目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第206話【セオドアSide】



 侍女さんと別れてエレベーターを使用して階下に降り、俺は部屋の扉をノックする。

 因みに、この階のスイートルームは2部屋あり、目的である第一皇子の部屋がどっちなのか分からないから完全に適当だ。


 第一皇子が出てくれば、問題なくそのまま部屋に入れて貰えばいいし。


 アルフレッドが出てくれば、必然的にもう一つの部屋が当たりで、一言断れば済むだけの話なので、俺からしてみれば別にどちらでも困らないというのが正直な所ではあった。


「……一体、何の用だ?」


 ……で。


 結局俺は、二分の一の当たりを引いたらしい。


 扉を開けて此方へと向かって訝しげな表情を浮かべてくるラフな格好に着替えた目の前の男に、俺が部屋の方へと視線を向けて……。


「姫さんのことで大事な話がある。……こんな所で立ち話をして人に聞かれたくない」


 と、部屋に上げろと視線だけで訴えれば。


 はぁ、と小さく溜息を溢したこの国の皇子様は、扉をがっつりと開いて無言で俺を部屋へと招き入れた。


 姫さんの泊まる部屋よりも、二部屋分ある所為か少し手狭な感じは受けるものの。


 それでも俺からすれば充分、上等な部屋の中で。

 俺は目の前の男から合意を得る前に、部屋の中にあった椅子を勝手に拝借してドカッとそこに腰を降ろした。


 それを目の前の男は呆れたような表情を浮かべながらも、咎めるようなことはしない。


 品行方正な育ちだから、意外に思ったが。


 煙草を吸うことはしないが、酒は飲むのだろう。


 テーブルの上に置かれた、度数の強そうな酒に、完全にオフモードになっていることが窺えて、割と俺と好みが似ていて、そういう所はいい趣味してやがるな、と内心で思う。


【まっ、どう見ても高そうな酒だから、殆ど俺には縁のないようなものなんだろうけど……】


「それで? アリスのことで一体俺に何の話がある?」


 彼方此方あちこち、部屋の中を観察しながら、この男の趣味嗜好について頭を巡らせていたら。


 どうやら、太っ腹なこの国の皇子様は目の前の高級な酒を俺に無償で奢ってくれるらしい。


 透明なグラスに氷で割って度数の高いアルコールを飲んでいるような酒を2人分入れて持ってきてくれたことに


「昼のコース料理といい、俺に対して、随分太っ腹じゃねぇか、お兄さま」


 と、声を出す。


「お前に、お兄さまと言われる筋合いはないって何度も言っているだろう」


 お決まりのような遣り取りを冗談めかして声に出せば。

 呆れたような表情を浮かべながらも、やっぱりお決まりの言葉が返ってきた。


 カランと、グラスの中で氷が揺れる音を聞きながら、俺は貰った酒を一口でグッとあおり、一気に喉へと流し込む。


「……全く、風情も何もあったものじゃない。その飲み方、どうにかならないのか?」


「そりゃぁ、悪かったな。こんなに上等な酒なんざ、中々飲めねぇんでな。

 美味しいものは美味しいうちに、素早く食べねぇと、誰かに盗られたりしたら勿体ねぇだろう? 俺は、アンタみたいに育ちも良くねぇし、品なんざ欠片もねぇからな」


 ――誰かに奪われてしまう前に、さっさと胃の中に流し込んでしまった方がよほど建設的だ


 奪い奪われが当たり前だった日常生活で染みついた癖ってのは、なかなか直るようなものじゃない。


【こういう生き方しかしてこなかったんだから、今さらチビチビとお上品に酒の味を楽しむためだけにゆっくりと飲めるかよ】


 と、内心で思いながら、ハッキリと口に出せば。


 俺の言っている言葉の意味を正確に汲んだ上で、呆れたような表情を色濃くしたあとで。


 俺とはまた別の椅子を引っ張りだしてきて、俺の正面に座った男から


「本当にお前とはとことん合うような気がしない。

 ……で? お前がわざわざ俺に会いに来たっていうことは余程のことだろう?」


 と、言われて。


「俺もアンタとは、全く合う気がしねぇな」


 と、口の端を吊り上げて小さく笑みを溢したあとで、問いかけられた質問に。


「……最近、姫さんの周りで起こっている“”についてアンタどう思う?」


 と、此処に来た目的を直球で投げかける。


「……なんだ? そんなことが聞きたくてわざわざ俺の元にやってきたのか?

 というか、一連の事件っていうのはどういうことだ? 何を以てして“一連”だと言っている?」


 俺の言葉がアバウト過ぎて分かりにくかったのか、目の前の男が訝しげに眉を顰めたのを把握して。

 俺はもっと分かりやすいように、噛み砕いて説明するために口を開いた。


「姫さんの周囲で起きている事件については全て、だな。

 マルティスって奴が関与していたワイングラスに毒を入れていた件と、囚人の毒殺事件に関しては裏に同じ奴がいるんだろ? 

