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第204話 ホテル


 お昼ご飯をレストランで食べてから……。


 何時間も馬車に揺られたあとで。

 私達は、夕方になる前にはブランシュ村と王都の中間地点にある、お兄さまが予約してくれたという今日一泊する予定になっているホテルへと到着していた。


 訪れたこの街にある一番大きなホテルは、富裕層が利用するような高級なものであることが外観からも判別することが出来た。


 そうして、ドアマンに扉を開けて貰い、ロビーへと足を踏み入れると。

 即座にお兄さまの姿を確認した、このホテルの支配人だろう人が、慌てた様子で此方へと駆け寄ってきて……。


「ウィリアム殿下、お待ちしておりましたっ!」


 と、凄く丁寧に頭を下げてくるのが私の目にも入ってきた。


 聞けば、お父様が所有している幾つかある内の一つがここのホテルらしい。

 そうじゃなくても、この国の第一皇子であるお兄さまが利用しにやって来るということに、ホテルのスタッフも緊張してしまうのだろう。


 どことなく緊張したような面持ちで、もの凄く丁寧な対応をしながら、支配人の後ろに控えていたスタッフの一人が私達から荷物を受け取ってくれるのをぼんやりと眺めていたら……。


「皇女様、初めまして。当ホテルの支配人をしております、デリックと申します」


 と、支配人から挨拶をされて、私はぺこりとお辞儀を返したあとでふわりと笑顔を向けた。


「初めまして。宜しくお願いします」


 私が笑顔を向けたのが、支配人からするとよほど意外なことだったのか、一瞬だけ動きを止めて驚いたような表情を浮かべて此方を見てくるのが分かる。


 未だに、まだまだ宮の外にいる一般の人達も含めて。

 世間的には、私が我が儘な皇女だということで通ってしまっているのだと思うから……。


 彼らからしても私が丁寧な受け答えをしてくるとは思いも寄らないことだったのかもしれない。


 私の返答に、少しだけ固まってしまったデリックという名前の支配人は、ハッとした様子で直ぐさま仕事モードに切り替えて。


 私に向けて、洗練したような仕草と笑顔を向けてくれた。


「長旅でさぞやお疲れだったでしょう? 直ぐに当ホテルのスタッフがお部屋にご案内致します」


「あぁ、俺は分かっているからいいが、アリスとアルフレッドの案内はしてやってくれ。

 アリスは一番良い部屋で、アルフレッドは俺と同じ階のスイートだ」


 そうして、お兄さまからそう言われて、私は驚いてしまう。


「……えっ? あ、あのっ、一番良いお部屋はお兄さまが利用するんじゃないんでしょうか?」


「……いや。俺はよく利用するし、ここのホテルはスイートルームも何部屋かあるからな。

 お前の今日利用する部屋も、俺が利用する部屋も部屋の広さには多少違いがあるが、グレード自体はあまり変わらないから、お前が気にする必要はない」


 そのあと、はっきりとお兄さまからそう言われて


「では、ご案内します」


 と、此方に向かって声をかけてくれたホテルのスタッフの後ろを慌てて付いていく。


