話は少し戻って。
朝っぱらから和也と店長の抱擁シーンを見てしまい、パニくった美貴が店を飛び出して、なんやかんやあった、その日の夕方。
「お先失礼しまーす」
「お先っす」
「ふたりとも、青春するのよお~~!」
店長に挨拶をした和也と美貴は、いそいそと厨房から出ていった。
店長と先輩のはからいで、二人は予定より早く仕事を上がることに。
さらに、翌日は強制的に休みを取らされ、和也は向こう数日昼夕のみの勤務を命じられたのだった。
更衣室の外では、先に着替えを終えた美貴が和也を待っていた。
「おまち、美貴」
「っていうか和也の私服ヤバくない?」
「なにがだよ。バイク乗るのに長袖は必須なんだよ」
「じゃなくって、中に着てるピザTシャツって一体wwwww」
美貴が和也のTシャツを指差して、ケラケラと笑っている。
「あぁ? ……タダのもんに文句言われてもなあ。これ、店の余ったノベルティなんだよ」
「エビのぬいぐるみみたいな?」
「それ他社のグッズ! うちはネコだよ」
「そうでした」
店名がピザキャットなのだから、マスコットキャラはネコ以外ありえない。
「じゃあ何ならいいんだよ。よくわかんねーからお前が見立ててくれよ」
「今度買い物にいきましょ」
「いっとくけど、あんま金ねーからな」
「はいはい」
和也は、美貴を軽くいなすと、そのまま通用口となっているドアへと促した。
『バタン』
美貴を先に外へ出すと、和也は通用口のドアを閉めた。
その瞬間、急に和也が美貴を抱き締めた。
「仕事中、ずっとこうしたかった……みきぃ……」
ぎゅうううっ、とそれこそ音がしそうなぐらい、和也は美貴をかき抱いた。
甘く悩ましい声で自分の名を呼ぶ和也の豹変に驚きながらも、美貴は恥ずかしさで和也の抱擁をあまり喜んではいられなかった。
「やだ……誰か来ちゃう……まって」
「かまうもんか」ウィスパーボイスでつぶやく。
指先で美貴の顎をつい、と持ち上げると和也は荒っぽく美貴の唇を貪り始めた。早々に美貴の口腔に舌を差し込むと、容赦なくねぶり回した。
「んん……む……」
「美貴……愛してる……美貴」
息継ぎの合間に恋人への愛を囁く勤労青年は、彼女が少々迷惑していることに気付く余裕は微塵もない。飢えを満たそうと、美貴の唾液を貪欲に味わっている。
「む……んん……らめぇ、まって」
美貴は和也の髪を掴んで後にぎゅっと引っぱると、わずかに口を剥がすことに成功した。
「お願いだから待ってってば」
「待たない。逃げたら困る」
「逃げないからうちに行ってからにして」
「三年も会えなかったのに、待てるかよ」
再び口づけしようとする和也の髪を、慌てて引き戻す。
「で、でも、ほんとに、ちょっと離して。ここは、だめって、ねえ聞いてる?」
「やーだ。どんだけ俺が嬉しいか分かんねぇだろ。も、心臓おかしくなりそうだ」
「わかってるって。和也がすごいドキドキしてるの。……だからウチにいこ、ね?」
「うう……もうちょっと……もう、ちょ」
口をおちょこにして迫る和也。
美貴がとうとうプッツンした。
「裏口のドア蹴るよ!!」
「ちッ……わかったよ」
「ふう。助かったぁ」
渋々美貴を解放した和也は、一拍おいてから、忘れものを取りにきたかのようにキスをした。
「へへっ」
「もう! ウチでって言ってるのに」
「わーったよ。じゃあ、帰ろうな」
「いきましょ。……ん?」
「あれ? ……あ。なんで」
和也の目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「相変わらず泣き虫なんだから」
美貴がハンカチで和也の涙をぬぐった。
「え……あの……あれ?」
「大丈夫よ」
「ああ。ごめん」和也は震える声で謝る。
「なんであんたの方が泣くのよ」
「なんでだろうな……安心したら急に」
和也は泣きながら、ぎゅうううっ、と美貴を抱き締める。
「またぁ」
「もう、どこにも行かないでくれよ……おねがいだから」
美貴の肩に顔をうずめながら、啜り泣く和也。
「うん。いかないよ。いかないから」
美貴は和也の背中を優しくぽんぽん叩いた。