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第163話 アルの半身2

「未来予知の魔女……?」


 私の問いかけにアルが一度こくりと頷いたあとで。

「あぁ、恐らくアルヴィンは未来予知の魔女の能力で僕がアリスの傍にいる未来を見たに違いない」


 と、そう声に出して教えてくれた。


 私がそれに対して疑問を持つのと同時に、アルに対して質問してくれたのはセオドアで。


「うん?

 いきなり、話が飛躍しすぎてねぇか?

 未来予知の魔女の能力でお前が姫さんの傍にいる未来を見たからって、それがどうして姫さんにこの本を送ることに繋がるんだよ?」


「うむ。

 ……さっき、話の流れで僕が“精霊”であるならば、その全てと自由に連絡が取り合うことが出来るのはお前達に伝えただろう?」


 セオドアの問いかけにアルは真面目な表情を浮かべたまま、言葉を続ける。


 確かにこの黒の本を解析するその前にアルが私達に対して片眼鏡モノクルをどうして作ったのかを聞いたとき、精霊さん達とアルは常にコンタクトが取れるという話はしたばかりだ。


 でも、今、それがどういう風に関係があるのかが直ぐにピンとこず、首を傾げた私に向かって。


「僕が全ての精霊と連絡が取れるということは、当然、アルヴィンとも、例えどんなに離れていようとも、本来は連絡を取ることも繋がることも出来るということだ」


 と、アルからその疑問に対する答えが返ってきた。


「……あっ!」


【……言われて見れば、確かにそうだ】


 アルが精霊さん達と連絡が取れるということは、当然アルヴィンさんとも連絡が取れたって何ら可笑しな話じゃない。


「だが、アルヴィンとは、ある日を境に繋がりが切れて、全く音沙汰もなく連絡も取れない状況になってしまっていてな。

 故に、僕は以上の結果から、アルヴィンはと考えている」

 はっきりと、アルからそう言われて、私は驚きに目を見開いた。

 アルヴィンさんが、この世にもう存在していないということは……


【それって、つまり……アルの力も、アル自身も有限だという、こと……?】


「ちょっと待ったっ! 話が複雑すぎてついていけねぇんだが、お前にも肉体が滅びるとか、“死”みたいなものがあるってことなのかよっ!?」


 頭の中がこんがらがりそうになりながらも、アルの言葉を必死で噛み砕こうとしていたら、セオドアが先にアルに対して質問してくれた。


「あぁ、僕の力は無限では無い。

 当然、僕の魔力が枯渇することも、この肉体が滅んでしまうこともあり得る話だ。

 僕は、この世にあまねく一般的な生物よりは長生きすることは出来るが、人間のせいで自然豊かな場所も大分減ってきてしまったしな。

 当然、僕らにとって糧となる物が無くなっていけば、その身体はやがて消滅することもあるだろう」


「……っ、!」


 当たり前のようにそう言われたアルからの言葉に酷く驚いてしまう。


 アルは精霊王だから、私達人間とは違って、肉体的な死みたいなものからは、かけ離れているのだと漠然とそう思っていたけれど。


 今のアルの話からしたら、やがては消滅してしまうこともある、ということなのだろうか。


「勿論、今直ぐに滅んでしまう訳ではない。

 ……自然環境が直ぐに失われる訳でもないし、何10年、何100年単位での話で、徐々にではあるだろうがな」


 私がアルの話を聞いて、暗い顔をしてしまったことに気付いてくれて、アルからは訂正するようにそう答えが返ってきた。


 そのことに、急を要するようなことではないことに安堵しながらも、さっき精霊さん達が交わしていた会話を私は思い出した。


【そういえば、アルフレッド様、特にアルヴィン様との連絡が途絶えちゃった時は、とてもお辛そうだったなぁ】


 常に繋がりを持つことが出来、その存在を確認出来るアルにとって……。


 精霊さん達との連絡が途絶えてしまうときは、その精霊さんが亡くなってしまった時、以外ないのだろう。


「お前の言う魔力の枯渇や、肉体が滅ぶみたいなものはまぁ、確かに俺にも納得が出来る部分はある。

 だが、あくまでもお前たちは人とは違い、長生き出来る種族だろう?

