雪緒の両親は、雪緒が小学生の時に死んだ。突然の、交通事故だった。
何しろあの時まだ雪緒は10歳そこそこで、春風はようやく1歳になるかならないかといったくらいの年齢だったのだ。両親の死なんていうものを正面から受け止めるには、まだ少し幼かった。
確か、近所の子供が熱を出したとかで、その家は車が無くて云々……だった気がする。理由なんかは覚えていない。
雪緒の家には祖父母がまだ健在だったので祖父母が妹を預かり父が車を出してやって、母はそれに同乗して近所の奥さんを励ましていたのだ。
交通事故なのになんで車が健在なのか? そんなのは、降りた途端の事故だったからに決まっている。
この田舎では子供を見てくれる小児クリニックなんていうのも限られていたから、車で送ってやった奥さんはお礼を言うのもそこそこに、大急ぎで夜間にクリニックの門戸を叩いた。
それを、車から降りた雪緒の両親は見守っていたのだ。なんで外で待っていたのか、なんていうのは、雪緒にはわからないし、知らない。心配だっただけなのかもしれない。
ただ、外でその奥さんを見守っていた二人に居眠り運転のトラックが突っ込んできて、クリニックの壁と車体で両親を圧し潰したのだけが確かな事実だ。
そんなだったから、雪緒の両親の葬式で、棺の中に二人の身体は無かった。あんまりにも酷い有様だったからと、棺に入れられる状況じゃなかったんだと、後から聞いた。
当時の雪緒はショックが強すぎて棺の中を見るなんてことは想像も出来ず、ただ己の足の白い布をいじくりながら俯いて親族席に座っていた。
両親が死んだことを理解できない年齢ではない。
だが、受け入れる事が出来たかと言われればそれも難しい年頃だっただろう。
妹は母を恋しがってギャンギャン泣いていて、祖父母はハンカチで顔を拭いながら妹をあやし、坊主や弔問客に頭を下げ、雪緒を気にする者なんかは居やしなかった。
葬式を抜け出したのは、そういう抜け出しても誰も気にしないような、そういう状況だったからだ。
雪緒がフラフラと席を立っても忙しくしている祖父母は気付かず、同じように葬儀社のスタッフもフラつく子供を咎める事はしない。
弔問客の何人かが雪緒を見ている事に気づいたけれど、同じセレモニーホールでいくつも葬式を行うような狭い場所だ。アレが果たして雪緒の親の葬式の弔問客であったのかは、定かではない。
そのままフラフラと出歩いていた雪緒は、ふと隣のホールで行われている葬式に目を留めた。
綺麗な祭壇の前に置かれた棺に、雪緒の母よりも年が上と思われる女性と、高校生くらいの男女が泣きながら縋っている、そんな葬式だった。
雪緒はあんな事は出来ないなと、そんな事を思う。
だって雪緒の両親は棺の中に居ないのだから、縋ったって泣いたって彼らに届く事はないのだ。
もし棺の中に居たのなら、悲しくて恋しくて泣き縋っていたかもしれないけれど、残念ながらそんな事は出来ないのが現実だった。
けれど、そのままぼんやりと彼らの姿を見つめていると、雪緒はふと強い視線を感じてそちらに目を向けた。
その時の雪緒は、視線を感じたという理由だけで視線を向けてはいけないと、自分をじっと見つめている存在と視線を合わせてはいけないと、そんな事は全く知らなかったのだ。
だから、強い視線を感じて何の疑いもなくそちらを見てしまった。
その視線が、式場の壁いっぱいにへばりついている眼球から向けられたものだという事にも、視線を返してやっと気がついたのだ。
その目は、棺に縋り付いて泣いている母と子供2人の、その向かいの壁にへばりついていた。
綺麗な生花で造られた祭壇の一番上に置かれた遺影の、そのさらに向こう。白いカーテンで閉ざされているはずの壁が何故かハッキリと見えていて、そこに穴ボコでも開いたかのように無数の目玉が、こちらを見ていたのだ。
声は、出なかった。
いや、「ヒッ」という声くらいは出ていただろうか。とにかく、視線を合わせてしまった雪緒は今度は視線が外せなくなって、無造作に周囲をギョロギョロと見回している目のうちのいくつかと、見つめ合ってしまった。
怖い、なんてものじゃない。
言葉に出来ないおぞましい感覚。
その感覚を、雪緒は齢11歳で知る事となったのだ。
