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第207話 夜空の鑑賞会



 自分の泊まる部屋にわざわざ運ばれてきた夕食を頂いてから。


 ローラが張り切って沸かしてくれたお風呂に……。

 いつの間に持ってきてくれていたのか、特製のオイルを垂らしてくれて。


 フローラルで優しい香りのするお風呂をじっくりと堪能したあとで。


 私はほかほかと湯気を立てながらお風呂から上がり、皇宮にある自分の部屋とはまた違うベッドに腰を降ろした。


 パキッとした真新しいシーツに、枕がいっぱいあって、ふかふかのベッドの上は座るだけでも凄く気持ちがいい。


 そこで一息吐いてから、頭の中で色々とぼんやりと取り留めの無いことを考える。


 ――どうしてか


 お兄さまが付けてくれた侍女のミラもハンナも夕食を食べる時からずっと優しい視線を向けてきてくれて、仕舞いには


【皇女様、何か出来ることがあるなら、いつでも遠慮せずに私共にお申し付け下さいっ!】


 と、ハンナが食い気味で言ってくれて、ミラもそれに対して頷いてくれていたんだけど。


 一体、最初に私と別れたあと何があったのだろう?


 もしかして、ローラかセオドアが気遣ってくれて、何か私のことに関して2人に色々と伝えてくれたのかな?


 内心でそんなことを思いながら……。


 そう言えば、此処に来た時に、ホテルで働いているスタッフが『部屋から見える星が綺麗だ』って言っていたなぁ、と思い出した私は。


 自分が着ているネグリジェの上からストールを肩にかけて。


 ガラス張りになっている部屋の中から空を見てもいいけれど、折角だからとバルコニーに続く扉をがちゃりと開ける。


 バルコニーには、木製の椅子と机が並べられていて、当然なんだけど、外からの方が空の景色をしっかりと楽しめるような作りになっていた。


 シィンと静まり返った空は、どこまでも澄んでいて、まるで吸い込まれそうな感覚を呼び起こさせてくる。


 ここからだと本当に景色が凄く綺麗に見えて、暗い夜空に満点の星々が広がっているのが分かって。


【本当に、凄く綺麗……】


 と、ホテルのスタッフがお勧めするだけのことはあるなぁ、と内心で思いながらも。


 1人でこの風景を見るには、あまりにも勿体ないような感じがしたのと同時に、途端、心細いような気持ちが湧いてきて……。


 折角だから、セオドアとアルとローラも誘ってみようかな、と思いついたあと。


【あ、でもっ、もしかしたらローラはもうお部屋で休んでくれているかもしれない】


 と、思いとどまった。


 結局、夕ご飯を食べるまでにも休んで欲しいと伝えていたのに。


 自室で私がお風呂に入る時のために、幾つか持ってきてくれていたというオイルを調合してくれていたらしいローラは休んでくれていないはず。


 いつも私のことを考えて動いてくれているから、少しは休んで欲しいなっていう気持ちが凄くあって。


【ここで、私が誘っても、無理に付き合わせちゃうだけになっちゃうかも……】


 と、内心で、思いながら。


 一先ず、一番私の部屋から遠くにいるアルを誘ってみて。


 セオドアとローラを誘うかは、それから考ても遅くないかな、と思った私は。

 一度バルコニーから部屋へと戻り、宿泊しているホテルの部屋から廊下へと続く扉のノブへと手をかけた。


「……っ、セオドア……?」


 私が部屋を開けると、丁度、扉の外にはセオドアが立ってくれていて、私の姿を見つけたあとで


「姫さん、どうした?」


 と、声をかけてくれる。


【もしかして、皇宮の自室の時みたいに私の部屋の扉の前に立ってくれて。

 ずっとこの場所に立って警護をしてくれていたんだろうか……?】


 ここはホテルの最上階で安全だから、セオドアに警護をして貰わなくてもきっと大丈夫だと思うんだけど……。


 ほんの少し、そのことに申し訳なく思いながらも


「あっ、セオドア、あのねっ……。

 ホテルのスタッフさんが、この部屋の説明をしてくれた時に星が綺麗だって言っていたでしょう?

