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第死二話 元凶

 マスターが言うには、この水はマスターの知り合いの神社から汲んできた神聖な? 聖なる? 水で、この水を使って囲った場所は「それが上手く機能すれば」悪いものが入ってこれない結界のような働きをしてくれる、らしい。

 こんな状況の中に居るというのに未だに「非現実的な」と思ってしまう自分が正常なのかそれとも順応性がないのか、一瞬ワケがわからなくなってしまいながらも犬飼は一先ず「そうなんですね」と納得する事にした。

 今この状況で、この場面で、常識を問うのはきっと無意味な事だ。

 自分たちはそもそも、そういうものに遭遇してしまった事で彼らを頼ったのだから、今更そこを問題にしているのもただただ滑稽でしかないだろう。

「元凶と生贄というのは、結果的にイコールの場合があるんです。元凶というのはまぁ、つまりはその生贄を捧げて黒い部屋を呼び込んだ人間という事ですが、鷹羽さんの方に出現した黒い部屋の方を確認していた時にその元凶と生贄の関係がとても根深いものだという推測が立ったので、上手く行ったら繋がるんじゃないかなーと思って試してみたら繋がったんですよね」

「マスター。その辺オレも未だによくわかってないんですけど……」

「鷹羽さんの言っていた山内理絵さんが死んだのが、この学校のどこかなのかもしれないって事です」

 山内理絵。

 その名前を聞いた時、犬飼とキクは揃ってパッと顔を上げてマスターを見ていた。

「こういう儀式呪術というのは、大体にして元凶は"自分か生贄にか呪いたい対象に一番縁深い場所"を模したりするものらしいんですよね。今回の場合は学校ですが、例えばこれで犬飼くんたちが逆に我々の方に来ていたなら元凶が儀式を行ったのが鷹羽さんの会社だった、という可能性があるんですよ」

「山内さんを殺した犯人はこの学校に縁がある人間で、山内さんをここで殺したって事ですか?」

「正直に言うと、【黒い部屋】に関しては未知数の部分が多いので確定的ではないんですが、今回の場合は一対一対一……元凶が居て、生贄が居て、呪われている人がそれぞれ一人ずつなので、そうなんじゃないかなって話です」

「元凶と、生贄の山内さんと、呪われてるキクちゃん、ですよね」

 この状況で冷静に考察が出来る大人二人にちょっと複雑な気持ちになりつつ、犬飼はちらりとキクを見た。それを感じたのか、キクも犬飼を見上げる。

 山内。ヤマウチリエ。

 彼らの話をそのまま受け取るなら、その名前の人はこの学校に縁のある人間にこの学校で殺されている生贄で、被害者で、ヤマウチリエはキクを呪うために殺されたという、事になる。

 そこに犬飼たちがさっきまで考察していた内容を当てはめると、とんでもない話が浮かび上がってしまうのがまた恐ろしかった。

 だって犬飼たちはまさか、ヤマウチリエという人の名前が出てくるだなんて思っていなかった。【黒い部屋】を呼び出すのに生贄が必要なことも、その生贄がヤマウチリエという名前であるという事も、さっぱり知らなかった事なのだ。

 でも、でも、彼らはきっと確信を持っている。

 確信があるからこそ、ここに来ても平然としているのだ。


「元凶……心当たりが、あります」


 そんな彼らを前にして、誤魔化しなんかはきかないだろう。

 止めようと言うのか少しだけ顔をしかめたキクの表情は見なかったふりをして、犬飼はこの学校に来てからのことを二人に細かく語り始めた。

 弓道場の裏で発見したキクの名前の書かれた木の人形と、キクがそれに触れてしまった事。キクが触れてしまった原因となった女たちの事と、彼女たちから逃れるために校舎の中に逃げ込んだこと。そして、校舎の中に逃げ込んだことでまるで違う世界に入り込んでしまったかのように感じたり、外にあったものとはまた違う木の人形に襲われたという、こと。

