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第175話 テングタケモドキ

「あぁ、そうだ、アルフレッド。

 一つ、お前に聞いておきたいことがあったんだが……」


 私とルーカスさんがデビュタント当日のことを話していると。


 お兄さまがアルに向かって声を出すのが聞こえてきた。


「うむ、珍しいな? 僕にか?」


 一度、首を傾げたあとでアルがお兄さまにそう聞けば。


「あぁ。

 確かお前は、薬草や毒の種類などに詳しかっただろう?

 夕食時に食べて、次の日の朝に症状が発症するような遅効性の毒について思い当たるようなものがないか、詳しく知らないかと思ってな」


 真面目な表情を崩すこともなくお兄さまがアルに対して質問を投げかけるのが見える。


「殿下、毒の種類なんか、何で調べているの……?」


「父上から頼まれた案件だ。詳しい内容は秘匿ひとく情報だから、お前に教えることは出来ない」


「そっか、分かった。

 ……それなら俺はこの件は何も聞いてないし、関与していないってことにしておくよ」


「あぁ、そうしてくれ」


 そうして、ルーカスさんと軽い遣り取りをしたあとで、改めてアルの方を見るお兄さまに。


「ふむ、幾つか候補があるが、その情報だけでは、一つに絞るのは難しいぞ。

 もっと症状について詳しく分からない物なのか?」


 既に頭の中で幾つか毒の種類を思い浮かべてはいるのか、アルがより詳しい情報を知りたいとお兄さまの方へと問いかけるのが聞こえて来た。


「毒を摂取してから、時間的にはおよそ10時間から12時間ほどで発症。

 症状は、腹痛や嘔吐、下痢などの症状があって、食中毒の症状にもかなり酷似しているようなものになる。……そして、人を死に至らしめるような物だ」


「ふむ、それだけ聞くと直ぐに思いつくのは、きのこの毒だな。

 テングタケなど猛毒のある物では肝臓や腎臓などの組織が破壊されて、人を死に至らしめるような物になる。

 発症してどれくらいで死亡したのだ?」


「比較的直ぐ、摂取したと思われる症状が発症した人間はその日のうちには殆ど全員死亡している」


「……うむ、ならば、違うな。

 きのこの毒は大抵が遅効性ではあるものの、発症してから数日後に肝臓などが破壊されて苦しむものだから、毒が回って直ぐに死ぬことはない」


「そうか。

 なら、他に思いつくものはあるか?」


 お兄さまとアルの専門的な遣り取りに置いてけぼりになりながらも、二人の話に何とかついていこうと私も努力する。


【お兄さまが調べている件って、もしかして囚人が死んでしまった事件じゃないだろうか?】


 あの件に関しては、お父様がより詳しく調べるために動いてくれるって言ってくれていたし。


 お兄さまもその為に動いてくれているのだとしたら、私にとっても関わりの深いものだろうから、聞いておかなければいけないだろう。


 お兄さまの問いかけに少しだけ思案した様子で考え込んでいたアルが


「うむ、一つ心当たりがある。

 僕達はそれを“”という名前で呼んでいるのだが」


 そう、声に出して説明してくれる。


 アルがわざわざ、その茸のことを“テングタケモドキ”と呼んでいると明確に区別してそう言ったということは。


【アルを含めて、精霊さんたちはそう呼んでいるけど、とは限らないということなんだろうか?】


 毒の種類には私も詳しい訳じゃ無いけれど、初めて聞いたその名前に私が驚いていると、お兄さまも同じ所で違和感を感じたのだろう。


「テングタケモドキ?

 初めて聞く名前だが、僕達というのは?」


 と、アルに更に突っ込んで問いかけていて。


「うむ。

 きのこや植物というのは、地域によっても別の名前を付けられていることもあるし。

 僕が昔から生きてきた地域では、それを“テングタケモドキ”と呼んでいるが、自生している場所が限られる珍しい植物故に、人間……、他の地域に住む者がそう呼んでいるとは限らないのでな」


 その言葉を聞きながら何とか説明しようと、色々と言葉を濁しながらも、そう言ってくれるアルに対して。


 やっぱり、精霊さんがその植物をテングタケモドキって呼んでいて人間がどう呼んでいるのか分からないからこういう説明になったんだな、と納得する。


 アルは正直で、嘘が言えないタイプだから、かなり言葉を選びながらも喋ってくれているのが手に取るように分かったけど、ここで私が口を挟むのは可笑しいし。


 ハラハラと、二人の遣り取りを見ることしか出来ないのがもどかしい。


「成る程な、理解した。……それで、テングタケモドキと呼ばれているのに、それは茸ではなく植物なのか……?」


「うむ。

 ……見た目は茸の形をしている訳でもない普通の葉っぱなのだ。

 だが、僕達がテングタケモドキとその植物を呼んでいるのには理由がある。

 それを摂取した時に、テングタケと殆ど同じ症状が出る遅効性の毒を持っているが故に、僕達は昔からそれをテングタケモドキと呼んでいてな。

 唯一、テングタケと異なるのは毒が回ってから死に至るまでのスピードだ」


 お兄さまの問いかけに、アルがこくりと頷いて答えてくれる。


「……テングタケが数日かけて身体の組織を破壊するものであるのに対し。

 此方は、発症して殆どその日のうちには死んでしまう。

 腹痛、嘔吐、下痢の症状はよくある毒の症状でもあるが、さっきお前が言っていた10時間~12時間後に発症する遅効性の毒でその日のうちに死亡するような物という条件にピタリと一致するであろう?」


