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第200話 外出禁止の理由

 デビュタントで着ていたドレスから楽な格好に着替えて、みんなが部屋から出て行ったら今日は貴族の名前と情報を一生懸命照らし合わせる作業をするぞ、と意気込んでいたものの。


 ローラが作ってくれるご飯がそろそろ出来上がりそうになったタイミングで、ハーロック経由で、お父様が私のデビュタントの労いにと今日の晩ご飯を一緒に食べるようにしてくれていると聞いて、断る訳にもいかずに私はその言葉にこくりと頷いてから……。


 マナー的には、はしたないけれど……。


 私もローラが用意してくれたご飯をみんなが食べているのと一緒に、ちょっとだけ軽くつまんで。


【アリス、疲れているだろう?

 少しだけ移動するのも楽になるようにしておいた】


 と、疲れてくたくただった身体のことをしっかりと見てくれていたアルに、パーティーの間もだけど、ずっと風の魔法をかけて貰っていたのを更に強化してもらったあとで……。


 セオドアと一緒にお父様の働いている宮の方までやってきていた。


 その道中で偶然、今の今まで仕事をしていたというウィリアムお兄さまに出くわして、話の流れで、一緒に食事をすることになったんだけど……。


「アリス、よく来たな。

 ……ウィリアムか、珍しいな?

 どうしてお前が、ここにいる?」


「先ほど廊下で偶然、アリスと出くわして誘われたので……。

 俺もマルティスの件を父上に報告がてら、一緒に食事をとることにしました」


 最近、お父様と食事をとることも増えてきて、いつも付いてきてくれるセオドアも同伴でこの部屋に入ることも珍しくなくなってきてはいるものの。


 私とウィリアムお兄さまが一緒に来ることは想定していなかったのだろう……。


 私が部屋に入った瞬間、お父様が私に向かって声をかけてきてくれたあとで。


 お兄さまの姿を見つけて驚いた様に目を見開いてから、何故かほんの少しだけ機嫌が悪くなったような気がして……。


 どうしたのか、と私は一人でおろおろしてしまう。


「……仕事の話なら後でもいい筈だが?」


 お父様が、ウィリアムお兄さまに少しだけ低い声を出せば……。


「父上、先ほどここに来る間にアリスから聞きましたが、俺たちに黙ってしれっと最近アリスと二人きりで食事をしているそうですね?

 たまには俺もそこに混ざっても問題ないでしょう……。

 それとも何か俺が来たらいけない理由でも?」


 と、今度はお兄さまの方がお父様に向かって少しだけ低い声を出すのが聞こえてきた。


「そうは言っていない。

 ……だが、お前が来ると仕事中心の話になって場の雰囲気が堅苦しくなるだろう?」


「なるほど、それで自分だけアリスと既に何度か一緒に食事をとっていると……」


 一瞬だけ、お兄さまとお父様の視線が交差し合ってお互いにピリッとした緊張感のようなものがその場を支配したことに何かまずかっただろうか、と思ったあとで……。


 そういえば、確かにさっき、この部屋に来るまでの間にお兄さまにお父様と最近一緒に食事をとることも増えてきているのだと、話した記憶はあった。


 てっきり私は、お兄さまは既にお父様から聞いて、そのことを知っているのだと思っていたのだけれど、その時驚いたように目を見開いたお兄さまが……。


【そうか、父上が……。一人だけ、お前と一緒に】


 と、小さく呟いていて……。


 そこでお兄さまが、最近、私がお父様と一緒に食事をするようになっていたことを知らなかったのだと知ったけれど。


 ――もしかして、その事を話したのが拙かったのかな?


 やっぱり、お父様が貴重な時間を割いて、ウィリアムお兄さまや、テレーゼ様、ギゼルお兄さま達との家族の団らんの時間を私のために使っている事を、お兄さまもよく思っていないのかなと思い立った私が……。


「あのっ、もしかして家族の団らんを私が邪魔したことに怒ってますか……?

