒歩だとその心配をする必要もなく。


【実は結構、砦から近かったんだな】


 と、内心でびっくりしながらも。


 着いて早々、『アルフレッド様っ!』と久しぶりの再会に、嬉しそうな声を上げながら、アルの周囲に精霊さん達が沢山集まってきて。


「お前達、僕がいなくても元気にしているようだな」


 と、安堵しながら、アルが声を出しているのを聞きつつ、ぼんやりとその遣り取りを眺めていれば。


【あ、オネェさん、いらっしゃいっ!】


【わーい、久しぶりのごちそうだぁ!】


 と、私の周囲にもいっぱい精霊さん達がやってきた。


『ごはん、ごはん』と、はしゃいだ様な声を上げながら、私の周囲を楽しげに飛んでいる精霊さん達を見て、ちょっとだけ複雑な気持ちになりながらも。


 普段からアルで免疫というか、ある程度の耐性はついているし。


 彼らにとって私がたまにしか食べることが出来ないご馳走になるのだというのなら、無下にも出来ない。


【あまり、歩いたりしない方がいいかな……】


 立ち止まっていた方が食事がしやすいだろうか、と内心で思いながら、その場に佇んでいたら。


「うむ、お前達……。

 食事をするなとは言わないが、あまり群がるとアリスが困るから、順番にだぞ」


 と、アルが精霊さん達に声をかけてくれた。


 そのタイミングで。


 わっと私の周囲に集まっていた精霊さん達が行儀良く一列に並んでくれたのを見ながら、かなり前に城下で購入していて、結局渡せずじまいだった毛糸を精霊さん達にお土産としてそっと手渡してみる。


【わわっ! 紐がぐるぐるっ!】


【すごーい!

 人間界はこんなにもカラフルな紐があるんだねぇ】


【あ、ずるいよっ、僕もそれ、欲しいんだけどっ!】


「あ、待って、大丈夫だよっ。取り合いしなくてもまだまだ、いっぱい持ってきてるからっ」


 このまま放っておくと取り合いになってしまいそうで。


 私は慌てて追加の毛糸を手に持って、精霊さん達に次々と手渡していく。


 全てが配り終わる頃には、食事を楽しむ組と、毛糸で遊ぶ組の二つのグループに綺麗に分かれていた。


「……それで?

 アルフレッド、目当ての物は見つかりそうか?」


「むうっ。ちょっと待っててくれ。

 ……どこに仕舞っておいたのか、今必死で思い出している所だ」


「……お前、ちゃんと管理してなかったのかよ?」


「仕方がないであろう?

 何せ、他の魔力を追おうとしても、基本的にこの泉周辺には僕と精霊の子供たちしかいなかった訳だし。

 精霊の魔力に関しては魔道具を使う必要などそもそもないからな。

 僕は、子供たちとならばどんな時でも、例えどんなに離れていようとも繋がることが出来るんだから」


 アルのその一言に。


 確かに言われてみれば、アルはいつだって、精霊さん達とコンタクトが取れていたし。


 普通に、連絡とかも出来ていたなぁ、と思い至る。


「うん……?

 でも、精霊さん達とアルが繋がることが出来るなら、どうしてその眼鏡を作ったの?」


 それならどうして、アルは、わざわざドワーフさんに頼んでまで、この魔道具を作ってもらったのだろう。


 私がどこまでも不思議に思いながら、問いかければ。


「うむ、僕が片眼鏡モノクルを作ったのは、まだ赤を持つ者が僕達と親しくしていた頃の話だからな。

 僕は、子供たちとお前達の言う能力者との橋渡しのようなこともしていたのだ」


 と、アルから返事が返ってきた。


「……あぁ、能力者と精霊の契約のことか」


「そうだ。

 ……まだ森の外に精霊が自由に出ることが出来ていた頃の話だ。

 能力者が大体どこにいるのかその位置さえ掴めれば、子供たちもその場所に迷うことなく契約しに行くことが出来るだろう?」


 そうして、私とセオドアの問いかけに、アルは何でもないように答えてくれたけど。


 もしかして、その魔道具さえあれば……、今、この世の中にいる魔女、能力者も簡単に探し出すことが出来るんだろうか。


 と、私は頭の中で、その可能性に気付き。


 この間の夕食の時に、色々な国が魔女のことを利用するために囲っているのだというお父様との話を思い出して、これが表に出てしまったら本当に大変なことになってしまうと、ひやっとした気持ちに襲われる。


