和也はバイクの後に美貴を乗せ、店から美貴の自宅へと急ぐ。が、あいにく渋滞に巻き込まれ、恋人との二人乗りを楽しむどころではなかった。
そういえば、自転車の後ろに乗せたことはあっても、バイクは初めてだな、と和也が気づいたのは、走り出してからしばらく経ってからのことだった。
「なんか悪いことしちゃったかなあ?」
口ではそう言いつつも、全く悪いと思っていない美貴の声が、ヘルメットのインカム越しに聞こえる。
「マジで俺そう思ってる。悪いどころか申し訳なさすぎて吐くわ」
「う~ん……やっぱそうかな……」
せっかくヨリを戻したばかりなのに、美貴にまで罪悪感を与えることはなかった、と気づいて和也は話題を変えた。
「それよか、お前暑くないか? 夏場、動かないバイクに乗ってるぐらい暑いこたあない」
「まあ、日は落ちてるから……あはは」
(バイクに乗り慣れていないこいつを乗せて、渋滞の中をすり抜けする訳にもいかねえし……)
「もうちょっと頑張れ。だが気分悪くなったらすぐに言えよ?」
「わ、わかった……でも」
「ん? どうした?」
「暑いけど、うれしい……」
「お、おう……お、俺も……お前とニケツ出来てすげえうれしい。これで道が空いてりゃなあ」
「だね」
和也の腰に回した美貴の腕にぎゅっと力がこもる。
「ああ。メット、息苦しくないか? 大丈夫か?」
「だいじょうぶだよ~。この透明なの開けたら排ガス臭いからあけらんないけど」
「だよなあ……せめて車が動いていりゃあ」
「が、がむばる」
「お、おう、マジでムリすんなよ」
そんな二人がぐったりしつつ目的地に到着したのは、それから30分後だった。
☆
「ただいまー……」
「ぉじゃましゃっす」
美貴の自宅に到着した途端、涼しい玄関に雪崩れ込む二人。暑い外気に蒸し上げられた二人にとって、そこはまさに回復ゾーンだった。
となりのコンビニで買ったドリンクやお菓子がレジ袋から床に転がり落ちた。廊下の端まで冷えているなんて贅沢極まりない、和也はそう思いつつ、買ったものを拾い上げ、靴を脱いだ。
「あ、ちゃんとスリッパ履いてよね」
「めんどくせえなあ……」
「む!」
「へいへい……わかったよ」
金持ち仕草に若干の抵抗感を抱きつつ、和也はホルダーからスリッパを取りだし、目の前に放り出した。
美貴に促されて広いリビングに入ると、明かりは消えていて誰もいなかった。
「おばさん、いるんじゃなかったのか?」
「あれえ……ん、置き手紙がある。えーっと」
美貴はダイニングテーブルの上のメモ書きを手に取った。その脇には、10枚ほどの一万円札が剥き出しで置かれていた。それを目の端に入れた和也は内心毒づいた。
(チッ……これだから金持ちは……メシ代にいくら使う気なんだよ)
置き手紙に目を落としていた美貴は、ふてくされている和也に気付くことなく、
「お母さん、急な出張で一週間か10日ぐらい帰ってこないって……」
「出張? 病院勤めじゃないのか?」
「今のお母さん、フリーランスだから」
「へえ……医者にもそういうのあるのか……」
「それから、『和也君を誘って遊びに行って仲直りしなさいね』だってw やだもうお母さん、えへへ」
「お、おう……それでそんなにお金が……」
(すんません! おばさんマジすんません! 貧乏人のひがみこじらせて超すんません!)
和也は心の中で、美貴の母親に手を合わせた。
幼少期から美貴の実家に出入りしていて、金持ちの暮らしを垣間見ることに慣れていたはずなのに、この数年の苦境がすっかり自分を変えてしまっていたことに、和也は苦笑した。