 お兄さまも、お父様と一緒にお食事がしたかったのに、私の所為でお父様の時間が減ってしまって……」


 と、二人のその雰囲気に、申し訳なくなって声をかければ……。


「……いや、そうじゃない。

 どちらかというのなら、一人だけ抜け駆けをしておいて、俺が一度参加をしただけで、こんな風にあからさまに嫌そうな表情を浮かべた父上の大人げない対応に怒っているだけだ」


 とお兄さまから返事が返ってきて、私は首を横に傾げた。


【一人だけ抜け駆け、とか……。お父様の大人げない対応って何だろう……?】


 話の内容が今ひとつ、理解出来ないままでいる私に対して。


「お前と二人きりで一緒に食事をすることを密かに楽しみにしていて。

 ……俺が来るのは父上からしてみれば邪魔なんだろう」

 と、お兄さまから補足するように説明が降ってきた。

 その言葉にぱちくりと目を瞬かせ、私は驚いてしまう。


「え? ……お父様が、ですか?」


 私と二人きりで食事をすることを、お父様が楽しみにしているだなんて……。


 お兄さまからの言葉が俄には信じられなくて、思わず動揺したあとで、問いかけるようにそう声を出せば。


「オイ、別に私はお前が邪魔だとかそんなことは一言も言っていないだろう。

 ……そもそも食事というものは楽しむものだ。

 お前が来るといつも堅苦しくなって、食事を楽しむどころではなくなるからな。

 アリスとの食事の間、ずっと仕事の話をされたら幾ら私でもうんざりする」


 コホンと咳払いをしたあとで取り繕い、何だか誤魔化すようにお父様からそんな返事が返ってきて。


「……まさか、父上からそのような言葉が返ってくる日が来るとは思いませんでした。

 普段から食事自体、適当に胃の中に流し込んでおけばそれでいいと思っている仕事人間の父上が、食事の時間を楽しむ、と……?」


「……しつこいぞ、ウィリアム」


 更に、お父様相手でも一歩も引くことなく、追及するようにそう声にだすお兄さまに、お父様が、どこか決まり悪そうな表情を浮かべるのが見えた。


【……もしかして、お父様……。

 お兄さまの言う通り、本当に私とのご飯を楽しみにしてくれていたのかな?】


 というか、お兄さまとお父様って……。


 仕事の話とかばかりで、プライベートな会話をしている姿があまり想像出来なくて、普段から硬い遣り取りをしているイメージしかなかったけど。


 お互いに、こういう遣り取りもするんだ……。


 二人の新たな一面を見た気がして、私が驚いている間にも、口では色々と言っていたけれど、お兄さまが同席する事に関してはお父様も直ぐに受け入れてくれたのだろう。


 傍に控えていたハーロックにウィリアムお兄さまの分の食事も一緒に注文したお父様は、私たちに向かって椅子に座るよう促してくれた。


 そこから、食事が出てくるまでの間に、私はウィリアムお兄さまから、今回のワイングラスに毒が盛られていた件のみならず。


 今までにマルティスが犯した罪についての詳しい経緯をあらかた聞き終わっていた。


「では、囚人が死んでしまった事件についてもマルティスが関与していたんですね……?」


 私の問いかけにお兄さまが頷いて、その言葉を肯定してくれる。


「あぁ。

 ……だが全てが解決したとまでは言い切れないだろう。

 マルティスはあくまでも仮面の男に頼まれて計画の一部に加担しただけで、実行犯という訳ではないし、さっきも話したが仮面の男の裏に誰かがいる可能性は高い」


 そうして、続けてお兄さまから言われたその一言に私もこくりと頷き返した。


 私の身の回りで起きた事件について、マルティスが色々と関与していたことはこれで明確に浮き彫りになった。


 お兄さまの言うように、事件の謎に関しては確実に良い方向に解き明かされてきているものの。


 解決までは、まだ少し時間がかかりそうだった。


【誰かが裏にいる、か……】


