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第1話

 話は少し戻って。


 朝っぱらから和也と店長の抱擁シーンを見てしまい、パニくった美貴が店を飛び出して、なんやかんやあった、その日の夕方。


「お先失礼しまーす」

「お先っす」

「ふたりとも、青春するのよお~~!」


 店長に挨拶をした和也と美貴は、いそいそと厨房から出ていった。


 店長と先輩のはからいで、二人は予定より早く仕事を上がることに。

 さらに、翌日は強制的に休みを取らされ、和也は向こう数日昼夕のみの勤務を命じられたのだった。


 更衣室の外では、先に着替えを終えた美貴が和也を待っていた。


「おまち、美貴」

「っていうか和也の私服ヤバくない?」

「なにがだよ。バイク乗るのに長袖は必須なんだよ」

「じゃなくって、中に着てるピザTシャツって一体wwwww」


 美貴が和也のTシャツを指差して、ケラケラと笑っている。


「あぁ? ……タダのもんに文句言われてもなあ。これ、店の余ったノベルティなんだよ」

「エビのぬいぐるみみたいな?」

「それ他社のグッズ! うちはネコだよ」

「そうでした」


 店名がピザキャットなのだから、マスコットキャラはネコ以外ありえない。


「じゃあ何ならいいんだよ。よくわかんねーからお前が見立ててくれよ」

「今度買い物にいきましょ」

「いっとくけど、あんま金ねーからな」

「はいはい」


 和也は、美貴を軽くいなすと、そのまま通用口となっているドアへと促した。


『バタン』


 美貴を先に外へ出すと、和也は通用口のドアを閉めた。

 その瞬間、急に和也が美貴を抱き締めた。


「仕事中、ずっとこうしたかった……みきぃ……」


 ぎゅうううっ、とそれこそ音がしそうなぐらい、和也は美貴をかき抱いた。

 甘く悩ましい声で自分の名を呼ぶ和也の豹変に驚きながらも、美貴は恥ずかしさで和也の抱擁をあまり喜んではいられなかった。


「やだ……誰か来ちゃう……まって」

「かまうもんか」ウィスパーボイスでつぶやく。


 指先で美貴の顎をつい、と持ち上げると和也は荒っぽく美貴の唇を貪り始めた。早々に美貴の口腔に舌を差し込むと、容赦なくねぶり回した。


「んん……む……」

「美貴……愛してる……美貴」


 息継ぎの合間に恋人への愛を囁く勤労青年は、彼女が少々迷惑していることに気付く余裕は微塵もない。飢えを満たそうと、美貴の唾液を貪欲に味わっている。


「む……んん……らめぇ、まって」


 美貴は和也の髪を掴んで後にぎゅっと引っぱると、わずかに口を剥がすことに成功した。


「お願いだから待ってってば」

「待たない。逃げたら困る」

「逃げないからうちに行ってからにして」

「三年も会えなかったのに、待てるかよ」


 再び口づけしようとする和也の髪を、慌てて引き戻す。


「で、でも、ほんとに、ちょっと離して。ここは、だめって、ねえ聞いてる?」

「やーだ。どんだけ俺が嬉しいか分かんねぇだろ。も、心臓おかしくなりそうだ」

「わかってるって。和也がすごいドキドキしてるの。……だからウチにいこ、ね?」


「うう……もうちょっと……もう、ちょ」

 口をおちょこにして迫る和也。


 美貴がとうとうプッツンした。


「裏口のドア蹴るよ!!」

「ちッ……わかったよ」

「ふう。助かったぁ」


 渋々美貴を解放した和也は、一拍おいてから、忘れものを取りにきたかのようにキスをした。


「へへっ」

「もう! ウチでって言ってるのに」

「わーったよ。じゃあ、帰ろうな」

「いきましょ。……ん?」


「あれ? ……あ。なんで」

 和也の目からぽろぽろと涙がこぼれた。


「相変わらず泣き虫なんだから」

 美貴がハンカチで和也の涙をぬぐった。


「え……あの……あれ?」

「大丈夫よ」

「ああ。ごめん」和也は震える声で謝る。

「なんであんたの方が泣くのよ」

「なんでだろうな……安心したら急に」


 和也は泣きながら、ぎゅうううっ、と美貴を抱き締める。


「またぁ」


「もう、どこにも行かないでくれよ……おねがいだから」

 美貴の肩に顔をうずめながら、啜り泣く和也。


「うん。いかないよ。いかないから」

 美貴は和也の背中を優しくぽんぽん叩いた。

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