 因みにこういうホテルでも、貴族が使用人を連れてきている場合は、それぞれの部屋とは別にその近くに使用人専用の部屋が幾つか完備されているらしく。


 ローラや、セオドアだけではなく、お兄さまが連れて来てくれた侍女2人も私の部屋の近くに専用の部屋を用意して貰えているらしい。


 凄いのは私の泊まる部屋からベルを鳴らせば、使用人の部屋に通じて直接呼び出すことが出来る仕組みになっているのだとか……。


 皇宮と同じ仕組みではあるけど。

 ホテルという外で泊まるような所でも、貴族などの富裕層が利用する場所であることを考慮して、きっちりとその仕様が採用されていることには驚いてしまった。


「わぁっ……! 景色が凄く綺麗ですねっ」


 エレベーターに乗り、私達の一個下の階に泊まるらしいアルとお兄さまと別れたあと、スタッフに専用のキーで、部屋の扉を開けて貰うと。


 皇宮とは少し違った特別感のある広い部屋には、あまり派手すぎない調度品が品良く配置されているのが見える。


 更にガラス張りの大きな窓からは、外の景色が一望出来て……。


 街の中心から少し離れた所に、このホテルがあるためか。

 近くが緑豊かな森に囲まれていることもあって、壮観な眺めになっていた。


「皇女様、夜になるとこの部屋から一望出来る、夜空に浮かぶ星が綺麗なんですよ。

 宜しければ、是非、お楽しみ下さい」


 私の荷物を持ったまま、部屋に案内してくれたホテルのスタッフにそう言われて。


「そうなんですね、楽しみです」


 と声を出して、ふわっと笑顔を向ければ。


 やっぱり、私からそんな対応が返ってくるとは思ってもいなかったのか、ホテルのスタッフは凄く驚いた様子だったけど……。


 直ぐにその表情は元に戻って、キビキビと部屋の説明をし始めてくれたことに


【流石はプロの仕事人だなぁ……】


 と、思う。


 さっきの支配人もそうだったけど、どんな人に対しても分け隔て無いサービスが行えるようにと、スタッフの教育も含めて徹底されているのだろう。


 このホテルは最上階の部分が丸々と。

 その下の部屋が、半分半分で二つに分かれたスイートルームになっているらしく。


 ホテルの敷地のこの建物から少し離れた所にも別棟べつむねがあり、そちらにもスイートルームがあるのだとか。


 【今回私は、ホテルの最上階にある一番広いスイートルームをお兄さまに譲って貰えたから……】


 お兄さまとアルは私達が居る階の、一個下の階の部屋にそれぞれ泊まることになっていて。


 セオドアとローラと、お兄さまが私にと用意してくれた侍女の2人は、私の階にある使用人専用の部屋にそれぞれ泊まり。


 一緒に来ていたお兄さまの執事や騎士達は、それぞれお兄さまがいる階の使用人専用の部屋に泊まることになるみたい。


「皇女様、何か不都合なことがありましたら、私共にいつでもお申し付け下さい」


 そうして、一通り部屋の中のものなどを説明すると、丁寧なお辞儀をして、目の前のスタッフは部屋から出て言った。


 後に残ったのは、私とローラとセオドアと、お兄さまが私に付けてくれた侍女の2人で。


「セオドア、ローラ、あと、侍女の2人も。……疲れたでしょう?