 お兄さまの話では、仮面の男が何者なのかについてなどまだはっきりとした事は分からないけれど、その人を裏で動かしている人間は高確率で存在するだろうということだった。


 それが、私に対して何か不穏な感情を抱いている人なのか。


 それとも今まであまり評判が良くなかった私の周りでそういう事件を起こすことで……。


 シュタインベルクの内政を内側からひっかき回したいような他国の人間なのか、など。


 さっき、食事中にまで仕事の話を持ち出されるとうんざりすると言っていたけれど。


 お兄さまから話があると、直ぐに真剣な表情になって皇帝陛下としてのお仕事モードに入ったお父様と、いまだ真面目な遣り取りを交わしているお兄さまの会話を聞きながら、私は小さく溜息を溢した。


【どちらにしても、私が狙われることに関してはあまりいい状況とは言えないだろう】


 仮に前者なら、私のことか、赤に対して忌み嫌っているような人だろうから、私を貶めるためなら手段を選ばないだろうし……。


 後者なら私という存在が、大国である我が国の唯一の汚点というか、突破出来るほころびだと思われているということだ。


 私の身の回りで不穏な事件を起こして、疑心暗鬼になったような所で声をかけて懐柔し、情報などを私から抜き出そうとしているとかそういう事なんだろうか。


【前者にしても後者にしても、今後何をされるのか分からないという不安はどうしても付き纏う……】


 内心でそう思いながらも、お兄さまが当時、囚人達にご飯を運んだ看守の役割を担っていた騎士に関して詳しく調べるため、お父様にブランシュ村に行くことの許可を取っているのを聞いて、私は意識をそちらへと、戻した。


「例の騎士は、同胞に故郷に帰ると伝えていたそうですし。

 本当に帰ってはいなかったとしても、ブランシュ村には何らかの手がかりが残されているかもしれません」


「……あぁ、そうだな。

 お前が調べに行くことについては許可を出そう。

 ……だが、手がかり、か」


「……父上?」


「いや、もしも何かしらの手がかりがあるというのなら……。

 アリス、お前のその、せ……、私が紹介したあの少年を連れていくのはどうかと思ってな」


「え……っ?

 あっ、もしかして、アルのことですか……? 確かにアルなら、何か手がかりを見つけてくれるかもしれませんね」


 お兄さまがブランシュ村に行くという話の流れで、お父様から突然話の矛先が私に向けられるとは思わずにびっくりしたものの。


 精霊王様と言いかけてウィリアムお兄さまがいる手前、“私が紹介したあの少年”と即座に言葉を言い換えたお父様に……。


【確かに、アルならば人間がパッと見ただけでは分からないような重要な手がかりを見つけてくれるかもしれないし……。

 聞いて見ないと分からないけれど、アルは優しいから、お願いすれば魔法とかを使って協力してくれるかもしれない】


 とは、思う。


 それに、その大半が私の身の回りで起きた事件なのに、お兄さまばかりに動いて貰っている今の状況には申し訳ないと思っていたし……。


 アルに協力を仰ぐのは別としても、私にも出来ることがあるのなら率先してやるべきことだろう。


 ウィリアムお兄さまが手がかりを探してくれるためにブランシュ村に行くのなら、微力かもしれないけれど、周囲の人への聞き込みとか、おうちの中を探索したりとかそれくらいのことは私にも出来る。


 人手が多ければ多いほど、何か見つかるような可能性も高くなるかもしれないし。


 私が内心でそう思って、お父様に返事をする前に……。


「……?

 父上、それはアリスも一緒に連れて行くということですか?

 俺もアルフレッドに関しては、豊富な知識で俺たちには思いつかないような視点で何か役に立つようなことをしてくれる可能性は高いと思っていますが……。

 アリスを一緒に連れて行くのは、父上も危険かもしれないと分かっているでしょう?