 この間のアンタの話でそれは俺にも分かってる。

 だけど、そもそも囚人の毒殺事件で殺された姫さんの検閲係についても、ミュラトールっていう貴族が姫さんにクッキーの贈り物で毒を混入してきたことも……。

 姫さんが皇后と一緒に乗っていた馬車の事故からの誘拐事件についても、あまりにも立て続けに姫さんの周りで事件が起きすぎていると思わないか?」


 そうしてここ最近、姫さんの周囲で起きている事件について1から全て挙げていけば……。


 それだけで、俺が何を言いたいのか即座に理解したのだろう。


「……まさか、全て同じ犯人が裏にいると言いたいのか?」


 と、そう言われて、俺は片手に持っていた既に氷しか入っていないグラスをカランと揺らすように上にかかげ。


「ご名答」


 と、真面目に声を出した。


 時系列で考えるなら、姫さんの検閲係が日常的に姫さんの宝石を盗んでいたのと同時期に。


 可能性として、かなり高い確率で公爵からの姫さんや皇后に向けた手紙を抜いていた。


 それから、姫さんが皇后と一緒に馬車に乗っていた時、にも事故が起き、誘拐事件が起きてしまって皇后が亡くなり……。


 ミュラトールっていう貴族が姫さんに対して毒が混入されたクッキーを贈ってきて。


 検閲係が今まで姫さんの宝石を盗んでいたことが発覚して皇帝に処分され。

 それから暫くも経たないうちに、まるで何かを口封じするかのように姫さんの検閲係だった3人が巻き込まれることにもなった囚人の毒殺事件が起きた。


 そして、極めつけは、今回の姫さんのデビュタントでのワイングラスの一件、だ。


 立て続けに短い期間で5件も、姫さんの周囲で不穏な事件が起きている。


【それに、第一皇子が取り調べをしてくれた段階で、少なくとも2件。

 囚人の毒殺事件とワイングラスの毒について、マルティスっていう医者が仮面の男から自分の不正に関して脅されて動いていたっていうことは分かっているのだから……】


 ――他の事件もその仮面の男が関与している可能性は、充分に有り得る話だ


 俺の言葉に難しい顔をしながらも、その可能性を否定することは出来なかったのだろう。


「確かに、アリスの周辺で事件が起き続けていることを考えれば、全て裏に同一犯がいるという可能性には、一考の余地がある」


 と、声を出してくる目の前の男に。


「……あー、それで、だ。

 気を悪くしねぇで聞いて欲しいんだが。

 アンタには悪いけど、それで得をする人間が誰かを考えた時に……。

 1人だけ。明確に、この件で得をしている人間がいるんだよ」


 と、俺は続けて言葉を出した。


 何も考えられないような人間ならば、ここで俺に対して『それは誰なのか』と聞いてきただろう。


 でも、目の前の男は馬鹿じゃない。


 頭の回転も圧倒的に早い部類に入る方だ……。


 直ぐに俺が何を言いたいのかを察して……。


「まさか、お前。……がっ。

 皇后様を殺した上で、アリスを狙っていると言いたいのか?」


 と、此方に向かって、いつもよりも僅かながらほんの少し低い声を出したのが聞こえて来た。


 普段あまり変わらないその表情からは、今も殆ど変化が見受けられず、確実に怒っているとは読み取れないが……。


【身内のことをこうして疑われるのには、いい気がしないだろう】


 ってことくらいは、俺にも分かっているし。

 流石に俺でもこういうセンシティブな話題に関して配慮するくらいのことは出来る。


 この話題に関しては、どこまでも、慎重になりつつ。


「あくまでも、可能性の話だ。

 だが、そう考えるに至った理由が全く無い訳じゃない。

 皇帝が姫さんに侍女を1人、寄越してくれることになった時。

 アンタの母親である今の皇后の推薦で、姫さんに付くことになった新米の侍女の動きがずっと誰かに脅されたような感じで怪しかったってのもあって。

 元々、皇后や、それに近しい人間については、悪いがずっと疑っていた」


 と、説明する。


 俺自身、元々は公爵の手紙の行方から始まったこの件について。

 第一皇子であるコイツにだけ、全てを任せて。


 姫さんの周りで不穏な事件が起きる度に、何もせずに手をこまねいていた訳ではない。


 囚人の毒殺事件以外に関しては、検閲係にしてもミュラトールっていう貴族に関しても、それぞれ事件の犯人と思われる人物に適切な処罰が下されているのは分かってはいたものの。