 1人で見るのも凄く寂しいし、折角だからアルやセオドアのことも誘ってみんなで一緒に見られないかなって思って。

 あっ、あのっ、疲れてるなら無理はしなくて良いからねっ?」


 無理強いをするようなつもりは全く無いということを強調しつつ。


 良かったら一緒に見てくれないかな? と、セオドアを誘えば……。


「あぁ、そうだな。……折角だし、姫さんが誘ってくれるなら、俺も一緒に見ようかな。

 何ならアルフレッドはそういう自然を見るのが好きなヤツだから、誘ってやったら大喜びするだろう。

 それに、誘わなかったら“お前たち、また僕だけ除け者にしてっ”って怒ってきそうだしな」


 と、セオドアは、私の言葉に直ぐに頷いて了承してくれた。


 そのことに思わず、ぱあっと表情を明るくして『ありがとうっ』とお礼を伝えてから、ふにゃっと表情を緩めたあとでセオドアに視線を向ける。


【ホテルの部屋の中で、星を見る】


 という、ただそれだけのことなのに。


 独りぼっちで見る時よりも、みんなを誘って大人数で見る方が、まるで自分が非日常の中に紛れ込んだようで……。


 何だか特別なイベントのような感じがして、わくわく感が増してくる。


「じゃぁ、早速アルを呼びに行ってくるねっ!」


 嬉しい気持ちが抑えきれなくて、善は急げ、と言う感じで。

 早速、下の階に降りて、アルを呼びに行こうとホテルの廊下を歩きだそうとすれば。


 セオドアが


「あぁ……。いや、姫さんが行く必要はねぇよ。

 一応、ホテルの中といえども、下の階にわざわざ降りなきゃいけねぇし……。

 こんな夜遅くに、そんな格好をした姫さんを出歩かせる訳にはいかねぇから、俺が呼んでくる」


 と、声をかけてくれた。


「……あ、ありがとう、セオドア。

 あのっ、でもねっ! こんな夜に全然知らない場所の廊下を歩いて、下の階に降りて、誰かを誘いに行くって、なんだか探検するみたいで、楽しそうだなって。

 だからもしも可能なら、私も行きたいんだけど……。

 そのっ、我が儘なんだけど、セオドア、良かったら一緒にアルを誘いに行くの付いて来て貰ってもいいかな?」


 浮かれて、はしゃいで……。


 何となくあまりにも子供っぽすぎる理由に、自分の中で気恥ずかしい気持ちが湧いてきたけれど。


 何処かに泊まって、見るもの全てが新鮮でしかない見知らぬこの場所で……。


 ちょっとの距離だけど、エレベーターに乗って、階下に降りて。


 誰かを誘いに行く道のりが楽しそうで。

 1人で行くのがダメなら、セオドアに一緒に付いて来てくれないかとお願いすれば、少しだけ驚いたように目を見開いたあとで


「あぁ、まぁそうだよな。

 普段、滅多にこういうこと出来ねぇもんな。……分かった、俺も一緒に付いて行く」


 と、セオドアは私の言葉を了承してくれた。


 その言葉に嬉しくなってふわっと笑顔を向けたあとで


「本当に? ありがとうっ」


 と、お礼を伝えれば。

 セオドアが私の隣で歩幅を合わせながらゆっくりと歩き始めてくれた。


 ホテルに敷かれた絨毯の上を……。

 2人で一緒に新鮮な気分を感じながら並んで歩いて、エレベーターに乗り込んで。


 下の階に降りれば、手慣れた様子でセオドアがアルの部屋へと案内してくれる。


 そのことに


【どうして、セオドアはアルの部屋を知っているのだろう?】


 と、内心で不思議に思いながらも。


 私は少しだけの距離しかなかった冒険をそっと終え、セオドアからアルの部屋だと言われた方の扉をコンコンと二回、ノックした。


「……何だ、お前達。まだ起きていたのか? 一体、どうしたのだ」


 私が部屋をノックすると直ぐにがちゃっと扉を開けて出てきてくれて……。

 私達が揃ってやって来たことに驚いた様子で問いかけてくるアルに。


「あのね、アルっ。私の部屋から見えるお星様が凄く綺麗なんだって、ホテルのスタッフが教えてくれたから……。