「あぁ、話は分かった。

 確かにそれなら条件は全て満たしているな。

 だが、見た目では無くそれを摂取した時の症状でお前達がその植物の名前を“テングタケモドキ”と呼んでいるのなら……。

 シュタインベルクではその植物の名前は高確率で違うかも知れないというのはその通りだ。

 それがどんな植物なのか、見た目をより詳細に教えてくれたら嬉しいんだが」


 そうして、更に詳しく説明してくれるアルにお兄さまが考え込んだあとで慎重に声を出すのが聞こえてきた。


「うむ。

 それなら僕の部屋で栽培しているから、後でお前に渡すことも出来るぞ」


 お兄さまの言葉に対して、はっきりとそう言って声に出すアルに、途端になんとも言えない微妙な雰囲気が漂い始めて、その場の雰囲気が緊張感のあるものに変わってしまうのが私にも分かった。


【……あ、どうしようっ、フォローした方がいいかな?】


 元々、アルが植物や自然が好きなのは知っているから。


 古の森からある程度、植物の種を持ってきて部屋の中で育てていたのは私は知っていたけど。


 流石に毒性のあるものも育てていたことまでは把握していなかった。


 お父様も精霊である、アルのすることに関しては止めたりはしないだろうけど、それがきちんと理解出来ているのは、今この場にいる人間で私とセオドアくらいしかいない。


 おろおろしながら、私が声を出しかければ……。


「えっ、?

 アルフレッド君、毒を栽培しているの? 自分の部屋で?」


 困惑が広がる部屋の中で一番最初に、声を出してくれたのはルーカスさんだった。


 言葉にはしないけれど、言外に……。


【皇宮でそんなものっ、育てていいのっっ?】


 というニュアンスが多大に含まれていることは理解出来て私は内心で、慌ててしまう。


「うむ、適切に管理すれば、毒というのは、時に薬にもなり得るものだ。

 テングタケモドキは、確かに危険な植物であるのには間違いないが、その一方で、その毒性は熱を加えれば消えるのでな。

 そのあとは、頭痛や腹痛など鎮痛作用のある一種の痛みの緩和などに幅広く使える薬にもなるぞ」


 そうして、にこにこと、混じりけのない笑顔でそう言うアルに対して。


 ルーカスさんが『ああ、っと……、そうじゃなくて』と、困ったように小さく声に出して呟くのが聞こえてくる。


「あ、あのっ。アルはそういうのに詳しいので。

 ……お父様から薬草や毒のことについて研究する許可を得て、適切に管理しているので問題はないと思います」


 ――お父様に許可なんて、取っていないから。


 今のこれは、完全に私の口から出たでまかせだけど。


 後から言っても、お父様に許可を得ることは出来るだろうし、大きな問題にはならない筈。


 咄嗟に頭の中で、そう判断した私が、はっきりと声に出したからか。


 ルーカスさんもお兄さまも驚いたような表情を浮かべてくるのが見えた。


「父上が認めている、のか。

 ……それなら、問題はないな」


「うん、そうだね。

 ……っていうか、アルフレッド君って本当にそういう特殊な研究が認められるくらい陛下から信用されてるんだね?」


「あぁ、だが。

 必要以上にその情報は伝えない方がいいな。

 俺たちならまだいいが、別の人間に伝われば、お前の部屋から毒性のある植物を盗んだりしようとするような輩も出てくるかもしれない」


 お兄さまとルーカスさんに、一先ず、信じて貰えたことにホッと安堵していたら、私の表情を読み取ってアルが、ハッとしたような表情を浮かべたあとで『ああ、そっ、そうなのだっ!』と私の言葉に話を合わせてくれた。


 正直者のアルらしく、声が少し上擦っていて誤魔化すのがかなり下手ではあったけど、アルが話を合わせようと努力してくれただけでも有り難い。


「俺たちも人は見て言ってるから問題ねぇよ。

 それにアルフレッドの部屋は、一見、普通の部屋と同じように見えて、皇帝がかなり念入りにセキュリティを強化してるから問題ない筈だ」


 そうして、アルのその態度を直ぐさま隠すようにして、セオドアが別の方向にお兄さまとルーカスさんの注意を向けてくれた。


 アルの部屋のセキュリティが万全なのはアルが色々と部屋の中に魔法をかけているからだけど……。


 それをお父様がそうしてくれていると言う事で、誰かからそういった物を盗まれたりするようなことはなく、安全であるということを強調してくれたのだろう。


「そうか。

 まぁ、確かに父上がその研究を認めていながら、その部屋に何も対策をしていない方が可笑しい話だからな、当然の配慮だな。

 だが、その“テングタケモドキ”という植物が熱を加えることによって毒性が消え、鎮痛作用のある薬草としても使えるならば……。

 当然、医者などが扱っていても何ら不思議ではない,な」


 そうして、セオドアのフォローもあってか、特にアルの上擦った声は不思議がられなかったみたいで、お兄さまの意識はもう、アルがさっき伝えていたテングタケモドキという植物の方に向けられていて、私はホッと胸を撫で下ろす。