目玉は、そのうちのいくつかは棺の前で泣いている家族を見つめていた。でも、偶数とかそういうのではなく、一つ目玉を飛ばしてだとか、壁一面のうちの数個だけとか、本当に無作為にその光景を見つめているのだ。
そんなだから、雪緒を見つめている目玉も、決して一対ではない。
じっと雪緒を見ている目玉と、泣いている家族を見ている目玉と、ギョロギョロと周囲を見回している目玉。
あまりにも異様な光景に、雪緒は逃げる事も声をあげる事も出来ないままにその場に立ち尽くしていた。
あの後、どうしたんだっけな。
妹を背中に乗せてカブを走らせながら、雪緒はぼんやりと風を感じていた。
裏山までは、家から一直線に上がればすぐだけれど、きちんと整備された道を登ろうと思うとぐるっと回っていかなければ行けないのが少々面倒な所だ。
だがあの裏山にあるのは代々鷹羽の人間が眠る墓だけだと聞いているので、他に登る人間なんかは居ないのだろう。
この近くには同じ苗字が多かったと聞くので、もしかしたら雪緒の知らない誰かも一緒に眠っているのかもしれない。
というか、こんな山に墓を作るというのも、田舎から一度出てしまうと少しばかり違和感というか、不思議な感覚がしてしまう。
子供の頃には毎年どころか毎日のようにこの山を登って両親の墓に挨拶していて、その時は少しも不思議には思わなかったというのに。
これも成長というのだろうか。もしそうなのだとすれば、大人になるというのは複雑な気持ちになるものなのだなと思う。
カブで行けるのは、山道の最初までだ。緩やかなスロープになっている所をカブを押して歩いて上り、途中からある階段の下に駐車して階段を上がる。
キーは別に挿しておいても構わないだろうと、そのまま放置した。
どうせこんな田舎だ。あんな古ぼけたカブを盗もうとするヤツなんかは居ないだろう。もしも盗まれたとしても、この近所で使っていれば必ず誰かの目に留まる。
このカブには春風が子供の頃に貼り付けた子供向けアニメのシールがペタンと貼ってあるから近所でも有名だし、一目瞭然だ。
「おとーさん、おかーさん! 来たよー! 今日はお兄と一緒!」
雨で円形に削れ、隙間に苔の蒸した石造りの階段を上がっていくと、やがて開けた場所につく。
そこには細長かったり、新しかったり、階段と同じくらいに雨風にやられてもう名前の判別もつかなかったりする墓がいくつか並んでいる。その中で一番新しくて小さいものが、雪緒の両親の墓だった。
足元は舗装なんかもされていなくって、ただ墓の周囲が区切られているだけの簡素な作り。
けれど坂道を転げ落ちないようにと設置されている柵の向こうに見えるこの街の風景は、雪緒はなかなかに好きだった。
子供の頃も、妹ばかり可愛がられる事に反発して家を飛び出した時には、泣きながら両親の墓に縋って、それから暗くなるまで街を眺めていたものだった。
当然虫刺されも沢山出来たけれど、雪緒にとって一番心が落ち着くのが両親の墓の前だったので、それは雪緒にとってはしなければいけない何か、だったのだろうと思う。
ここには両親だけでなく祖父母の両親だとか、もっと前のご先祖様だとか、そういう人たちがいっぱい居るから。
その人たちはきっと、家で可愛がられている妹じゃなくて自分の事を慰めてくれるだろうと、そう思いながら泣いていたのだ。
こう考えると中々打算的な子供だったなと思うが、両親を失ったばかりの子供だったのだ。少しくらいは、許されたい。
「……久し振り。3年ぶりくらいかな。夏は仕事が忙しくてよ、中々来れなかったわ」
両親の墓はきちんと手入れがされているのか、ひんやりとした石が手に吸い付いてくるようで、涼しく感じる。
ここは木陰だから余計にそう感じるのかもしれないけれど、まるで歓迎されているような、ゆっくりして行けとでも言われているような、そんな心地になった。
両親は、そういう人だった、気がする。何も言わずに子どもの事を考えて、受け入れて、守ってくれて。
そう、そうだった。なんで、忘れていたんだろうか。
目が、無意識にぎょろりと周囲を見回して、空を見る。空は、木々の伸ばす腕の間からほんの少し見えるだけで、何となく目を閉じて、もう一度開き直した。
そう、そうだった。
両親は、あの車に乗っていた俺の前でトラックに潰されたんだ。