 木の人形に襲われた、という辺りになると鷹羽の表情が固くなってからぎゅうーとしかめられたが、その表情の意味は犬飼にはよくわからない。

 ただ、静かな表情で娘を抱きながら話を聞いているマスターが、なんだか不気味だった。

「なるほど、山内由美、ですか……間違いないでしょうね」

「ただの女子高生が出来ることなんですか?」

「協力者が居れば不可能じゃないでしょう。その子、友達が多いんですよね?」

 マスターからの問いには、ただ「はい」と言うことしか出来なかった。山内由美が犯人だろうということはさっきもすでに思い至っていた部分だ。

 でも、だからといって知っている人間が知っている人間を殺すために実の姉を手に掛けたという現実までは受け入れることが出来ないままだ。

 確かに山内由美には取り巻きが多かった。派手で見目も良い彼女は高校に入学してからもすぐ自分のグループを作って、いわゆるカースト上位層となっていたのだけれど、その仲間連中を使って姉を殺すだなんてそんなこと――

 キクを殺すために、ひいては犬飼を手に入れるためにそんなことまでするだなんて、考えたくも、なくて。

「その木の人形があった場所は、外ですか?」

「……そうです」

「その周囲に、何か物置とか首が吊れそうな木とか……そうですね、人の目から何かを隠せるような場所はありますか?」

「……ある。古い倉庫っていうか、中には何もないけど、ロッカーみたいな、物置。その近くに、でっかい木もある」

「そこですね。きっとその中に、現場があるんでしょう」

 現場。

 言いにくそうに説明をしたキクの言葉を聞いてそう断定したマスターに、やっぱり胸がズキッとする。

 キクにとっては、この弓道場の裏はいつも嫌いな人たちが屯しているサボりの場所で、そこにお菓子だとか何かが隠されていることも知っていた。

 というよりも、弓道部の人間はみんな知っているけれど関わりたくないから何も言わなかった、というのが正しいかもしれない。下手に部活に出てこられて面倒を起こされるよりはいいと、そう思っていたから誰も何も言わなかったのだ。

 もしかしてそこで、自分たちも知らないうちにヤマウチユミの姉が殺されていたのだろうか?

 そう考えると、吐き気がするほどに身体が冷えていって、震えてしまう。まさか、まさかと、そんな単語しか頭の中を回らない。

 今見えている沢山の目玉だとか、真っ暗なドアの外だとか、そんなものよりもずっとずっと生きている人間の方が、何倍も何百倍も怖かった。

「一先ず、この中は安全です。キクさんと犬飼くんはここに居て下さい。俺が元凶を始末してきましょう。千百合はどうします?」

「ちゆはね! ぱぱといっしょ!」

「あの、オレは……選択肢なしですか?」

「いいですよ? 高校生と一緒に安全地帯で膝抱えて待っていてくださるならそれでも」

「ぐぅっ」

 犬飼もキクも、マスターはイケメンだと思っている。

 イケメン、というよりも綺麗、という方が正しいだろうか。抱っこしている千百合も目が大きくて可愛らしいし、美形の遺伝子というのは残酷だなというくらいの顔面偏差値の差を感じるくらいだ。

 そんなマスターだから、にっこり笑顔で一刀両断してくるとなんとなく、怖い。

「大人が子どもといっしょに安全地帯に居たいならそれでもいいですよ」とハッキリ言っているその笑顔で見られたら、犬飼が鷹羽と同じくらいまで成長していたとしても怖いと感じることだろう。

 案の定鷹羽はしょぼしょぼとした顔をしながら携帯とジャケットを犬飼に預けてきた。携帯だけは壊したくないんだろうなという気持ちは分かるので素直にそれらを受け取ると、犬飼が受け取った瞬間にパッと一瞬だけ画面が明るくなる。

 画面に触れてスリープが解除されてしまったのだろうかと慌てて鷹羽にその画面を見せると、犬飼の動作に気付いた鷹羽の顔が固まる。

 何か都合の悪い通知でもあったのかと思ってジャケットだけを抱え込んで画面を見ずに鷹羽に携帯を返そうとすると、鷹羽がため息を長く吐いてから、携帯を受け取る。

「画面、見ても大丈夫だよ。気分はよくないと思うけどね」

「気分……?」

 諦め半分の鷹羽の声に首を傾げながら差し出されたままの携帯の画面を見ると、今度は犬飼が声を失って、それからため息が出る。


【憎悪が、怨嗟が、嫉妬が、憤怒が、その手を血に染めさせる。手が赤に染まった時、自らもまた黒に呑まれていることを、知ってか、知らずか――】

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