 これからセオドアと一緒に、私の部屋で夜空の鑑賞会をするんだけど、良かったらアルも一緒に参加しないかなって思って誘いに来たの」


 と、にこっと笑みを浮かべて、事情を説明して誘えば。


 アルは直ぐに私の言葉を聞いてから


「なんだ、それは。お前達、凄く楽しそうな遊びを思いついたのだなっ! 僕も行くっ!」


 と、乗り気になって声を出してくれた。


 夜空についてはアルの部屋からも見ることが出来るんだろうけど。

 私と同じで“”ということに、アルも気分を高めてわくわくしてくれているのが分かって嬉しくなってくる。


 私がアルの部屋と、私の部屋に帰るまでの本当に何の変哲も無い短い距離しかない道のりに、新鮮味と楽しさを感じながら、3人で自室へと戻ってくると。


 私の泊まる部屋に初めて入ってくれたアルが、きょろきょろと室内を見渡したあとで。


「アリスの泊まる部屋はこんな感じになっていたのか。……僕の部屋とは部屋の雰囲気が少し違うな」


 と、声をかけてくれた。


 その部屋、一つとっても別の雰囲気の調度品などを置くことで、再度ホテルに来て別の部屋に泊まった時もまた違った楽しみがあるよう工夫され……。


 各部屋についてもそれぞれ何かコンセプトのようなものがあるのだろう。


「そうなんだ、アルの部屋はどんな感じだったの?」


 私がアルに向かってそう問いかければ。


「うむ、木の温もりのようなものが感じられる落ち着いた部屋だったぞ。

 ……凄く僕好みの部屋だった」


 と、アルから宿泊している部屋の雰囲気を教えて貰えた。


「そっか。……話を聞いているとアルの部屋も凄く良さそうなお部屋だね。

 あっ、そういえばお部屋の中に、冷たい氷と一緒にドリンクが幾つか入っていたのは飲んだ?

 あれ、全部無料なんだってっ。……折角だから夜空の鑑賞会をする時にみんなで一緒に飲まない?」


 アルの言葉に返事をしたあとで、私はお部屋の中に置かれていたドリンクの方に視線を向けた。


 あのドリンクが置かれているのを見た時は……。

 最初、別途、お金がかかったりするのかなと内心で思ってドキドキしたのだけど。


 その近くに置かれたしっかりとした説明書きに、全てホテル側のサービスであるということが書かれていた。


 多分、それも込みでの宿泊料なのだとは思うんだけど。


 折角だから、グラスに飲み物を入れて。

 バルコニーでみんなでジュースか何かを飲みながら、夜空を見れば良いんじゃ無いかなと思いつつ、2人に声をかければ。


 私の言葉を聞いて、アルが驚いたように目を見開いたあとで


「何だ、そうだったのかっ?

 この国の言語で書かれている内容で読めない箇所があったから、迂闊に手は出せぬと思っていたが、それなら遠慮する必要は何処にもなかったな」


 と、声を出してくれた。


「うん、アルはどれにする? セオドアも、もし良かったらお酒も置いてあるよ」


 私が、にこっと2人に向かって笑いかけると、セオドアが苦笑しながら


「あー。……俺はさっき第一皇子に用事があって、一杯奢って貰ってきた」


 と、此方に向かって遠慮がちに言葉を出してくれるのが聞こえて来た。


 そのことに、珍しいなと思いながら私は目を瞬かせ。


【あ、もしかして、それでさっき、アルの部屋がどっちにあるか直ぐに分かったのかな】


 内心で、セオドアがアルの部屋が直ぐに分かった理由について、見当を付けつつ。


「お兄さまの部屋にあったお酒は、私の部屋にあるものとは別物かもしれないし。

 セオドアさえ嫌じゃなければ、好きなものを飲んでくれて構わないよ」


 と、声をかける。


 折角サービスとして提供して貰っているものだし。

 私自身は飲まないから、余らせるのも勿体ない。


 遠慮せずに、此処にあるものは好きに飲んでくれて良いと言外に滲ませて言葉を出せば。


 セオドアが『じゃぁ、遠慮なく飲ませて貰う』と声を出してくれた。


「そうだ、あと、ローラも呼ぼうかなって思ったんだけど、もう休んでいるかな?