 ホテル内はセキュリティもしっかりとしていて、問題が起きるようなことも無いと思うし、もし良かったら晩ご飯までみんなも部屋でゆっくり休んでいて」


 と、私はみんなに向かって声をかけた。


 こうでも言わないと、セオドアもローラも休まずにずっと、私のことであれこれと気を遣ってくれて。

 自分に出来る仕事を探しつつ、傍にいてくれるのは分かっているから……。


 自分が被っていたローブのフードをパサッと外して、ふわっとみんなに向かって笑顔を溢すと。


 セオドアとローラは、私が2人に対して休んで欲しいと思っていることを正確に察して。

 私のことを気にかけてくれながらも、了承してくれた雰囲気を出してくれたんだけど。


 お兄さまが付けてくれた少しキリッとした雰囲気の30代前半くらいのベテランの侍女と……。

 そばかすが特徴的なまだ若めの20代の侍女の2人はすごく戸惑った様子だった。


「……いえ、あのっ、皇女様……。

 一日馬車に乗っていてお疲れでしょうし、お部屋にアロマを焚いたり、夕食までの間にマッサージなども必要ではないでしょうか?」


 そうして、ベテランそうな侍女からそう聞かれて、ふるりと首を横に振ったあとで。


「ううん、必要ないよ。……最低限のことだけして貰えれば、私はそれで大丈夫。

 それより、折角のホテルなんだし、みんなも休憩を取ってくれたら嬉しいな。

 多分、ブランシュ村の近くまで行って皇族の別荘に滞在することになったら、嫌でも侍女の仕事をしなければいけなくなるでしょう?」


 私がそう答えれば……。

 二人は顔を見合わせたあとで、最終的に私の侍女であるローラへと、どうしたらいいのか悩んだ様子で視線を向けるのが見えた。


「アリス様はこういう方なんです。……いつも私達のことも気にかけて下さって」


 そうして、何故かローラが凄く嬉しそうに笑顔を向けたあとで、そう言っているのが聞こえてきて私は首を横に傾げる。


 今日はホテルに泊まることになるけど。

 実際、明日には別荘に行くことになるはずだし、そうなったらみんな、否が応でもやるべき仕事をこなさなければならなくなって大変だろう。


 さっきホテルのスタッフも部屋の説明をしてくれた時に『何かあればいつでもお申し付け下さい』って言ってくれたし。


 この部屋の中にもホテルのフロントと直接繋がるようなベルが用意されている。


 これを使えば、あいだに侍女を介さなくても自分で頼みたいことがあればスタッフに直接お願いすることが出来るし。


 長時間、馬車に揺られて乗り物に乗った時の疲れは……。

 私のみならず、全員が同じ条件だったのだから、平等に疲れているはずで。


 出来れば、ローラも含めて休むことが出来るのなら、今のうちに休んで欲しいと思っただけなんだけど……。


【私の対応、何か可笑しかったかな……?】


 内心で、色々と心配になってしまって……。


「あのっ、マッサージとか、こういう時って絶対にしなければいけないものだったり……?」


 と、何か特別な仕来しきたりやルールで決まっていて、ホテルに泊まる時はそういうことをしなければいけないものなのかと、声をかければ。


「いえっ、皇女様っ、……違います。

 そのっ、テレーゼ様や、他の皇族の方達がホテルに泊まられるような時は何か用事があったら直ぐに動けるよう、私達は常に別室で“待機”しなければいけない状態になりますので……。

 まさか皇女様から休んでもいいという言葉を頂けるとは思ってもおらずっ」


 と、ベテランの侍女から、困ったような口調でそう言葉が返ってきた。


「そっ、そうなんですっ。

 ウィリアム殿下は基本的にあまり人を呼びつけるような方ではありませんが、それでも待機は絶対にしなければいけなくって……。

 それに、テレーゼ様はいつも侍女達にあれこれと御用命ごようめいを下さるので、そのっ……」


 そうして、若い方のそばかすのある侍女にそう言われて


「……じゃぁ、別にそうしなければいけないって事でもないんだよね……?

 それなら、夕食までの時間、お部屋でゆっくりして来てくれたらいいよ。

 私も部屋の中で一人の時間が持てたら、少し休めて気が楽な部分もあるし……。

 外の景色が凄く綺麗だから、ローラやみんなのお部屋からも窓があったら綺麗な景色が見られるかもしれないし。……ね?」


 と、にこっと笑いながら、そう伝えれば。


 驚いたあとで、申し訳なさそうな表情をしながらも、お兄さまの侍女は2人とも


「ご配慮ありがとうございます」


 と、了承したように頷いてくれた。


「あ、そう言えば2人の名前って、まだ聞いてなかったよね?

 これから一緒に過ごす間、何て呼んだら良いのかな……?」


 そうして、私がそう問いかけると、30代くらいのベテランな雰囲気を醸し出している侍女から


「皇女様、ミラと申します」


 と、即座に名前が返ってきた。


 そのあとで、そばかすが特徴的な侍女から


「あっ、私はハンナと申します。皇女様、宜しくお願い致しますっ!」


 と、名前を教えて貰って。


「ミラ、ハンナ、出発前にも伝えたけど、改めてこれから宜しくね」


 と微笑めば、ミラは少し微笑んだ様子で、ハンナはとびっきりの笑顔で此方に向かってしっかりと頷いてくれた。



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