 姫さんの周りで事件が立て続けに起きすぎていることについて、ずっと違和感を持っていた。


【幾ら姫さんが、髪色の所為で敵が多いとはいえ……。

 1年も経たないうちにこうも立て続けに色々なことがあると、姫さんの護衛っていう観点で考えてみても不安要素は拭い去れなかったし】


 皇后の推薦で送られてきたという、あの新米の侍女の動きが怪しかったのもあって、普段からマークしつつ。


 アルフレッドとも協力して。


 今の今まで、探れる範囲で皇宮で働く侍女や執事など、膨大とも思える人間の中から特に怪しいと俺が直感で感じた奴の素性などは調べてもいた。


 誰が敵かも分からない中で。


 立て続けに起こる事件に、なるべく姫さんの側を離れるわけにはいかない状態だったから、あまり成果は見られなかったが……。


 それでも侍女さんから、今まで姫さんが置かれていた状況について詳しい話などを聞いたりしていくうちに。

 過去も含めて、姫さんの周辺にいた人間関係を整理していくことも出来て、その中で見えてきたことも幾つかはあった。


 ここで、問題になるのは……。


 侍女さんがずっと姫さんの待遇に関して上に訴え続けていたのにも関わらず、何故、“誰も姫さんの置かれていた状況に気付かなかったのか”ということだ……。


 侍女さんは、自分だけが嘘を言っているようにしかとって貰えなかったと言っていたが。


【幾らベテランの侍女達が揃って姫さんのことに関して結託して自分たちの都合のいいように周囲へと話していたとしても……。

 上に立つ人間が姫さんの周囲にいる侍女達の動向について完全に把握していなかったということは本当に有り得るんだろうか?】


 どちらかと言うのなら、と言われた方がまだしっくりくる。


 それと同時に……。


 俺が調べた限り、皇宮の侍女たちを一手に纏め上げている侍女長は……。


 現在、姫さんの継母ままははである新しい皇后とかなり親しいような間柄であり。

 頻繁に皇后宮に出入りして、皇后に仕えている人間であるというところまでは把握している。


【本来、侍女長ってのは、侍女達を纏め上げるための指示を出す側の人間であり、誰か1人に対して仕えているような今の現状も異常っていったら、異常だろう】


 姫さんの元に来た怪しい動きをする新人の侍女と、姫さんの今までの状況を見過ごしていたであろう立場のある人間の侍女長、そのどちらもが、今の皇后に仕えていた。


 ――そこの因果関係についてはまだ分かってねぇけど


 偶然も幾つか重なれば、疑うだけの材料にはなり得るものだ。


 俺の言葉を聞いて、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたあとで


「……それで? その侍女はアリスに何か仕出かしたのか?」


 と、聞いてくる目の前の男に、俺は首を横に振ってそれを否定した。


「いや、最初の頃はかなり怪しい動きをしていたが、今は何事も無く姫さんに誠心誠意仕えてるよ。

 ……だが、それは姫さんの優しい性格に触れたからこそ改心したような感じだと俺は睨んでる。

 それで、あの侍女がを消すことは俺には出来ない」


「……そうか。

 母上が絡んでいる可能性についてはまだ分からないが。

 その侍女に関しては、お前が言うのなら、そうなんだろうな」


 はっきりと、そう言って俺の言葉を肯定する目の前の男に。


【お互いにあまり波長が合わない相手とはいえど……。

 ある程度、俺自身の能力について信頼をされていることに関しては話が早くて助かるな】


 と、内心で思いながらも。


 真面目な表情をしたあとで、


「ずっと、そうじゃなきゃいいとは、思っていた。

 俺だって、血は繋がっていないとはいえ、姫さんの、仮にも継母ままははとなる人間を疑いたくはねぇよ。

 けど、デビュタントの時に今の皇后から、嫌な雰囲気を感じたってのもある。

 姫さんのことを褒めたり心配して助けたりしているようで、実際は“”を受けたっていうか、この辺りは俺の勘でしかないから、明確にそうだって事は言えないけど……」


 と、自分の今感じていることもはっきりと伝えておく。


 これも、俺にとっては懸念材料の一つだった。


 嫌な気配ってのは、どんなに隠そうと思っても、自然に滲み出てくるようなもんだと俺は思う。


 俺自体はそういう誰かからの視線に対してかなり鋭い方だから、こういう感覚ってのはあくまでもとしかいいようがないけど。


【デビュタントの時にちょいちょい言葉の節々からも感じてたが、本当に思いやっているのなら、姫さんのことをは出てこないんじゃないだろうか】


 それが、あくまでも姫さんのことを心配するような言葉であろうとも。


【折角のそなたのデビュタントなのに、最後の最後でケチが付いた】


 とか……。


 ああいう発言で。