 少しでも休んで欲しいのに、私の事を考えて夕食前にもお風呂で使うオイルを調合してくれていたみたいだから、声をかけるか悩んでて……。

 ハンナやミラにも飲み物だけでも好きなものを差し入れした方がいいのかなって思ってるんだけど」


 そうして、私が2人にそう問いかければ。


「うむ、そうだな。ローラならアリスが声をかければ喜ぶだろうが。

 確かにあまり休んでいなさそうなのは僕も感じているし、難しいところだな」


「あぁ、侍女さんか。……多分姫さんが呼んだら来てはくれるだろうけど。

 そうだな、こういう時くらいじゃないと休んだりしないだろうし、今日は声をかけなくてもいいかもしれないな。

 他の2人の侍女については姫さんが気にかけるようなことでもなさそうだが。

 飲み物に関しては、この調子でいくとどうせ明日もサービスがありそうな雰囲気があるし、もし姫さんが気にするなら、明日好きなものを選んで貰ったら良いんじゃないか?」


 と、アルとセオドアから言葉が返ってきた。


 セオドアの提案に、確かに明日の朝、好きなものを選んで貰った方がいいかなと私も納得する。


 折角、それぞれの部屋でゆっくりしていて、お仕事モードから解放されているのに。

 私が声をかければそれだけでまた、どうしてもお仕事のことを考えなければいけなくなってしまう可能性だってある。


 それなら今日は声をかけずに、明日私の部屋に来てくれた時にみんなに声をかけた方がいいだろう。


 セオドアの言葉に


「うん、そうだね、セオドア。……もう夜も遅いし、みんなには明日声をかけることにするね」


 と、同意するよう頷いたあとで、私は目の前に置かれているドリンクへと再び視線を向けた。


 ブドウやオレンジなどジュースも豊富な種類があって。

 その中からフレッシュジュースにしようと決めて、アルとセオドアに『どうする?』と窺うように目線を向ければ。


 アルは、ブドウジュースにして。


 セオドアは多分だけど、ウィスキーを手に持っていた。


 グラスも部屋の中に置かれていたものをとって、瓶の蓋を開け、自分でそれを注ぎ入れれば。

 フルーツの良い香りが部屋の中に広がってくる。


「セオドア、お酒はそれで大丈夫? よく分からないけど、こういうのって何かで割った方がいいのかな?」


 巻き戻し前の軸の時も含めて、自分がお酒を全く飲まなかったため、薄い知識しかないのだけど。


 ワインじゃないお酒に関しては水とかで割ったりするんじゃないだろうかと思っていたら。


「あぁ、大丈夫だ。自分でやるから、心配しなくてもいい」


 と、手慣れた様子でグラスの中に氷を入れてセオドアがお酒を作っていた。


 みんなの準備が出来れば、あとは空を見るだけで。


 バルコニーの方へと2人を案内すれば……。


 外に出るということに驚いた様子でセオドアが


「姫さん、流石に完全に外に出ることになればその格好じゃ寒いだろう?