 アルフレッドに協力を仰いで、アイツだけを連れて行くのがベストでは?」


 お兄さまから、反対するような言葉が返ってきた。


 その一言に、お父様も一気に渋い表情を浮かべたのが私の目からも見てとれた。


 お兄さまはアルがお父様の紹介だと思っているから、当然お父様の言うことを聞いて協力してくれると思っているのだろうけど。


 お父様はアルが国だとか皇族とか立場のある人間でもコントロール出来るような存在ではなく、何ものにも縛られることの無い自由な身であることを分かっているし。


 私が行かないなら、アルも行かない可能性を今、頭の中で考慮しているのだろう。


「あのっ、私も少しならお役に立てるかもしれませんし……。

 そもそもこの件自体が、私の身の回りで起きた事件なので、事件を解決するために微力かもしれませんが私もお兄さまの調査を手伝いたいです」


 お父様のことをフォローをするつもりも勿論あったけど。

 二人に、私自身が今思っていることを率直に本心からそう伝えれば、お兄さまが苦い顔をして……。


「だが、お前はそもそも父上から外に出ることは禁止されているだろう?」


 と、此方に向かって言葉をかけてきて……。


 まさか、お兄さまが私に対してそのことを持ち出してくるとは思わずに、びっくりして押し黙った。


 確かに、私がお父様に必要以上に外に出ることを禁止されているのは事実だけど……。


 そのことを、今になってウィリアムお兄さまから指摘されるとは思ってなかった。


【“”だというのは間違いないことだけど、巻き戻し前の軸と違って、ウィリアムお兄さまとは初めて家族と呼べるほどに、仲が深まったと思ってたし……】


 ――ルーカスさんと出かけた時のように、ウィリアムお兄さまと一緒だったら、外に出るのも許可して貰えると、勝手に期待していた。


 だからこそ、こんな風に強く反対されるとは思って無くて、思わず落ち込んで表情が曇ってしまう。


「アリス、お前、もしかして何か勘違いをしていないか……?」


「……っ?」


 私のそんな表情の変化を直ぐさま読み取ってくれたのか、お兄さまから声がかかって、私はそっと顔をあげる。


【勘違い、ってなんだろう……?】


 内心でそう思っていたら、補足するように……。


「父上がお前が外に出るのを許可していない理由だ。

 ……まさかお前、今まで父上からちゃんとした理由を聞いていなかったのか?」


 と、お兄さまから続けてそう言われて、私は更に混乱してしまう。


「あのっ、ちゃんとした理由、って……?

 私が皇族の中で一人だけ赤色の髪を持つから、皇族の汚点である私が外に出たら色々と言われてしまって、皇族自体の品位が下がってしまうとか、そういう理由なんじゃ……?」


 私自身、最近は皇族としてしっかりしてきてはいるものの……。


 今日のパーティーでも、私の事を“赤”を持っていて、不吉な存在だと見てくるような人はいたし。


 皇族の一員としての証である“金”を持っている訳じゃない私が外に出るだけで、皇族の唯一の汚点として見られてしまって、その品位自体が下げられてしまうからなのだとずっとそう思ってきた……。


 だから今さら、“ちゃんとした理由”と言われてもそれ以外に他に理由が思いつかず、しどろもどろになりながら、お兄さまに向かって声を出したあと。


 首を傾げることしか出来ない私に対して……。


「何だと……!? そんな筈がないだろう!」


 と、お父様から強く否定するような言葉が返ってきてびっくりしてしまう。


「えっ? そ、そうなのですか……?

 そのっ、私はてっきり、今までずっとそうなのだと……」


「父上がアリスに対して、しっかりと事情を説明していないからこのような事になっているのでは?


 一体、今までアリスに何と言ってきたんですか? まさか、“外に出るな”とか“外出は禁止だ”とかそんなことを簡単に通達していただけだったとか言いませんよね?」


 ウィリアムお兄さまにそう言われて一瞬だけ言葉に詰まった様子のお父様が、私を見て、気まずいような、申し訳なさそうな表情を浮かべながら……。


「……まさか、お前がそんな勘違いをしているとは思っていなかったんだ。

 アリス、お前の髪の色が理由なのは確かにその通りだが、私自身はそれで皇族の品位が下がるとか、恥ずかしいものだと思ったことは一度もない。

 だが、幾ら私がそう思っていても、はお前にとって優しくないだろう?

