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第176話 デビュタント当日

 あれから、デビュタントの日は直ぐにやってきた。


 前日に、デザイナーさんからドレスや小物などの一式が届いて。


 私は鏡台の前に座り、朝からローラに念入りに、髪のセットや服装などの準備をして貰っていた。


 皇族のデビューに関しては、10歳という年齢で行うため、基本的には夜では無くお昼からのスタートになる。


 色々とあれこれ準備をして貰っている間に、私は資料とノートに目を通し、最終チェックをしていた。


 ノートにあれこれと書いた貴族の人の情報を、追い込みで頭の中に一生懸命詰め込んでいく。


 そうこうしている間に、正装に着替えたアルとセオドアが私の部屋までやって来てくれた。


「セオドア、アル、おはよう」


「あぁ、おはよう、姫さん」


「うむっ!

 見てくれ、アリス! 昨日届いた服を着てみたぞっ!」


 私が声をかければ、二人も私に対して声を出してくれる。


 アルはよっぽど私達とのお揃いが嬉しかったのか、その場でくるりと回って服装を見せてくれた。


 二人のフォーマルな格好はあまり見慣れないものだから、何て言うか凄く新鮮で。


「アル、凄くよく似合ってるね。……セオドアも」


 と、私はふわっと笑いながら声を出した。


 三人揃って、衣装をお揃いにするというのは、デザイナーさんとも話し合って、何処にそれを取り入れるかで結構難しい問題でもあったから。


 テーマを“リボン”という形に決めて、男性陣は小物などでお揃いを取り入れることにした。


 私のドレスは、お父様から賜る予定のネックレスとイヤリングを目立たせるために、前側は、特に何も目立つことのないシンプルなドレスになっているんだけど。


 その代わり、デザイナーさんと話し合って、最初に登場した時に、一応その日の主役である私が、あまりにもシンプルなドレスというのもどうなのか、という話になったことで、私は、バックリボン、お尻の少し上辺りから大きめのリボンが付いているドレスにすることにした。


 パッと見て、そこまで目立つものではないけど、背面から見るとドレス自体も決して主張を失わないような形になっている。


【それで、私のドレスがリボンの付いたものだから、男性陣も小物でリボンを取り入れようってことになったんだよね】


 アルは、ポケットチーフが遠目から見たら紺のドットに見えるけど実はリボン柄になっていて、かつ、蝶ネクタイを。


 セオドアは、ラペルピン(スーツの襟元に付けるピン)がリボンの形をしたものになっていて。


 私がお父様から賜る予定のイヤリングやネックレスには、パールと共にダイヤが使われる予定になっているから、セオドアのカフスボタンもダイヤがあしらわれた物になっていた。


 本当によくよく見ないと分からないくらい、さりげないお揃いだけど。


 私からすると、みんなとお揃いというだけで嬉しくて思わずふにゃっと笑顔になってしまう。


「姫さんもドレス、よく似合ってる」


 ふわりと、セオドアからそう声がかかって


「あ、ありがとう」


 と、お礼を伝えたあと。


 ローラにして貰っていた髪の毛のセットが終わり、立ち上がった。


 これで、後は靴をパーティー用の物に履き替えれば終わりだ。


 会場は皇宮内にある大きめのパーティーホールを使用するので、本来は別に徒歩でいけない距離ではないのだけど。


 一応、形式的に、私達は外に出たあと馬車に乗って、数分の距離を走ったあと、馬車から降り……。


 レッドカーペットの敷かれた道を歩いて、会場入りすることになっている。


【ちょっとの距離だし、歩いた方が絶対に早いのに】


 って、思うけど。


 主役が会場の階段上かいだんうえから登場するようなパーティーではない場合の、皇族として我が国での正式なマナーがそれなので仕方がない。


 いつもは、そこまで賑やかでもない静かな場所も、今日は、其処彼処そこかしこで使用人達が準備のために慌ただしく動き回っているし、続々と招待客が馬車でやって来ていて、窓を閉めていても聞こえてくるくらい外が賑やかだ。