「うむ、珍しい植物ではあるが、この国には自生している物の筈だから、医者がそれを扱っているのは不思議なことではないと思うぞ」


「……殿下は、医者が怪しいと思ってるの?」


「いや、まだ、断定は出来ない話だ。

 だが、入手経路などを考えれば、そういった薬草に詳しい医者がそれらを手にしやすいのは事実だからな。……若しくはそういう物を扱っているとしたらスラムか」


 そうして、みんなとの話し合いの最中で、不意に降ってきたお兄さまからの一言に、思わずドキッとしてしまった。


 身近な人から、スラムという単語が出てくると、この間スラムに無断で許可も得ずに行ったことを思いだして多分バレたりはしないと思うけど、ドキドキしてしまう。


 お兄さまの視線は、当然だけど私の方に向くことはなく、なぜかルーカスさんの方へと向くのが見えて私は首を傾げた。


「そう言えば、ルーカス。

 ……お前、スラムに詳しかっただろう?」


「あぁ、うん、まぁ、そうだね。

 多少は答えられるし、少しはお役に立てるかもしれないけど」


「えっ? ルーカスさんって、スラムに詳しいんですか?」


 お兄さまのその言葉に驚いて、質問すれば


「ほら、前にちらっと殿下の仕事の役にも立った、裏カジノの摘発に成功したって話をしたじゃん?

 あの時の違法行為は、何も国の認可を受けていないカジノの摘発ってだけじゃなくて、違法薬物ドラッグもアルコールなんかに混ざって提供されていた所為でかなり出回っていてね。

 ……それを知らないで摂取して一時期、精神を病んでしまったような貴族も続出したんだよ」


『その過程で、ドラッグの販売をしている可能性のあるスラムを当たったって訳』


 と、苦笑しながら、ルーカスさんが私に対して説明してくれた。


「だから、俺はスラムのそういう怪しい店とかには多少詳しいよ」


「……詳しいだけか? 取り締まろうとはしてないのかよ?」


 ルーカスさんの言葉に、セオドアが問いかければ。


「まぁ、取り締まりに関しては俺の役目じゃないしね。

 必要悪とまではいかないけど、ああいった店を一度に一斉に取り締まって強制的に締め上げてしまうと、生きていけなくなった人間が続出してしまって。

 余計治安を悪化させてしまうことになりかねないから、そういうのは慎重にしなきゃいけないってこと、お兄さんなら分かってるんじゃない?」


 ルーカスさんがふわりと笑ってそう答えてくれる。


 その言葉に、セオドアも


「あぁ、まぁな。……意外としっかりと、考えてんだな」


 と、納得したように頷いているのが見えた。


「そりゃぁ、まぁ。

 俺だって、言ってもこの国の貴族だよ?

 しかも実家は代々、皇帝陛下に忠義を誓っている家柄ですから。

 皇帝陛下並びにこの国の役に立つようなことをするのは当然ですとも」


 ……みんなの、国のこととか政治のこととかを、ちゃんと考えられているその遣り取りに。


 【本当に、凄いなぁ】


 って思いながら、私は一人で感心してしまう。


 今はその内容に追いつくことに必死になっていて……。


 自分の意見とかもきちんと言えている訳ではないから、私ももっと勉強して早く追いつかないといけないことばかりだな、と改めて感じていれば。


 ルーカスさんもお兄さまも、セオドアも私の方を見て。


「……つぅか、そもそも、姫さんがいるところで話すような内容じゃなかったな」


「あぁ、うん、そうだね、失敗したよ。

 違法薬物とか、どう考えてもこんな話、10歳の女の子に聞かせるような物じゃない」


「あぁ、そういう話に関してはまだアリスには早いだろう?」


 と皆から心配されてしまって、私は首を横に振った。


「いえ、勉強になるなぁ、って思いながら聞いてました。

 セオドアもお兄さまも、ルーカスさんも政治のこととかきちんと考えられてて凄いです」


 はっきりと伝えたその言葉には本心しか入っていなかったのだけど。


 私にそういう話を聞かせるのは良くないと思っているのか、みんなの反応がちょっとだけ鈍ったところで……。


 ルーカスさんから誤魔化されるようににこっと、笑われて。


「じゃぁ、お姫様。

 ……ちょっと遅れちゃったけど、今日中にデビュタントで踊るダンスは完璧にマスターしてしまおっか?」


 と、言われて、私はこくりと頷いた。




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