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第6話


――拾われた時のことは、覚えていない。


物心つく随分と前に、シスターに拾われた僕は、気が付けばたくさんのシスターと数人の弟妹達と一緒に孤児院で過ごしていた。その時はまだ小さな教会だったけど、平和な時間を過ごしていたと思う。

その中でも一番面倒を見てくれたのが、今の母さんだった。シスターとしての務めを果たしながら、僕達にたくさんの事を教えてくれた。


食事の仕方。

洗濯の仕方。

布団の畳み方。

食事の作り方。

弟と妹の喧嘩の収め方。

喧嘩の仕方。

仲直りの仕方。


些細なことから、人生を大きく変えることまで、彼女に全て教わった。そのことを今まで恥じたことはないし、後悔なんて微塵もしたことはない。


「ウィルはこの家の一番のお兄ちゃんなの。だから、何かあったらみんなの事を守ってあげてね」


そう言った母さんに、僕は自分の役割を悟った。

(僕が、みんなを守るんだ)

――そうだ。体を鍛えよう。

武器を持って、誰と戦っても勝てるように。

それから自分はずっと、家族のために剣を握ってきた。最初は無我夢中で振ることしかできなかったけど、通りすがりの旅人が剣の持ち方を教えてくれた。舐められないように、言葉遣いも教えてくれた。

彼の言う通りに練習をして、口調にも気を付けて――気が付けば、この辺りで一番の剣士になっていた。


「ウィル兄カッコイイ!」

「ぼくも! しょーらいウィル兄みたいになる!」

「ふふ。嬉しいですね」


孤児院の弟や妹たちは、剣を扱う僕の事を何度も褒めてくれた。母さんは「無理はしないでね」と終始不安げだったけど、そもそもヤンチャだった僕にはいらない心配だ。

(そうだ。孤児院を出たら、僕はこの町を守る英雄になろう)


――昔、絵本で何度も見た〝世界の五大英雄〟。

この世界を作った彼らは今も尚、世界を守っているという。彼らが世界を守っているのだ。自分が小さなこの町一つ守るなんて、容易いと思った。


その日を境に、僕はこの町の人に積極的に話しかけることにした。

困っていることはないか、手伝うことはないかと聞いて回る日々。みんな喜んでくれた。発足したばかりの孤児院に本や食材の援助もしてくれた。その様子を見ていた教会の人に「正式にこの町の護衛として働かないか?」と声を掛けられた時は、柄にもなく舞い上がった。

舞い上がって、自分は強いと思い込んで(実際、教会が移動した大きな街で開かれた武道会でも負けなしだった)、いつの間にか『自分は強いのだ』と思い込んでいた。


「ウィル兄、こんどいつ会える……?」

「最近ウィル兄がいなくてつまらない」

「仕方ないでしょう。僕は皆に期待されているんですから」


家族のためと握ったはずの剣は、『自身の存在価値』を知らしめるためのものになっていた。


「……ああ、そうか」


――そんな剣じゃ、勝てるわけがない。




サイモンに担がれ、連れて行かれた病院でウィルは密かに呟いていた。周りに群がる弟と妹たちが心配そうに首を傾げるのを見て、ウィルは彼等の小さな頭を撫でた。

(冷静になった今だからわかる)


自分はずっと、彼に嫉妬していたのだ。


たった数日で大切な弟と妹を笑顔にした彼に。

一番付き合いの長かった妹に頼りにされた彼に。

真っすぐ自分を突き進む彼に。

嫉妬していた。


「……ダサいな、僕は」

「? ウィルお兄ちゃんはカッコイイよ?」

「そうだよ! ウィル兄はカッケーよ!」

「っ、そう、か」


こんなに痴態を晒して、自分の事ばっかりな兄をかっこいいと。

みんな、そう言ってくれるのか。

(……うれしいな)

ウィルは込み上げる感情を抑えるように、俯き目頭を押さえる。浮かぶ涙をどうにか誤魔化していれば、トントンと扉がノックされる。


「はーい!」

「サイモンだ。入ってもいいか?」

「サイモンお兄ちゃんだ!」


わあっ、と弟妹達が沸き立つ。嬉しそうな様子にまた嫉妬心が浮かぶが、首を振ることでその気持ちを誤魔化す。

扉を開けるサイモンは弟妹達に出迎えられると、手に持っていた果物を一つ一つ手渡していく。相変わらず抜け目がないな。


「怪我の具合はどうだ?」

「別に。特に変わったところはありませんよ」

「そうか」


「順調に治っているようでよかったよ」と笑うサイモン。優男のような顔をしているくせに驚くほど強い彼は、見た目通りの性格をしているらしい。

置かれるフルーツを横目で見つつ、ウィルはため息を吐いた。


「毎日来なくても恨んだりしませんよ」

「アリアに会うついでだ。一応、アリアは弟子なんでな」

「……嫌味な奴」

「素直に言っても受け取らないだろう、お前」


図星を突かれ、ウィルは言葉に詰まる。

サイモンとの確執は無くなったが、だからと言ってすぐに苦手意識がなくなるわけじゃない。

(寧ろ、アイツが強いと知って余計に……)

昔から負けず嫌いだったからか、彼よりも弱い自分に何とも言えない居心地の悪さを感じる。お陰で何度か病室を抜け出そうとして、医者に怒られた。

(顔見知りに怒られるとか、本当に嫌なんですけど)


「アリアも順調に治ってきているみたいだし、これなら二人とも心配はいらないな」


「傷跡も残らないだろうってさ」と告げるサイモンに眉を寄せる。……こういう、変なところで気が利くのが余計にムカつくのだが、それを言ったら負けな気がする。

(でも……そうですか)

アリアが無事でよかった、と思う反面、やはり助けてくれた彼には感謝してもしきれない。


「……ありがとう、ございます。サイモンさん」

「いいや」


「お礼は呼びに来たアラシたちに言ってやってくれ」と頭を撫でられる。子供扱いをするな。

勢いよく手を叩き落とせば、彼は申し訳なさそうに笑う。その対応に比べて自分が子供っぽいような気がして、余計に腹が立った。

ムカつくので近くにいたラットに「サイモンと遊んであげなさい」と告げれば、弟妹達は喜んで飛びついていた。困った顔をするサイモンを横目に、ウィルは少しだけすっきりした気持ちで天井を見上げる。ここ最近、張り詰めていた息が解放されたようで、少しだけ気が楽になった。


(……もう一度、剣の稽古をし直してもいいかもしれないな)

目を閉じ、そんなことを考える。以前だったら絶対に考えなかったことだ。

はしゃぐ弟妹達の声を聞きつつ、ウィルはゆっくりと沈んでいく意識に目を閉じる。……こうして温かい気持ちで寝るのも、随分と久しぶりな気がする。

ウィルは穏やかな気持ちで夢の中へと旅立って行った。



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