 魔女のことが詳細に書かれた黒の本と、アルの片眼鏡モノクルが合わされば更に危険なコンボになってしまうだろう。


「アル、その眼鏡は誰にでも簡単に扱えるようなものなの?」


「いや、僕以外には基本的には使えぬように出来ている。

 僕の莫大な魔力に耐えられるような人間などいないからな。

 ただの人間がこれをつければ、たちまち目眩やふらっとした強い魔力酔いの症状が起きるだろう」


「魔力酔いってなんだ?」


「耐性のない人間が強い魔力に当てられた時に起きる症状のことだ。

 とてもじゃないが、酷い頭痛や目眩でまともに立っていることすら出来ぬだろうし。

 仮にそういった症状に耐えながら、片眼鏡をつけて目の前を見たとしても、人間には特殊な波形が見えるだけで、僕のようにあの魔道具の構造を正確に理解していない以上は、意味も分からぬだろう」


 分かりやすいアルの説明を聞きながら、一先ずホッと安堵する。


 アルにしか使えないのなら、その眼鏡が例え紛失したとしても誰かに悪用されたりするようなことはないだろう。


 特に人間の私利私欲や、政治的な物などに利用されて、大変なことになってしまう可能性は、殆どないと思ってもいいんだろうなと内心で思いながら……。


 ごそごそと、岩の隙間に手を入れたり、泉の周辺のあたりをぐるぐると回って魔道具を探していたアルに、『手伝おうか?』と、私が声をかけようとした瞬間。


「うむ、やっと見つけたぞっ!

 こんなところにあったのかっ!」


 と、アルが大きな声を出してその眼鏡を上にかかげたのが見えた。


 誰かが踏んでしまったら確実に壊れるだろう泉の周辺に、ぽいっとぞんざいな扱いをされてなおざりに置かれていた、恐らく人間が見つけたらかなり貴重な代物を見て、セオドアがアルに対して白い目を向けるのが見える。


「お前っ、流石におおざっぱすぎるだろ。

 そんな貴重な物、もしもそんな所に置いて壊れてたり、泉の中にでも沈んでいたらどうするつもりだったんだ」


「むぅっ、細かいことは言いっこなしだ。

 こうして無事に見つかったのだから別に構わぬではないか」


 セオドアの一言に、唇を少しだけ尖らせながら、アルが眼鏡を自分の片目にはめて。


「うむ、久しぶりに装着したが、問題なく使えているな。……これで、黒の本の解析が捗ることだろう」


 と楽しげに声を溢すのが聞こえてくる。


 まだ、日没までには少し時間があるし。


 森の中を熟知しているアルに着いていけば、例え夜になっても迷うことなく砦に帰ることは出来るだろう。


 少し帰るのは遅くなってしまうかもしれないけれど、アルも黒の本については凄く気になっていたみたいで。


 早く解析したいとうずうずした様子で、泉にも黒の本を持ってきてくれていたから……。


 ここで早速、解析してくれるつもりなんだと思う。


 本を手にもったまま、その場に膝をつけてしゃがみこんだアルを見て、私とセオドアは二人で顔を見合わせたあと、アルを囲むようにして泉の周辺にある岩に腰を降ろし、片眼鏡モノクルをつけたアルが黒の本を解析してくれるのをそっと見守ることにした。