 現にお前は今、ここにこうして生きている。

 普通に生きていたならば、そうはならない筈だ。……お前の半身はどうして、そんな状況になってしまったんだよ?」


「うむ、お前の言うことは、一理ある。

 だが、それはあくまで僕みたいにずっと、森の中で自然環境に囲まれて暮らしていた場合の話だ。

 アルヴィンの場合、僕とは違い自由を求めて外に出ていったからな。

 そこで、彼奴あいつがどのように暮らしていたのかまでは、定期的に連絡を取り合っていた僕にも分からぬ部分は多いし……。

 あくまでも、推測にしかならぬが、魔力が枯渇したということは、れに足るだけの何かが起こったということに他ならないだろう」


 そうして、セオドアからの問いかけに、アルは、何でもないかのように自分にとっての事実だけを淡々と私達に教えてくれる。


 その表情からも、口調からも、既にアルヴィンさんへの悲哀みたいなものはどこにも感じられない。


 きっと、ずっと長いこと暮らしてきた中で、既に感情の大半に折り合いをつけているのだろう。


「成る程な、話は分かった。……けど、お前の言う半身が既にこの世に存在していないとして、どうして姫さんに本を託すことに繋がるんだ?」


「うむ、それは恐らく未来予知の魔女の力を借りて、アリスや僕に最後のメッセージみたいなものを伝えたかったのではないかと思う。

 僕はなったことがないから分からぬが、アルヴィンの魔力が枯渇してきて、僕に連絡を取ることも出来ぬ程、衰弱していたのなら……。

 未来予知の魔女の能力を使い、僕が“未来”でこの国の皇女であるアリスの傍にいることを正確に読み取ってこの本を残すことで、僕やアリスに何かを託したかったのだろう」


 そうして、アルからそう言われて、私はようやくアルヴィンさんがこの本をシュタインベルクの王宮の図書館に置いていたことの意味が理解出来た。


 確かに、アルの言っていることは筋が通っていて、明解だ。


 アルヴィンさんの最後の意思みたいな物がこの本に宿っているのだとしたら、未来を予知した魔女の力を借りて、私とアルが一緒に行動しているのを読み取って、アルに何かメッセージを伝えたかったのかもしれないというのは、分かる。


「……でも、この本には、明確なメッセージみたいな物は書かれてなかったんだよね?」


 アルの言葉に、私はぽつりと、声を出した。


 ……それなら、どうして肝心のメッセージみたいなものを、残していないのだろう。


 この本に書かれているのは、魔女の能力の一覧がずらっと並んでいるだけで。


 それに対して、私達にどういう意図を持って動いて欲しいのかも……。


 アルに対して、何か重要などうしても伝えたいアルヴィンさんからの言葉なんかも書かれていない。


【アルに対して自分の言葉を伝えられる最後の機会だったかもしれないのに……】


「うむ。

 僕もそれが不思議でならないんだ。

 だが、何にせよこの本が、連絡の途絶えたアルヴィンの最後の手がかりになる物であることは間違いない。

 この本が作られた年代なども調べることが出来れば、アルヴィンがおおよそ何年くらい前にこのシュタインベルクという国に住んでいたのかなども詳しく分かるだろう。

 その辺りの情報も含めて、もう少し調べたいんだが……」


 一度、そこで話を区切って、アルが私の方をちらっと見てきたから、私は同意するように、こくりと頷いた。


「うん、貴重なアルヴィンさんに繋がる手がかりかもしれないし。

 ……それが、そもそもアルの元に届くように作られた本なら、その持ち主は私やシュタインベルクの人間ではなく、アルだと思う。

 お父様には私から事情を説明しておくから、好きなだけ調べてくれていいし、その本をずっと持っててくれていいよ」


「……あぁ、恩に着る。

 僕もアルヴィンに久しぶりに再会出来たような感覚がして。……存外、嬉しい物だな。

 例え、名残であろうとも久しぶりにその魔力の痕跡を肌で感じることが出来たということは」


 アルが表情を綻ばせて嬉しそうにしているとこっちまで嬉しい気持ちになって、私もふわっと笑みを溢した。


 周りで心配そうに私達を見ていた精霊さんも、私達の会話が終わると一目散に本に近寄って。


【アルヴィン様の魔力の名残だって……!】


【この本を作ったのが、アルヴィン様なのっ!?】


【わーっ! いつぶりのお手紙だろうねぇっ!】


【僕にも、見せておくれよっ!】


 と、大はしゃぎで嬉しそうに飛び回っている。


 そのことからも、精霊さん達にとってもアルにとっても、アルヴィンさんはとても大切な人であることは間違いないだろう。


 彼らにとってこの本が、久しぶりの手がかりで嬉しい知らせになったのだとしたら……。


 暫く精霊さん達が落ち着くまではそっとしておいた方が良いかなと思って、私はセオドアと2人で、少し離れた場所に移動して、彼らの楽しそうな様子を遠くから眺めることにした……。




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