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第177話 ジュエリーの授与

「帝国の第一皇子様にご挨拶を。

 ウィリアムお兄さまっ、褒めて下さりありがとうございます」


 ウィリアムお兄さまに淑女の礼を取り、お礼を伝えれば、お兄さまが私のことを褒めてくれたことにより、また周囲がほんの少しざわめいたのを感じた。


 ウィリアムお兄さまとの仲も今はそんなに悪くなくなっているということを。


 宮廷で働いている人間以外にはあまり知られていないことだからその反応も仕方がないことだと思う。


 どちらかというなら、私とお兄さま達の仲は険悪なものだという事が一般的には広まっていた筈だから、こうして周囲が驚くのも無理はない。


 前にルーカスさんとお兄さまと一緒に城下に行ったときにほんの少し周囲にいた貴族の人たちにもウィリアムお兄さまと仲が良いのかもって思って貰えたけど。


 この場にいる貴族の人を思えば、あの時は微々たる人数でしかなかったから。


 彼らの認識を改めて変えるようなことが今、出来ているのだと実感する。


【あ、もしかして、お兄さま……。

 私の為に、敢えてこの場でドレスが似合っていると褒めてくれて。

 私達の仲が険悪なものでは無いことを、証明してくれたのかな……?】


 お兄さまの配慮を有り難く思いながら、顔を上げてお兄さまに視線を向けると。


 無表情ながらも、少しだけ穏やかな雰囲気で私のことを見てくるお兄さまとかちりと視線があった。


【後で、ちゃんとお礼を伝えよう】


 内心でそう思いながら、私はふわりとお兄さまに向かって笑顔を向ける。


 周囲の人からどう見られるかとか、本当に前にテレーゼ様が私に言ってくれた通り。


 私の一挙一動が観察されているのだということが身に沁みて理解出来る。


 私達の雰囲気に何か聞きたそうにしている貴族の人はいるものの。


 表立って皇族である私達に声をかけてくるような人はいない。


 それもそのはずで、そろそろお父様が会場入りする予定になっていた。


【確かお父様は裏手側から会場に入り、ホールの階段上から登場する予定になっている筈】


 ウィリアムお兄さまが私に視線を向けてくれるのを感じて、私達はホールの中央にある大きめの階段の方へと移動する。


 基本的に、私達皇族以外は、階段下の中央を空けるように端に寄り、お父様の登場を決して邪魔しないようになっている。


 私はここまでエスコートしてくれていたセオドアと、アルに一瞬だけ視線を向けた。


 私の目配せを瞬時に察して、セオドアもアルも階段下の端側へと移動してくれるのが見えた。


 それから、テレーゼ様とウィリアムお兄さまとギゼルお兄さまが三人揃って階段下中央へ。


 本日の主役である私は、一人、一歩前に出て、お父様の登場を待つ。


 私達が移動して直ぐ、会場の雰囲気がさっきとはまた打って変わって、ピリッとした引き締まるような物になるのを肌で感じ取ることが出来た。


 ――時間にしてどれくらい経っただろうか。


 私達が移動してそんなに経たない内に……。


 階段上にお父様が現れるのが見えて、私は自分のドレスの裾を摘まみ淑女の礼を取る。


 私からは見えないけど、私の後ろでお兄さま2人もテレーゼ様も目上の人間に対する最上級の礼を取っているだろう。


「帝国の太陽にご挨拶を」


 私が一言、そう言えば。


 後ろでお兄さま2人とテレーゼ様が『帝国の太陽にご挨拶を』と、同じ文言もんごんを復唱する。


「堅苦しい挨拶はそこまででい。……皆の者、顔を上げよ」


 お父様からそう言われて、私は淑女の礼を取ったまま、顔だけをそっとあげる。


「皆、今日は私の娘である皇女の為によく集まってくれた。

 晴れやかなこの日に、皇女のデビュタントを執り行えることを嬉しく思う」


 あまり長くもなく、無駄を嫌うお父様らしい簡単な挨拶が水を打ったように静かなこの場所に響き渡ったあとで。


 ハーロックが、階段上にいるお父様の横にある小さなテーブルの上にそっと、今日の私が賜る予定であるネックレスとイヤリングを、その場にいる全員に見えるような形で斜めにして置くのが見えた。


 ざわりと、一瞬だけ、控えめにどよめきや、ほぅっという感嘆にも近い様な声が湧いたのは。


【デザイナーさんに作って貰ったネックレスとイヤリングが、貴族の人達からすると皇族が賜る物としてはあまりにもシンプルなデザインで前例のないような物だからだろうか……】