 お前が外に出ることで、今日のパーティーでのようにお前が赤を持つ事に対して攻撃してくるような人間がいないとも限らないからな」


 と、今まで私の外出が基本的に禁止されていた理由を1から説明してくれた。


 その言葉に思わず、目を瞬かせてしまう。

【……それって、私のことをずっと守ってくれていたんだろうか?】


 今まで、分からない所でお父様から庇護して貰っていたことを突然知って、驚くことしか出来ない私は。


 ――もしかして、お母様のことも?


 と、内心でそう思う。


 私が知らないだけで、お父様はずっと不器用に『外に必要以上には出ないこと』という無機質とも思えるような通達で、外から受ける脅威を必要最低限に減らしてくれていたのかもしれない。


 お母様のことも、私のこともずっと興味なんて一切なくて、見てくれてはいないのだと思っていたけれど。


【実際は、ほんの少し、違ったのかな……?】


 ――少なくとも、私たちのことを守ろうとはしてくれていた。


 そのことが分かっただけでも、ずっとその瞳が“お父様”のことだけを追っていたお母様のことを考えれば、ほんの少しだけ救われたような気持ちになる。


 私自身も、思いがけずこうしてお父様から直接、本当の理由というものが知れたことに関しては、ドキドキするような、困るような、少しだけ擽ったいような何とも言えない気持ちが湧いてきた。


 たぶん、想像していた以上に嬉しいんだと思う。


【うん……。びっくりはしたけど、凄く嬉しい……】


 湧き上がってきた自分の感情に、そうなんだろうな、という自己完結させたあとで。


「あの、でも、それなら……。

 私自身、周囲から何かを言われるのに関しては慣れてますし。

 人口の少ない村ならば、フードで髪色を隠してしまえば、そこまで人の注意や関心は引かないと思います。

 自分の事でこうして事件が起きてしまっているのに、お兄さまにばかり負担をかけて、ただジッと待っているだけなのは辛いので、やっぱり私もお兄さまについてブランシュ村に行きたいんですが、許可して頂けないでしょうか?」


 と、改めて声を出す。


 私の一言に、お兄さまもお父様も揃って少しだけ苦い表情を浮かべたのが見えたけど。


 私がブランシュ村に行くことに関しては、フードを被るとか、絶対にお兄さまの傍から離れないなど、いくつかの条件付きでお父様から許可を出して貰うことが出来た。


 私が行くことでアルが付いてきてくれる可能性も高まるだろうし、早期に解決することが出来るのなら、それに越したことは無いというお父様の判断もあるのだと思うけど。


 あくまでも私のことだから……。


【なるべく、アルに頼りきりになってしまわずに、私自身が自分の出来ることをしっかりとして、解決していかなければいけないな】


 と、思う。


 私が内心で事件を解決するために、頑張ろうと決意を固めていたら……。


「……と、いう訳だ。

 お前にも馬車馬のようにキリキリ働いて貰うからな?」


 と、お兄さまが、セオドアに向かってそう声をかけるのが聞こえてきた。


 その言葉を聞いて、お父様がいる手前、何と声を出せば良いのか一瞬だけ迷った様子のセオドアが。


です。

 アリス様の為になることならば、幾らでも働くつもりですし、第一皇子様にそのような心配をしてもらう必要はありません」


 と、頭の中で全部考えた上で喋ってくれたのか……。


 いつもと違ってスムーズな敬語でお兄さまに向かって、口角を上げ、笑いかけるのが見えた。


【あ……っ、珍しくセオドアが笑ってる……】


 若干、お兄さまに対して不敵な笑みとも取れなくないような笑顔だったから……。


 それが取り繕ったものだと私には分かるけど、それでも無理をしてでも笑顔を作って、こうしてお兄さまに答えてくれたことに、セオドアが私のことを考えてくれたんだなということが分かって……。