 それから、眼鏡をつけたアルが本に手をかざすと、ブゥンという鈍い音がして、絵本とかでしか見たことがないような魔方陣が本の少し上、空中に浮かぶのが見えた。


 それがこの魔道具である眼鏡の効果なのか。


 それともアルが眼鏡を介して自分の魔法を使ってくれているのか。


 私に判断することは出来なかったけれど。


 魔方陣はそこから水色の四角形の画面のようなものに切り替わり、その中にバーッと白色の何かの文字の羅列みたいなものが一気に流れていく。


 私にはとてもじゃないけど読めない文字だから、もしかしたら、これはアルとか、精霊さん達が使っていた言語なのかもしれない。


 目で追うのもやっとなくらい、目まぐるしく下から上に流れて行くその白色の文字を分からないなりに一生懸命眺めていたら。


【オネェさん、大丈夫?】


【人間は、こういうの慣れてないから目が回るでしょ?】


【僕達もアルフレッド様が何をしてるのか、細かいとこまではよく分かってないしね】


【アルフレッド様は集中したら、外の音、全く気にもしなくなっちゃうんだよ】


【うん、うん、適度に見てるのがいいと思うよ~】


 と、教えてくれる。


 私はその有り難い言葉にこくりと頷いて、白色の文字を追っていたその視線をアルに戻した。


 ――本当に、凄い集中力……っ。


 私が目で追うのもやっとな画面の中の文字の羅列を逃すこともなく。


 アルが木の棒を持って、ガリガリと地面に何かを書き記していく。


 多分だけど、計算式のようなものに見えるから、憶測でしかないけれど、魔法の原理というか、魔方陣とか。


 そういったものを数学的な観点で計算しているのだろうか。


 何かを証明するための数式であることは多分間違いないんだろうけど。


【……難しすぎて、私には本当によく分からない】


 不意に、セオドアとぱちりと視線があって、私は困り顔をセオドアに向けた。


 それに対してセオドアも私に、ふわっと笑顔を向けてくれる。


 多分、お互いに思っていることは同じだったっと思う。


 足し算とか引き算とか、そういう簡単なものは私にも辛うじて理解できるけど。


 今、アルが何をしてくれているのかさえ、全く分からない。


 この計算式のような物が、どうやったら、魔力の痕跡を追うような物になり、どうやったら、誰がこの本を作ったのかを特定するに至るのだろう。


 内心で私がそんなことを思っている間にも、アルが地面に書いている計算式のような物は、どんどん長くなっていく。


 それを見ながら……。


【多分退屈だと思うから、アルフレッド様の解析が終わるまでは気長にお茶でも飲んで待ってればいいと思うよ】


 と、石を荒く削っただけの精霊さんたちからすると精一杯の湯飲なのだろう。


 泉の水をその中に汲んでくれて、私達に手渡しながら、声をかけてくれた精霊さんがいた。


 精霊さんにも男の子と女の子がいるのだと思う。


 小さい姿だけど、ワンピースのような物を着ている子と、上下分かれてズボンのようなものを穿いている子と存在しているのが私にも分かる。


 顔の特徴も全員中性的ではあるものの、よくよく見れば男の子と女の子っぽい感じで判別も出来る。


 髪の毛の長さも精霊さんによってまちまちだ。


 その精霊さんは私があげたピンク色の毛糸を気に入ったのか、丁度良いサイズで切って、早速その髪を結うのに使ってくれていたみたいで。


【オネェさん、ありがとう、すっごく可愛いっ】


 と、私に向かってくるくると回って見せてくれた。


 彼女のその反応に『気に入ってくれて良かった』と、声を出せば、私の周囲にわらわらと精霊さんたちが再び集まってきて。


 洋服にしたり、玩具にしたり、思い思いの使い方をわざわざ披露してくれる。


 ――そこで、気付いた。


 精霊さん達のことは見ていて、違いもあると思っていたけれど。


 私があげた毛糸で洋服を作った子を除けば、彼らの服の色に、一種の規則性があるということに。


 というか、よくよく見れば、基本的に……。


【赤、青、緑、黄】


 の4種類の色の服しか存在してなくて、そのことを不思議に思いながら。


「妖精さんたちは、着ている服の色に何かこだわりがあったりするの?」


 と、問いかける。


 私のその言葉を聞いて、驚いたように表情を見合わせたあと。


【そうだね、オネェさんは、四元素よんげんそって知ってる?】


【僕らは火を司るから、赤なんだよ】


【私たちは風だから、緑~】


【僕たち青色組は、水だよ】


【黄色の私たちは、地を司ってるのっ】


 と、矢継ぎ早に彼らから返事が返ってきた。


 あまり聞き慣れることのない“四元素”という言葉に私が首を傾げていると。


「四元素ってのは?」


 と、セオドアが私の代わりに精霊さんたちに聞いてくれた。


【四元素っていうのはねぇ、“四大しだい”とも呼ばれて、地、水、風、火の四つの元素のことを表すものなんだ】


【世の中のありとあらゆる物は、この四元素を元に成り立ってるんだよ】


【僕達の魔法も、この四元素を元に組み合わせて様々な魔法に変換しているんだ】


 そうして、精霊さんたちから返ってきたその答えに私がピンとこずに、戸惑っていると。


【難しく考えなくてだいじょうぶっ!】


【アルフレッド様は全てを扱うことが出来るけど。

 僕たちは、それぞれに得意な魔法の種類があるって思ってもらったら、それでオッケーだよ】


 と、楽しげに笑いながら言われてしまった。


 彼らの言っていることをまとめると。


 基礎となる部分に、水、火、地、風の四つの魔法があって。


 精霊さん達によってそれぞれに得意な分野が違うということなのだろう。


 そうして、その基礎となる四つの魔法。


 ……それらを、複数組み合わせたりすることで、様々な魔法に変換することが出来る、ということだろうか。


 難しいけど、何となく私にも彼らの言っていることが理解出来た。


 そして……。


 自分の得意分野の元素を色濃く持っている精霊さんが、それぞれに服の色という見た目に分かる部分でそれらを区別しているのだ、ということも。


【まぁ、今でこそこんな感じだけど、昔は能力者との波長合わせのために色を分けてたんだよ~】


「……能力者との、波長合わせ?」


【うん、オネェさんの力が大きくて、アルフレッド様しか契約出来なかったように。

 僕らも基本的には能力者との波長が合わないと、契約出来ないんだ】


【四大元素は、それに大きく関わってくるんだよ】


【そうなの。

 ……だから昔は、アルフレッド様が今つけている片眼鏡モノクルでどんな能力者がいるのか調べてくれて、その能力者と波長が合う精霊を能力者の元に送ってあげるっていうことをしていたんだよ】


 そうして、はっきりとそう言って、私達のことを見る精霊さんたちに、私は驚きながら、セオドアと顔を見合わせた。




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