 ちょっと待っててくれ、俺のマントを取ってくる」


 と、慌てて私の部屋から出て行って、自分の泊まる予定の部屋からいつもセオドアが付けている騎士のマントを持ってきてくれた。


「あ、ありがとう、セオドアっ」


 折りたたんでくれても、私の身長じゃかなり大きなセオドアのマントをふわっと肩にかけてもらって。

 途端、鼻先を擽るように香ってくるセオドアの匂いに安心感を覚えながら。


 セオドアのお蔭で、大分、防寒することが出来た私はお礼を伝えたあとで、アルとセオドアと一緒にバルコニーへと出た。


 さっき1人で出た時はそこまで思わなかったけど、セオドアの言うように外は少し肌寒く。

 一瞬だけならまだしも暫く此処にいたら風邪を引いてしまう可能性もあるだろう。


 セオドアが用意してくれたマントに有り難いなぁと思いつつ、椅子に座り。


 机の上にセオドアが人数分のグラスを置いてくれて。

 アルがそれぞれの飲み物を補充する用に瓶ごと持ってきてくれれば。


 何て言うかそれだけで、ちょっとした夜のパーティーというか。

 秘密のお泊まり会のような感じがして、凄く楽しい雰囲気と、わくわくしたような気持ちが抑えきれなくなってくる。


【こんなことしたの、本当に初めてだから、凄く嬉しいし、楽しいっ】


 2人も同じように楽しんでくれていたら良いなぁと思いながら、先ほども見た筈の空へと視線を向ければ、一人で見た時に感じた寂しさのようなものは……。


 アルやセオドアが傍にいてくれるお蔭もあってか、全く感じなかった。


「見て、アル、セオドア、凄く綺麗だよっ」


「うむ。……星はいつ、どんな場所から見ても良いものだな」


「……そういや、お前は長く生きてるけど、星の名前ってのは俺たち人間が呼んでる名前と相違が無い物なのか?」


「あぁ、そうだな。……恐らくだがそこまで相違はないと思うぞ」


 ホッと一息、ミックスジュースを飲みながら、夜空に視線を向ければ。

 セオドアとアルが星の名前について、話しているのが聞こえて来て耳を傾けたあと。


「流れ星が通るうちに、3回、お願い事を言えたら叶うっていうお話も。

 精霊さんたちも、知っているようなことなの?」


 二人の会話に混ざって、アルにそう問いかければ。


「ふむ、それは興味深い話ではあるな。

 人間とは、本当に面白い迷信ばかりを生み出す生き物だな」


 と、アルが此方に向かって声を出してくれる。


 アルがそう言うっていうことは、本当にそうなんだろう。


「……そっか、じゃぁ、やっぱりそれは迷信なんだね」


 私自身、その話を完全に信じきっていた訳じゃないけれど。

 子供騙しでも、そういう話には何となく夢があるなって思っていたから。


 やっぱりあれは迷信なんだ、と、何となくがっかりしてしまう。


 私が、アルに向かってショボンとした声色で言葉を出せば。


「あぁ。……だが、僕は人間のそういう何かに希望や夢を持つような所は結構好きだぞ」


 と、アルがそう言ってくれたあとで


「僕はずっと引きこもっていたから、外のことに関しては凄く疎かったし。

 人間の中にはお前達のことを差別して最低なことをするようなヤツもいるのだと分かってはいて、そういう輩に関して思うことはあるが、それでもその全てを嫌いにはなれない。

 ローラや、ウィリアムやルーカスみたいに良い奴もいるしな」


 此方に向かってふわっと、笑顔を向けてくれた。


 その言葉に、安心しながら私もにこっと笑顔を返す。


 確かに、私自身もまだまだ私に対して敵意を向けてくるような人も大勢いるから、“普通の人”に対して積極的にはあまり良い印象が持てないけれど。


 それでも、ローラやルーカスさん、ジェルメールのデザイナーさんを含め、いい人もいるのだということは、巻き戻した後の今の軸で感じていることではあった。


【きっと、自分が時間を巻き戻さなかったら、私はそれを感じるようなこともなく。

 最後の最後にローラを失ってしまったことで、後悔してしまったまま死んでしまっていただろう】


 そう思うと、今の軸で生きていることにも。


 ほんの少し希望や、生きている意味のようなものを実感出来ているような気がする。


 それに、こうして、親しい間柄の人と一緒に夜空を見て。


 こんな風に、楽しい気持ちとか、感動したような気持ちを誰かに共有することが出来ることの嬉しさもきっと知らないままだったろう。


【願わくば、出来るだけ長く、ずっとこの幸せを感じていたいな】


 と、思いながら。


 私はアルとセオドアと一緒に夜空に浮かぶ綺麗な星に暫く視線を向け続けた。



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