 自分の部屋から、窓の外をそっと眺め見たあとで……。


【うぅ、本当に自分のデビュタントが開かれるんだな……】


 と、行き交う人達の流れに、今から緊張でドキドキとするような気持ちを抑えながら。


 私はローラが箱から出してくれたこの日の為にあつらえた新品のヒールに履き替えた。


 あれから何度かお父様と食事をする機会もあったり、ハーロックと細かい所の打ち合わせをしたりで、自分なりに一生懸命準備を進めてきてはいたものの。


 巻き戻し前の軸でも経験したことのない、、という初めての行事に頭の中は既にいっぱいいっぱいだった。


「……姫さん、大丈夫か?」


「緊張で、お腹が痛い、かも……っ」


 セオドアに問いかけられて、素直に今の心境を吐露すれば。


「だろうな、顔色、あんま良くねぇもんな」


 と、セオドアから言葉が返ってきて、私は苦笑する。


「無理だけはしないようにな?」


 そうして、心配そうに声をかけて貰って、私はこくこくと、頷き返した。


 そのあと、エリスが色々と気を遣ってくれて、飲み物を持ってきてくれたのを飲ませて貰いつつ。


 息を整えて、無になる努力をしてみても、落ち着かない気持ちは中々取り払えなくて……。


 私は、初めてのパーティーなのに、落ち着き払っている様子のアルを羨ましい視線で見つめながら、残りの時間を控え室になっている自分の部屋で過ごすことにした。


 ************************


 時計の針がカチカチと進み、その時はあっという間にやって来た。


 そろそろ私も会場入りしないとまずいだろう。


 アルとセオドアと一緒に宮内のいつもの廊下を歩いて行く。


 外に出れば、招待客はどうしても時間通りに間に合わず遅れてくる予定の人以外は既に全員会場入りしている為、さっきとは打って変わって驚くほど静かだった。


 外に、私たちが乗る予定の馬車がきちんと止まっていて。


 馭者の人も白の手袋にスーツ姿と、今日に合わせてきちんとフォーマルな格好をしている。


【誰にも見られていないからといって、油断は出来ない】


 ――パーティーはもう既にここから始まっている。


 セオドアが私の手を引いて、馬車の扉の横に立ち、私を先に馬車へと乗せてくれて、私、セオドア、アルが馬車に乗り込めば、数分の道のりをゆっくりと馬車が動いていく。


 こういうパーティーでは、貴族だと主催者側は持てなしの為に先に会場入りするものだけど。


 皇族である私達は例え主催者であろうとも、位の高い人間から遅れて登場することになっている。


 今回の場合は、私のデビュタントなので、私が主役となり。


 最後に会場入りするお父様を除けば、ウィリアムお兄さまとギゼルお兄さま、それからテレーゼ様は私よりも10分ほど先に会場入りしているらしい。


 なので当然、ギリギリまでお父様の仕事の手伝いをすると言っていたウィリアムお兄さまも、一足先にパーティー会場に入っているのだろう。


【お父様と、テレーゼ様は一緒に会場入りするのかと思っていたけど……】


 巻き戻し前の軸のことを考えてみても、お父様が誰かと入場するのは……。


 式典の時とか、どうしても必要な時だけだったような気がする、な。


 巻き戻し前の軸でもきちんと把握出来ていなかったから、私には今一、皇后様が同伴して入るときと入らない時の違いなんていうものは理解出来ていないのだけど。


 馬車が規定の場所で止まるのが見えれば。


 セオドアが先に降りて……。


「姫さん、お手をどうぞ。……足下、気をつけろよ?」


 と、声をかけてくれた。


 普段、あまりそういう事はしないから、気恥ずかしい気持ちになりながらも……。


「ありがとう、セオドア」


 と、声をかけたあとで、その手を取って馬車から降りる。


 そのあと、私の後ろから降りてきたアルが、私の横に立ってくれていた。


「ふむ、会場入りしたらどっちみち関係はなくなるが、今日は快晴で良かったな」


 ……確かに。


 眩しいくらいの太陽と、雲一つない涼しげな水色のコントラストが広がる空に。


「本当に」


 と、私はアルの言葉に同意するよう、小さく声を出した。


 めっきり寒くなって、身体に直接当たる風は寒いくらいだけど。


 雨だったりすると、大変だったから、晴れて本当に良かったと思う。


 私達が地面に敷かれたレッドカーペットの上を歩き、ドアのある所まで、階段を上るのにセオドアに手を差し出されて、その手を握らせてもらったあと。


 ドア付近までやってくれば……。


 扉の前に立っていたドアマンが私の姿を見てお辞儀をしてくれた。


 扉を開ければ、この中にはもう既に招待された貴族の人達がいっぱいいるのだろう。


 私が不安そうな表情をしていたのが分かったのか、隣に立って私の手を握ってくれていたセオドアがぎゅっと強く手を握ってくれて。


 それだけで一人じゃ無いことに心強くて、安心するような気持ちになれた。


「皇女様、この度はおめでとうございます」


 ふわり、とドアマンから、きちんとしたデビュタントに対する祝福の言葉をかけられて。


 私は『ありがとうございます』と言葉を返したあとで、お辞儀する。


 私が、そう声をかけたのが、意外だったのか。


 ドアマンが目を見開き驚いたような表情を浮かべるのが見えた。


「……? あの?」


「い、いえっ!

 これは、失礼しました。……今、ドアを開けますね」


 そうして、何でもないように取り繕ったような声を出したあとで、ドアマンが会場の重厚な扉を開けてくれる。


 本来なら身長が釣り合えば腰に手を当てて貰ったり腕を組んだりするんだろうけど。


 私とセオドアの身長差だとそれは厳しいので普通に手を握ったまま入場することになっていた。


 扉が開けば、ワッと会場の熱気の様な物が感じられて、その事にびっくりしながらも、私は、セオドアのエスコートで、会場に入場する。


 思った以上に注目を集めているのは感じていて、堂々と入ったものの、ドキドキする。


 興味津々だったり、好奇の目だったり、色々な視線に晒されて、凄く居心地が悪いなぁと思いながらも……。


 こうして、セオドアにエスコートして貰っていて、アルが隣にいてくれて、本当に良かったと心の底から思う。


 時々……。


「まぁっ!