 姫さんのデビュタントの時に、そういった嫌な感じを皇后から受けたってのは、偽らざる俺の本音だった。


 そして、今まで自分が生き抜いてきた経験も含めて、俺は絶対的にを信頼している。


 例え、一連の事件に絡んでなかったとしても、新しい皇后が姫さんに対してあまり良い印象を持っていないことについて、十中八九そうなんだろうなって、俺は睨んでいる。


 ――だけど、目の前の男は違うだろう。


 俺からそう言われても、自分の母親がそうだなんてこと、思いたくもないだろうし。

 俺という他人の言葉よりも、家族である自分の母親のことを信じても何ら可笑しくはない場面だ。


「アンタなら……。

 もしもそうだった時どうするのか、事前に聞いておきたかったっていうのもある」


【その時、この男が姫さんの味方になるとは限らないだろうし】


 その辺り、難しい問題だと思うから。

 敢えてこうして言葉を濁すこともなく、はっきりとそう伝えれば……。


 未だ難しい表情を浮かべたままの目の前の男から、少しだけ間をおいて


「母上は前皇后様と、確かに確執があったと思う。

 だが、俺たちにはそういう姿は極力見せないようにしていたし、一線を越えるようなことは無いと信じたい部分もあるが……。

 母上の性格上、ヒステリックな部分が無いとは決して言い切れないし、というような強迫観念に駆られているような部分もあって……。

 もしも前皇后様やアリスに何か害を為すようなことをしていると言われても、その可能性を俺自身、完全に否定出来ない部分はある」


 という言葉が返ってきた。


 まさかそんな言葉が目の前の男から返ってくるとは思わずに驚きに目を見開いた俺は。


「……あー、俺が言うのも何だがっ。

 アンタの母親だろう? ……なんか、信じ切れないっつうか、否定出来ない材料について理由でもあんのか?」


 と、問いかける。


 目の前で、真っ直ぐに俺を見てくる男の瞳はまるで揺らぐこともなく。


 俺から自分の母親が何か事件の犯人として絡んでいるんじゃないかと聞かれているにしては、あまりにも落ち着き払っていた。


「今日、馬車の中で、母方ははがたであるフロレンス家とはあまり関係性が良好じゃなかったという話はしただろう?」


「あ? ……あぁ、アンタの祖父が金に執着して意地汚くて野心家だった、みたいな話だったか?」


「そうだ。……母上はそれで大分苦労したそうだ。

 生まれてきてからずっと、皇帝陛下、父上と結婚をすることだけを目標に課され、英才教育というていのいい名目で誤魔化され続けながら、厳しい監視下に置かれ、母上自身はずっと才媛さいえんであり続けなければならなかったらしい。

 血反吐を吐きながら苦労したというのが、一種の母上の美徳でもあった」


「……で、その名残で、自分はのし上がらなければいけないという強迫観念に駆られている状況は今になっても続いている、と……? 皇后になった今も?」


「……それは分からない。

 だが、目的の為ならば手段を選ばないような強引なところは、俺の目で見ても度々思うところはある。

 一線を越えて、法を犯すようなことはしていないと、信じたいがな……」


 そうして、苦虫を噛み潰したような表情で、そう言う目の前の男に、俺は何て声をかけたらいいのか一瞬だけ躊躇ってから……。


 あまりにもらしくない自分の内心を嘲るように鼻で笑ったあとで、目の前の男へと真っ直ぐ視線を向けた。


「アンタには悪いが、もしもそうだった場合、俺は一切、容赦するつもりなんざねぇよ。

 姫さんの敵になるのなら、イコールして、その全てが俺の敵だ」


 結局、色々と頭の中でごちゃごちゃと考えた所で、俺にとって大事なものは、ただ一つしかないし。


 そこだけは、明確だ。


 それが例え、身近にいる人間であろうとも、姫さんの敵になるのなら容赦はしない。


 ――どんなことが起きようとも、俺自身は、一番守りたいものを守るだけ。


 はっきりと口に出した俺の言葉に。


「もしもそうだった場合、直ぐに明確な答えなど出せそうもない。

 だが、母上のみならず、俺にとって親しい人間がもしも法を犯すようなことをしているのなら……。

 そこまでのことをするにあたった経緯や事情について、詳しい理由についてはしっかりと聞きはするだろうが、正当に人としてその罪を償うべきだと、俺は思う」


 と、真面目に言葉が返ってきて。


【本当に、何から何までお堅いヤツ】


 と思いながらも……。


 この男がこんな風に考えられるような人間であることに関して、俺もある意味で信頼をしていたことに今になって気付く。


 だから……。


 口の端を吊り上げて、少しだけ笑みを溢し。


「その言葉が聞けただけでも、充分だ」


 と、声に出した俺の言葉は、嘘偽りのない本心だった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?