 私は視線だけで、セオドアにありがとうの気持ちをこめて、そっと目配せをする。


 ……セオドアは私に対しては普通に笑ってくれるんだけど。


 他の人に対しては、今まで過ごしてきた苦労の垣間見える日々のせいで警戒心がなかなか取れないのか、あまり他者に対しては笑顔を見せてくれなくて。


 私は、いつも一人で勝手にやきもきしていた。


【勘違いされやすいだけで、本当は凄く優しい人だから。

 周りの人達も、セオドアの本当の性格を知ってくれたら良いのになって……】


 内心でそう思いながら、お兄さまもきっとセオドアの優しい性格に触れたら、セオドアのことをもっと好きになってくれるはず、という期待をこめて、そっとお兄さまに視線を向け返せば。


 ……何故か、お兄さまはセオドアのことを呆れたような視線で見ていて。


【やっぱり、不敵っぽく見えるような笑顔がいけなかったのかな……?】


 と、私はがっかりする。


 折角セオドアの優しい所を知ってもらえる良い機会だったのに、お兄さまとセオドアの仲はどうしてか、一向に縮まるような気配が見えないし……。


 かと思えば、時々私の知らない所で二人だけで視線を交わし合って、わかり合っているような雰囲気を出すようなこともあるし……。


 仲が良いのか悪いのか、謎は深まっていくばかりだ。


【アルとお兄さまの仲は決して悪いものじゃないし、折角だから、セオドアとお兄さまの仲も良くなってくれればいいのにな……】


 って、思ってるんだけど、こればっかりは当人同士の相性とかの問題もあるし。


 私が必要以上にそこに介入する訳にもいかないから、難しいなって、思う。


 私がそんなことを頭の中で考えていたら……。


「それにしてもかなり時間が経ってしまったな。

 ……だから言っただろう、ウィリアム。

 お前が来ると、いつの間にか食事の時間が仕事の話でしかなくなる」


 と、ちらっと腕時計に視線を向けたお父様からお兄さまに向かってそう声がかけられて、私は意識を引き戻す。


「えぇ、ですが、マルティスの件に関してしっかりと報告しておかなければ、それはそれでどうなっているのかと、確実に父上から後日質問をされてしまうだろうということは予想出来ることなので。

 それにこういった話は食事の最中よりも、先に話しておいた方がこのあとの食事の時間は楽しめると思いますが……」


 そうして、お兄さまがお父様にそう言ったタイミングで、私は目の前に運ばれてきていた食事にそっと視線を向け直した。


 結構、長いこと喋っていたけれど……。


 私たちの話の途中で運ばれてきた料理は、スープからもまだほんのりと湯気が立っていて温かさを保っているのが確認できる。


 みんなが食べているなか、ちょっとだけローラが作ってくれたご飯を私も分けて貰って、お行儀悪くつまんだものの、それだけでは足りなくてお腹は凄く減っていて。


 ご飯に意識を移したら、途端にきゅうっと、自分のお腹が小さな音を立てるのが分かった。


 ……幸い、私が鳴らした音はお父様にもお兄さまにも聞こえてなかったみたいだけど。


 実質、多分、私なんかよりも……、今日一日中、ずっと動きまわっていたであろうお兄さまもお父様も。


 私と同じくお昼なんて碌に食べていない筈なのに、平気そうなのが凄いなぁ、と改めて思う。


「あの、お兄さま、お父様……。

 そのっ、私、お昼から食べてない所為もあってか、お腹ぺこぺこで……。

 そろそろご飯を食べてもいいでしょうか?」


 何となく、マナー的によくなくて、はしたないかな、とは思ったけれど。


 今しか伝えるタイミングもなさそうだし、デビュタントの疲れと共に湧き上がってくる空腹には勝てなくて……。


 申し訳なくなりながらも、おずおずとそう問いかければ、お兄さまもお父様も私を見て、慌てたように頷いてくれた。



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