 あちらが、マダムジェルメールの新作ドレス……?」


「意外にシンプルですのね? あら、でも背面側にリボンが付いているわ」


「クラシカルな中に強調しすぎないバックリボンを取り入れるだなんて、素敵だわっ。

 あちらはいつ頃、店頭に並ぶようになるのかしら……?」


 や……。


「あの皇女様の隣にいらっしゃる茶髪の少年が、陛下から紹介されたという子供……」


「噂によれば、あの年で豊富な知識を持っているのだとか」


「ノクスの民、皇女様の騎士というのは、あの男なのか……」


「あぁ、確か騎士団での入団の際にとんでもない数値を叩きだしたらしいぞ」


 などという声が彼方此方あちこちから聞こえてくるものの、正式な場ということもあるのか。


 表立って私の悪口も、セオドアの悪口も、言うような人はいなくてホッとした。


 私がそのことに内心で安堵していると、直ぐにテレーゼ様とウィリアムお兄さまと、ギゼルお兄さまが此方に向かってやってくるのが見えた。


 私は、ここまでずっと手を握ってくれていたセオドアの手を離し、一歩前へ出ると、直ぐさまテレーゼ様に対してドレスの裾を摘まみ、淑女の礼を取る。


「帝国の咲き誇る大輪の華にご挨拶を」


 私がテレーゼ様に対してへりくだる様に、淑女の礼を取ったことで、周囲の貴族からは、どよっとざわめきが広がるのが分かった。


「アリス、今日この日は記念すべきそなたのデビュタント。

 ……わたくしにそこまでへりくだるようなことはしなくてもい」


 と、パンっと、目の前で扇を開き、口元を隠しながら、私に対して声をかけてくれたテレーゼ様の言葉に顔を上げる。


 今、この場所にはお父様以外の皇族は全員揃っていた。


 ウィリアムお兄さまとテレーゼ様はいつも通り、普通に思えるけど。


 ――ギゼルお兄さまは一体、どうしたんだろう……?


 どうしてか、明後日の方向に視線を向けながら、私とは目を合わせようとしないお兄さまに私は首を傾げる。


【……??】


 いつもなら、皮肉や、文句や、何かしら嫌味みたいなものを言われても可笑しくないと思っていたから、凄く不思議だ。


 もしかして、こういう場だから、今日は何も言わないでおこうと思ってくれたのだろうか?


【よく分からないけど、何も言われないなら、それに越したことはないの、かな……?】


、寛大な、お言葉、ありがとうございます」


 ふわり、と笑みを溢しながら。


 普段のテレーゼ様という呼び名から、正式な場である今の状況に相応しい呼び名に変えて私はその言葉を口に出した。


 私が正式な場であるこういった場所で、その言葉を口にするだけで、私自身がテレーゼ様が皇后であることをきちんと認めていることになる。


 別に意識してそういう風に言った訳ではなく、ちゃんとした場ではちゃんとした呼び名がいいだろう程度に思っただけなんだけど。


 予想以上に、周囲の貴族から隠しきれなかったどよめきのような物が多くて内心でびっくりした。


 誰も表立っては何も言わないけれど、私がテレーゼ様が皇后であることを認めていることは、彼らにとっては、驚くべきことなのだろう。


【少し前までは、我が儘で癇癪持ちの皇女】


 というのが私に対する大多数の評価で、周りにもそのことは浸透してしまっていたし、それも当然のことと思える。


 必要以上に敵は作りたくないので、その辺り、周囲の貴族の人達にも……。


 私自身、テレーゼ様と敵対する意思なんて欠片もないのだと、ほんの少しでも思って貰えたのなら良かったな、と私は胸を撫で下ろした。


「ふふっ、そなた、今日はより一層、殊勝しゅしょうな心がけだな?」


 テレーゼ様からそう言われて、殊勝、っていう言葉はどういう意味だったっけ、と少しだけ頭の中で思い出すのに時間がかかってしまって、首を傾げたあとで。


 健気で、感心なことだと褒められているのだと気付いた私は。


「あ、ありがとうございます。

 皇后様が前に私に仰ってくれた、皇族としてのきちんとした振る舞いを少しでも出来ているといいのですが」


 と、口に出してお礼を伝える。


「……っ、」


 直ぐに此方に対して言葉が出ずに、テレーゼ様が無言になってしまい。


 一瞬だけ、流れたその沈黙がよく分からなくて、私が首を傾げれば……。


「アリス、デビュタントおめでとう。

 ……ドレス、よく似合っている」


 と、ウィリアムお兄さまが私に対して声をかけてくれたので、私の意識はテレーゼ様から外れ、お兄さまの方へと向いた。




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