 今日、この日を迎えるにあたって。


 当然、ジュエリーデザイナーである彼も私のデビュタントに来てくれている。


 彼のデザインは未来で見てきたこともあって、一目見れば色々な人から受け入れられることに確信があったし……。


 貴族の人達に顔を売る良い機会なので、ハーロックにお願いして私が彼を招待していた。


 ジェルメールのデザイナーさんと一緒に来てくれているから……。


 素朴であまり人と積極的に話すような印象のない彼も、お喋りが得意なジェルメールのデザイナーさんと一緒だと、必然的に色々な貴族の人と顔を合わせて喋ることも出来るだろう。


「アリス、此方へ」


 お父様がネックレスとイヤリングを手にして階段を降り、私を呼び寄せてくれたそのタイミングで、私は取っていた礼を崩すと、自分の身体を真っ直ぐに伸ばし、お父様の方へと歩を進めた。


「社交界へのデビュー、おめでとう」


「ありがとうございます、お父様」


 かけられた言葉にお礼を伝えれば……。


「皇族として、第一の通過儀礼とし、今日この日にデビューを迎えたお前に、我が国の宝石をあしらったジュエリーの授与をする」


 と、お父様から声がかかって、私は簡略的にではあるものの再び礼を取ったあとで。


「国民が働いた証でもある、我が国を象徴する宝石を今日この良き日に賜ること、本当に感謝致します。

 頂いたこのジュエリーを生涯大切に扱うと共に。

 今この場を借りて皇帝陛下の名の下に、皇族として皇女としてこれからも民の手本となるような正しい振る舞いをし続けることを誓います」


 と、お父様に向かって声をあげた。


 お父様の口上から、自分の返答まで。


 きっちりと、決まって正しい物がある訳ではないから。


 この辺り、自分自身で考えて作らなければいけなかったけど、事前に考えていた言葉をすらすらと噛まずに言えたことに内心で安堵する。


 私の言葉に満足したように頷いてくれたあとで、その場で、皇帝陛下であるお父様自ら、イヤリングとネックレスを順番に着けてくれれば。


 ドレスも含めて、お父様から賜ったこのジュエリーを輝かせるために緻密に計算し尽くされて作ったものだから……。


【きっと、流行に敏感な貴族の人にも納得のして貰える様な物になったはず】


 私がお父様からそれを賜ると、会場がワッと一斉に歓声に沸くのが分かった。


 そうして、周囲の人達の心情がどんなものであれ……。


「皇女様、おめでとうございます」


 という声が彼方此方あちこちから飛んでくるのを少し気恥ずかしい気持ちになりながら、私はお父様に改めて淑女の礼を返した。


【お兄さま2人の時のデビューがどんな物だったのか、覚えてないけど。

 2人の時もこんな感じだったのかな……?】


 ギゼルお兄さまの時のデビューでも巻き戻し前の軸のことを考えれば、体感的に9年ほど前のことだから、私自身、今一、その時のことを覚えられていない。


 私が、頭の中でそんなことを考えていたら……。


 ウィリアムお兄さまが後ろから私に向かって……。


「アリス」


 と、声をかけてくれるのが聞こえて来て、振り返る。

 お父様からの挨拶と、ジュエリーの授与が終われば、次はダンスの予定になっているので、こうして声をかけてくれたのだろう。


 正式にお父様からの挨拶が終わったため。


 周囲にいる貴族の人達も最初にお父様が現れた時を思えば、格好を緩めるまでは行かなくても、その雰囲気がどこまでも柔らかいものへと変わっていた。


 そのタイミングでお父様が登場したことにより、一時いっとき止まっていた音楽がまた鳴り始める。


 この音楽は私が踊るワルツに入る前に流れる予定の前奏曲ぜんそうきょくになっていた。


 お兄さまに手を差し出されて、その手を取った私は、お兄さまのエスコートで、そのまま、ホールの中央へと移動する。


 その際、テレーゼ様が驚いたような表情をしているのが見えたけど。


 もしかしたら、テレーゼ様は私がお兄さまとダンスを踊る予定になっていたのを知らなかったのだろうか?


【お父様もそうだけど、お兄さまも、基本的には絶対に必要な物以外のことは、必要以上に伝えていないことがあるから……】


 内心でそう思いながらも、誰かを気にかける余裕などなく。


 緊張してドキドキする気持ちを何とか周囲にいる人達に悟られないように呼吸を落ち着かせる。


 この間、ルーカスさんと最後の練習をした日に、お兄さまとも合わせるために1曲踊ったんだよね。


 ルーカスさんとも凄く踊りやすかったけど、お兄さまとも基本的にお兄さまが合わせてくれて凄く踊りやすかったし……。


【それに自分でも、今日この日の為に一生懸命練習してきたんだから、きっと、大丈夫】


 と、自分に言い聞かせたあとで、顔をあげる。


 そうして、曲は前奏曲プレリュードから、お兄さまと一緒に踊る予定のワルツに丁度切り替わるタイミングに差し掛かり……。


 ダンスのパートナーになってくれている目の前のお兄さまの方へと視線を向けて、その手を再び取ると、私はふわりと笑みを溢した。




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